歓迎ソバ祭りと、暗闇の笑顔
「おは……ようございます……」
「おう、おはよう。寮長の高東一馬だ。なんでも聞いてくれ」
「あ……はい……」
新入寮生の目が俺のTシャツで毎回とまるが、わざとやってるから気にしない。
「みんな釘付けですね」
寮の管理人として働いている関田さんがクスクス笑う。
関田さんは長期休み以外は寮で生活している人で、年齢は70才くらいのおじいさんだ。
「とりあえず覚えて貰えるから、良いですね」
俺はTシャツを引っ張った。
それは今年杏奈から貰ったもので【魂のゾンビ祭り】と書かれている。
後ろはソンビたちが太鼓を叩いている絵で、全く理解に苦しむ商品だ。
「今まで部屋着だったんですけど、真琴がインパクトが大事だと言うので」
「大切ですよ。蒔田さんも紫色がお好きでしたけど、毎日着ていたのは、寮長になってからです」
なるほど、キャラ設定だったのか。
俺と真琴が来た時も、蒔田先輩が全身紫の服装で立ってて衝撃的だったけど、今なら分かる。
覚えてもらう必要があるんだ。
普通の服装で立とうとしてた俺に真琴がそう言った。
「寮長が紫、僕たちはすぐに認識できただろ? それはわざとだよ。一馬も何かインパクトがないと」
そういって取り出してきたのが、魂のゾンビ祭Tシャツだった。
僕も入り口の挨拶手伝う! と真琴は言ってくれたが、真琴は入学式終了後、すぐにレッスンで疲れている。
俺は申し出を断って関田さんと二人でやっていた。
「おはようございます……うわあ……すごいですね」
新入寮生がまた入り口で俺のTシャツをみて立ち止まる。
「おう。おはよう」
「あの、僕、同じ部屋の人、イヤなんですけど」
「え?」
挨拶も聞かずに愚痴りはじめる一年生に俺は絶句する。
「俺は衛藤大吾っス。同じ部屋の人、梅ノ崎くんって言うですけど、コンサートでよく一緒に回って知ってるんですけど、イビキがうるさいんですよ」
衛藤くんと名乗った子は、前髪が前下がりに長く、人目でアーバンだと分かる顔が綺麗な子だ。
リストを確認すると、確かに梅ノ崎達也くんと同室だ。
「でもね、部屋割は五十音順で、決まってるんだ」
俺は諭すように言う。
あとで聞いたのだが、あれこれいじると不満が出るので、そう決めているらしい。
「隣の部屋の岡田に確認したら、変わってくれるって話なんスけど」
衛藤くんは前髪をいじりながら言う。
後ろから男が顔を出す。
「俺はべつにどこでもいいです。梅ノ崎のイビキより、俺のイビキのがうるさいし。あ、岡田です。よろしくお願いします」
岡田と名乗った子は背は小さいが礼儀正しい雰囲気で、肩に柔道の胴着らしきものを持っている。
今回第二寮に入るのは全てアーバン所属の子だけど、柔道やってる子は珍しいな。
「岡田くんは寝言もいうからなあ……あ、僕は梅ノ崎です、よろしくお願いします」
またその後ろにいる男がポツリと言う。
身長がかなり高くて、俺と同じくらいだから180近くある。
「梅ノ崎のイビキのうるさい」
「岡田の寝言もねえ……」
「衛藤は文句言いすぎ」
三人は入り口で叫び始めた。
俺はパンと手を叩いた。
「はい、おしまい。部屋割りは決まってます。鍵を持って各自入ってください」
「まじかよーー」
三人はぐちぐち言いながら鍵を持って消えた。
それでも廊下でなにやら言い争いをしている。
「はー……」
俺はため息をついて椅子に座った。
「新寮長、がんばってください」
俺の肩を管理人さんの関田さんが軽く叩く。
まだ初日だ。
もう疲れた。
俺は正直、人の顔を覚えるのが苦手だ。
名前を名乗られても、誰が誰だか、すぐに忘れる。
俺をみんなが覚えてくれても、俺は忘れてしまう気がする。
ああ……本当に寮長なんて出来るのか?
でもやらないと。
俺が寮長なんだから!
「準備出来てるよ」
「ありがとうございます」
食堂に向かうと、もうゆであがったソバが大量に置かれていた。
「つゆはマグカップでいいの?」
「はい」
俺は大量に置かれたマグカップを見た。
立って夜に外でソバを食べるのだ。
取っ手がついていたほうが、食べやすいのでは無いか……と考えた。
薬味はすべてボウルに入れて置く。
つゆは各自好きな味付けにするために、ペットボトルのまま現場に持って行く。
水も一緒に氷と共に水筒に入れて置いておく。
一緒に流すと面白いと聞いて、さくらんぼや、プチトマトも準備した。
かき揚げも山盛り作った。
「では、運びます」
「はいよ!」
俺と食堂のおばさんたちはリアカーにソバや食材を乗せて、ツリーハウスに向かった。
第二寮からツリーハウスまで徒歩だと15分程度かかる。
時計を確認するともう5時。
6時には開始するのだが、その頃外はもう暗い。
もちろん外灯があるのだが、準備は明るいうちに済ませたほうがいい。
運ぶ荷物も多いし、移動させる人数も多い。
思いつきで流しソバにしてしまったけど、本当に良かったのだろうか。
俺の心に不安が顔をもたげるが、もう引き返せない。
ここまできたらやるしかない。
ツリーハウスにつくと、小松さんが二階から手をふってくれた。
「ソバこっちに持ってきて」
「あら、小松さん~」
食堂のおばさんが手を振る。
俺たちはツリーハウスの二階にソバを運んだ。
「あら、ここで寝てるの? ちゃんと帰ってる? すずちゃん悲しむわよ~」
「帰ってるよ、一週間に二回くらい」
「少なっ!! こんど愚痴聞きに行こうかしら」
「頼みますよ」
小松さんは目尻をさげて微笑んだ。
俺たちは荷物を置いて、寮に戻る。
「小松さんとお知り合いなんですか?」
「第二寮で30年働いてるのよ? 知らない人なんて居ないわ」
食堂のおばちゃんは胸を張った。
30年?! このおばちゃん……龍蘭のラスボス……?
「ちょっと、何その目」
おばちゃんが笑う。
「いえ、小松さんって、昔アーバン所属でしたよね」
「浅井社長とダンサーの城ノ内さんとツリーハウスの小松さんは同期よ。ついでに小松さんの奥様のすずちゃんも同期。ついでに私も、同期」
おばちゃんは自分を指さした。
「えーー?! 龍蘭出身なんですか?」
「何が聞きたいの? ほら、あめちゃん食べる?」
おばちゃんはポケットからあめ玉を出した。
「……大阪の方なんですか?」
おばちゃんは割烹着のボタンを外した。
下からヒョウ柄の服が顔を出す。
「東の都に40年住んで、魂も東京人や……」
「めちゃくちゃ関西の人ですよね」
「ごめん、休暇は全部大阪戻ってる」
俺たちは笑いながら寮に戻った。
寮長をすることで、知らなかった世界が広がる。
それは面白くて、俺は好きだった。
貰ったあめ玉を口に入れる。
甘くて冷たい。
寮に戻り、そろそろ開始時間。
寮内放送をかけるために放送室に入る。
寮の中にこんな部屋があると知ったのも、寮長になってからだ。
たまに寮内にかかっていた妙な音楽は、すべてここから流していたのか。
ボタンを押すと赤く点灯する。
「寮長の高東です。ただいまから第二寮恒例の、歓迎ソバ祭りを始めます。一年生二年生共に食堂にあつまって……」
そこまで言った瞬間。
ブツリと音声が切れた。
「え?」
俺はマイクボタンを押す。
でもそのボタンは赤く点灯していない。
その前に、放送室の電気が落ちて、真っ暗になっている。
まさか?!
廊下に出ると、廊下も真っ暗だ。
「停電?!」
俺は叫ぶ。
寮の中が真っ暗だ。
とりえあず、食堂に集合までのアナウンスはした。
俺も食堂に向かう……けど、この寮に非常灯は無いのか?!
真っ黒だぞ!
なんとか一階の食堂へたどり着いた。
食堂の中は一年生と二年生が大騒ぎしている。
暗くて、誰が誰だ分からないレベル。
やばい……背中を冷たい汗が流れる。
「一馬! 一馬いた!!」
肩を叩かれて振向くと真琴が居た。
「真琴……」
見慣れた顔に安堵する。
「ちょっと、これ何がどうなってるんだ?」
「俺も分からない」
「寮長ーーー!」
管理人室の方向から声がする。
俺と真琴は人混みをかき分けて、暗闇の中、食堂の隣にある管理人室に向かった。
「龍蘭に繋がってるケーブルが、工事ミスで丸ごと断裂されたらしい」
管理人の関田さんがスマホの通話ボタンを切って言った。
龍蘭はオール電化だ。
そのケーブルが断裂したとなると……
「復仇は?」
「三時間かかるらしい」
「マジですか」
俺は管理人室前の廊下にずるずる座りこむ。
廊下や食堂は各自が持ったスマホのライトだけが見える状態。
それくらい暗い。
もう6時で、完全に日没した。
今日は月も出てないので、入り口に近いこの場所でも、ほぼ真っ暗だ。
食材は全て運んであるし、龍蘭自体が停電したなら、外も真っ暗だ。
ツリーハウスまでたどり着けないだろう。
各自部屋で待機と言っても、この真っ暗じゃ慣れた二年生でも難しい。
それなのに来たばかりの一年生は、もっと厳しい。
どうしよう……どうしよう……。
俺は頭を抱える。
暗さが思考をマイナスに引きずり込む。
食堂のほうから怒号も聞こえるし、どうなってるんだよー、寮長-? と俺を呼ぶ声も聞こえる。
やっぱり寮長なんて無理だったんだ。
もうイヤだ……。
どうしたら良いのか、分からない。
俺は膝を抱える。
お尻が冷たい。
「大丈夫。落ち着こう」
頭を抱える俺の真横にフワリと甘い匂いが香る。
真琴だ。
匂いと声で分かる。
至近距離に近づくと、真琴の表情が見えた。
いつも通りの真琴の顔。
真琴が俺の肩に掌を置いて、トンと軽く叩く。
そして耳元に口を寄せて、小さな声で言う。
「僕が病気になって学んだ、たった一つのことは、引き返せないなら前だけ向け、だ」
振向くと、暗闇に微笑む真琴の笑顔が見えた。
その笑顔はいつも通りで、俺はどうしようもなく安心した。
そうだな。
突然女になるより、寮長で停電くらう方が、きっと楽だ。
比べられる事じゃないけど。
俺は小さく笑った。
よし、考えよう。
まずは電気の確保だ。
でも俺は災害マニュアルを、まともに読んで無かった。
だってこんなことになるなんて……。
「電気って言ってもなあ……」
俺は呟く。
「災害マニュアルに、懐中電灯が大量にあるって書いてあったよ」
真琴が言う。
「全部読んだのか?」
俺は真琴の顔を見る。
「僕は副寮長だよ?」
毎日レッスンで恐ろしく忙しいのに、いつの間に……。
「一階の物置だよ、行こう」
俺と真琴は一階奥にある物置に向かう。
暗闇の中、なんとかたどり着いたが、物置には鍵がかかっていた。
「鍵の場所までマニュアルに無かったよ」
真琴はふー……とため息をつく。
「お待たせ!」
振向くと、食堂のおばちゃんが立っていた。
手には鍵束を持って居る。
「鍵!」
俺は叫ぶ。
「鍵は放送室に一括管理されてるんだよ?」
「マニュアルにありましたか?」
真琴が聞く。
「災害マニュアルには書いてない。寮長の規定に書いてあるんだ」
おばちゃんは鍵束から物置の鍵を出して、開けた。
中には50個ほどの懐中電灯がある。
一緒に予備の電池も置いてある。
「鍵の場所も災害マニュアルに書いたほうがいいですね」
真琴が懐中電灯の電気をつけて苦笑する。
「その通りだね」
食堂のおばちゃんも笑った。
俺たちは持てるだけ懐中電灯を持って、食堂へ向う。
俺は歩きながら考える。
電気の確保は済んだ。
そしてどうしよう。
室内で懐中電灯で復仇を待つ?
でも懐中電灯がこれだけあれば、ツリーハウスまで行ける。
行っても電気が無いんじゃ……
そこまで考えて、俺は閃いた。
「注目!!」
俺は一番前に立って叫んだ。
食堂はガヤガヤと大騒ぎになっていた。
当たり前だ、来て初日に停電なんて一年生は何が何だか分からないだろう。
真琴が俺を懐中電灯で照らしている。
俺だけ明るくて周りが全て暗いので、みんなの表情が見えないのが気楽なほどだ。
「龍蘭に繋がってる電気ケーブルが工事ミスで断裂、修復には三時間ほどかかるそうだ」
「えーー……」
どよどよと声がする。
俺は続ける。
「スマホのライトもそうは持たない。一階の物置に懐中電灯がある。各自それを持って、今から外にあるツリーハウスに向かう」
「えーーー?! ソバ祭りやるの?!」
二年生側から声がする。
「今年のソバ祭りは、流しソバだ」
「無理だろーーー」
という声がそこら中から上がる。
俺は続ける。
「懐中電灯を持ってツリーハウスに向かう。足元を二年生が照らすから、一年生はそのまま待機。二年生、副寮長の真琴の後ろについて一階に押し入りに向かい、懐中電灯を運んで」
「はい」
真琴が俺に一つの懐中電灯を渡す。
俺はもう一つの懐中電灯をつけて、数人の二年生と現場確認に向かった。
やはり思った通り。
「明るい……電気がついてる。何で?」
「断線したんじゃないの?」
俺は思い出してした。
ツリーハウス周辺は、そもそも電気がきてない。
すべてソーラーパネルでまかなわれている。
小松さんがそう言って居た事を思い出したのだ。
「来たね。ナイス判断だ」
小松さんが電気がついたツリーハウスから顔を出す。
そうだ、ツリーハウス自体もソーラーパネルで電気がまかなわれている。
炊事場近くの広場には、小さいがたき火も炊かれていた。
ツリーハウス周辺だけ、ふわりと明るい。
「やるじゃん」
振向くと真琴が一年生を連れてツリーハウスに到着していた。
「ありがとう」
「何が?」
真琴は懐中電灯の電気を切った。
「真琴が俺を落ち着かせてくれたんだ」
「何言ってるの? こんなすごいソバの道っていうの? 竹で作ってて、一馬のがすごいよ」
真琴は顔を上げた。
「おおおおお……!!」
一年生と二年生が騒ぎ始める。
小松さんがツリーハウスの二階から水を流し始めた。
「すごーーい!」
真琴も竹に走り寄っていく。
「僕たちは、どこにいけばいいスか?」
振向くとみたことがある顔。
でも名前が出てこない。
「あっちじゃないだろ。水来てるぞ」
あ、この子は柔道着の子だな、なんだっけ……。
顔は出てくるけど、やっぱり名前が出てこない。
「衛藤くんは同室の梅ノ崎くんと、あっち側に行って。岡田くんは同室誰だっけ?」
そうそう、衛藤くんと梅ノ崎くんと岡田くんだ。
俺は納得する。
振向くと潤が一年生に指示を出していた。
「潤……ありがとう」
「竹、すごいじゃん」
「いや、潤こそ、一年生の名前と顔、もう覚えたの?」
「僕はお父さんが政治家だからね、顔と名前覚えるのは趣味みたいなもんだよ。あ、中島くんはあっちねーー」
俺は潤の背中を見ながら、脱力していた。
俺は苦手なことも、何もかも、一人でやろうとしてなかったか?
「一馬ーー。こっち水漏れてるから直していい?」
振向くと水圧で少し壊れた筒を、優馬が紐で直している。
俺は大きく息を吸い込んで言った。
「頼むーーー!」
大きな声で言った。
そうだ、苦手な事は人に頼めばいい。
俺はマニュアルを読むのが苦手だ。でも真琴は得意だ。
俺は名前と顔が一致しない。でも潤は得意だ。
俺は細かい仕事が、得意じゃない。でも優馬は得意だ。
俺は寮長だけど、すべてする必要はない。
そんな当たり前のことにやっと気が付いて、俺は大きく深呼吸して、大声で言った。
「第二寮恒例、ソバ祭り始めます!!」
「おおおおおおお!!!」
一年生も二年生も歓声を上げる。
龍蘭の中でそこだけ明るいツリーハウス周辺。
伸びた竹の道は50m。俺はどんどんソバを流す。
「ちょ、予想以上にソバ速度すごい」
「俺のソバーー、流れていったーー」
「あ、赤いソバあるぞ?」
「いやトマトじゃね?」
「ちょっとお前、ソバをせき止めるなよ」
「かき揚げうめえ」
「お前、かき揚げ流すな!!」
みんな笑顔でソバ祭りを楽しんでいる。
その中には、さっき入り口でケンカしていた一年生三人の姿も見えた。
三人とも楽しそうにソバを食べている。
俺はその姿を見て心底安心した。
「いいじゃん、寮長。やるね」
振向くと真琴が二階に上ってきていた。
「真琴も流す?」
俺は場所を離れる。
「やりたい!」
真琴もトングでソバを持って、流す。
ソバは思ったより速度を上げて竹の道を流れていく。
「これ、楽しいね!!」
真琴は笑顔で振向いた。
「闇夜に消えて行くソバ、思ったより楽しいな」
俺は近くにあった椅子に座った。
「一馬は僕に全然手伝わせてくれないんだもん。寂しかったよ」
真琴はソバを流しながら言う。
「ごめん……これからは、手伝ってくれって、言う」
それがどれほど大切か、思い知らされた。
「マニュアルなら全部読んだよ?」
真琴はトングを指先でクルリと回す。
「食堂のおばちゃんに負けてたじゃねーか」
俺は笑う。
「寮長マニュアルは一馬が持ってるだろ?」
俺たちは笑いながら、どんどんソバを流す。
下の方で潤と優馬も手を振っている。
俺は一人じゃない。
電気が消えても、怖くても、なんとかなる。
「星がすごいよ」
真琴が空を見上げて言う。
龍蘭一帯の電気が落ちたので、一気に暗くなり、星が見事に見えていた。
「悪いことばかりじゃないな」
俺も空を見上げる。
「僕も最近、そう思うよ。悪いことがあっても、悪いことばかりじゃない」
真琴は、俺のTシャツを引っ張った。
その指先に、少しドキリとする。
「……しかし、そのTシャツ、無いわ」
「真琴が着ろって言ったんだろ?!」
俺の二年生、寮長ライフが停電と星空と真琴の指先と共に始まった。




