麦わら帽子の君
「なんだこれは……?」
「これは、どこだ?」
「北海道じゃない?」
「イヤ待て、静岡じゃないか?」
「え? 似てるの?」
「超似てるんだぞ」
「なんだっけ、これ、こうやってみると全然分からないよ」
俺と真琴と優馬と潤の四人で部屋で湯豆腐をしている。
「なんて難しいんだ……」
真琴はパッケージを睨む。
そこには【47都道府県の昆布】という文字がある。
「分かった、これ愛知だ、ほら、カンガルーっぽい」
「これ海側……? もうわかんない、食べよう」
「こら潤、並べる前に食べるなよ」
「優馬は真面目だなあ……」
47都道府県の形に切られた昆布が入っていて、それは昆布パズルになっているらしいが、正直わけが分からない。
ついでに昆布がそんな形に切られている意味もわからない。
「食べよう」
俺は宣言する。
もう腹が減った。
「ダメだよ、並べようよ!!」
優馬が珍しく大きな声を出す。
「でもさあ……暑くない?」
真琴はTシャツの首元に指を入れて、パタパタを風を送る。
おいこら、下着、ちゃんと着てるのか?!
俺は目を剥く。
真琴の上半身に注目する。
うん、よし、ガッチリ系の下着を着てるな、透けてない。
最近は一瞬見るだけで分かるようになってきたぞ。
「暑いとか関係ないよ、勿体ないじゃないか」
優馬はパッドに出した昆布を必死に並べている。
でもその顔には大量の汗が流れている。
「そもそも、どうして真夏に鍋なんだよ、しかも湯豆腐」
潤は昆布を一つ食べた。
あれはきっと石川県だ。
ぺろりと長い。
「あーーー潤ーーー!!」
優馬が叫ぶ。
「大事だぞ、タンパク質」
俺は扇風機をつけて言った。
「タンパク質なら大豆でいいよ、大豆、大豆かじるよー」
「分かった、これは岐阜だ。ほら、愛知と繋がった! ふふふ……日本はじまったよ……」
優馬は一人で繋げているが、真琴も俺も潤も昆布を食べ始めた。
「旨いな、やっぱり」
「肉厚だね」
「昆布だけでいける」
「もーー、みんなーーー」
優馬が叫ぶ。
二週間たって、真琴が部屋に帰ってきた。
「取材って、すごいな」
俺はスマホを見ながら言った。
「一馬は真面目だから難しいと思うけど、相手が聞きたいことを答えれば、終わるよ」
真琴はドライヤーで髪の毛を乾かしながら言う。
相手が一番聞きたいこと……?
そんなこと考えて人の話を聞いたことがない。
「どうすれば良いのか、分からない」
俺は呟く。
「これから増えるよーー、慣れないと」
真琴はドライヤーのスイッチを止めて言った。
俺がアップした曲の反響は凄くて、最近は取材の量が増えた。
明日も三個も取材がある。
それも龍蘭の専門誌とかではなく、一般の雑誌や書籍、ひとつはテレビだ。
「やっぱり大宮先輩効果はすごいな」
なによりLINKSの大宮先輩と河原先輩が歌ったのが大きく、俺が作った原曲より、二人がアコギで歌った曲のが有名になってきた。
ついに先日、二人が番組でこの曲を少し歌った。
その時に作詞作曲の所に俺の名前が出たのだ。
【俺の息子すげええええ】
瞬時にメールを送ってきたのは、親父だった。
ありがたいけど、少し恥ずかしい。
だって、ぶっちぎりのラブソングだ。
真琴が居ない部屋で深夜に書いた曲で、完全に浸っている。
冷静に聞くと少し恥ずかしい。
深夜の買い物と、深夜の作曲は、危なすぎる。
「たとえば、誰のことを思って書いた曲? とか聞かれるよ」
気が付くと真琴が俺のベッドに腰掛けている。
ふわりとあの梅の匂いがする。
「色々。色々だ」
俺はゴロリと転がって少し遠ざかる。
その開いた空間に真琴が転がり込んでくる。
「いつも君がいた場所にー、君がいないー」
真琴が歌い出す。
「やめろ、恥ずかしい」
俺は真琴を睨む。
「なんとなくピンとこないー、でも君の香りだけは残ってるー」
「真琴!」
「僕のシャンプー使ったでしょ」
「なっ……!!」
俺は言い当てられて口を一文字に結んだ。
「え? 本当に? 適当に言ったんだけど、本当に?」
しまった、かまをかけられた。
「いや、あの……」
「淋しかった?」
真琴が俺の顔を覗き込む。
「…………曲に書いてある」
「悲しい匂いは、まだこの胸にあるよー。涙の彼方へ俺は向かうー」
真琴がまた歌い出す。
「真琴に歌われるのが一番恥ずかしい」
俺は枕に頭を突っ込む。
その後頭部に、真琴が優しく触れる。
「僕は好きだよ、この曲」
俺は枕から顔を上げる。
そこにはいつも通り真琴の笑顔があって、心底安心した。
「おかえり、真琴」
「ただいま、一馬」
「暑かったでしょーー。おかえりーー」
今日から三日間だけ、俺と真琴は完全にオフ、夏休みだ。
それ以外は仕事や取材が詰まってるなんて、芸能人みたいだ。
「そうめん食べる?」
「三束」
「真琴さんは?」
「同じくらい頂きます」
そう答えて俺と真琴は、前も泊まった部屋に荷物を置いた。
古い衣類の匂いと、正月より少し痛んだ畳。
真琴はゴロンと畳に転がった。
「あーー、僕はこの部屋、本当に好きだよ」
夏の蒸し暑い風が駆け抜けて、かけてある着物を揺らす。
床に歓迎会で使った扇が落ちている。
俺はそれを手に取って、畳に転がった。
「暑くないか?」
「全然。風に水が含まれてるかんじ。川が近いから?」
真琴は転がったまま言う。
「意識したことないけどな」
俺は目を閉じて言う。
目を閉じた暗闇に、パチン、ジジ……という音がする。
なんだ?
目を開けると、そこには上にきたシャツを脱いでいる真琴が居た。
「真琴……!」
俺はごろごろごろと畳の部屋を転がり出て、ピシャリと障子を閉めた。
「ごめん、ブラ取りたくて。あーー、スッキリしたーー」
俺は障子の外から叫ぶ。
「ノーブラはやめろーーー!」
「ちゃんとラクチンなのするよ、もう一馬はさあ、好きなくせに」
「何が、何がだ!」
タンと障子が開く。
そこにはもうTシャツに着替えた真琴が居た。
「僕のことが?」
そしてニヤリと笑う。
俺はしばらく無言で真琴を睨んで、うなだれた。
勝てそうもない……。
「真琴さん、これ、どうですか!」
部屋に梨々花が入ってきた。
手に服を持っている。
「準備してくれたの? ありがとう」
真琴は梨々花から服を受け取った。
手に持って広げると……白いブラウスに、ズボンのようなスカートのような……胴着のような……?
「いいかも。ありがとう」
真琴は服を抱きしめた。
「お兄ちゃんのために可愛い服着たいなんて、真琴さんって格好いいし、可愛いのに、趣味悪いね」
梨々花は自信満々に言った。
「おいこら」
俺はつっこむ。
「一馬の魅力が分からないなんて、梨々花ちゃんはまだまだ子供だなあ」
にっこりと真琴が言う。
俺は振り上げた拳ごと、畳の部屋に転がる。
三日間、何度俺は倒れるんだろう。
でもきっと、本望だ。
「お兄ちゃんは下の鉄棒で回ってて!」
「無粋な男ね」
お母さんと梨々花に追い出されて、俺は団地の公園にある鉄棒にぶら下がっていた。
鉄棒の上に座ると、少しだけ川がみえるこの場所が、俺は好きだった。
最初に鉄棒にはまったのは、高学年の子が「ここに登ると川が見える」と言ったのがキッカケだったかも知れない。
俺も見たい、それだけのために必死にのぼった。
懐かしいな……。
俺は足だけ引っかけて、逆さ釣りになった。
このポーズも好きだった。
「お待たせ」
逆さになった世界に、女の子が立っていた。
ロングで真っ黒な髪の毛はサイドだけピンで止めてあって、大きな麦わら帽子が顔に影を作っている。
白いブラウスに紺色のズボンのようなスカート。
真っ白な靴をはいて、赤色のポーチをかけた女の子。
いや、俺も分かってる。
逆さの状態から勢いをつけて回転して、着地した。
「真琴……すげえ可愛い」
俺は鉄棒の下に座ったまま言った。
「可愛い格好するの、ヤバいくらい楽しいんだけど」
真琴は顔をクシャクシャにして笑った。
俺たちの短い夏休みが始まる。




