青い瞳と、台風の予感
「1.2でターンして、3.4で反転、5.6.7でワンツー」
毎年五月のGWに開催される一年生の歓迎会の練習が始まった。
メインは真琴と潤の二人だ。
「潤、違う。こっちから入ったら顔が見えないから」
「はい」
「真琴は右肘落ちてる。そこクセになってるよ」
「はい」
「潤、だから違うって!」
「すいません!!」
やはり真琴のダンスが一段抜きに出ている。
それは練習を見ていても分かるレベルで、振り付けも真琴がメインになっている。
中学生の時から体重は5キロ以上落ちたようだが、最近は薬との相性も良く「体が軽くなった!」と喜んでいる。
従来アーバンのダンスは少年向きに作られているので、体が軽い方が楽に踊れるのかも知れない。
「聞いた? 真琴くん、北海道決まったみたいよ」
優馬が俺に近づいて言う。
「聞いた。二週間だろ」
真琴はLINKSのライブツアーに同行することが決まった。
三年生からは蒔田先輩、二年生からは真琴、一年生も今年のセンターの子が同行するらしい。
「最近龍蘭の専門誌も増えたし、専門チャンネルまで始めるんだろ? 一馬は何するの?」
「俺は完全にバラエティー班だ」
「山羊と競争するんでしょ? 聞いたよ」
優馬はタオルで口を押さえてククク……と笑った。
来月から始まるネット専用のアーバン専門チャンネルで、龍蘭の学生にスポットをあてた番組が多数始まる。
俺はガタイの良さと、運動神経を買われて、デコトラと競争とか、鹿とせんべいをかけて障害物競走とか、妙な番組が多い。
龍蘭の企画部もやりたい放題だ。
「優馬は?」
「僕、何故か料理番組なんだよね」
「ああ、でも、イメージあるわ。料理できるの?」
「全く」
「だよなあ」
真琴や潤のようなメインは出ないが、俺たちには大きなチャンスになる……と思う。
俺たちもアーバンから給料を貰っている立場なので、もう少し露出すべきだろう。
「……はあ、はあ、ダメだ、全然ついていけない」
潤がドスンと座った。
「脱水になるよ」
優馬がペットボトルを渡す。
潤はそれを受け取って一気に飲み干した。
そして大きく息を吐き出す。
「去年のセンターは僕だったのに、もう全然ついていけないよ。真琴くん、どれだけ練習したんだ」
真琴はまだコーチと練習を続けている。
見てると、フォーメーションについて意見しているように見える。
実際踊ってみないと分からないことも多いのがダンスだけど、自分で意見できる人は少ない。
でも真琴の夢は振り付け師だから、プロの振り付け師と話せるのは勉強になるのだろう。
「城ノ内さんに付いてるのも大きいな」
俺は言う。
真琴はLINKSのバックにつく事が増えて、毎回城ノ内さんのレッスンを受けるようになった。
「毎週水曜日はドア開けたら、もう床に倒れて寝てるぞ」
「怖い」
優馬が言う。
横からスッと潤が立ち上がる。
「やらなきゃ。ダメだ」
その横顔は決意と焦りに満ちていて、俺と優馬は黙る。
各グループにメインダンサーは一人だ。
真琴と潤はそれを争う立場にいる。
どうしても忘れてしまうけど、俺たちは仲間でライバルだ。
「腕相撲ですか?」
「龍蘭対抗腕相撲大会! 一馬くんは横綱として君臨してくれない? はい!」
龍蘭番組企画部の人は、机の上に肘をついて俺の方に手を向けた。
勝負しようってことだな?
俺も机に肘をついて、企画部の人の手を握った。
「よーい……ファイト!」
言われてから一秒後に、俺は企画部の人の腕を倒していた。
「ええええええ」
「力入れてますか?」
「僕、これでも企画部で一番強いよ」
「抵抗を感じませんでしたが」
「よし、企画の一部に入れとくね! いやあ一馬くんを見てるとやりたいことが沢山浮かぶよ」
それは良かった……のかな。
俺の企画にまた妙なものが増えた。
鹿と戦い山羊と競い、腕相撲の横綱となる。
まあそれがデビューに繋がるなら、それで良い。
「……アーバンに企画枠でデビューした人って、いるのかな」
居ない気がする。
寮に戻ったら、寮長の歴史でも音読しよう。
「疲れたーーー」
真琴が倒れ込んで帰ってきた。
「お風呂沸いてるぞ」
「お風呂?!」
真琴は倒れたまま顔だけ上げた。
「お風呂上がりにコーヒー牛乳。瓶だぞ。食堂のおばちゃんが新しく入れるか悩んでるって、サンプルくれた」
「飲むーー、飲むよーーー」
真琴は床に転がったまま叫ぶ。
でも動かない。
「はー……体がなまりのように重い」
「風呂に入れ」
「分かったよー」
真琴は、はいはいの動きのままお風呂に消えた。
また何も服を持って行ってない……。
最近の真琴は風呂に入ってから「パジャマ投げてー」と俺に言う。
男も女も使えるボクサータイプの下着とパジャマだけど……一瞬裸の真琴が居るバスルームを開けるんだぞ?
隙間数センチとはいえ、開けるんだぞ?
その時にわざわざ「覗きですか?」とかいうくせに……!!
俺が覗き魔なら、真琴は露出狂だろ?!
俺はぬるぬると風呂に入って行く真琴の背中の服を掴んだ。
「おいパジャマ持って行け」
「持ってきて」
「持って行け!!」
「いじわるーー」
真琴ははいはいのままパジャマを取りに行って、風呂に消えた。
トントンと部屋をノックする音がする。
寮長に客は多い。
でも今は真琴がお風呂に入ってるし、部屋には入れなくないな。
「はい」
俺は返事して、部屋から出ることにした。
ドアを開けると、そこには金髪の男の子が立っていた。
「今日からお世話になります、松村ジェシーです!」
じぇ、じぇしー?
外人さんか?!
俺は少し身構える。
いや、思いっきり日本語使ってるから、ハーフだろうか?
「家でゴタゴタして入寮が遅れました。今日からよろしくお願いします!」
「はい、よろしくお願いします。俺は寮長の高東一馬、副寮長の市ノ瀬真琴は……」
「真琴さん、今部屋にいますか?!」
ジェシー君は、俺の体の隙間から部屋の中を見ようとする。
俺はなんとなく、それを阻止する。
「いや今風呂」
「いいですねー、お風呂」
ジェシー君は目尻をさげて笑った。
その瞳は青色で、本当の王子様のような風貌だ。
動くたびに金色の髪の毛がふわふわと揺れる。
「第二寮には無いけど、第一寮には銭湯があるぞ」
「銭湯って、アメリカにはない文化で、ちょっとまだ怖いですね」
なるほど。やはりアメリカ人とのハーフか。
「日本にはいつ来たんだ」
「ついこの前」
「え? そうなのか」
「夏休みに東京帰った時に、浅井さんだっけ、社長さんにスカウトされたんです。それで龍蘭決めました。アメリカの高校決まってたんですけどね、あはは」
浅井さんのスカウト?
俺は数年しかアーバンに関わってないけど、スカウトで入った人なんて聞いた事が無い。
それにアメリカの高校蹴ってまで、龍蘭に……?
ガチャリとお風呂のドアが開く音がする。
「真琴さん!」
俺を軽く退かして、ジェシー君が部屋に入ろうとする。
「ちょ……!」
俺はジェシー君を追い返す。
真琴は察したのか、ドライヤーを持って洗面所に戻った。
「まだ風呂入ってるから」
「俺、真琴先輩がいるから龍蘭に決めたんです。絶対トップとって、真琴さんとデビューしたい。よろしくお願いします!」
ジェシー君は大きな声で言った。
真琴がいるから龍蘭に……?
「明日また来ます!」
シェシー君はbye! と軽く手を振って、階段を下りていった。
指二本でbye! って、アメリカの青春映画以外で初めて見たぞ。
カチャリ……と洗面所の扉を開けて、真琴が顔を出した。
「何……? 一年生?」
その服装は薄いTシャツ1枚で……俺は、慌てて部屋のドアを締めた。
「真琴のファンだとさ」
「えー、僕って、ファン居るんだー」
真琴はソファーに転がった。
ファン居るんだ……って、真琴はあまり現状を理解してないらしい。
ジュニアの中では、蒔田先輩を抑えてNo.1人気になってるのに。
「ねえコーヒー牛乳! 飲みたいー」
はいはい、と俺は言いながら机の上にあったコーヒー牛乳の瓶を渡した。
「懐かしい」
真琴は蓋をあけて、一気に飲んだ。
「美味しい。なんで瓶とパックで味が違うんだろう」
笑顔の真琴を前に、俺は胸騒ぎがしていた。
なんだろう、これはきっと、台風の予感だ。
雨戸だー、雨戸をしめろーー!
寮に雨戸はないけど、そんな気持ちだった。




