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寮長、指名

「寮長?! 俺が、ですか?」

 呼び出された蒔田先輩の部屋。

 蒔田先輩が俺を寮長に指名すると宣言した。

「面倒見もいいし、企画力もある、それに根性もある。一番向いてると思うよ」

 蒔田先輩は椅子に座った状態で言う。

 俺は床に正座したまま、動けない。

 俺が第二寮の寮長……?

「できる気がしません」

 俺は力なく言った。

「俺には出来ますっていう人間は、逆に信用できないな」

 蒔田先輩が椅子を回転させて言う。

 龍蘭の寮の寮長は、指名制度だと聞いてたけど……俺……?

 蒔田先輩の仕事を色々思い出す。

 挨拶、歓迎会の仕切り、一年生に向けて声かけ、風紀の取り締まり……。

「蒔田先輩みたいに出来ませんーーー」

 俺は頭を抱えた。

「高東は高東で、僕じゃないだろう?」

 蒔田先輩が椅子から降りてきて、俺の目の前に座る。

 今日も紫色のパジャマはテラテラと輝く。

 そしてこのキャラの濃さ……俺にはない。

「全く自信がありません」

「花魁の仕切りは見事なものだったよ。それに真琴くんの面倒もよく見てるし、気が利く。それでいいじゃないか」

「よくないですよーー」

 完全に半泣きだ。

「諦めろ、もうお前に決まった」

 ユニットバスのドアが開いて、パンツ一丁の湊元先輩が出てきた。

「居たんですか?」

 全く音がしないので、別の場所にいるのだと思っていた。

「俺は風呂で寝るのが大好きなんだ」

「死ぬぞ」

 蒔田先輩は即答した。

 風呂……? ユニットバスじゃなくて?

「寮長の部屋には、お風呂があるんですか?」

「ああ、この部屋だけ広いだろ。単純に寮長関係の荷物が多いのも理由だけど、風呂があってトイレが別で、洗面所もついてるのは、寮長の部屋だけだ」

「風呂は……いいですね」

「第一寮の風呂は入った?」

「時間的に間に合わないことが多くて」

「ああ、あそこ9時には終了だからね」

「俺はあそこの風呂で死にかけたから、二度と行かない」

 湊元先輩がドライヤーをかけ始めた。

 蒔田先輩が俺に一歩近づいて言う。

「風呂で寝てて沈んだんだ。湊元はいつも風呂で1時間寝てる。僕はよく分からない」

「まあ……普通に危ないですよね」

「メロディーなヒラメキがキラリと来るのは全て風呂なんだよ! 凡人にはそれが分からんのですよ!!」

 湊元先輩がドライヤーをかけながら叫ぶ。

「別に長風呂はいいけど、寝るのは止めろって話だ」

「気が付いたら寝ている」

 蒔田先輩はやれやれ……といった表情を作って肩をすくめた。

 湊元先輩がドライヤーを止める。

「俺もお前がいいと思うぞ、高東」

 湊元先輩も俺の前にドスンと座った。

「出来ますかね、俺に……」

「出来る出来ないじゃない、決まったんだ」

 寮長は完全に指名制度。

 拒否権はどうやら……無いらしい。

 俺は腹を決めた。

「わかりました、やります。頑張ります」

「頼んだよ。じゃあ引き継ぎ色々していこう」

「よろしくお願いします」

 断れないなら、やるしかない。


「寮長?!」

 真琴が椅子をグルリと回転させて俺の方を見て叫んだ。

「もう決まった。今夜はこの【龍蘭寮長伝説本】を読む」

「え、凄いね、寮長って……で、なにこれ」

 真琴が俺が座っていたソファーの方に来る。

 ふわりと少し甘い匂い……これはラズベリーの匂いがする。

「……真琴、シャンプー変えたのか?」

 そういえば見たことないのが置いてあった。

「梨々花ちゃんに貰った。というか、余ってるから使って欲しいって。どう? 良い匂い?」

 真琴は頭を軽く振る。

 知らない香りに包まれて、真琴が真琴じゃないみたいだ。

「……トニックとかにしとけ。汗かくし」

 俺は真顔で言う。

「今時トニック使ってる人とか居る?! 一馬もエッ○ンシャルなくせに」

「安いからだ!」

「だったら梨々花ちゃんから無料で貰ったほうが安いじゃないか」

「うぐー……」

 俺は【龍蘭寮長伝説本】で半分顔を隠す。

 梨々花のシャンプーは基本的に香りがキツすぎると思うし、女子力が高すぎて反応に困る。

「すごい、歴代の寮長が載ってるんだね」

 真琴は俺が顔隠しに使った本を掴んで、開いて見ながら言う。

「社長が載ってるよ。浅井社長も寮長やってるんだ。副寮長は城ノ内さんだ。高校生で若い、わ、普通に制服着てるね」

 真琴は本をみて笑う。

 俺も横から覗き込む。

 今は常にピンクのスーツを着ている浅井社長が龍蘭の制服を着ている。

 真琴はページを進めて、手を止めた。

「大宮さんも寮長やってるんだ」

 LINKSのメイン、大宮颯人がまだ幼い表情でうつっている。

「ちょっと待って……ほら、この宮田さんも、中島さんも、千葉さんも……寮長してる人は、みんなデビューしてるね」

 真琴がページを送りながら言う。

 俺も横でそれを見る。

 本当だ……でも

「浅井社長だけが、デビューしてないな」

「ああ、まあ、そうだね。でも社長だし」

 それ以外は全員デビューしてる、ということは……

「俺も、できるのかな」

「デビューできないなら、社長になるしかないね」

 真琴は、はい、頑張って? と俺に本を渡した。

「副寮長は真琴だからな」

「えーーー?!」

 のそのそ床を移動して自分の机に行こうとしていた真琴が膝だけでトコトコ移動して戻ってくる。

「寮長と副寮長は同じ部屋だ」

「う、うん……そのほうが助かるけど……」

「そして、その部屋は、お風呂がついてる」

「お風呂?!」

 真琴の目が輝く。

 やっぱりお風呂に入りたかったのか。

「トイレも別。洗面所もあったぞ」

「よし、僕、副寮長やるよ。僕も本読む!」

 真琴は俺の隣にトスンと座って、山と積まれた龍蘭第二寮の本を読み始めた。

 なんとも分かりやすい……。

 でも疲れて帰ってきて、ゆっくり入れるお風呂があるのは筋肉的にも良い。

 やれることは頑張ってみよう。

 俺は決めた。



 早朝の空気が気持ち良い。 

 真琴は「こんな決まりがあるんだ」「あ、この人知ってる」など言いながら龍蘭のマニュアルを楽しそうに読んでいた。

 俺のほうが眠さに勝てず、結局数ページ読んで脱落。

 また9時すぎに寝てしまった。

 そして今朝は珍しく朝5時に目が覚めてしまい、音をたてて真琴を起こすのも悪いので、早朝ジョギングに出ることにした。

 3月頭、朝5時の空気はキンと冷たくて、気持ち良い。

 それに昨日龍蘭のマップを改めて見ていて、気が付いた。

 龍蘭の敷地は巨大な公園くらいあり、ほとんどの生徒が隅々まで行ったことがない。

 敷地内には温水プールや、弓道場、サッカー場は二つ、ホールは大小あわせて4つあるし、特殊なのでは言えば小さなシアターもある。

 もはや学園都市なのだが、俺は昨日気が付いた。

「ここか……」

 小さな炊事場に、木で作った家……ツリーハウスがあるのだ。

 マップに【ツリーハウス】と書いてあるのだ。

 正直驚いた。

 芸能に何も関係が無いツリーハウス……なんであるんだろう。

 このツリーハウスがある奥は龍蘭の一番奥、森になっている。

 これがまた広くて、小さな小川さえ流れている。

 森の奥からカコーンカコーンと音が聞こえてる。

 俺は小走りで森の中に入る。

「本当に広いな……」

 足下は舗装されてなくて、土。

 もうそれだけで都内だと珍しい。

 でもジョギングするなら、足元は土のほうが膝にいい。

 ジョギング好きな真琴に教えてやろう。

 音がするほうに進むと、薪割をしている人がいた。

「お、やってる」 

 俺は歩を進める。

 潤の別荘で薪割をしてから、俺はちょっと薪割が好きになっていた。

 割れる瞬間が気持ちよくて、快感がある。

「おはようございます。生徒さんですか?」

 薪割をしていた人が手を止めて言う。

 おじさんと言うには年をとっていて、おじいさんと言うには若すぎる人。

 でも黒髪より白髪のが多いから、それなりの年齢なのだろうか。

 服装はネルシャツにGパンで、ここだけ見ると本当に山の中に遊びに来たようだ。

 一瞬本当に龍蘭の敷地内だということを忘れた。

「早いですね、ジョギングですか?」

 その人が続けた。

 俺は口をあけて状況を見ていたことに気が付き、口を開く。

「第二寮の高東一馬と言います。アーバン所属の一年生です。ツリーハウスと地図に書かれてるのに気が付いて、来て見ました」

「龍蘭の最深部でようこそ。僕は森の管理人、小松雄大こまつゆうだいと言います。一応龍蘭所属の人間です」

「よろしくお願いします」

 俺は頭を下げた。

「薪割、好きなの?」

 小松さんは汗を拭きながら言った。

「あ、はい。この前やったら楽しくて……」

「割ってくれると助かるよ。無くなってきて、夜が心元ない」

「え? この薪、ここで使ってるんですか?」

「ここはガスも電気も来てないから」

「ええ?!」

 都内の一等地、龍蘭学園内部で、そんな場所が?!

「風水の関係で、何も置かないことになってるみたいで、僕はここの管理専門」

 龍蘭は昔から芸能の学校として名高い。

 そういうことに気をつかった校舎の配置になってるとは、聞いたことがあるけれど……。

「流れる水も、悪い気を流すために作られたらしいよ。僕も詳しくないけど。僕は都内でこの生活が出来ればそれで満足だ」

 小松さんは切り株に座って言った。

 そして、さ、割って? 割って? と促す。

「わかりました!」

 俺はカコンカコンと薪を割る。

 やっぱり気持ちいいなーーー!



「前に一馬が言ってた小松雄大さんって……Mr.BOYSの小松さんじゃないの?」

 数日後の昼休み。

 真琴はスマホをいじりながら言った。

 表示された写真を見ると、今朝あった小松さんが若い顔でうつっていた。

「あ、そうだわ」

「アーバンの大先輩だよ? どうして気が付かないの?」

 真琴は俺の前の席で分かりやすく呆れる。

「え? 小松さん、龍蘭の敷地にいるの?」

 潤が俺の横の席に座って、スマホを取り出す。

 そして色々調べはじめた。

「引退後の情報はほとんどないけど、社長と対談は結構してるから、関係してるのかもね」

「へえ……」

 俺は画面を横から覗きながら言った。

「それより、寮長。僕も手伝うよ、ソバ祭り」

 潤はスマホをポケットに入れて言った。

「あれ、手打ちなんでしょ? いつから準備するの?」

 反対側の席に優馬も来る。

 俺は机から計画表を出した。

 真琴と潤、優馬が顔を近づける。

「ソバは三日前から打つ。ソバを使った企画を考える必要があって……」

「え? 毎回ワンコソバじゃないの?」

 潤が顔を上げる。

「違うんだ。その前は巨大な鍋を準備して、地獄の釜ゆで大会をしてる」

「なんだそれ……」

 真琴は写真を苦笑いしながら見る。

 そこには食堂の真ん中に高さ1m、幅2mほどの巨大鍋が準備されて、中に大量のソバが煮込まれている。

「ビジュアルパンチはすごいけど、美味しくないね、きっと」

 優馬は冷静に言う。

「それは蒔田先輩も言ってた。半分溶けてて、最後は最悪だったようで、だからワンコソバにしたと。そこで俺が考えたのは……」

 ページをめくる。

「流しソバ?」

「そう」

 実は今朝小松さんの森に、竹が大量にあった。

 小松さんは薪としても使えないし、竹細工の趣味はないし、竹の子くらいしか楽しみないと笑っていた。

 だったら……

「長さ50mの流しソバをする」

「超楽しそうじゃん!」

 潤は俺が簡単に書いたイラストをみて笑う。

「実はもう小松さんのオッケーも貰ってる」

 あれから数日、俺の早朝ランニングは続いていた。

 正直薪割目的だけど。

「竹を繋ぐのとか、手伝うよ!」

 潤も真琴も目をキラキラと輝かせた。

「真琴は今日からLINKSのコンサートバックの練習だろ」

「うっ……」

 真琴は再びLINKSのバックダンサーとして抜擢された。

 このまま固定化するのではないか、と言われている。

 チャンスの時だ。

「潤は新しい企画ページ考えたのか?」

「うう……」

 潤はこの前撮影した龍蘭の写真集でスーツ姿で、なんちゃって家庭教師をした。

 その写真が評判よくて、雑誌でスーツをきて何か企画を……と言われていた。

「優馬は引っ越しの片付けがあるだろ」

「うん……」

 俺たち一年生は、一週間後には二階と三階に引っ越す。

 俺と真琴は寮長と副寮長権限で、業者がやってくれる。

 それくらい仕事が多い。

「みんな頑張ろう。俺も俺で、なんとかやってみる」

「ぽいね。よ、寮長!」

 潤が茶化す。

「潤……服半分実家に返せば?」

 優馬が静かに言う。

「全部必要なんだよ」

 潤が偉そうに言う。

「制服しか着てないのに、どうしてあんなに必要なの……? 自分でやってよ……?」

「当日やるよ」

「ダメだろ」

「ダメだよ」

 優馬と俺で同時につっこんだ。

「出来ることがあったら、言ってね」

 真琴が俺のそばにきて小さな声で言い、肩にトンと触れて自分の席に戻った。

 大丈夫、寮長、最初の試練ソバ祭り、俺は頑張るぞ!


 そして一週間後、俺たちは二年生に進級した。


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