歓迎・ソバ祭り
夕方になり、食堂に向かった。
食堂は玄関入ってすぐの場所にあり、入り口には「本日のメニュー」のプレート。
壁にはオススメメニューも貼られていて、営業時間外にも、コーヒーやプリンが買えるようだ。
食堂の広さはかなり広く、中庭まで全て椅子と机で埋まっている。
その部屋に、たくさんの人がいる。
「結構居るな」
俺は背伸びして前をみた。
「第二寮は200人くらい居るみたい」
第一寮は、運動部と、三年生がメインの寮で、第二寮は一年生と二年生がメインだ。
アーバンの生徒はセキュリティーがしっかりしている第二寮に居る。
半分芸能人みたいなものだし、毎年忍び込んでつまみ出される女の子がいるらしい。
奥の席に座っているのが、二年生。手前に立っているのは一年生だ。
一番奥の真ん中に蒔田先輩が立っている。
服装は当然紫のロングコート。
でも刺繍の柄が違うなあ……さっきのは龍だったけど、今度は桜の刺繍だな。
何枚紫のロングコート(刺繍入り)を持ってるんだろう。
俺はチラリと真琴を見る。
真琴は目を細めて、口を一文字に結んで、小さく首をふった。
わかってる、何も言わない。
だが、カーテンにそっくりだろ?
「はい、注目ーーー」
蒔田先輩の一言で、ザワザワとしていた食堂が静まる。
「入り口で挨拶したけど、俺が第二寮寮長の蒔田ハジメ。分からないことがあったら俺に聞いて」
「はい」
ザワリとした声で一年生が頷く。
無論俺たちも。
「第二寮は築6年の新しい寮で、入り口にカードのセキュリティーがある。このカードは学生証とセットになってるから、なくさないように」
「はい」
「各部屋にユニットバスがあるが、使うと下の階に音が響くから、使用は夜11時まで。食堂は朝は6時から8時。夜は5時から9時までやってるけど、早く来ないと飯は消える」
「はい!」
飯が消える……?
まあ男子寮だし、食べる量も多いから、かな?
「当たり前だけど、酒禁止、女禁止、裸踊り禁止の、恋愛禁止のホモ禁止」
あははは……と軽い笑い声がおこる。
「やりたけりゃ学校挟んで三キロ離れた女子寮まで行くがいい。トラップ満載、落とし穴だらけ、バレたら即退寮」
俺も噂に聞いたことがある。
何人か勇者が向かったが、ガチの落とし穴に落ちて、朝救助されたけど、さらし者になって三年間笑われた……とか。
「そんなことしなくても龍蘭は共学だ。女が欲しけりゃ自分の手で手に入れろ!」
「はい!」
「アーバン所属は恋愛禁止」
「……はい」
俺と真琴は小さく答えた。
「だが、バレなきゃオッケー、むしろバレない練習をしろ!」
「よ! プロは違うね!!」
蒲田先輩の隣に座ってる人が言う。
よく見るとライブで見たことがある先輩……あの髪型……覚えてる、誰だっけ。
「湊元先輩だ」
横で真琴が言う。
「海陵高校物語の」
俺は呟く。
湊元先輩は一年生の時にすでにデビューしている。
180を越える身長と、いかつい体、男らしい表情に、今時オールバックにした髪型。
役者をメインにしていて、最近ヒットした海陵高校物語では準主役を演じていた。
湊元先輩が立ち上がる。
「おい、お前ら一年生、今日は今日しかねーぞ、これから三年間ガツンと生きていけ!」
「オス!!」
まあ見事なオラオラ系だけど、俺はこういう人が苦手じゃない。
なぜなら分かりやすいからだ。
「これから第一寮の寮歌を歌う。聞いとけ!!」
え?
湊元先輩が、ギターを取り出して勝手に歌い出した。
「ああーーーおれたちーーー龍蘭高校第一寮ーーー!!」
「おおおうう~~~」
ガタガタと二年生が立ち上がって、コーラスを始める。
親父リサイタルから逃げ出したと思ったら、湊元先輩のリサイタルが始まるのか……。
「おら、お前ら声が小さい!」
「はい!!」
大きくなったコーラスバックに湊元先輩と二年生が歌い出す。
それを蒲田先輩が目を閉じて聞いている。
固く閉じられた瞳に、恍惚とした表情……。
完全に入っちゃってね?
「……くく……すごいな」
横で真琴が笑い出す。
「やっぱテンションすげえな」
俺も小さな声で返す。
とりえあず、暇することなく楽しめそうだ。
「今日の晩ご飯は俺たち二年生が朝から仕込んだソバだ。引っ越し したら、ソバ!!」
「ありがとうございます!!」
これも恒例らしい。
学校案内で見た。
俺たちが二年生になったら、一年生のためにソバを打つんだな。
それはそれで、楽しそうだ。
「一年、座れ!」
湊元先輩の声で俺たちは座った。
その後ろに、二年生が付く。
「頂きます!」
真ん中に立つ蒲田先輩が言う。
俺たちも復唱する。
「頂きます!」
机にはお椀が一つ。
そして少量のソバ。
これは……わんこソバだよな。
ソバを一口で食べると、後ろの立った先輩が、ソバを入れてくる。
「どんどんいけーー、アーバンは常に一位を求められるぞ」
振向くと俺の後ろには湊元先輩。
「ありがとうございます!」
俺は入れられたソバを食べた。
「社長が言ってたよ、真琴くん、君には期待してる」
真琴の後ろには寮長の蒲田先輩が立っている。
「ありがとうございます、がんばります」
真琴は淡々とソバを口に運んだ。
「アーーバーーンーーーー!!」
俺の後ろで湊元先輩が叫ぶ。
すると両隣、三十人くらいの二年生が叫ぶ。
「アーーーーバーーーーーン!!」
この付近は全部アーバン所属なのか。
俺の右隣は真琴。
左隣は……よく見るとおなじ試験で合格した……誰だっけ。
見ていると、俺の方をみて微笑んだ。
「一馬くんだよね、俺、覚えてる? 神崎潤一郎」
「ああ!」
お坊ちゃま君だ!
神崎くんは、サラサラのストレートで、銀縁の眼鏡をかけていて、品が良さそうで、真琴と勝手に「お坊ちゃま君」と呼んでいた。
一芸披露では、英語でスピーチをしてたけど、誰か内容分かったのかな。
それに審査会場まで高そうな車が迎えに来てた。
真っ黒でカーテンがついてる車なんて、初めて見た。
きっと中でドンペリ飲むんだ! と真琴と興奮して話してたっけ。
「すごいな龍蘭。予想以上だよ」
神崎くんがソバを一口食べると、湊元先輩がドンとソバを入れる。
「はいもっとーーーー!!」
「ありがとうございます」
俺も神崎くんもソバを食べる。
反対側を見ると、すごい速度で真琴がソバを食べている。
食べるとすぐに蒲田先輩が入れて、また真琴が食べて。
食べると蒲田先輩が入れてのエンドレスループ。
「機械みたいだーーー!」
俺は口からソバを垂らしたまま言う。
「汚ねーんだよ、お前!!」
後ろから湊元先輩に頭を殴られる。
「すいません!!」
「俺、もう無理です」
神崎くんがお椀を置く。
「まだ半分も食ってねーぞーー!」
「でも、無理はしないので。ごちそうさまでした」
神崎くんが微笑む。
それで許されるの?!
「じゃあ一馬、お前が全部食え!」
「マジですか!」
俺は半泣きでソバを食べ続ける。
龍蘭高校第二寮歓迎のソバ祭り、恐ろしい……。