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進め、進め、俺

「じゃあ行ってくるね。お土産は本当に昆布でいいの?」

 真琴は部屋の出口で俺に言う。

「北海道の昆布は、美味しいらしい」

「じゃあ帰ってきたら湯豆腐だ」

 真琴は靴を履いた。

 見たこと無い、新しい靴だ。

 相変らず靴が好きなんだな、と思う。

「夏なのに湯豆腐か?」

 俺は笑う。

 正直、ちゃんと笑顔が作れているか、不安だけど。

「いつでも温かいものを食べろって言ったのは一馬だよ? じゃあ、行ってくる」

 真琴が大きな鞄を持つ。

 今日から二週間、真琴は北海道だ。

 取材も多く含まれているが、龍蘭の三人は10日で北海道で行われるコンサート用の振り付けをマスターしなくてはならない。

 部屋のドアに手をかける。

 ドアを閉じて、部屋に閉じ込めたくなる自分を、俺は殴り殺したくなる。

 真琴は、仕事で行くのだ。

 夢に大きく近づく、これも大きな一歩。

「気をつけて。色々と」

 俺は笑顔を意識的に作って言う。

「了解」

 真琴は微笑んでドアを開けた。

 そこにはジェシー君が立っていた。

「おはようございます!」

「待たせたね、行こうか」

 じゃあ、と真琴は俺に手を振って、階段を下りていく。

 二人が遠ざかる。

 俺はその後ろ姿をずっと見ていた。

 真琴がいない二週間が始まる。


「攻めて攻めて攻めぬけやーーー!」

「あははは久しぶりだなあ、湊元先輩のその叫び声」

「へらへら笑ってんじゃねーよ、潤、抜くなら一番下だろ!」

「無理ですよ」

 俺の部屋には、湊元先輩と潤と優馬が居る。

 湊元先輩も蒔田先輩が北海道に行き、寂しいらしい。

「ひとりでジェンガできないだろ……? ああん……?」

 湊元先輩は自分の順番になると、すごく静かになって木を抜く。

「はい乗せた、次は優馬ああああ~~」

 自分の順番が終わると、即騒ぎ出す。

 当然ギター持参だ。

「失礼します。高東先輩……わ、湊元先輩だ」

 部屋に一年生の岡田くんが入ってきて、部屋の中をみて驚く。

 湊元先輩は最近もドラマで美味しい役をやっていて、アーバンでも有望株だ。

「お、一年か。今すぐ入れ」

「え?」

「いますぐ攻めろ、攻めて攻めて攻めまくれ! 己の限界を打ち破れ!!」

「え、何なんですか?」

 岡田くんは叫ぶが、俺たちは無言で頷くのみ。

 タイミングが悪かった……いや、良かった。

 結局金曜日の夜はジェンカ大会して朝を向かえた。

「……懐かしいです、何か」

 俺は呟いた。

 俺のベッドには潤と優馬、床には岡田くんがジェンガにまみれて倒れている。

「高東、がんばってるじゃねーか、番組見てるぞ」

 湊元先輩と俺だけが起きている朝の5時。

 外はぼんやりと明るくなりはじめた。

 俺は真琴のことを考えてしまい、眠気がこない。

 今真琴は、ジェシー君や蒔田先輩と寝てるんだな、とか。

 お風呂大丈夫かな、とか。

 そんなことばかり考えてしまう。

 よく考えたら、入寮して一年半。真琴と長く離れるのは初めてかもしれない。

 夏休みはレッスン続きで、コンサートがあった。

 正月は一緒に居たし、春休みはレッスン。

 ずっと一緒だった。

 いつも当たり前にいた真琴が居ないのに、俺は慣れない。

 湊元先輩は小さいギターを鳴らした。

「即日アップっていうのも、面白いな」

「俺の番組、見てくださってるの、知ってます。ありがとうございます」

 俺は答えた。

 番組にはコメントを入れることが出来るのだが、そこにはいつも熱すぎるコメントが入っている。

「見たか、俺のコメント」

「もっと、もっとザリガニを乗せろ足りねえええ!! とか、白タイツをいますぐ履かせろおおおおおとか、全部そうですよね?」

 俺は立ち上がって、床に転がる岡田くんに毛布を掛けた。

「馬鹿野郎、俺と勝負させろおおお! も、俺だ」

「腕相撲大会ですよね。見ました。毎回、ありがとうございます」

 PVもカウントされてランキングに関係する。

 見てもらえるだけで嬉しい。

「お前は、お前のままで、最高に面白いよ。ダンスの演出も良かった」

 気持ち悪いほど素直に褒めてくれる湊元先輩に、俺は頭を下げた。

「嬉しいです」

 照れ隠しなのか、湊元先輩は再び軽く弦を引っかけた。

 静かに、長く。

 朝の寮に響く。

「曲はやらねーのか?」

「湊元先輩ほど、才能がありません」

「曲は思いが溢れた時に形なるもんだろ? よし、明日もジェンガ大会だ。一年生を全員呼べ。ジェンガの歌を作れ」

「部屋に帰ってください」

「ああーーん?!」

 湊元先輩が叫ぶが、俺は部屋に転がるジェンガを全て集めて、部屋から追い出した。

 寂しくないけど、さすがに毎晩は無理だ。


 朝から眠り、昼過ぎに目を覚ました。

 食堂に行って食事を準備する。

 手元にあったスマホを見ると、LINKSのオフィシャルブログが更新されている。

 そこには大宮先輩と河原先輩がうつっている。

 タイトルは【ラーメン最高】だ。

 その店はカウンターオンリーのような狭い店に見える。

 奥のほう、よく見ると真琴とジェシー君と蒔田先輩が見える。

 写真を拡大してみる。

 真琴だけラーメンの色が違う……?

 ひょっとして。

 俺は壁にあるメニューを見る。

 そこある【カレーラーメン】の文字。

 真琴のやつ、北海道まで行ってカレー味の麺類食べるのか?

 俺は少し笑う。

「ブログ見たよー、我慢できなくてラーメンだ」

 俺の隣に潤が座り、テーブルにラーメンを置く。

「なあ、これ」

 俺は拡大した写真を見せる。

「え、これって……」

 潤が近づいて見る。

「カレー……なの?」

 俺は深く頷く。

「北海道まで行って、カレーの麺食べてるの? もう真琴くんは!」

 潤も笑う。

「セットリストみた?」

 反対側の席に優馬がくる。

「届いたの?」

「衣装さんに貰った」

 優馬がスマホの画面を見せる。

「優馬って、謎の人脈あるよね……」

 そのスマホを潤が俺たちの真ん中に置く。

「……この量の曲を、10日で入れるの? あの三人は」

 潤が絶句する。

 それほどに龍蘭の三人が入って踊るダンスの量は多かった。

「しかもこれ、夏と変わってるよね。覚え直し?」

 曲の横にリミックスと多く書かれている。

 最近のコンサートはテーマを持っていて、そのテーマに合わせて既存の曲をリミックスする。

「覚えなおし、だろうね」

 俺たちは画面をみて言葉少なくなる。

 想像以上にプロの世界は凄い。

 でも、そこが最高到達点だと皆知っている。

「最終テストだって話だよ?」

 優馬はスマホをしまって、ラーメンを食べ始めた。

「僕も聞いた」

 潤も食べ始めた。

 実は俺も聞いていた。


 蒔田先輩と、真琴、ジェシー君の三人と、卒業生の二人を合わせて、デビューが決まりかけている、と。


「やべえ、置いて行かれるな」

 潤はコン……と箸を置いて、遠くを見た。

 その焦りは、龍蘭に所属しているアーバンの生徒全員が持つ焦りでもあった。


 その後もブログに写真はアップされ続ける。

 真琴とジェシー君が中心の写真もある。

 蒔田先輩も含めて三人でアイスクリームを食べていて、タイトルは【本場は違うね!】。

「……はあ」

 俺はスマホを投げ捨てる。

 今日もジェンガ大会でもしてたほうがマシだったか?

 俺は少し本気で思う。

 寮長の部屋は広くて、一人では広すぎる。

 素直に言える、真琴が居なくて淋しい。

 本当に、淋しい。

 たとえば、新しいペンを一本買ったとして、その使い心地がどうとか。

 昼に食べたラーメンの麺の固さとか、やたらメンマが多かったとか。

 食堂のおばちゃんがコーヒー牛乳を正式メニューに入れたとか。

 潤が持ってきた漫画の新刊の話とか、中に入っていた冊子に真琴が好きな漫画の映画化話が載っていたとか。

 真琴が買った新しい靴の匂いとか、北海道に行ってる間、上履き洗っとくか? とか。

 杏奈がまたリーグでゴール決めた話とか、美波さんがドラマに出ることになったとか。

 そんな小さな、当たり前だけど、毎日ある小さな、リアクションさえ必要ないような話が溢れたしまう。

 同時に、淋しいと思ってしまう自分を嫌う。

 だって真琴にとって、夢に近づいているのだ。

 俺はそれを心底嬉しいと思う。

 誰よりも真琴のファンだという自覚がある。


 でも、どうしても、真琴がいま、ジェシー君と一緒の部屋で寝ている事実がイヤなのだ。


「小さい。俺は、小さいな」


 布団から飛び出して、ジョギングに行くことにした。

 朝寝たので、体力が満タンだった。


 

「丁度いい所に来たね、手伝ってくれる?」

 ジョギングついでに、ツリーハウスに行くと小松さんが大量のガラス瓶を洗っていた。

「なんですか、これ」

 俺はまだ洗っていない瓶の蓋を開けながら言った。

「梅干しと梅ジュースを作るんだ」

「梅の木多いですよね」

 俺は洗うのを手伝い始めた。

 龍蘭奥地の森には梅の木が沢山あって、この時期は下に実が落ちている。

「落ちたのは梅干し。落ちる直前のものを梅ジュースにしようと思ってね」

「使い分けがあるんですね」

 俺は瓶を洗いながら聞く。

「瓶を熱湯消毒したんだけど、このあと暇?」

「大丈夫です」

 俺は答えた。

 むしろ好都合だ。

 誰かと話しているほうが、気持ちが落ち着く。

 ツリーハウス近くには、たき火をできる場所がある。

 そこに大鍋に水を入れて、薪をどんどん足して沸騰させる。

 俺が薪を割って、小松さんがお湯をどんどん沸かす。

 色々考えてしまう状態の脳内に、薪割は最高に効く。

 目の前の薪に集中すれば良いのだから。

 大鍋の中に瓶を入れて、熱湯で煮て、菜箸で取り出して、そのまま干す。

「かなりの量ありますね」

 瓶は10本以上あった。

「最近は数本しか漬けてなかったんだけど、寮のみんなにあげようと思って」

「嬉しいです」

 俺も実家でお母さんが梅ジュースを漬けていたので、効能は知っている。

 あれは脱水症状に最高なのだ。

 体が疲れた時にクエン酸。

 寮にあったら、みんな喜ぶと思う。

 夏はレッスンで毎日汗だくになる。

 スポーツドリンクは糖分が多くて、俺は半分に薄めて飲んでるし。

「でもなんで……?」

 俺は熱々になった瓶を出して聞いた。

「久しぶりに寮の子とまともに付き合ってるけど、一馬くんの熱気が気持ち良くて。応援したくなったよ」

 小松さんが笑う。

「ありがとうございます!」

 俺は頭を下げた。

「俺も昔は、デビュー目指してまっしぐらで練習してたよ。そのことを久しぶりに思い出した」

 そういえば小松さんはMr.BOYSとして、城ノ内さんとデビューした、超先輩だった。

 俺は少し姿勢を正す。

「良いことばかりじゃなかったけど、俺はデビューできて、本当に楽しかったよ。どうしようもなく本気で生きてたから、何の悔いもない」

 小松さんはグラグラと煮えるお湯を見ながら言う。

「何の悔いも……」

「99でも98でもない、俺は100で頑張った。だから悔いはない」

 俺は……?

 燃える炎をみて考える。

 俺は真琴とジェシー君が一緒いることばかり考えて……考えるべきは、使うべき力は、そこじゃない。

 俺は強く掌を握った。


 久しぶりにギターを握る。

 魔法少女以来、あまり触って無かった。

 小松さんに言われて、あの後に梅を洗った。

 その時の香りが、まだ指先から香る。

 この匂い、俺はずっと知ってると思いながら小松さんの作業を手伝った。

 そして今日、風呂に入って解決した。

 今真琴が使っているシャンプー、梨々花からのお下がりだけど、あれは梅の香りだった。

 俺は思いきって、風呂で真琴が使っているシャンプーを使ってみた。

 笑ってくれ! 淋しいんだ……。

 俺のむさ苦しい体から、真琴と同じ匂いがする。

「……アホか、俺は」

 呟いたら、どうしようもなく真琴に会いたくなって、頭にメロディーと歌詞が浮かんだ。

 こんな気持ちは久しぶりで、俺は夢中でその曲を頭から出した。

 頭の中に曲がある。

 出たいと言う。

 だから歌って、曲にした。

 鉛筆で走り書きしながら、ギターを触る。

 声で探りながら、脳内の音を探す。

 先に歌詞が出てきて、それにあわせて音も踊り出す。

 もう夏がすぐそこまで来ている深夜。

 俺は静かにギターを弾き続けた。

 暑くも無い、寒くない夜に、俺の小さな歌声が響く。

 ふわりと香る風の匂いは、もう夏だった。

 一晩夢中で書き続けて、曲が完成した。

「よし……と」

 テンションそのままに、それをアーバンのブログにアップした。

 アーバンの生徒なら誰でもアップできる場所だ。

 恥ずかしくなるほど、ラブソングになってしまったが、俺の正直な気持ちだった。

 俺は倒れるように眠った。

 真琴は居ないけれど、真琴の匂いに包まれて。


 朝。

 ブーブーと鳴り続けるスマホの音で目が覚めた。

 時間を見ると、もう昼の13時。

 ヤバい、12時間近く寝たぞ。

 ジェンガから薪割から曲作りまで、頑張りすぎた。

 しかし、この音は何だ……?

「……通知?」

 スマホを見ると、通知、通知の嵐だ。 

 その数……

「二万……?!」

 俺はスマホを掴んで叫んだ。

 俺の歌動画が、二万件も共有されていた。

「一馬! 見た?!」

 ドアが勝手に開いて、スマホを持った潤が入ってきた。

「ほらこれ」

 潤が見せた画面。

 LINKSの大宮先輩と河原先輩が、俺が作った曲をアコギ片手に歌っている動画だった。

「……マジかよ」

 俺が歌うより数万倍かっこよくアレンジされている。

 たった一晩で……?

「アレンジが無限にアップされてる。ほら、このアレンジの元は湊元先輩だよ!」

【いいじゃねーか、高東ううううう】

 これは間違いなく、湊元先輩だ。

 俺は手が震える。

 スクロールして一番最初の記事を見る。


 俺の歌を真っ先に歌っていたのは、真琴だった。


 真琴の声。

 真琴の笑顔。

 真琴が、俺が作った歌を歌っていた。


 俺はその場に座り込んだ。

 悩むな、進め、進め。

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