二人はライバル
神社は小さいけど、屋台が何個が出ていて、良い雰囲気だった。
山の中腹にあるので、下には海が見える。
丁度黄昏時で、神社がある森は夜を迎えながら、海は今年最後の太陽をまだ手離さずにいた。
俺はこの時間が一番好きだ。
夕方と夜の境界線は、シルエットと光で形成させていて世界が一番美しく見える。
「綿飴! りんご飴! あ、やっぱり焼きそば!」
はしゃぐ杏奈の声をぼんやり聞きながら海を眺めた。
年末に海を見るのは初めてだけど、悪くない。
思うと同時に風が顔を殴る。
……マジで寒いけど。
俺は神社にあるベンチ座った。
木で出来ていて、はまだ牛乳と書かれている。
木だからお尻が冷たくない。
俺は足を伸ばした。
「靴で来て正解だった」
俺の右側に美波さんが座った。
実は下駄も準備してきたらしいが、俺が止めた。
慣れない人にあれほど履きにくい物は無い。
それに山道だ。
だから足元だけは靴にしてもらった。
美波さんは手にチョコバナナを持っている。
「懐かしい」
俺はそれを見て言った。
チョコにバナナがかかっていて、チョコスプレーがかかっているだけなのに、どうして屋台で魅力的に映るのだろう。
「なんだろうね、食べたくなるよ」
美波さんは大きな口を開けて、一口食べた。
バリッと軽いチョコが割れる音が響く。
「着物って、思ったより寒くないんだね」
美波さんはチョコバナナを食べながら言った。
着物は下にかなり着込むので、実はあまり寒くない。
でも
「首元は寒いでしょ」
髪の毛をアップにするのがお約束だからだ。
俺は自分の首に巻いていたマフラーを美波さんの首にかけた。
首に回すのは少し恥ずかしかったので、単純にかけた。
「……ありがとう」
美波さんは微笑んで、それを自分の首に回した。
その瞳に夕日が映って、オレンジ色に染まっている。
俺は目をそらす。
彼氏になれない、って言ったのなら、優しくするのは間違ってるのかな。
でも友達でいて欲しいって、言われたし。
でも友達にマフラーって貸すのかな。
グルグルと考えるが答えは出ない。
どこまでがやり過ぎな優しさで、どこまでなら許されるのか、俺には分からない。
「一馬くんが普通にしてくれて嬉しい。少しだけ、やっぱり気まずかったから」
美波さんがカリッとチョコバナナを食べる。
俺を顔を動かさずに、視線だけで美波さんを見る。
気まずいのは、グルグル考えてるのは、俺だけじゃない。
美波さんのほうが気まずいに決まってる。
「普通に出来てるなら、嬉しい、です」
俺は小さな声で言った。
今はこれが精一杯だ。
「甘酒」
俺の左側に真琴が座った。
ベンチがキィと高い音を出す。
手には甘酒を持っている。
「サンキュ」
俺はそれを手に取り、飲んだ。
ああ、暖まる。俺は甘酒が大好きだ。
「ああああ、それ僕のなのに」
真琴が言う。
「なんだよ、甘酒くれるんじゃないの?」
「甘酒売ってるよって話」
「じゃあ返す」
「もう飲んだの要らないよ!」
「じゃあ買ってくるよ」
俺がベンチから立ち上がろうとすると、真琴が腕を引っ張って、もう一度座らせた。
まだ残っている甘酒がこぼれそうになる。
「あぶね!」
「行かなくていい」
そして俺の手に残っていた甘酒を受け取って、少し見つめてから飲み干した。
なんだよ、意味がわかんねーよ。
俺が甘酒買いに行こうと思ったのは、この状況が苦手だから……というのもある。
左に真琴。
右に美波さん。
何を話せばいいのかな。
俺は口を開いたまま固まる。
俺たち三人の隙間を、冷たい風が吹き抜ける。
「真琴くんに聞きたいんだけど」
美波さんが口を開く。
「お、おう!」
なぜか俺が美波さんの方を向く。
「一馬じゃないだろ」
真琴は吹き出す。
「……ごめん」
俺はうつむく。
「小学校のときの一馬くんて、どんな感じだったの?」
「え?!」
再び俺が叫ぶ。
「だから、一馬に聞いてないだろ」
真琴が空になったコップで俺の頭を軽く叩く。
一馬の印象? うーん……と言いながら真琴は話し始めた。
「……僕と一馬はアーバンのオーディションで初めて会ったけど、最初の印象は……バク転バカ」
「うわー、ひどすぎるー」
俺は会話に加わるなと言われても、真ん中にいるわけで。
仕方なく両手で顔を包み、丸くなる。
「一馬くんは、昔からバク転が得意なんだ」
「はい」
俺はむくりと起きて返事した。
「筋肉変態で、一番最初から僕の筋肉に興味津々」
真琴が続ける。
「そりゃそうだけど!」
俺は叫ぶ。
「そうなの?!」
美波さんが笑う。
「すごかったんだよ、オーディション会場の真琴は。誰より細いのに誰より見事に踊ってさあ」
脳裏に小学生の真琴がよみがえる。
今でも真琴のベストダンスは、あのときのアーロンだった気がする。
「一馬のアコギも良かったよ。懐メロで」
「あ、真琴止めろよ」
「まあ僕のほうが上手に歌ったけどね!」
それを言われてしまう俺は黙る。
今もそれは悔しくて、あの歌を一度も歌っていない。
「適当に踊ったのも楽しかったな」
「なんだろうな、あれ。今考えても不思議だわ」
「潤がさ、俺たちの隣にいたの気が付いてたか?」
「え? 全く知らなかったな」
俺と真琴は美波さんの存在を忘れて昔話を続けた。
「……なるほど。歴史は分かった」
美波さんはベンチから立ち上がった。
俺たちは話を止める。
美波さんは俺と真琴の前に立った。
「でも、これからだって歴史も、思い出も作れると思わない?」
夕日が完全に海に沈んでいく。
美波さんは完全に逆光で、表情が見えにくい。
でも大きく開く口元だけ、赤い海のようにハッキリと見える。
「一馬くんと二人で行った花井、楽しかった」
美波さんは俺に向かって歩き出す。
そして首から俺が貸したマフラーを取った。
「私たち、まだ始まったばかり。まだ諦めないよ」
そしてマフラーを俺の首に戻した。
ふわりと美波さんのシャンプーの匂いが香る。
「新年の二日。お餅つきするんでしょ」
美波さんは俺の首にマフラーを巻きながら言う。
「あ、ああ」
俺はかろうじて答える。
「私、見に行ってもいい?」
俺の首に完全にマフラーをかけて、体を戻した美波さんが微笑んで言った。
「あ……ああ」
俺は口をあけたまま頷いた。
「僕は一馬の家に泊まるから」
俺の左側でずっと黙っていた真琴が突然言う。
「へ? 真琴、ホテルに泊まるって」
俺は一瞬で我に返って聞く。
「面白くない。どうしても面白くない。なんだか知らないけど、とにかく面白くない」
真琴は面白くないを何度も言いながらベンチから立ち上がる。
そして美波さんと真琴が対峙した。
えええ……これアレか。
争いをやめて~二人は戦うのをやめて~……って懐メロが俺の頭の中で響く。
あああ、とにかく古い。
俺のセンスは親父のせいで、超古い。
もっと気持ちが良いものかと想像してたけど、正直どうしようもなくて怖いな。
真琴は睨むような表情で美波さんを見ている。
真琴をまっすぐ見ていた美波さんの表情が、すっと柔らかくなる。
そしてスッと右手を出す。
「…………へ?」
真琴は拍子抜けする。
「私、真琴くんのダンス、本当に尊敬する。【同性の】ダンサーとして。ライバルの前に、友達になってくれる?」
「……う……うん」
完全に戦うモードだった真琴は、間抜けた表情になりつつ、手を出した。
その手を美波さんがつかみ、二人は握手した。
美波さんの表情は輝いているが、真琴は何度も瞬きして理解不能だという表情だ。
……なんだこれ。
俺も真ん中で意味が分からない。
「じゃあ、一馬くん、ラインに連絡するから!」
美波さんは俺たちに手を振って、綿飴を食べている杏奈と優馬の元に歩いて行った。
残られた俺たちは、何がなんだかよく分からない。
戦いたいのか、友達なのか、どっちなんだ?
「……とりあえず、甘酒飲むか」
俺は座ったまま言う。
「おごれよ」
歩いて行った美波さんの背中を見たまま、間抜けな表情な真琴が言った。
よく分からないけど、二人が怖くないなら、それでいいか。
とりあえず俺がすることは、甘酒追加と、実家に電話して、死ぬ気で部屋を片付けろ! の連絡だ。
12/31の太陽は海に消えて、新しい年の準備が始まった。