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告白の返事と、真琴の香り

「ごめん、俺、美波さんの彼氏にはなれない」

 夕方の学園内のカフェテラス。

 もう人はまばらで、夕日が窓の枠を長く伸ばす。

 今日は風が強くて、裸になった木が寒そうに震えている。

 美波さんは手に持ったカフェオレを机に置いて、俺の方をみた。

「好きな人がいるの?」

 その瞳は夕日があたって、透き通って見える。

 今日はほどかれている髪の毛は、夕日でオレンジ色に見える。

 俺は静かに頷いた。

「……好きな人は、いる」

 その答えを聞いて、美波さんがにっこりと微笑んで言った。



「真琴くんでしょ」



 俺は自分の耳で聞いた言葉が信じられなくて、へ? と言葉に出すというより、へ、と口から空気を吐き出した。

「一馬くんの好きな人って、真琴くんでしょ」

 美波さんは、俺の目をまっすぐにみて言った。

「……え?」

 頭の中でぐるぐると言葉が回る。

 真琴が好き……なのは、そうだけど。

 真琴を男として好きだと思ってるのか?

 真琴が女の子になったと知ってるのか?

 どこまで、何を知っているのだ……?

 俺は乾いた唇を噛んだ。

 少し唇が切れて、血の味がした。

「バス停まで送って?」

 俺をまっすぐに見ていた美波さんが言った。

 そして手に持ったカフェオレを一気に飲み干した。

 細い喉が、コクンと動いた。

 

 俺たちは学校を出た。

 12月の風が容赦なく吹いて、美波さんは黄色のマフラーを首に分厚く巻く。

 風が美波さんのスカートを揺らす。

「……いじわるな事言った」

「え?」

 美波さんは鞄を右手に持ち替えた。

「真琴くん、って。くん……じゃないね、さん、だね」

「あ、ああ……」

 俺はその言葉で理解した。

 美波さんは、真琴が女の子になったと知っている。

「真琴、さんのが良いかな」

 そう言って俺のほうを微笑んで見た。

「……いつから?」

 俺は小さな声で言った。

「旅行の時。濡れたでしょ? 鞄ひっくり返して着替えてじゃない」

 夏の旅行で俺と真琴はゲリラ豪雨にやられて、全身ずぶ濡れになった。

 何か着替えはないかと、俺も真琴も美波さんも杏奈も鞄をひっくり返して探した。

 結局真琴は美波さんのTシャツを借りて着た。

 あのときに……?

「あの時だと思う。間違えて薬が私の鞄に入ってたよ。Gender-keepって書かれた薬」

「なるほど」

 即刻小早川製薬に電話して、薬にGender-keepと書くのを止めてもらおう。

 俺が気が付いた時に、そうすれば良かった。

「そこで調べて、気が付いた。でも、そんなことあり得ないって思ってた。そんな、性別が変るなんて」

 冷たい風が吹き抜けて、美波さんはマフラーに鼻まで入れる。

 俺はポケットに入っていたホッカイロを、手渡した。

 今日は朝イチで寮の外の掃除当番で、封をあけていた。まだ温かい。

「……ありがとう」

 美波さんは鼻の先を赤くして言った。

 ホッカイロを両手で握りしめる。

 そして続ける。

「だから心の中で賭けてたの。文化祭は、水着で審査があるから、それで真実が分かるって。そしたら一馬くんが超頑張って阻止したでしょ?」

「あはは……」

 今思い出しても疲れるくらい、文化祭の着物ショーは大変だった。

「真琴さんのためなんだなーって、気がついた。それで、真琴さんの事を知ってるのも一馬くんだけだって、気が付いた」

「そうか」

 俺は軽く頷いた。

 美波さんは、すごくカンが良い子なんだろう。

 状況をよく見ているし、冷静だ。

 美波さんは俺の一歩前を歩いていたが、その足が止まる。

「すごく、良いなあって思ったの」

 美波さんは背中で言う。

「一馬くんに大事にしてもらえて、真琴さんも嬉しそうで、すごく良いなあって思ったの」

 俺は何も言えずに言葉を聞く。

 美波さんが振り返る。

 逆光であまり表情が見えない。

「私も、そんな風に大事にしてもらいたいって、思っちゃったんだ」

 目をこらして、表情を見る。

 目も口元も微笑んでいたが、見ていると波打ち際にある砂の城のように、ゆっくりと崩れた。

 その表情は暗く、目は軽く閉じられている。

 小さく口が開く。

「……コンサート、見たの真琴さんの」

 美波さんも真琴からチケットを貰って、LINKSのコンサートを見に来ていた。

「真琴さん、すごかった。私、目が離せなくて、今なら分かるから、悲しい。真琴さん、すてき。勝てないと思うなんて、悔しい」

 美波さんはマフラーを右手で持ち上げて、鼻自体を隠した。

 そして小さく鼻をスンと鳴らした。

「私も、負けてられないな」

 冷たい風が吹いてきて、美波さんは瞳を閉じた。

 ほどかれている髪の毛が、リボンのように風になびく。

 美波さんはホッカイロを頬にあてた。

「ホッカイロ……貰っていって、いい?」

 首を小さく傾げて聞いた。

「もちろん」

 俺は答えた。

 美波さんはホッカイロを頬にあてたまま言った。

「一馬くんはマジメだから。きっとまた考えすぎちゃうけど、普通にしてくれたら、すごく嬉しい」

「頑張る」

 俺は真面目に答えた。

 その答えを聞いた美波さんの表情がクシャリと崩れて、笑顔になった。

「ほら、真面目!」

「あはは……」

 俺は真琴の状況を軽く説明して、絶対に秘密してほしいと頼んだ。

 美波さんは何度も頷きながら聞いて、断言した。

「誰にも言わない。だって、一馬くんと私の、秘密でしょ?」

「……そうとも、言う」

「大事にする。困ったことがあったら、いつもで言って?」

 そう言った表情は力強くて。

 大きな味方が出来たかもしれない、そう思っていた。

 同時に、ひとりの女の子の告白を断ったという現実に苦しくなる。

「……あの」

 俺は口を開く。

「はい、なんでしょう?」

 美波さんは風で乱れた髪の毛を耳にかけた。

「気持ちは、本当に嬉しかった。本当に、舞い上がるくらい、本当にありがとう」

「本当を三回も言ってますね」

 美波さんは口元のマフラーを緩めて笑った。

「……ごめん」

「ううん、嬉しい。勇気だして良かった」

 丁度バスが着て、美波さんは乗り込んだ。

 窓際の席に座って手を振る。

 俺も手を振って、見送った。

 少し胸が痛くて、でも安心していた。


「え。気が付かれてた? 美波さんに?」

 お風呂上がり。

 真琴は俺の椅子に座って、ドライヤーを手にしていた。

 真琴は今日も雑誌の撮影で、学校が終わってから、すぐに外に出ていた。

 帰ってきたのは、さっきだ。

 俺は眠かったが、真琴に話がしたかったので、起きて待っていた。

「旅行の時に、薬が美波さんの鞄に入ってたって」

「あー……」

 真琴は口をあけて、目は宙を見た。

 何かを思い出すように。

「小早川家メイドの華村さんに連絡した」

「え? 何を?」

 真琴はタオルで髪の毛を拭きながら言う。

「Gender-keepって薬の後ろに書くのはやめてくれって」

「あー。そうだよねえ、そう思うわ」

 真琴はあはは……と軽く笑った。

 その軽さに少しカチンとくる。

「おい、気楽すぎるだろ。知ったのが美波さんだったから良いけど、杏奈だったら騒ぐぞ」

「そうかな」

 真琴はキョトンとした表情で言う。

「いやいや、杏奈は無理だろう」

「一馬は杏奈さんと付き合いが長すぎて、良い面が見えにくくなってない?」

「いやー、どうかなー、もうそれさえも分からないわ」

 それくらい俺と杏奈の付き合いは長い。

 杏奈が褒められるのはサッカーしてるときだけだ。

 あとはだたの杏奈。

 確かに判断は難しい。

「杏奈さんも、知っても大丈夫だよ、きっと」

 真琴は髪の毛をクシャクシャと拭いて、頭にタオルをかけたまま言った。

「お前……」

 まさか自分から言うつもりか?

 俺は一人でも秘密を知る人間を減らしたい。

 真琴はタオルを取って、首にかけて顔を上げた。

「自分から言うつもりはないけど、気が付かれたら正直に話すよ。杏奈さんは、大丈夫だよ」

 そう言ってドライヤーをかけ始めた。

 何がどう大丈夫なんだよ、と思ったが、俺の気持ちはドヤイヤーの音に消えて行く。

 俺はスマホの画面を触って、さっき買った商品を表示させた。

「これ!」

 画面を真琴に向けて、叫ぶ。

「え?」

 真琴はドライヤーを止めて、椅子ごと近づいてきた。

「これ買ったから」

「……なんだか、お母さんみたいだな」

 真琴は画面を見ていった。

 そこには俺が数時間前にネットで買った一つずつ薬が入れられるボックスが映っていた。

「全部出して、これに入れとけ」

「そうする。ありがとう」

 真琴は椅子を戻して、ドライヤーをかけ始めた。

 全く真琴は注意が足りない。

 それに適当だ。

 薬本体にも名前が書いてあるのかな。

 よくあるじゃないか、番号とか書いてあったり。

 だったらそれも消してもらえないのかな?

 考えこむ俺のベッド。

 隙間に真琴が入ってきた。

 温かくて柔らかい体。

「……?! おいこら、何だ!」

 俺は布団から出てベッドの奥に逃げる。

 真琴が俺のベッドに転がって俺のスマホを取る。

「この7日分の、小さいほうが持ち歩きに良かったのに」

 真琴は俺のスマホをいじって、類似の商品に表示されていたものを見せた。

 俺が注文したのは、30日のものだった。

「そうか、持ち歩きがメインか」

 俺は壁に背中をつけた状態で言う。

「…………なんでそんな遠くにいるの?」

 真琴が寝転がった状態で頬杖をついて、俺の方を見て言う。

 口元はにまにましている。

「……狭いから」

「いやいや、超空間あるし。さ、寝ようかな」

 真琴は俺の布団を自分にかけた。

「おいこら、出て行け!」

 俺は叫ぶ。

「あー、この布団一馬の匂い。あー、くさい、くさいわー」

 そう言いながら真琴は俺の布団にくるまる。

「臭いなら出て行け!!」

 俺は真琴を布団ごと蹴る。

「もうー痛いなあー」

 真琴が布団から出て行く。

 そして上に登る階段の所に立って言った。

「連絡も、買い物も、ありがとうね」

「……おう」

 真琴は二階の自分の布団に入った。

 俺は布団にくるまった。

 さっきとはほんの少し違う匂いがする。

 同じシャンプーなのに、これは真琴の匂い。

「……クソ」

 俺は小さな声で呟いて、真琴が言っていた7日分のケースもカートに入れて、布団の中で丸まった。

 ほんの少しの真琴の香りに包まれて。

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