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最初で最後のデート

「やっぱり、少し遠くの駅に行った方がいいかなーと思ってさ」

 俺は真琴と乗り込んだ電車の中でスマホを取り出した。

「新しく出来たももぽーとか。映画館とか色々あるんだろ? 僕も気になってた」

 真琴は俺のスマホを覗き込んで言う。

 俺の隣に座っていた人が、俺と真琴をチラリと見る。

 真琴は、あ……そうか……と小さな声で言う。

「僕、だとおかしいね。だって、今日は違うし」

「言われてみれば」

 真琴は今日、どこからどうみても、女の子にしか見えない。

「股がスカスカして、涼しいな。スカートって夏には悪くない」

 真琴はスカートらしきものをパタパタさせた。

「……こら、電車でやめろよ」

 俺は止めた。

「ごめん、慣れなくて」

 真琴は苦笑する。

「でも……なんで、突然、そんな服装を?」

 真琴は今までも何度か俺の実家に遊びにきたが、女の子の服装で出かかることはしなかった。

 今日に限ってなぜ?

「もう、嘘はやめようと思って」

 真琴は軽く目を閉じた。

 長いまつげが影を落とす。

「……真琴?」

 俺は顔を覗き込む。

 北海道コンサートから戻ってきた真琴は、前と少し違う気がする。

 なんというか、女の子らしさが増しているような……。

「よし、今日は私、にしてみる」

 真琴はグッと両方の掌を握った。

 ほら、こういう事を言い出すのが、なんだか真琴らしくない。

「何でもいいよ。誰にどう見られても、俺は気にしない」

「……じゃあ、手、繋ごう?」

 真琴が俺の小指をつまむ。

 全ての血が、左側の小指に集まったように体が熱くなる。

 頭の中でグチャグチャ考えていたことが、吹っ飛ぶ。

「……お、おう」

「声がひっくり返ってますよ?」

 真琴が笑う。

 この状態で普通に「よし繋ごう」て言えたら、俺は俺じゃない。

 真琴が俺の指先をすりすりして握る。

「……握るなら、普通にしてくれ」

 俺はなんとか言葉を絞り出す。

「関節が、全然違うなーと思って。ほらみて、ぼ……じゃない、私の手。指だけすごく長くなった」

 真琴は手を広げて俺に見せた。

「真琴は病気になる前から、やたら細かった印象があるけどな」

 俺はスマホをしまった。

「体質かな。お母さんも細いんだ」

「大きいだろうな。アーバンも両親の写真を提出するし、DNAは避けて通れない」

「一馬のDNAは分かりやすい。お母さんも梨々花ちゃんも、お父さんも、一馬の家族って感じ」

「そういえば、真琴のお父さんがくれた木彫りの熊は、なんだか凄いな」

「あはは、僕も今日初めて見たよ。でもね、あれ本宅にもあるよ。縁起物だって。くわえてる魚は本物の金使ってるらしいよ」

「ええ?! マジかよ、家宝にする」

「今時あれはないよねー」

 俺たちは軽く手を握ったまま、電車のなかで話した。

 答えも無く、正解もない。

 こんな会話をずっと真琴としてる時間が、俺は何より好きだ。



「全30巻を、上手にまとめてたね」

 エンディングテロップが終わり、明るくなった場内で俺は言う。

 今日は真琴が好きな漫画が映画になったので、それを見に来た。

 俺は映画が終わった時、他のお客さんが全員出たあと、最後に出るのが好きだ。

 なんかそれが、本当に映画が終わった感じがするのだ。

「最初は主人公があの俳優さんなのは、どうかなーって思ったけど、見たらいいじゃん」

 真琴が好きな映画なのに、俺の方が興奮している。

 真琴は残ったポップーコーンをモシャ……と一つ口に入れた。

 なんだかテンションが低い。

「どうした? 面白くなかったか?」

 真琴が好きな漫画原作だったのに。

「ううん、違うんだ。初めて映画のエンディングテロップを最後まで見たけど、映画も沢山の人が関わってるんだね」

「え?」

 俺は意味が分からずに聞き返す。

 そんな風にエンディングテロップを見たことが無かった。

「映画って、画面にうつるのは役者だけだけど……見た? メイクさんだけで6人も居た」

「へえ……」

 メイクさんの名前なんて載ってたか?

 俺は曲がかっこいいなーとしか思っていなかった。

 曲といえば……

「湊元先輩格好良かったな」

「そうだね、あんなに出番が多いなんて凄いね」

 真琴は俺のほうを指さして言った。

 いつも通りの笑顔に安心する。

 この映画は高校生30人が出演していて、主演の男の子はアーバンで今売り出し中だった。

 もう年齢は20才をこえているが、学生役を20前後の人がやるなんて、よくある話だ。

 生徒役の中に、湊元先輩もいた。

 熱い熱血生徒役で、剣道の見せ場シーンもあった。

「あんなに剣道できるんだね」

「龍蘭の剣道部に一ヶ月入部したって聞いたぞ。そろそろ行くか」

 観客の殆どが出たので、俺も立ち上がった。

 空になった映画館を、真琴が見渡す。

「いいね、空の映画館。映画が終わったって感じ」

 真琴の言葉に俺は顔を上げる。

 俺と同じ感覚。

「……予告も面白いよな」

「わかる!」

 真琴がグルリと振向く。

 同時に長い髪の毛がふわりと回転して、真琴の顔を叩く。

「いたたた」

「……あはははは!!」

 その姿が滑稽で、俺は笑ってしまう。

「髪の毛が長いことを忘れてた」

「これからもその姿ならバレないな」

 真琴は一瞬真顔になって、俯く。

「どうした?」

 やっぱり何か変な気がする。

 真琴は大きな麦わら帽子を手にとって深くかぶった。

「……そうだな」

「体調が悪い、とか?」

「いや、違うよ、全然違う。さ、行こう?」

 真琴が腕を伸ばして、掌を俺の方に見せる。

「はい?」

 そういって微笑む。 

 はい、じゃねーよ……、可愛すぎる。

 俺はその掌を握って、少し暗い館内を進んだ。

 真琴の掌は小さくて、丸い。

 俺はその掌を潰さないように、大切に包んで、一緒に歩き出した。



「なんだこれフワフワなのに甘すぎなくて、おいしいーー!」

 真琴が口をリスのように動かしてパンケーキを食べている。

 ももぽーとに行くなら、絶対あそこ! と梨々花が力説してくれたパンケーキ店に来てみた。

 店内は混雑していたが、店外の席ならすぐに座りことが出来た。

 店外の店からは、海が見える。

 都内で一番ちかい海だ。

 俺は真琴が川をみて喜んでいたのをみて、海とか、広い景色が好きなのかな? と思っていた。

「景色もよくて気持ち良いー」

 真琴は大きな口でパンケーキを食べながら言った。

「ん。これパンケーキ自体は甘くないんだね? このシロップが美味しいの?」

 真琴はブツブツ言いながら、またパンケーキを一口食べた。

 こんなにテンション高く甘い物を食べる真琴を、俺は初めて見たかも知れない。

「あんまり甘くないって、聞いたから」

「うん、いいね、すごく気に入った」

 真琴が口の横にシロップをつけた状態で言った。

「めっちゃ付いてるぞ」

 俺はお手ふきを渡した。

「ここは、付いてるぞ? って舐めてくれないと。ほら? いいぞ?」

 真琴が目を閉じて顔を近づける。

「な……!!」

 俺は白目を剥く。

 何を言ってるんだ!!

「冗談だよ。全く一馬は真面目だなあ」

「もうこれは俺が食べる」

 真琴が気に入ったようなので、俺のパンケーキを1枚残していたが、もう食べることにする。

「嘘、嘘だから! 冗談だよ! だからそれは僕に頂戴?」

「僕? 今日は私なんだよなあ?」

 俺は意地悪っぽく言った。

「……私に、頂戴?」

 真琴が小さく首を傾げて言う。

 長い髪の毛がフワリと揺れて、首筋が見える。

 いつも見てる首筋なのに……別の人の首に見える。

「…………やるよ」

「やったあ」

 真琴はにっこり笑って俺のパンケーキを自分の皿にうつした。

「おかわりは食べ過ぎだけど、もうちょっと食べたいよね。えへへへ」

 真琴はニコニコと俺の分も食べる。

 またシロップ付いてるぞ……もう言わない。

 策士策に溺れる……っていうほど、策はないし、大体溺れているのは、俺だ。 

 隣の席から、LINKSの曲が着メロになって流れてくる。

「そういえば、コンサートの時、何日で何曲くらい覚えたんだ?」

 俺は気になっていたことを聞く。

「あー……うん、どうだったかな。忘れちゃったよ」

 真琴は残りのパンケーキを小さく切って、口に運んだ。

「え? ほんの数週間前なのに?」

 真琴は空になった皿にフォークとナイフを置いた。

 カランと高い音が響く。

「今日はデートなんだから、仕事の話はやめない? 無粋だなあ、一馬くんは」

「お、おう」

「海! 目の前にあるんだから、散歩しよう?」

 真琴は立ち上がった。



「カニ?! カニがいるよ?!」

 俺たちは海辺に移動した。

 海辺には大きな岩が沢山おいてあって、その隙間にカニがいる。

「ここも開発されて長いなら、こんなに生物が居るんだな」

 俺は岩の隙間を覗いた。

 ベッタリと藻が付いていて、その隙間にカニがいた。

「お、居る居る」

「捕まえて!」

 真琴が俺の背中を押す。

「捕まえてどうするんだよ!」

「捕まえてみたくなるじゃない?!」

 真琴の目が輝いている。

 なぜに?

 でもまあ、捕まえてと言われると、捕まえたくなる。

 俺はソロリ……ソロリ……カニに近づくが、一瞬で逃げられた。

「ダメだ」

「一馬、これじゃない?!」

 真琴は岩場に転がっていた割り箸にたこ糸、その先にさきイカが付いた棒を俺に見せた。

「釣り……?」

 簡単な釣り具に見える。

「これを岩場に垂らすんだよ」

 真琴はそれを持って岩場のほうに来た。

「わっ!!」

 突風がふいて、真琴の麦わら帽子が飛ばされた。

 俺はそれを跳んでキャッチした。

「危ない」

「ありがとうーー……。梨々花ちゃんのだからさー」

「真琴は待ってろよ」

「ヤダ、僕もやる!」

 なぜここにきて負けず嫌い。

 でも真琴らしい。

「じゃあ帽子置いて来いよ」

 海沿いは常に風が強い。

 真琴は鞄が置いてある場所に麦わら帽子を置いて戻ってきた。

 手首につけたシュシュで、髪の毛をまとめて、高い位置で止める。

 髪の毛がシュルリと伸びて、風に揺れる。

「どう? 梨々花ちゃんに習ってきた」

 真琴は首を振った。

 ふわふわとポニーテールが動く。

「……いいです」

 ロングならポニーテールが一番好きな髪型です……。

「一馬、ここ、この岩の隙間は?」

 真琴は大きな岩の下を指さす。

「いいな」

 俺は岩に体をひっかけて、限界まで海に近づいて紐を垂らす。

 岩にひっかけた足を真琴が持つ。

「……あはははは! なんか、すごく妙な絵だよ」

 真琴が笑う。

「そうか? よく見えるぞ?」

 俺は隙間を見る。

 おお、カニが居る。

 紐をぶら下げてみる。

 するとさきイカをカニが掴んだ。

「よし」

「捕まえられた?!」

 真琴が俺の後ろから覗き込む。

 肩のすぐ後ろに、真琴の顔がある。

 近い……近すぎる……!

 手が震えて、カニが落ちた。

「落ちたー、もう一馬、次は僕」

「はいはい」

 位置を変える。

 真琴が床に腹ばいになって、岩場の隙間に顔を入れる。

「カニだー、カニがいるよー」

 俺ははしゃぐ真琴の足を押さえることにした。

 今日の真琴は、なんというか、スカートのようなズボンのような服を着ていて、脹ら脛は全て出ている。

 触れると、細いのに、見事な筋肉で、少し感動する。

 こんなに細いのに、あんなダンスするんだもんな。

 北海道コンサートの映像を見せて貰ったけど、鳥肌物に格好良かった。

 大宮先輩と絡んで踊る曲も多くて、真琴のうちわまで見かけた。

 もう固定ファンがつき始めている。

 足が動いた。

 真琴が体を起こして、俺の方を見ている。

「……ヘンタイ」

「え?!」

「足をなでなでしてた」

「え? もししていたら無意識だ」

「やっぱりヘンタイ」

 膨れる真琴の奥、真琴が岩の上に置いた割り箸が落ちそうになっている。

「箸、落ちるぞ!」

「え?!」

 真琴が振向いて、箸を持って、それを持ち上げる。

 するとさきイカに三匹のカニが付いていた。

「カニーー!」

 真琴はそれを持ったまま叫ぶ。

「カニだな」

 なぜかカニ釣りにはまった俺たちは、それから夕暮れまでカニを釣っていた。

 これはデートか……?

 でもそれが、俺と真琴だ。



 夕日が海に消えて行く。

 俺たちは海上バスに乗っていた。

 梨々花の情報によると、電車は混むけど、実は夕方の海上バスはオススメ、だそうだ。

 何より外。

「確かに、肌寒いくらいだ」

 俺はデッキで言った。

「そうかな、気持ちいいよ。夕日だー。落ちていくの見られるなんて、良いね」

「そうだな」

 都内では、いつ太陽が消えたかなんて、誰も知らない。

 俺たちはいつも都内の真ん中、それも人口の太陽のライトに照らされていることが多い。

 二人で消えて行く夕日を眺めた。

 水面が輝いて、眩しい。

「……一馬。話があるんだ」

 真琴がかぶっていた麦わら帽子を取った。

 海風で長い髪の毛がふわりと踊る。

 デッキには、俺と真琴しか居ない。

 長い影が足先から伸びている。

「どうした?」

 俺は真琴の隣に座った。

 真琴が口を開いた。

「デビューが決まったんだ」

「おおお。本当か! おおおお、やっぱり本当だったんだな」

 俺は両手を広げてオーバーアクションになってしまった。

 今日なんかおかしかったのは、これを言いたかったからだ!

 俺は納得した。

 やっぱり北海道コンサートは最終試験だったんだ。

「誰と? 蒔田先輩と、ジェシー君も?」

 真琴は風で暴れる髪の毛を集めて、肩にまとめた。




「本格的にデビューする前に、龍蘭とアーバンを辞めることした」





 真琴は俺をまっすぐに見て言った。

 龍蘭と、アーバンを、辞める?


「え……なんで、え……?」

 なんで、と言いながら、理由なんて一つしかないと分かっていた。

「北海道のコンサートに参加して、決めたよ。コンサートには、本当に沢山の人が関わってる。かかるお金も膨大だ。舞台で踊るのは僕たちだけど、僕たちは準備された車に乗っているドライバーにすぎない。コンサートを準備しているスタッフが数百人いるから、僕たちはあそこに立てる。映画も一緒だね、コンサートにも10人のメイクさんが居た」

 真琴はまとめた髪の毛から手を離した。

 再びフワリと髪の毛が舞う。

「僕が嘘をついたままでデビューしたら、映画と同じ、もっと多くの人に迷惑をかける可能性が、高い」

 俺は何も言えない。

 黙ってうつむく。

「アーバンが、龍蘭が、好きなんだ。ただ踊っていられれば良かった。それだけを望んでいた。でももう、無理だ。迷惑かけられない。それに、もう、嘘はキツい」

 真琴はギュッと白いブラウスを掴む。

「もう僕は、ちゃんと私になりたい。一馬だけでいい、これから皆が僕をきっと笑う、でも、一馬が居ればそれでいい。だから……」

 俯いて唇を噛む真琴を、俺は抱きしめた。

 真琴が小さく震えている。

 ずっと、ずっとこれを言いたかったのかと理解する。

 突然の女の子の服装も、映画の話も、仕事の話を避ける理由も、やっと分かった。

 俺はどこまで鈍感なんだ。

 ずっと嘘がいやだ……そう言っていたのに。

「居るから、ずっと居るから」

 その腕を真琴が掴む。

 俺の腕の中で真琴が言う。

「もう断りのメールを社長にはした。明日、話すんだ」

 腕を掴む手に力が入る。

「一馬、一緒にきてくれない?」

「もちろん」

 俺はそのまま真琴を抱きしめた。


 次の日。

 週刊誌が、真琴と蒔田先輩、ジェシー君のデビューを報じた。

 同時に、真琴の病気の事も。


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