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部屋の君と、踊る君と、その指先に

「おはようございます!」

 朝ご飯を食べる俺と真琴の席に、ジェシー君が来た。

「おはよう」

 俺は大盛りのご飯を食べながら答えた。

「あ、昨日きた一年生くんかな。おはよう」

 真琴は箸を置いて向いた。

「おおおおお、真琴さんだ! 去年のアーロン感動しました!!」

「去年のアーロン……? ああ、歓迎会の……かな?」

 真琴はなんとなく答えた。

 正直一年生はアローンを何度も踊るので、記憶が曖昧になる。

「絶対俺、センター取ります。見ててください!」

 ジェシー君は、真琴の両肩を掴んだ。

 細い真琴の体がガクリと揺れる。

「う……うん……」

 真琴はその手を、なんとなく外す。

 ジェシー君は、真琴の隣の席に座って、丁寧に手を合わせた。

「頂きます」

 そこは礼儀正しいのか。

「今日の目標。ダンスレッスンでセンター。よし、行くぞ」

 カカカカッと白いご飯を食べ始めた。

「お新香、うめーー!」

 俺と真琴は顔を合わせて真顔。

 なんだか変な子だ。


「なんだあれ」

 昼休みに窓の外を見ると、グラウンドを嵐のような速度で走っている子が見えた。

 走る後ろに砂埃が見える。

「あれ寮の外人くんじゃない?」

 潤が言う。

 外人くん……ジェシー君?

 見ると、ジェシー君が土煙を上げてグランドを走り、疲れるとグラウンド内に転がる……を繰り返していた。

 少し体力が戻ると、再び全力で走る……を続けている。

 他の生徒は同じ速度でずっと走っている。

「持久走のタイムか」

 優馬が言う。

 そういえば一年生の一番最初に体力測定があったな。

「持久走って、ああいうもんだっけ?」

 真琴が笑う。

「間違いなく違うな」

 俺は窓の外を見ながら言う。

「おおおおおお!!」

 再び土煙を上げてジェシー君が走っている。

 それをクラスメイトが指差して笑っている。

 アメリカに持久走という競技はないのかな?

 まさかね。

「なあ、アーバンにスカウトで入った子って居るか?」

 俺は思い出して潤に聞いてみる。

 潤はアーバンの歴史にも詳しいはずだ。

「いや、僕が知ってる限り無いな。誰かスカウトなの? ていうか、スカウトってあるの?」

 俺は窓の外を指さす。

「ジェシー君は浅井さん直々にスカウトされたって聞いたよ」

「えええ、それ初耳だな」

 潤はスマホを取り出して、検索を始めた。

「あ、でも僕も家に浅井さん来たみたいよ」

「ええええ?!」

 そこにいた全員が真琴の方を見る。

「病気で倒れて引っ越した時に、一時期住所不明になって」

「それは関係ないだろー」

 潤は検索に戻る。

「でも、浅井さん本人が来る必要ないよな」

 優馬が言う。

 確かにその通りだ。

「ダメだ、他には居ないよ。スカウトが本当なら、アーバン初だ」

 潤はスマホの電源を落とした。

「あの子が……?」

 窓の外を見ると、また全力で走り抜けていくジェシー君が見える。

 他のクラスの生徒も指をさして笑っている。

 目立つのは間違いない。

 そして何より金色の髪の毛が太陽にすけてキラキラと輝いている。

 間違いなく今年の注目株ではある。


 今日は歓迎会の全体練習だ。

 龍蘭内の一番大きなホールを貸し切って、通し稽古が行われる。

 まずは選抜チームのダンス。

 そこには真琴と潤と数名の生徒が居る。

 もちろん真琴がセンターだ。

 真琴は最近髪の毛を伸ばしはじめて、かなり長めのショートカットになっている。

 踊るたびに髪の毛が汗で顔に張り付いて、それさえ真琴のダンスを美しく見せる。

 手も足も、誰より長いわけじゃないのに、踊っていると長く見える。

 それに踊りが正確なのだ。

 他の人は「俺が踊るこの踊り!」といったアピールを感じるが、真琴は違う。

 振り付け師が考えたダンスを忠実に、正確に踊る。

 そこに真琴の意思はないように見えるほどに。

「真琴くんは、ダンスの教師みたいに踊るね」

 優馬が言う。

「正確だよな」

 俺たちは観客席に座って休憩時間だ。

 選抜チームの練習を見ながら言う。

「潤はやっぱり主張がキツい」

 優馬は結構辛辣だ。

「自分を格好良く見せたいからね、普通はそうだろう。実際潤はかっこいいし」

「格好つけても仕方ないだろう? 僕はそう言ってるんだけど、あんまり分かってくれないんだよなあ」

 格好良く踊るのと、格好つけて踊るのは別だ。

「まあ……難しいんじゃないか?」

 俺は答える。

 俺自体があまり格好良くないので、わからない。

「真琴くんは、格好良くてダンスも上手いのに、主張が薄いなんて、すごいよね」

「ああ……」

 俺は思うに、真琴は自信がないのだと思う。

 真琴と付き合えば付き合うほど、根底にある淋しさを感じる。

 部屋で俺に異常に甘える真琴と、ダンスをする真琴は別人のように見える。

 舞台の上が、一番激しいダンスシーンに入る。

 曲のテンポに、真琴以外全員が遅れていく。

 真琴だけが、世界に忠実に踊る。

 真琴の世界にはきっと重力がない。

 そんなありえないことを思ってしまうほど正確に、真琴は飛んで無音で着地した。

 そして汗ひとつかかずに振向いて、静止する。

 伸ばした手は、全くぶれない。

 やべえ、格好良すぎる。

「やべええええええ……」

 俺と同じ意見が声に出ている。

 その声に振向くと、関係者以外立ち入り禁止のホールの真ん中にジェシー君が立っていた。

「あらら」

 優馬が言う。

「こら一年生、入っちゃダメだ」

 教師数人がジェシー君に向かって言う。

「尊敬する先輩のダンスを見ちゃいけないなんて、間違ってる」

 ジェシー君は叫ぶ。

「今は通し稽古中だから」

「じゃあ黙って見てる」

「だから!」

「Leave me alone and don't touch me!! I don't know why Japanese people always got mad when I said such a thing! I just wanna watch him!」

 ジェシー君が突然英語で話し始めた。

 それに早口だ。

「アメリカ育ちは怒ると英語で話すって、本当なんだねー」

 優馬はへー……と言いながら見ていた。

 ジェシー君は腕を掴まれて、ホールから連れ出されていた。

 ずっと英語でわめいていて、そのまま消えて行く。

「強烈」

 優馬はクスクス笑った。

 確かに強烈だけど、アーバンでは大事な事だとも思う。


「はい、カメラ回ります」

「よろしくお願いします」

 特にこういうバラエティー番組に収録が続くと、俺ももう少しキャラがあったほうが楽なのに、と思う。

 今日は目隠しをして、裸になったお腹の上に何を乗せたのか当てるゲーム番組だ。

「はい、これはなんでしょうかー?」

 司会者が、箱からヌメヌメしたタコの人形を出す。

「ヤバいでしょ!」

 俺以外の生徒が叫ぶ。

 俺はこういったリアクションも苦手だ。

 その人形が、目隠しをした生徒のお腹に置かれる。

「ひやあああああ!!」

 二年生の中川が叫ぶ。

「さあ何?! 何だと思う?!」

 司会が叫ぶ。

「生きてる、生きてるのお?! 生きてる確率あるのーー?!」

「あるあるある!!」

 他の生徒たちが叫ぶ。

「タコ生きてるのおおおお?!」

 中川が目隠しをしたまま叫ぶ。

「あははは!」

 他の生徒が笑う。

 これで一区切り。

 そういう事は分かるけど、俺は真面目すぎて、バラエティー番組も難しい気がするけど……。

「はい、次は第二寮の寮長、一馬くんどうぞ!」

 司会の人の促されて、俺が前に出る。

 上半身裸になり、ベッドに横になる。

「すばらしい体ですね」

 司会の人がわざとらしく言う。

「鍛えてますので」

 俺は真面目に答える。

「よ! 寮長クソ真面目!」

 他の生徒がやじりながら、俺の目に目隠しをする。

「ではいきます。これは、なんでしょうかー?」

「ぎゃああああああ!!」

 他の生徒の叫び声がする。

 俺は目隠ししてるので、何だか分からない。

 しかし大げさなリアクションだな。

 さっきのを見ていると、冷静になってしまう。

 どうせ何かの人形だろう。

 お腹に冷たい何かが置かれる。

 冷たい……固い……?

「ヤバいって!!」

 他の生徒たちが大笑いを始めた。

 冷たい物体は、トコ……と移動を始めたように感じる。

 ん? これは目隠しをしてるからそう感じるのか?

 俺の勘違いか?

「ヤバいヤバいヤバい!!」

「ひーーー!」

 笑いと共に悲鳴が聞こえる。

 ん? これは本当に動いてないか?

 そう思うのと同時に、俺の顔をガリッと掴む感覚があった。

「ぎゃははははは!!」

 他の生徒が笑い転げる声がする。

 俺は痛みにベッドから体を起こす。

 ヒラリと目隠しが取れて状況が分かる。

 俺の顔の中心にザリガニが張り付いているようだ。

「……生臭い」

 俺は言う。

 ハラリと床に目隠しが落ちる。

 司会者も他の生徒もバカ受けで床に転がって笑っている。


「ぎゃはははは!! これ一馬、ヤバいって、涙が出る」

「ちょっとあり得ない。なんでこんなに冷静なの?」

 早速配信された番組を見て、潤と真琴は涙を流して笑っている。

 俺の顔に中心にザリガニがくっついていて、俺はそれを取らずにカメラにアップで映っている。

 あげくそのまま他の生徒の方に歩いたので、他の生徒が逃げ回って、最高に絵柄になっている。

「どうして取らないの?! 痛くなかったの?」

「いや、状況が分からなかったから、取ってもらおうと思って」

「中川くんが腰抜かしてるよ、あの子生き物苦手だから」

 画面にはタコの人形を乗せられた中川が、ひっくり返っている。

「見てよ、視聴者数、飛び抜けてるよ、コメント4500越えてる、ヤバいよ」

 潤は情報画面を見ながら言う。

「評判がよくて良かった」

 俺は素直に言う。

 正直自信が無かったので、喜んでもらえたらそれだけで嬉しい。

「鼻、痛くないの?」

 笑いすぎて涙を浮かべた真琴が、俺の鼻を指さす。

 ザリガニに挟まれて、少し血がにじんでいた。

「少しだけ」

「じゃあ絆創膏だ」

 真琴は引き出しから絆創膏を出して、俺の鼻に張った。

「……いたずらっ子かよ!!」

 その姿を見て潤が笑う。

 鏡を見ると、昔の漫画のように鼻に絆創膏を貼った俺が居る。

「わざとだろ」

 真琴の方を見て言う。

「もちろん」

 ククク……と真琴が笑う。

「あ、優馬の料理番組も上がってるよ」

 潤が画面をクリックする。

 俺と同じタイミングで撮影だったはずだ。

 画面にはひたすら千切りをする優馬が映っている。

 とにかく千切り……ずっと千切り……5分見てても千切り……10分見てても千切り……。

「これは……何が出てくるのかな」

 15分たって、番組は終わった。

「千切りだけかい!」

 番組名は……千切りの優馬。

「なんだそりゃ!」

 俺たちは部屋に転がって笑った。


「一馬くん、すごく評判がいいよ!!」

 龍蘭の企画部の部長が教室にきて叫んだ。

「良かったです」

 俺は教科書を片付けながら言った。

「見た見た、一馬冷静すぎて超面白い」

 杏奈が俺の席に来て言う。

「私も涙出たよー、笑いすぎて」

 美波さんが言う。

「ちょっと見直しちゃった」

 クラスで話したことがない女の子も来る。

「コメントもビューも飛び抜けてるから、もっと撮ろう! 次はゲテモノ食べる番組やりたいんだけど、何か苦手なものある?」

「特にないです」

 俺は答える。

 人生で食べられなかったものはあまりない。

「よっし、任せて!!」

 企画部部長は、スマホで電話しながら消えた。


 俺の机の上には、見るからにカエルといった唐揚げが置かれる。

 股の部分が開いていて、見るからにカエルだ。

「ぎゃあああああ!!」

 俺以外の生徒が机から逃げ出す。

 でも俺はちょっと興味がある。

「鶏肉に似てるらしい、ですよね?」

「マジかよ、一馬ーーー!」

 床に逃げた中川が叫ぶ。

 とりあえず手に持って食べる。

 カエルの足がメリッと取れる。

「ぎゃあああああ!!」

 他の生徒たちが顔を隠して叫ぶ。

 ん、この味……。

「ささみですね。筋肉の良さそうだ」

「カエルだよ!!」

 中川くんが床から突っ込む。

 

 またこの番組も評判になり、俺は週に何度もゲテモノを食べることになったが、不思議と何ともない。

「結構おいしかったぞ、カエルもバッタも」

「僕は無理だーーー」

 真琴も潤も優馬も画面の前でおびえる。

 個性なんて俺には無いと思ってたけど、人と少しでも違うなら、それは良いことかも知れないと俺は少し思う。

 少なくとも、俺はゲテモノはそれほど苦手じゃない。

 さっきからチラチラ見える、真琴の長い太ももには、心臓が締め付けられるほど、ドキドキするけれど。

「ぎゃああああ、一馬、あれ、何?!」

 真琴が俺の飛びついてくる。

 その胸の感覚……またブラしてないだろ!

「……ワラスボ」

「ラスボス?!」

「違う、ワラスボ」

「ラスボスだーーー!」

 真琴は俺にしがみついて叫ぶ。

 おおお……今のが全然ドキドキする。

「一馬やべええ、頭から丸かじりかよ!!」

 反対側には潤もしがみついてくる。 

 うん、全くドキドキしない。ただ重い。

「こわすぎる……」

 首には優馬が後ろから飛びついてくる。

 うん、苦しいだけだ。

 俺は人間ハンガーじゃないぞ? お前達。



「真琴先輩、僕、センターになりました」

 朝ご飯の食堂で、真琴の隣に座ったジェシー君が言った。

 昨日まで真琴さんと呼んでいたのに、先生に説教でもされたのか、真琴先輩になっている。

「え、本当に? 良かったね」

 真琴は箸を置いて言った。

 俺と真琴の前の席に、ジェシー君と同室の岡田くんが座る。

「おはようございます、ここ、良いですか」

「おはよう」

 俺と真琴は答えて、着席を促す。

「本当にセンター取ったの?」

 真琴がお茶を飲みながら聞く。

「取りました。アーロン踊ります」

「すごいね、楽しみにしてるよ」

 真琴が言う。

「正直、ぶっちぎりに上手いですね、ジェシーは」

 岡田くんは、いただきます、と手を合わせて食事を始めた。

「よし、今日の目標、練習6時間。頂きます!!」

 パンッと手を合わせて、ジェシー君は食事を始めた。

「6時間?!」

 俺は言う。

「それでも足りない。真琴先輩に追いつきたいです」

 ジェシー君は食べながら言う。

「やり過ぎると、体壊すよ、適度にね」

 真琴は言う。

「俺はダンス始めて、まだ二年経ってないんです。それでも真琴先輩と踊りたいなら、努力が必要だ」

「二年?! ヤバいわー……ジェシー、まだ二年なの?」

 岡田くんが言う。

 ジェシー君はコクリと頷く。

 確かにアーバンの所属している人間は小学校から踊っているのが普通だ。

 二年はかなり短いほうだろう。

「俺の脳裏にアーロンを踊る真琴さんが居て、離れない。あの姿に俺は、全然追いつけない」

「嬉しいけど……僕も10年以上踊ってるからなあ……」

 真琴は少し戸惑いながら、頭を掻く。

 その手をスッとジェシーくんが掴む。

「期間なんて、長さなんて、関係ない。俺は好きな人と同化したい」

「好き? 同化?」

 手を掴まれた真琴が少し身を引く。

「踊る真琴さんを一目見てから、真琴さんのダンスが好きで仕方ないです」

「ああ、ダンス、ダンスね」

 真琴は掴まれた手を離す。

「見ててください」

 カカカカッとジェシーくんは残ったご飯を口に入れた。

「毎日毎晩真琴先輩のダンス動画見てるから、正直怖いですよ」

 岡田君が言う。

「I want to be one. 同化に一番必要ですから。ごちそうさまでした!」

 ジェシーくんは皿を持って、立ち上がった。

「……同化」

「同化?」

 俺と真琴は顔を合わせて真顔だ。

 それにしても、アメリカ人はすぐに体に触るな……。

 俺はチラリとジェシー君が触った真琴の手を見た。

 それに真琴が気が付く。

「ね、今日は腕相撲大会の収録でしょ、僕とやろうよ?」

 真琴が肘を机に置いて、手をヒラヒラさせる。

「ん、いいぞ?」

 俺はその手を掴む。

「よし、よーい……どん!」

 一秒で俺は真琴の手を倒す。

「あははは負けた!」

 全く抵抗を感じなかった。

「抵抗したか?」

「……してません」

 真琴は俺の手を掴んだ指に力を入れた。

 机の上で手を繋いだ状態になる。

「!!」

 真琴、わざと……!

「さ、行こうか」

 真琴はその手を離して立ち上がって微笑んだ。

 ああ、小悪魔すぎる。

 俺は机にうなだれる。

ジェシー君の英語は、翻訳サイトで翻訳させて書いてます。

これを言いたいなら、こんな風に!がありましたら

ぜひコメントにください。

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