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お肉と俺のパジャマ

 机に上には所狭しと肉が並んでいた。

「なんでこんなに豪華なんだーーー!」

 俺は台所で叫ぶ。

「お弟子さんから頂いちゃって」

「お母さん、俺に手伝えることはあるか?! もっと弟子を増やそう」

 実家に居たときは面倒だと思っていたが、食文化のレベルが上がりすぎている。

「来年も龍蘭で花魁しない? 着物が売れそう」

「やります」

 真琴がガッツポーズをつくる。

「やるか!」

 俺は並んだ肉を見て叫ぶ。

 一ヶ月で準備とかバカみたいなことしたから、三時間睡眠になったんだ。

 やると決めていれば、半年以上時間をかけて準備しても良い。

 でも舞台監督をしてくれた斉藤さんは今二年生で、三年生は文化祭を手伝えない。

 俺が舞台監督をするしかない。

 やれるか? という気持ちと同時に、もっと決め込んだ真琴が花魁で踊る姿を見たいと思った。

「真琴は、お母さんにもっと日舞を習うといい」

 俺はポツリと言う。

「そうよ、いつでも来て?」

「僕、日舞興味あります」

 真琴は台所の野菜を運びながら言う。

 来年花魁をミスコンでまたやるなら、メインは真琴と潤になる。

 だってアーバンのツートップだ。

 俺の花魁は……正直恐ろしいものだった。

 筋肉と花魁のミックスは混ぜるな危険。

 誰かが俺を龍蘭のデコトラと言っていた。

 残念ながら、非常に的確だ。

「全然教えるよ。真琴さん、やっぱり筋肉が良いのかしら。バランス力があるわよね」

 筋肉の話か?!

 俺の目が輝くのを梨々花は見逃さなかった。

「お兄ちゃんがいると筋肉話ばっかりー。真琴さん、困ってませんか?」

 梨々花は真琴お姉様! は一度やめたようだ。 

 やはり空気がよめる女……。

「僕に鍛えろ鍛えろって、うるさいよ」

 真琴が笑う。

「あらー。女の子はそれくらいでいいのよー」

 お母さんが台所からリビングにお肉を運ぶ。

「ダンスもあるので、ほどほどに筋肉も欲しいんですよ?」

 真琴が腕を出して力こぶを作る。

「細っ!! 俺のが太いな」

 親父が服をめくると、やたら筋肉質な腕が出てきた。

「なんだその筋肉」

 俺は台所から叫ぶ。

 親父も筋肉界の住人に?!

「隣の部屋のリフォーム、お父さんが土日にやってくれて。無駄に筋肉がついたのよねー」

 お母さんが笑う。

「え? あの畳のとか、親父が一階から運んだの?!」

 10畳以上あった気がするけど。

「一枚運ぶのに一時間かかった」

「聞いてるだけでしんどい」

「肉のためだ!」

「仕方ないな!!」

 食生活の向上がかかってると本気になるのは、親父も俺も同じだ。

 だって正月といえば、しょぼくれた鍋しか食べた記憶がない。

「ほい、卵ー!」

 パックがまるごと出てくる。

 それを真琴が受け取って机に置く。

「真琴さんはご飯どれくらい?」

「たくさんください!」

「あー、その言葉久しぶりに聞いた」

 お母さんは笑いながら、俺の予備のお茶碗にご飯を装った。

 装うという言葉、その通りにキレイな山に。

「頂きます」

 真琴はそれを両手で受け取った。

 ぴかぴかの笑顔で。

「一馬も、たくさんね?」

「もちろん」

 熱で曲がってしまっているしゃもじをお母さんが持つ。

 何で何年もあれを使ってるのだろう。

 でもあれこそ、我が家の象徴だ。



「完全に食べ過ぎた……」

 俺と真琴は畳の上、布団が引かれた場所に転がった。

 お母さんが夕食前に石油ストーブを用意してくれて、それをつけると部屋は暖かかった。

 上に置かれたやかんが、もう軽い音をたてはじめていた。

 畳に石油ストーブにふすま……なんだこの心安らぐ空間は。

「……てか、このストーブ、すごいね」

 真琴は転がったまま言う。

「俺も動いてるのは初めて見た」

 俺の家にずっと転がってたけど、火がついてるのは初めて見た。

 親父は地震とかあったら使うって言ってたけど……あれ何年前だ?

「ついでにお湯が沸くのがいいね」

 真琴は体を動かして、やかんを見ながら言った。

「加湿になるし、お茶も飲める」

 俺はストーブ横を指さした。

 そこには急須とティーバッグとコップが置いてある。

 もちろん俺の大好物、梅昆布味のせんべいも。

「あれ美味しいの?」

 真琴がせんべいを指さす。

「団地近くの店にしか無いと知ったのは、家を出てからだ。マジ美味いぞ」

「食べる」

 真琴は体を起こす。

「あんなに肉食べて、まだ食べられるのか?」

「余裕だよ」

 真琴はせんべいの封を開けて、匂いを嗅いだ。

「お、梅の匂い」

 そして一口食べた。

「昆布だ!」

 ぱりぱりと美味そうに食べた。

「……よく食べるなあ」

 俺はさすがに手が伸びない。

「塩と醤油で二つ味があるすき焼きなんて、初めて食べたよ」

 真琴は茶筒を開けて、急須に葉を入れる。

「そうか? うちはいつも二つの味だぞ」

 先に塩。脂身が多い肉は先に塩味で食べる。

 たべたら鍋にうどんを入れて、鍋を掃除して、次は醤油と砂糖。

 大昔からそう決まっている。

「美味しかったよー、生卵は苦手だったけど、塩味に最高だった」

 真琴は立ち上がって、服の袖を伸ばして掌をカバー、その手でやかんを持ち、急須にお湯を入れた。

「良かったよ、楽しんでもらえて」

「鍋つつくとか……よく考えたら本当に経験少ないかも」

 真琴は急須からコップにお茶を注ぐ。

 確かに、鍋は家族でつつくものだから、真琴の家庭環境では難しいかも知れない。

「明日はキムチ鍋だな。我が家のキムチは自家製だぞ」

 さっきお母さんが床下からキムチを取り出すのを見た。

 きっとそうだろう。

 お母さんは節約なのか趣味なのか知らないが、塩麹から味噌からキムチまで自分で仕込む。

 酵母を愛しすぎてる気がするけど。

「自家製キムチ?! 作るって、マジで?!」

 真琴の目が輝く。

「キムチ好きなんだ?」

「好き好き、超好きだよ!」

 長く一緒に居るけど、知らないことばっかりだ。


 トントンとドアをノックする音と共に、お母さんが部屋に入ってきた。

「真琴さーん、一番最初にお風呂入っちゃって」

「え。僕が一番最初ですか?」

「お父さんが入ったお風呂に、真琴さんを入れたくないの、何でかしら?」

 お母さんは真顔で言う。

「問題発言じゃね?」

 俺は転がってせんべいを食べながら言う。

「でも、はい、わかりました。最初に頂きます」

 真琴が立ちが上がる。

「真琴さん! このシャンプー使いません?!」

 大きな足音させて梨々花が部屋に入ってきた。

 手にはシャンプーのボトルを持っている。

「これ、最近買ったんですけど、すごく良いんですよ、完全にオーガニックなのにサラサラになります」

 梨々花は興奮しながら言った。

 梨々花は中学校一年生にして美容オタクで、シャンプーには特にうるさい。

 家には梨々花が買ったシャンプーが溢れていて、飽きると俺に渡していた。

 俺は拘りが無かったので、適当に使っていたが、匂いがすごい。

 バラやらラベンダーやらバニラやら向日葵やら……もう何が何だか分からない。

 混ぜて使うと頭皮から失敗したお菓子の匂いが漂う。

 まあ俺は何でも良いんだけど。

 梨々花は興奮しながらシャンプーの説明を続ける。

「キューティクルは五層あるのをご存じですか? まずエピキューティクル、A層、エキソキューティクル、エンドキューティクル……」

「いや、一馬が使ってるのでいいかな」

 真琴は完全に苦笑いしながら、梨々花の言葉を遮った。

「えーー、髪の毛お綺麗だから、使ってみてくださいよー」

 梨々花が口をとがさせる。

 なぜオタクは自分の趣味を押しつけるのか。

 それは仲間が欲しいからだ。

 梨々花のシャンプーオタクにはお母さんも呆れていて、適当にあまったのを使っている。

 だから新しく仲間になった? 真琴を引きずり込みたいのだ。

 まあ俺も真琴の机の上に、俺のお気に入りのプラモデルを置いているから否定は出来ないな……。

 お母さんは酵母マニアで、日舞オタクだし、親父はアレだし……我が家はオタクしか居ないな。

「じゃあ、お先にお風呂入ります」

 真琴が畳からおりて、隣に部屋に向かって歩き出す。

「あ、パジャマとタオル貸すわね」

「ありがとうございます」

 お母さんと真琴は部屋から出て行く。

「じゃあボディーソープはどうですかーー?」

 二人を追って梨々花も出て行く。

 静まり帰った部屋に、シュンシュンと鳴くやかんと俺だけが残された。

 隣の部屋から、かなりボリュームダウンした親父のギターが聞こえてくる。

 ポロリ……と軽く弦を奏でる音。

 夜になったら静かにするんだな。

 俺は小さく笑う。


「お待たせ」

 転がってテレビを見ていたら、お風呂に入った真琴が出てきた。

「……でかすぎだろ」

「僕もそう思う」

 真琴は俺のパジャマを着ていた。

 服なんて何だってあるからいいだろ、と俺たちは財布とスマホだけ持って実家に来た。

 だけど俺のパジャマを着た真琴は、完全にサイズがあってない。

 Lサイズを着たSサイズの人間……といった感じ。

 手も足も何度も折り返してあるのが、一度見ただけで分かる。

 首元もゆるゆるだ。

「……梨々花の借りる、か?」

「無いわ」

「じゃあ取りに戻るか……?」

「ま、数日のことだから」

 真琴は布団に転がった。

 まあ、真琴が良いならいいか。

 俺のパジャマを着ている真琴に少しドキリとしたのを誤魔化すために、チャンネルを動かす。

「あ、トラベル・ザ・ゾンビじゃん」

 真琴がテレビ画面に向かって言う。

 画面には正月特番の映画が映っていた。

「ゾンビかー……結構です」

 俺がチャンネルを変えようとすると、真琴がリモコンを奪い取った。

「見たかったんだ」

「えーーー?」

 俺はソンビものが好きじゃない。

 だってあいつら、死んでるのに歩くんだぜ?

「いいじゃん、一馬はこれから風呂だろ」

「俺は一番最後なんだよ」

 これから親父、梨々花、お母さん……で、俺の順番。

 余裕で一時間かかるだろ!

 梨々花なんて30分以上風呂に浸かるぞ。

 特殊なマスクまで顔にはりつけるぞ。

 中一で必要なケアなのか、それは。

 真琴は転がったまま、腕の下に枕をいれて、本格的に映画視聴モードだ。

「ほら、やばくない? ゾンビが飛行機に普通に乗ってる」

「……おかしいだろ」

 俺はつっこむ。

「まずはインドに行かないとな」

「なんでだよ」

「人生のたびの始まりはインドだって、書いてあったぞ?」

 真琴は真剣な表情で言う。

「何の本を読んだんだ……」

「あははは、ゾンビのダンス、キレッキレだな!」

 真琴は映画を見ながら布団に転がって笑う。

 そのたびに俺が実家で使っていたシャンプーの匂いがする。

 俺も使ってるいつもの匂いなのに、どうして真琴が使うと、少し違う匂いが混ざるのかな。

 それが、真琴自身の匂いなのか?

 そんなことを考えてる自分が少し恥ずかしくて、俺は真琴の後ろに転がった。

「見ろよ、象もゾンビだ。本当に意味が分からないな」

 真琴は楽しそうに画面を指さす。

 まあ……真琴が楽しいなら何でもいいや。


「真琴さーん、お待たせしました。一緒に寝ましょ?」

 部屋にパジャマに着替えた梨々花が来た。

 部屋に入った瞬間に、ふわりと甘い匂いが漂う。

 これは……イチゴか!

「……これまたスゴイ匂いだな」

 俺は言う。

「いいでしょ」

 クルリと回るとパジャマがヒラリと広がった。

「なんでパジャマなのにスカートなんだよ」

「流行なの!」

「お腹冷えそう……」

「下はズボンなの!」

 梨々花は上着を持ち上げる。

 下にはレギンスのようなズボンが見えた。

「なんでパジャマにそんな仕掛けが……」

 俺は転がってせんべいを食べながら言う。

「可愛いから良いの!」

 真琴は相変らずゾンビ映画に夢中だ。

「おお、ついに行くぞ」

 映画は最終章、ゾンビたちは宇宙へ向かう。

 己の体にブースターをつけて、宇宙へ飛びだしていく。

 そのたびに目玉やら皮膚やら落ちていく。

「なにこれキモイ!!」

 画面をみた梨々花が叫ぶ。

「僕、これ見たいから、ごめんね」

 真琴は軽く首を動かして梨々花に言う。

「……終わったら来て下さいよ!」

 梨々花は部屋から逃げるように出て行った。

「……真琴、行かないつもりだろ」

 俺は言う。

「当たり前じゃん。勘弁してよ」

 真琴はテレビ画面を見たまま言う。

 お母さんも梨々花の部屋に真琴が行くと思ってない。

 畳の部屋には二つの布団がひかれている。

 俺たちはその部屋にテレビを置いて、ゴロゴロしている。

「それに今更一馬が僕に何かすると思ってないよ」

 真琴は振向かずに言う。

 俺は手に持っていたせんべいをバリッと食べた。

 もちろんその通りだ。

 でも、真琴にそれを宣言されると、心の奥の底の方、本当に下の方が、チクリとするのは何故だろう。

 いつもと同じ、真琴と二人。

 きっとこの畳とストーブとやかんと、真琴が俺のパジャマを着てるせいだ。

 親父のジャージのが、まだ似合うんじゃないか?

 引っ張りだそう……。

 俺は目を閉じた。


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