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ボタンと泣きぼくろ

「ヤバい、一馬、面白すぎるからもう一回やって」

「仕方ないな……オラ!!!」

 俺が胸を張ると、胸元のスナップボタンがはじけ飛んで、俺の肌があらわになった。

「あはははあはは!!」

 真琴と優馬と潤が床に転がって笑う。

 俺たちは今日最上階の三階、寮長の部屋に引っ越してきた。

 前と同じで、隣は優馬と潤の部屋。

 部屋割も寮長に任されていたが、大して問題がないと聞いていたので、一年の時の部屋割そのまま上に上げた。

「世紀末が見える、ヤバい、胸に七つの星書いていい?」

「やめろ!」

 俺が叫ぶのも聞かず、真琴と優馬が俺を押さえつけた。

 潤がペンを取り出して、俺の胸に七つの星を書いた。

 胸を移動するペンの感触が気持ち悪い。

「出来た!」

 見ると本当に七つの星が書かれている。

 無駄に高い画力で美しく。

「何なんだ……」

 俺はうなだれる。

「もう一回! もう一回!」

 潤が俺に白いワイシャツを渡す。

 もうこうなったらヤケクソだ。

 俺はワイシャツを着て、スナップボタンを止める。

「……オラ!!!」

 胸を張ると、スナップボタンがはじけ飛んで、潤が書いた七つの星が出てきた。

「あはははははは!!!」

 三人は再び床に転がって笑う。

「これほんと鉄板だわ、限度超えて面白い」

 潤は泣きながら言う。

「まさかボタンが全部飛ぶなんてね」

 真琴も目に涙を浮かべている。

「僕の仕事は完璧でしょ?」

 あまり笑わない優馬まで、爆笑だ。


 ことの始まりは、入学式には寮長挨拶があって、その時はスーツが必要だと言われたことだ。


「制服じゃダメなんですか?」

「なぜか伝統的にスーツなんだよ。俺もこれを着てたの、覚えてる?」

 蒔田先輩が見せてくれたのは、真紫のスーツ。

「ああ……」

 すごく、覚えてます……。

 入学式で寮長挨拶があったな。

 こんな人が寮長なんだって、面白そうだな……と思ったのを思い出した。

「僕のように個性を出す必要はないけど、制服じゃなくて、スーツ着用だから」

「わかりました」


 お母さんに頼むと、スーツ一式を買って送ってくれた。

 ワイシャツに上着にスラックス、革靴まである。

「おお、一馬着てみてよ」

 真琴は期待満点な表情で俺の前に座った。

 さっそく部屋で着て胸を張ると……パパパパパーン!! と派手な音をさせて何かが飛び散った。

「いたたたっ!!! 何か飛んできたんだけど?!」

 真琴は顔を押さえて、床を見た。

 そこには無数のボタンが落ちていた。

「え? まさか、全部飛んだの? ちょっと見せて?」

 俺のワイシャツをガバッと開いた。

「ちょっと真琴……!!」

 なんだか恥ずかしい。

 真琴はワイシャツを確認する。

「全部ボタン飛んでる……一馬、筋肉増えたんじゃない?」

「そうかも知れない……」

 俺はボタンが全てはじけ飛んだワイシャツをダラリと着込んで立ち尽くした。

「……どうしようもなく面白いよ、その状態。ダメだ我慢できない……!!」

 真琴は部屋を飛び出して、隣の部屋に行って叫んだ。

「北○の拳が出たよーー!」

「なんだってーーー!」

 三人が出した結論は、とりあえずスナップボタン(引っ張れば取れるボタン)に切り替えよう、だった。

 手先が器用な優馬がシャツにボタンを縫い付ける。

「器用だな」

「僕、チラシで箱とか作れるから」

「作ってる。それにみかんの皮とか入れて捨てるの。オカンアートすごいんだよ、優馬は」

 潤は横で見ながら笑う。

 そして出来上がったのが、スナップボタン付きのワイシャツだ。

 胸を張らなければボタンは飛んでいかない。

 だから着られると言えば、着られる。

 きっと高いモノだ、前より筋肉が増えて着られない……とは言いにくい。

 とりあえず、入学式だけ乗り切ればいいから、これを着ることに決めた。

 決めたのだが、真琴と潤と優馬は、ボタンがはじけ飛ぶのが面白くて仕方ないらしい。


「上着も着て、上着もきて、ネクタイもしてやって」

 潤が俺に全てを着せる。

 三人のワクワクした表情を見ると、やらないわけに行かない。

「……オラ!!」

 胸を張ると、スーツの下のワイシャツが開いて、裸にネクタイがぶら下がる。

「あはははははは!!」

 三人は同時に床に転がる。

 寮長の部屋に来て一番最初にしてるのが、この遊び……。

 先が思いやられる。



「うん、良いね。水もこぼれてないよ」

 小松さんは満足げだ。

「形になりましたね」

 俺はツリーハウスの二階から伸びる、長さ50mの竹の道をみて感動する。

 暇だから手伝うよ? と快く小松さんは俺のアイデア、流しソバの準備を手伝ってくれた。

 水の勢いはそれほど使えないと知ったのは、高さ2mから竹を組んだ時だ。

 高低差がないとソバが流れない。

 流れないからと言って水の勢いを増すとソバが竹から落ちる。

 考えついたのが、ツリーハウスの二階から竹の道を伸ばす事だった。

 ここまで高低差があると、少量の水でソバは流れた。

 もちろん最初の15mほどは、誰もソバが掴めない聖域が出来てしまったけれど。

「曲げなくて良いの?」

 二階から下りてきた俺に小松さんが言う。

「面白いけど、ソバが無駄になりますから」

 実は一直線じゃなくて、途中で一度竹の道を曲げてみた。

 するとそこで水が暴れて、大量のソバが落ちることを知った。

 ソバが大量に落ちてくる姿は正に圧巻! ……じゃなくて。

「ここでやるのは夜だし、ソバが落ちてきても見えないですし」

「意外と明るいんだよ? ほら、外灯はすべて太陽光パネルで、一晩持つ」

「本当だ」

 見渡すとこの周辺の外灯には太陽光パネルがついていて、この間隔であるなら、暗くはないだろう。

「家の電気もそうなんですか?」

 ツリーハウスの中に、簡単な寝起きした後があり、小松さんがここで生活しているようだ。

「屋上にパネルがあって、晴れた日なら夜通し持つ。切れたら寝るよ」

 小松さんは日焼けした顔で笑った。

 ここで初めて会ってから、何度も一緒に作業したし、食事も一緒に取った。

 小松さんは、木の実で布が染められる話とか、味噌を作った話とか、俺が知らないことを沢山教えてくれた。

 でも、アーバンや龍蘭の事は一つも口にしない。

 ということは、話したくないのだろう。

 俺も別に、アイドルとしてデビューした人がここに居るのか、知っても仕方ない。

 だから静かに竹を削って、繋いだ。

「天気も良さそうだ、楽しみだね」

 小松さんが笑う。

「よろしくお願いします!」

 ついに明日が入学式と、一年生歓迎ソバ祭りだ。


「どうかな」

 俺はスーツを着て真琴の前に立った。

「うん、良い感じ。あ、でも髪の毛モシャモシャだよ? 座って」

 真琴は俺を椅子に座らせて、ブラシで直し始めた。

「美容院に行ったほうが良かったのに」

 真琴は俺の机に鏡を置いて、後ろから覗き込む。

 部屋が広くなっても、窓際は真琴の席で、入り口近くが俺の机。

 そしてドライヤーが置かれているのも、俺の机。

 洗面所が出来ても、真琴も俺も、この机で髪の毛を乾かしている。

 きっとそれが【慣れ】というものだろう。

「ソバの道作りで忙しくて、行き損ねた」

「すごく楽しみだよ」

 真琴は俺の髪をときながら言う。

 俺の髪の毛は短くて、長い髪の毛でも5cmくらいしかないが、真琴は丁寧にブラシを入れる。

 俺の頭皮を押さえる指先の感覚が気持ち良くて、少しドキドキする。

「いいかな」

 鏡の中の真琴が微笑む。

「ありがとう」

 礼を言って、俺は立ち上がった。

「ちょっと待って」

 真琴が俺にツイと近づく。

 その近さに一瞬体を引く。

「逃げない」

 真琴はネクタイを引っ張って、寄せた。

 目の前に真琴の顔がある。

「ネクタイ、ボタンで付けるだけなのに、どうして曲がるの?」

 俺の首元に手を伸ばした。

 そして曲がってたネクタイを直そうと、指先を襟元に入れる。

「……くすぐったい……」

 俺は少し体を固くして、口を閉じた。

 真琴の位置が近すぎる。

 長いまつげも、蒸気した頬も、すぐ近くにある。

「なんで紐がひねってるのかな」

 真琴は俺の襟先からネクタイを一度外して、付け直した。

 どうせネクタイなんて結べないでしょう? とお母さんが送ってくれたネクタイは完成形で、それにはボタンがついていて、ワイシャツに付けるだけの商品だ。

 それでも俺は失敗しているらしい。

 俺は横目だけで、ネクタイを直す真琴を見る。

 肌が抜けるように白くて、きめ細かい。

 本当にまつげが長くて、いつも目の下に影が出来ている。

 よく見ると小さな泣きぼくろがあるんだな……知らなかった。

 俺は至近距離の真琴をチラチラ見た。

「よし、出来た」

 真琴が離れる。

「ありがとう」

 俺は再び礼を言った。

「いいじゃん、悪くないよ、スーツ。僕も舞台袖で見てるから。時間だから行こうか」

「おう」

 俺たちは部屋を出た。


 桜舞う道を体育館へ向かう。

 渡り廊下を歩いていると、龍蘭の門を一緒にくぐっている女の子二人を見つけた。

 俺は目が離せない。

 二人は入り口で手を叩いて笑っている。

 そして手を繋いで、入学式の会場で向かう。

 真新しい制服をひらひらさせながら。

「懐かしいな」

 真琴も横に立って見ていた。

「……なあ、真琴。あの時、どんな気持ちであの門をくぐった?」

 俺は真琴を見て言った。

 それは単純な興味と、ちょっとしたノスタルジックと共に。

「……僕は何をするつもりなんだって。病気を隠して入学するなんて……上手くいくはずがないって」

 真琴は正門をまっすぐ見たまま続ける。

「……怖くて、逃げ出したくて、それでも、一馬が一緒なら何とかなるかと思ってた」

 真琴の表情がクッと固くなる。

 俺は背中に手を回した。

 細くて小さな背中。

 トン……と軽く叩く。

「大丈夫だっただろ?」

 俺は真琴を見て言った。

 真琴も顔を上げる。

「……うん」

 真琴は小さく頷いて、微笑んだ。



「おおおおお……胃が痛い……」

 偉そうなことを言った30分後に、俺は舞台袖でもだえる。

 体育館には三階席までぎっちり人がいる。

 式は順調に進んでいて、もうすぐ俺の挨拶だった。

「やっぱり寮長なんて無理だったんだー、胃のある場所が分かるくらい痛いぞーー」

 俺は膝を抱えて丸くなる。

 すると、ババババと音を立てて、全てボタンが開いた。

「(……あははははは!!)」

 真琴が口を押さえて、声が出ないようにした状態で爆笑する。

 目に涙をためて、小刻みに揺れている。

「(ほら、直すから、立って)」

 真琴は小さな声で俺に言う。

 目に溜めた涙を減らすように、何度も瞬きをする。

 真琴はスーツの下に手を入れて、ボタンとネクタイを直した。

「ん、大丈夫」

 その笑顔がいつも寮の部屋で見える表情で、俺は少し力が抜けた。

「ありがとう」

 真琴が俺に一歩近づいて、耳元で声を出す。

「ここはコンサート会場だと思えばいい。僕たちが一緒に踊った夏のコンサートより客は少ないよ?」

 真琴は小さく首をかしげて微笑んだ。

「そうだな、その通りだ」

 名前を呼ばれて、俺は舞台へ進んだ。

 まばゆい光。

 でも、こんな光はいつも受けてる。

 俺はこれでもアーバンで4年間、舞台に立ってきた男だ。

 コンサートだと思えば、少し楽だった。

 真ん中に立って胸を張る。

 すると、真ん中あたりのボタンがひとつパチンと開いた。

 その音で、また少し緊張がとけた。

 泣くほど爆笑する真琴を思い出す。

 よし、大丈夫だ。


「新入生の皆さん。入学おめでとうございます。僕は龍蘭第二寮、寮長の高東一馬です。この龍蘭高校は、芸能という分野で伝統のある学校であるのと同時に、生徒の自主性を重んじる自由な校風を持っています。この学校で、未来を決めるのは自分自身以外誰でもないと、強く思うことが出来ます。半分以上の生徒が入る寮は、それぞれ独自のカラーがあり、我が第二寮はアーバンライツという男子専門の芸能事務所に所属したものが多く在籍しています。協調性や、規則を重んじて……と言いたい所ですが、それより大きいものを手にすることができます。それは仲間です。ここにくると、自分は一人じゃないと強く思う事が出来ます。それは龍蘭高校にいる間だけじゃない、これから生きていく中で、最も大切なものだと僕は思います。龍蘭高校へようこそ、そして第二寮へようこそ」


 一礼すると、俺は場所を離れた。

 舞台袖、真琴が笑顔で手を無音で合わせて拍手している。

 その笑顔を見ると、どうしようもなく力が抜けた。

「(良かったよ! 完璧じゃん)」

 真琴が掌を出して待っている。

 俺は真琴の掌に軽く自分の掌を当てて、そのまま指を絡めた。

 そして真琴の手を握る。

「……真琴って、泣きぼくろあるんだな」

 真琴の耳元で小さな声で言った。

「へっ?!」

 真琴が俺から手を話して、自分の顔を両手で触った。

 同時に周辺の大人が「(シーーーー。静かに)」と言う。

 俺たちはクスクス笑いながら舞台裏を出た。

 渡り廊下で胸を張ると、当然すべてのボタンが開いた。

 胸元にあたる風が気持ちいい。

「あーー、疲れたーーー!」

 俺は叫んだ。

「え? 本当? 僕泣きぼくろある?」

 真琴はまだブツブツ言っている。

「あるある。見て見ろよ」

「知らなかったー」

 俺たちは笑いながら部屋に戻る。

 次はソバ祭りの準備だ。



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