君をもっと知りたい
俺はもんもんとして過ごしたが、真琴はダンスと薬、上手に付き合い始めたのか、倒れることはなくなった。
というか、本気を出して踊らなくなった。
ずっと一緒に踊ってきた俺には分かる。
体のキレが違うのだ。
上手に手を抜いて踊ってる。
ハデな場所は大きく動いて、あとは小さく手抜きしてる。
誰も気が付かない、でも俺は分かるんだ。
ずっとずっと真琴のダンスを真似てきたから、分かるんだ。
歓迎会コンサートの、ダンスポジションが発表された。
センターは神崎くんだ。
俺と真琴は、その後ろ。
「俺がセンターなんて大丈夫かな?」
食堂で笑う神崎くんは、一年生アンバーの中で中心人物になっていた。
俺と真琴は少し離れた場所で食事を始めた。
「……真琴さあ、本気で踊ってないだろ」
俺は箸を置いた。
真琴はズルズルとカレーうどんを食べたまま、目だけ俺のほうを見た。
「うまーーーーく手を抜いてるよな」
真琴はまだズルズルとうどんを食べている。
「そのうどん、長くね?」
思わず突っ込む。
真琴はもぐもぐとうどんを食べている。
口の周りにカレー汁が付いている。
真琴は無言で手をヒラヒラさせる。
「はいはい」
俺は机に置いてあるウエットティッシュを数枚抜いて真琴に渡す。
真琴は無言で顔を拭く。
「手、抜いてるよな?」
俺は再び聞いた。
真琴はうどんをごっくんと飲み込んだ。
「だってまた倒れたら困るし」
「つまんねーーんだけど」
俺はグイと顔を出す。
「倒れたほうがいい?」
「いや、それはダメ」
「じゃあ、いいじゃん。お茶頂戴?」
「自分でいけ!」
「一馬のが近いじゃん?」
俺のほうが、机分、入り口にある給湯器に近い。
「ほんの50cmな」
「お茶飲みたい」
「あーーもーーー」
俺は立ち上がってお茶を取りに行った。
昔からそうだ、俺は真琴に上手にあしらわれて、使われている。
給湯器でお茶を二つ入れて振向くと、プリンを持った神崎くんが居た。
「俺より市ノ瀬くんがセンターやるべきだよねー……」
その表情は不安げだ。
正直、俺は今の真琴の状態なら、神崎くんのほうが良い踊りをしてると思うけど。
「……真琴のがいいと思う?」
俺は聞いてみる。
「思う。やっぱり上手いよ、市ノ瀬くんは」
「大丈夫だよ、神崎くんの踊りは格好いいよ。USA!って感じ」
「?」
神崎くんは心底不思議だというだという顔をしたが、すぐに笑い出した。
「そうか、高東くんが言うなら、大丈夫かな」
「一馬で良いよ」
俺は言う。
「俺も潤でいいよ」
俺たちは肩をトンとぶつけ合い、笑った。
席に戻ると真琴がプリンを食べていた。
「おーーい。プリン買いにいくならお茶も取りに行けただろ」
「神崎くんが買ってるのみて、食べたくなっちゃった。半分食べる? うまい」
俺の席にもスプーンが置いてある。
「おお」
それなら許す。
俺はお茶を真琴の席に置いた。
「……センターは真琴のがいいってさー」
俺は一口お茶を飲んだ。
「え、神崎くんが言ってた?」
真琴はプリンを口に運んでニコニコする。
「……手抜きが上手で、ずるいなーー」
「バカだなあ、気が付かれたら手抜き、気が付かれないなら問題ないじゃん」
「でもセンターじゃない時点で、コーチには気が付かれてるだろ」
「いやー、どうかなー、神崎くんの家ってお金持ちで龍蘭に寄付してるみたいだから、関係あるんじゃない?」
真琴は大きな口をあけて、プリンを口に入れた。
「そんな噂、どこで聞いたんだ」
「本人から」
「本人かーーい。なにか憎めないな、アイツ」
「ほんと、なんか面白いお坊ちゃま君だよね」
「あ、こら、俺に半分くれるんだろ」
「あれ、もう残ってない。はい、キャラメルどうぞ」
「プリンあってのキャラメルだろーー!」
「ごちそうさまでした」
「コラーー!」
誰にも気が付かれなくても、俺には分かる。
真琴が本気で踊ってない。
俺はずっとずっと真琴をみて、真琴を真似て踊ってきたから分かるんだ。
だからといって、これ以上踏み込むのは、怖い。
【Gender-keep】
その言葉が俺の脳裏に焼き付いている。
部屋に戻り、俺はベッドの中でスマホに表示された小早川製薬のホームページを見ていた。
お客様問い合わせ。
どんな些細なこともどうぞ、とある。
俺はその文字をクリックした。
メール画面が立ち上がる。
俺は、なんとなく書き出した。
友達が飲んでるんだけど、どんな薬なのか。
どんな症状で、どんな副作用があるのか。
この薬を飲んでいる人は、どんな病気なのか……。
そこまで書いて、俺はスマホを投げた。
もう、止めよう。
友達とはいえ、プライバシー侵害だ。
それに聞いたからといって、何か出来るわけじゃない。
「オラオラー!! アーバン所属の一年生は食堂に集合! コンビニ選手権始めるぞーーーー!」
廊下で湊元先輩の声がする。
「……嫌な予感しかしない」
俺の椅子に座ってマンガを呼んでいた真琴がいう。
俺も同意見だ……。
「はい、ジェンカーしまーーす」
食堂に集められたアーバン所属の一年生、30人。
その真ん中に湊元先輩と、紫のパジャマをきた蒔田先輩、二年生のアーバン所属の先輩たちがいる。
パジャマも紫……裾に刺繍が……。
チラリと真琴を見ると、腕で押された。
だって、我慢できない……。
俺のなかで蒔田先輩の紫刺繍ネタは鉄板になってきてる。
「これからアーバンだけの歓迎会を始めます。よって買い出し組決めます、はい、ジェンガーー!!」
机の上には赤と白と黒の木の積み木で積まれたタワーがある。
一本ずつ抜いて上に乗せていくゲームだ。
でも何で夜の7時からジェンガ……。
「理由は俺がジェンガ好きだから! はい、あいうえお順、浅野から!」
「はい!」
俺たちは何となく五十音順に並び始めた。
真琴は市ノ瀬で、俺は高東なので、じつは名字の順番で隣。
よく考えたら部屋割は、名字の五十音順だ。
浅野、相川……と下から積み木を抜いて、上に置く。
真琴の番になる。
真琴は一番下の右端を取る。
「おおお、イイネ、市ノ瀬くん、そこは行こうね!!」
湊元先輩がギターを取り出す。
なんで興奮するとギターなんだよ、完全に親父と同じじゃないか。
ジャジャンとかき鳴らして
「はい、次、高東!」
俺はタワー全体を確認して、真ん中を抜こうとする。
「あーーー、ダメだ、ダメダメ、はい面白くない!! ああーーー、面白くない人生の一丁目えええ」
湊元先輩が歌い出す。
なんだよ、それ!!
俺は仕方なく真琴が抜いた、その反対側の木を抜く。
これで一番下は、一本になった。
「そうそう、そうじゃないと!!」
湊元先輩がギターをかき鳴らす。
「これ……真ん中抜いたら、怒られる系?」
俺の次の順番、神崎潤一郎こと、潤が言う。
「下から順番に骨にしないとダメだろ」
ククク……と俺は笑う。
骨というのは、三つある木の左右を抜いて、木が十字になって重なっていくことだ。
ようするに難易度が高い。
「マジか」
潤がジェンガに向かう。
湊元先輩が歌い出す。
一年生は30人くらい居る。
上手くいけば、俺の所にはもう、順番が来ない。
「はいはい、二週目入りますよーーー」
湊元先輩の歌は、もう20分以上続いている。
甘かった。
タワーはなんとねじれ始めて、二週目に入った。
マジかよ……。
浅野くんはなんとか抜いたが、乗せるときにタワーが大きく揺れた。
「おおおおお!!」
食堂にいた全員が机からズサササと離れる。
タワーは倒れない。
「はい次、相川!」
相川くんがタワーに近づいて、チョン……とタワーを触るとグラリと揺れる。
マジでもう無理だろ、あれ!!
相川くんはタワーの周りを一周回って確認して、難攻不落で、ずっと動かなかった下の方の木をツンツンした。
なんとその木は、スーーっと抜けた。
負荷が変わったんだ!
そしてそれを、静かに乗せる。
タワーは動かない。
「おおおおお!!」
食堂に歓声が響く。
「マジかよ……」
俺は呟く。
いや、負けても徒歩10分のコンビニまで行くだけなのに、どうしてこんなに負けたくないんだ!
よく見ると他の一年生も真剣な表情でジェンガタワーを見ている。
そりゃ芸能事務所なんて場所にはいる人間だ、基本的に負けず嫌いだろう。
「はい市ノ瀬!!」
湊元先輩の歌はテンションマックスで、ずっと歌っている。
ちなみに湊元先輩はいつもオールバックだけど、お風呂に入ったあとだから、髪の毛がサラサラと落ちていて別の人のようだ。
真琴が無言でタワーに向かう。
そしてタワーを確認する。
反対側から、ツンと触るとグラリと揺れた。
俺は一歩下がる。
俺の後ろにいた神崎くんも下がる。
真琴はまたタワーの周りを歩いて、今度は左側から上の方の木をツンとする。
そして親指と人差し指で器用に抜いていく。
木を動かすと、タワーも動く。
あああ……もう無理だろ、いや、もう無理だって!
真琴はゆっくり……ゆっくり……木を抜いていく。
でもこれ、抜いた瞬間に倒れるパターンだろ?!
真琴は、完全に木を抜いた。
「おおおおお!」
歓声が響く。
そしてそれを一番上に置くと……タワーがガッシャーーンと音を立てて倒れた。
「おおおおおお!!!」
食堂にアーバン全員の声が響く。
「ダメか」
真琴は苦笑した。
「よっし、買い出しは市ノ瀬!!」
「じゃあ、高東くんと行ってきます」
真琴がにっこり微笑んで言う。
「はーーー?!」
普通に名前を呼ばれれ俺は叫ぶ。
「よし、じゃあ俺と市ノ瀬と高東だ」
湊元先輩がギターを置く。
「えーー?!」
俺は叫ぶが、真琴に腕を掴まれてそのまま食堂から出される。
「友達だろ?」
真琴がウインクする。
まあそうだけどさあ……。
四月後半の夜。
空気はまだ春だけど、もう夏の準備を始めているように感じるほど、暖かい夜。
ほんの少し桜の花びらを残した木が、風にそよそよ揺れている。
「汗かいたから、気持ちいいなーー!」
湊元先輩がTシャツをパタパタする。
隙間から見事な筋肉が見える。
おおー、筋肉好きの俺からすると、たまらない。
いや、ホモじゃないぞ。
筋肉って、人によって違う。
鍛え方とか付け方とか食べ方とか、それこそ寝食の全てが筋肉を語るんだ。
だからホモじゃない、ただの筋肉ウンチク好きだ。
「なんで湊元先輩が汗だくなんですか」
真琴が笑う。
「だってお前、40分くらい歌ったぞ、俺は!」
だから歌う必要無くよね?
「高東くんもギター持ってますよ」
真琴が余計な事を言う。
「マジで?!」
前を歩いていた湊元先輩がグルリと振向く。
「……親父が、好きでして」
仕方なく言う。
「マーチン?! ギブソン?!」
「……マーチンです」
湊元先輩がギブソン使いなのは、見ていた分かったが、親父はマーチン派だった。
「いいじゃん、持って来いやーーーーー!」
湊元先輩が闇夜に叫ぶ。
シルエットで叫ぶ180cmの男、マジ怖い。
「結構です」
一瞬で断る。
湊元先輩の横で歌わされるとか、これこそ罰ゲームじゃないか。
「明日の夜、食堂に持ってこいやーー!」
「お断りします」
「あはははは!」
真琴が笑う……が、笑い事じゃねーぞ、コレ。
「なんだよ、一緒に歌おうぜっと!」
湊元先輩は突然走り出した。
そして目の前にある高さ170cmほどの門に足をかけて、飛び越えた。
……が、着地に失敗して転がる。
「イタタタタ!! よしお前も来い!」
「えーー、門って開いてなんですか」
俺は叫ぶ。
「門は19時に締まる」
湊元先輩は自慢げに言う。
「出て大丈夫なんですかー?」
不安になって聞く。
「蒔田なんて毎日越えてるけど、文句言われてないぞ」
毎日?! 聞かなかったことにする。
「よし、行こう」
俺の横にいた真琴が加速して、同じように真ん中あたりに足をついて駆け上がった。
そのシルエットが月に照らされて、長く影を伸ばす。
頂点で真琴の体は一瞬止まった。
そのシルエット。
俺は見たことがある。
審査会場で、アーロンを踊って、まっすぐに体を止めた真琴のダンス、そのものだ。
そのまま体をひねって、足から着地して、頭を上げた。
「成功です」
真琴が言う。
「……うおおおおお、なんだその技!!」
湊元先輩が叫ぶ。
「上手くいきましたね」
真琴が門の向こうで腕組みをする。
月が頬に影を落として、真琴の表情を美しく見せる。
それはコンサート会場で見た真琴を思い出させた。
あの時の真琴と、今の真琴と、何が違うっていうんだよ。
教えてくれよ!
俺は心底思う。
俺は宙で止まる真琴の姿を、美しいと思った。
また真琴の本気を、誰より近くて見たい。
「うおおおお!」
俺も叫んで、真琴と同じように足をかけて、宙に止まる。
……が、重心がずれて早々着地……というか、尻餅をついた。
「いたーーーーい!」
「ぎゃははははは!! ダメじゃん!!」
湊元先輩が笑う。
「大丈夫か?」
真琴が俺に向かって手を出す。
俺はその手を握った。
そして決めた。
小早川製薬に、薬について聞こう。
俺は、真琴の本気が見たい。
本気で踊る真琴と、一緒に居たい。
俺は真琴の事が、知りたいんだ。