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俺たちの関係が少し変った夜

「筋肉列車、発車しまーす!」

「進め、進め~~!」

 今日も俺は筋肉列車の先頭車両。

 購買でパンを買うために、特急列車筋肉くん、進みます。

 最近は週に2.3回は美波さん、杏奈、真琴の四人でお昼を食べている。

「キャーー、今日もすごい人!」

 俺の後ろにいる美波さんが、俺の腕をギュッと掴む。

 俺の心臓が太鼓を叩くように大きな音を立てる。

 告白される前まで、そんなこと思わなかったのに……くそー、俺は本当に単純だ。

 いやでも、仕方なくないか?

 今まで女の子にモテた事が無いのに、アイドル枠の子に告白されて舞い上がらない男が居るか?

 いや居ない!!

 俺は口を固く閉じて、ずんずんと大きな歩幅で前に進む。

「おばちゃん、チョココルネください!」

「ほい、4つね!」

「やった!」

 美波さんが俺の背中にしがみつく。

 おおおお……胸が、胸が……真琴の5倍くらいある。

 5倍って自分でも良く分からないけど、当社比だ、当社比。


「いたっだきまーす!」

 今日も中庭でお昼ご飯だ。

 秋と冬の中間地点で、空気は少し冷たくて冬の始まりを感じさせるが、陽の光は暖かくて、まだ外が気持ちいい。

「暑くもなく、寒くもなく、この時期が一番いいね~~」

 杏奈がパックジュースを一口飲んで、大きな口をあけて卵サンドを食べた。

「運動会って、前はこの時期だったよね?」

 美波さんは野菜がたくさん入ったサンドウィッチを食べながら言う。

「小学校の時って、運動会が秋に無かった?」

「いやいや、小学校の時から運動会は五月だったよ?」

「えー? 秋だったよ」

「五月だった!」

 二人は犬がケンカするように騒ぎ始めた。

 俺もなんとなく思い出すが、記憶が曖昧だ。

 五月と十一月は似ている。

 違うけど、中途半端な立場なのに気持ちが良いという意味で、よく似ている。

「一馬くんは、覚えてる?」

 美波さんが俺の方を振向いて聞く。

 その口元にマヨネーズが付いている。

 俺は人差し指で、自分の口元をつついて見せる。

「え、何か付いてる?」

 慌てた美波さんは、手に持っていたサンドウィッチを落としそうになる。

「おおお……危ない」

 俺は美波さんの手に、自分の手を添えてサンドウィッチを守る。

「あ~~っと……ごめん、ごめん」

 美波さんが俺を見る。

 目があって、俺は目をそらす。

「ありがとう」

 美波さんがサンドウィッチを口元に持って行く。

「いえ、はい、大丈夫です」

 俺は小さく咳払いする。

「お前はまた敬語か!!」

 杏奈が叫ぶ。

 正直、杏奈のつっこみに救われた。

 ダメだ、完全に意識しすぎだ。

「……ゴボッ!!」

 美波さんを意識して、開いたままだった口に、おにぎりが突っ込まれた。

「はい、おにぎり」

 犯人は真琴だ。

「あんだほ(なんだよ)!!」

 俺は口におにぎりを詰めたまま叫ぶ。

「口が開いてたから」

 真琴はにっこり微笑む。

 俺は一口おにぎりを食べて、残りを出す。

「やめろよ!」

「お腹空いてるでしょ? 早く食べなきゃダメよ?」

 真琴は首を傾げて可愛い表情を作って言う。

「子供扱いか!」

「一馬、おにぎりも持ってきてるの?」

 それをみた杏奈が聞く。

「パンも好きだけど、やっぱり米食べないとお腹が膨らまないわ」

 正直、寮の食堂で日替わり食べたほうが安いし、お腹にたまるけど、みんなでお昼ご飯食べるのも楽しい。

 寮の食堂はお昼時だけは女子も入れるけど、とにかく量が多くて、味も濃い。

 生姜焼きなんて、生姜!! 醤油!! 以上!! という気合いを感じる。

 俺は好きだけど女の子にはお勧めできない。

 まあ杏奈は余裕で食べるだろうけど、真琴の前では静かに小さな菓子パンを食べている。

「真琴くんも?」

 杏奈が聞く。

「鞄にふたつおにぎり入ってるよ。練習中に食べるんだ」

 真琴はクリスマス前にあるコンサートの練習が本格化していた。

「そっか。練習大変なんだっけ?」

 杏奈さんが聞く。

「二時間半の長丁場で、出番も細かいし、着替えも多いんだ。覚えることも多くて大変だよ」

 真琴は背中にあった木にもたれた。

「でも、LINKSリンクス大宮颯人おおみやはやとと共演なんでしょ? すごいなあ~~」

 杏奈が神様に祈るような手をして言う。

 LINKSは、今アーバンの若手で一番人気があるグループだ。

 そして大宮颯人は、その中のリーダーで、人気も飛び抜けている。

 長い髪の毛に高い身長、何より足が長く、クラッシックバレエを10年以上続けていたという踊りのセンスで、体捌きも美しい。

「大宮先輩は、僕が今まで踊った人の中で飛び抜けてる。練習は厳しいけど、本当に良い経験だよ」

 真琴はにっこり微笑んだ。

「いいなああ~~」

「絶対絶対コンサート呼んでね!」

 杏奈と美波さんが話すのを、俺はぼんやりと聞いていた。

 なんだろう、心の奥で、チクリと針が気持ちを刺す。

 でも理由は分からない。


 放課後。

「じゃあ、行ってくるわ」

 真琴はすぐに鞄をもって席を立った。

「頑張れよー」

 俺は席に座ったまま手を振った。

 LINKSのコンサート練習は龍蘭ではしない。

 セキュリティーの問題もあって、都内の練習場で行うのだが、毎日龍蘭の校門まで車が向かえに来ている。

 黒塗りでなんだか本当に芸能人のようだ。

 いや、芸能人なんだけど。

 龍蘭の中にあまりに沢山のプロがいるので、龍蘭が芸能プロダクションのようで、よく分からなくなっていた。

 でもこのプロばかりの龍蘭から、更に優れた人間だけが、もっと上に行く。

 真琴はもう、そこに手をかけている。

 羨ましいような、全く現実味がないような。

 それよりも真琴がひとりで大丈夫なんだろうか……着替えとか、服とか、また上着を脱ぐとか……何かあるんじゃないのか?

 LINKSと共演より、心配のほうが大きいのが本音だった。

 ぼんやりしていると、ふわりと華の匂いが香る。

 顔を上げると美波さんが目の前の椅子に座っていた。

「今日は練習とか無いの?」

 俺のほうをみて、首をすこし傾げて微笑む。

 肩に乗っていたポニーテールの先がスルリと落ちる。

「あ、はい……じゃないや、うん」

「……あはは。もう本当に一馬くんって面白いね」

「ごめん、ほんと、情けない」

 俺は頭をさげてうなだれる。

 告白されてから意識しすぎなのは分かっているが、これが俺だから仕方ない。

「今日練習無いなら、一緒に出掛けない?」

「へ?」

 俺は頭を上げた。

 視界の奥、指先をちらちらと動かしてバイバイの動きをした杏奈が去って行く。

 口元はネコの口。

 あの口をするときの杏奈は「私は何でも知ってますよ~モード」だ。

 美波さんが俺に言った言葉も、俺の反応も全部伝わってると思うと机に下に隠れたくなる。

 俺は女の子同士の全て伝わっているネットワークが苦手だ。

 杏奈と妹の梨々花もライン仲間だから、全部筒抜けなんだと思うと、大声で騒ぎながら腹筋したいが、そんなことしたら病気だ。

「もうすぐ真琴くんの誕生日なんでしょ?」

「へ?」

 俺は首を傾げた。

「え? だってアーバンのプロフィールに書いてあったよ?」

「あれ、そうだっけ」

 俺は美波さんが見せてくれたスマホを覗き込む。

 市ノ瀬真琴、誕生日12月15日と書かれている。

「……知らなかった」

「えーー? 友達なんでしょ? 男の子同士ってそういうもの?」

 美波さんがスマホをポケットに入れながら言う。

「いや、俺の誕生日も、真琴は知らないんじゃないかな」

「1月10日。杏奈と一緒ね」

 美波さんが言い切る。

 その通り。

 俺と杏奈は産まれた病院も、日付も同じ完全無欠の幼馴染みだ。

「男同士で誕生日に何かとか……無いからなあ」

 杏奈からは毎年プレゼントという名前の嫌がらせをもらうけど。

 毎回恥ずかしい日本語が書かれたTシャツで、去年は【復活せよ、団塊世代】と書かれたTシャツで、本当に意味が分からない。

 しょうが無いので部屋着にしているが、真琴が毎回笑うので、パジャマにしか出来ない。

「杏奈が必死にネットで検索してたよ。Tシャツ」

「要らないと伝えてくれ」

 俺は地蔵なような表情で言う。

「15日はコンサートだから、14日に簡単な誕生日パーティーしない? お昼食べながら。杏奈もプレゼント渡したいみたいだし」

 誕生日にコンサートなのか。

 むしろコンサートの成功をお祈りしたいけど。

 男は誕生日とかあんまり意識しないけどな。

 俺だけ?

 家に居たときも、突然ケーキが出てきて何だ? 程度。

 杏奈の嫌がらせプレゼントがなかったら、気がつかないレベル。

 でも杏奈が真琴にプレゼント渡したいなら、付き合ってもいい。

「何か、買いに行く、の?」

 俺は言う。

「行こう! 私も来週からダンスレッスン入るから、今日が良い!」

 美波さんが目を細めて、顔中で微笑む。

 その笑顔に俺の心臓が跳ねる。

 よく考えたら、あまり親しくない女の子と二人で出掛けるのは初めてじゃないか?

 それに俺は学校と寮の往き来ばかりしていて、この辺に全く詳しくない。


「あのさ、俺、全然外出て無くて、店のこととか分からないんだけど」

「駅の方行けばなんでもあるよ。そっか、寮だもんねー」

 美波さんは俺の前を歩き出す。

 いつも通り腰にセーターを巻いて、跳ねるように歩く。

 学校から出て、来たバスに乗る。

 正直、駅の方に向かうバスに乗るのも初めてだった。

 反対側に行くバスならレッスン場があるので、何度かあるけど……。

「……完全に浦島太郎だわ」

 俺はバスに乗って言った。

「土日とか、寮から出ないの?」

 美波さんは手すりに掴まって言った。

 とりあえず先週は何をしてたかな。

 土曜日はレッスンがあったので、龍蘭のレッスン室で。

 日曜日は……。

「一日ババ抜きしてた」

「トランプ? 寮で?」

 美波さんが吹き出しながら言う。

「最近ブームで、毎日潤が持ち込むんだよ。蒔田先輩も湊元先輩も来て、もう何十回もね……」

 湊元先輩はババを持つと目が広がり、白目を剥く。

 その瞬間が面白すぎて、俺も真琴も我慢できなくて床に転がる。

 そして湊元先輩がキレる……の繰り返し。

「あははは、楽しそう!」

「負けると腹筋で。俺は余裕なんだけどね」

「それって一馬くんの得意分野じゃん」

「蒔田先輩も鍛えてるんだよ、あんなに細いのに」

「意外だね~」

 バス停に止まり、目の前の乗客が降りて、目の前の椅子が空く。

「座れば?」

「じゃあ、そうしよっかな」

 美波さんが座った。

 そして俺の方に両手を広げて見せる。

「ん?」

 俺は意味が分からない。

「鞄、持つよ?」

 なるほど、そういう意味か。

「いいよ、軽いから」

「そんなはずない。中身は私と一緒なんだから」

 確かに今日は教科書が多いけど……俺が戸惑うより早く、美波さんは俺の鞄を自分の膝の上に置いた。

「……ありがとう」

 こういう所が、美波さんはすごいと思う。

 逆の立場だったら、俺は出来るかな。

 出来る子に想われてるなら、俺もできる人間でありたいとは思う。

「プレゼントは何がいいかな~。真琴くんって、何が好きなの?」

 美波さんは人差し指を立てて言った。

 真琴が好きなもの?

「意外と甘いもの」

「えーー? 好きなの? 甘い物」

 今もたまに小早川家から差し入れがある。

 それは新しい肌着だったり、新薬の報告書だったりするけど、中にいつもクッキーが入っていて、それは真琴が一瞬で食べる。

 俺はあまり甘い物が好きじゃないけど、あれだけは美味いのに、わけてくれない。

「クッキーな。あまり甘くないの。好きだぞ」

「へーー。杏奈に教えてあげよう」

「あとは靴」

「へ? 走る靴?」

「練習で使うのとか、出掛ける靴も、たくさんあるぞ」

「あ、確かに。学校にはいてくる靴も毎日違うかも」

「変えてるんだ、気が付かなかった」

 龍蘭は制服はあるが靴は自由だ。

 真琴はたくさんの靴を持っているけど、そうか、毎日変えてるのか。オシャレなんだな。

「あとは……走ることとか?」

「ジョギング?」

「昔新聞奨学生やってたみたい」

「……すごすぎる」

「本当にな」

 真琴のことなら、いつまでも話せる。

 真琴は今ここにいないけど、真琴の存在に心底感謝した。


 駅でバスを降りると、大きな駅ビルがあった。

「こんなのあったんだ」

「ここで何でも買えるよ。ちょっと歩けばドドバシカメラ。あっちには花井があるし、駅前も面白いよ?」

「……任せる」

 俺は人の多さと情報量にクラクラし始めていた。

 正直はやく寮に戻りたい。

「花井に行こうか。オススメの店があるよ?」

 歩き出した美波さんの後ろを付いていく。

 俺たちと一緒に歩き出す人の数も相当な数だし、向かってくる人の数も多い。

 龍蘭の最寄りが、こんなに大きな駅だと俺は知らなかった。

「こっち!」

 美波さんに付いて花井という大きなファッションビルに入る。

 店内は入り口にパンケーキ屋、入って行くと化粧品や、装飾品。

 おおお……キラキラしていて光が目に刺さる。

 口紅や基礎化粧品も売っていて、魔法少女の時にメイクをした真琴を思い出す。

 可愛かったから、もう一度見たいけど、買ったら烈火のごとく怒るんだろうな。

 僕は女の子だ……とか言うなら、俺の前だけ化粧しないかな。

 ……いや、しないな。

 俺の前だけで化粧して、どうするんだ。

 真琴がしたいならそれでいいけど、俺から強要するのは、ちょっと違うと思う。

 真琴が真琴のままなら、俺はそれでいい。

「ここ!」

 美波さんが入って行ったのは、ゴチャゴチャと商品が置かれた店で、正面には骸骨がサンタの衣装を着て立っている。

「何でもあるんだから」

 美波さんは俺に商品の箱を渡した。

 やじるしがあったので触れたら、中から目玉が飛び出してきた。

「うわあああ!!」

「あはははは!!」

 美波さんが笑う。

 びっくり箱?

 こんな昭和なものが、まだあるのか。

 どうやら何でも面白い商品が置いてある店のようだ。

 店内に入ると漫画本や、フィギュアやプラモデルもある。

「おお、限定品じゃん」

 俺は久しぶりにみたプラモデルにテンションが上がる。

 寮にも何個か作ろうと思って持ってきたけど、部屋で閉じこもって何かをする……なんて皆無だと入寮して知った。

 いつも誰かが何かを叫んでいて、それに付随するイベントがあり、常に遊んでいる。

 蒔田先輩は突然演劇を始めるし、湊元先輩は金曜になると決まって深夜に歌い出すし、抗議するとジェンガ投げつけるし、本当にメチャクチャだ。

 龍蘭男子寮、恐るべし……いや毎日楽しいけれど。

「これ、杏奈にどうかな」

「……あはははは!!」

 俺は美波さんが手に持ったTシャツをみて爆笑した。

 その絵柄は、耳が大きな宇宙人が大きく描いてあって、かなり小さく書かれた人間達をビームで狙い撃ちにしてる絵で、すべて原色。

 とにかく変。

 まったくどこにも着て行けそうにない。

「いいね、ひどいよ、これは。いい仕返しになる」

「この前偶然見つけてね、女性用のサイズだったから」

 他にも変なTシャツが沢山売っている。

「これ見て?」

 美波さんが俺に何か袋を手渡す。

 そして中にあるボタンを押す。

 すると「あはははは!! あははははははは!!」と人の人工的な笑い声が響く。

「……あは、あはははは」

「なにこれ、あはははは」

 俺も美波さんもつられて笑う。

「何かツボでさ、これ、あはははは」

「笑い袋だっけ? 懐かしすぎない? あははははは」

 袋の中から延々と笑い声が響いて、なぜだか俺たちも笑いが止まらない。

 この商品は危険だ。

 これを第二寮に持ち込んだら、笑いがパンデミックして全員腹筋が笑い死ぬ。

 容易に想像できる。

 あ、湊元先輩には良いかもしれない。

 でも俺たちは巻き込まれる。

 やっぱり止めよう。

 俺は結局杏奈に宇宙人Tシャツを買った。

 店の外を見るとアウトドアメーカーの店が見えた。

「行っても良い?」

 美波さんに聞く。

「いいかも!」

 俺たちは天井まで色々積まれた店を出た。


 アウトドアメーカーの店先には大きなクマのぬいぐるみが立っていて、手にカヌーのオールを持っている。

「可愛い。カヌーか、やったことないなあ」

 美波さんがクマの頭を撫でる。

「腕がキツいけど、楽しいよ」

 俺は答えた。

「え。やったことあるの?」

 実は家族でカヌー旅行に行ったことがある。

 二日間ひたすらカヌーで川を下るのだが、激流もあり、天気もよくて、楽しかった。

 その時に知ったのが……この下着だ。

「あった。多機能下着」

 それはアウトドアメーカーが出している汗を瞬時に吸って、いつも乾いている下着だ。

 俺も真夏と真冬には下に着ている。

 夏は汗をかいてもすぐに乾いて気持ち良くて、冬は暖かい。

 真琴にプレゼントと聞いて一瞬でこれが浮かんだ。

 最近練習で「汗が冷えて寒い」という真琴に最適だ。

 それに真琴は下着が濡れたからといって着替えが容易じゃない。

 本当は肌に直接着るのがいいけど、あの下着は取れないから、その上からでも。

 女性用と男性用とあって、俺の手が止まる。

 本当は女性用のLが良いと思うが、それは買えないので男性用のSで良いかな。

「多機能下着か。いいねー」

 美波さんも手に取る。

「俺も着てるけど、練習で汗かいたときに最高だよ。すぐに乾く」

「私はもう、毎回速攻シャワー浴びちゃう。気持ち悪くて!」

「それが正解だな」

 真琴はそれが出来ないから、これが必要なんだ。

 プレゼント用に軽く包んで貰って、店を出た。


「少しだけ、お茶していかない?」

 入り口にあるパンケーキ店の前で美波さんが言う。

 スマホを確認したら、まだ5時前だ。

 最近真琴が戻るのは、9時を過ぎる。

「一時間くらいなら……」

 俺は答えた。

 一時間も女の子と二人で会話が持つか疑問だということに、言ってから気が付いたが。

「嬉しい! あのね、男の人でも大丈夫そうなメニューが多いんだ、ここ」

 美波さんが両手を合わせてパチンと軽く叩いた。

 その表情をみて、ひょっとして、このお店に行って、そのあとここに行って……なんて考えてくれていたのかな、と気が付く。

 店の前のメニューをみて、少し驚く。

 パンケーキ1,500円、コーヒー800円。

 すごく高いです……。

 でもまあ俺たちアーバン所属組は数万円だけど給料が支払われている。

 それにずっと寮に引きこもっていて使ってない。

 きっとこういう時に使うものだ、お金は!

 俺は美波さんについて店に入る。

「あの、このクーポン使えますか?」

 美波さんがスマホを見せる。

 そこには【初めて来店のお客さまは30%オフ】という表示が見える。

「大丈夫ですよ」

 店員さんに言われて美波さんが俺の方を見る。

「やった!」

 ポニーテールを大きく揺らしてガッツポーズをする。

 オシャレな店内で、その動きが似合わなくて、俺は吹き出してしまう。

「あれ、何か変だった?」

 美波さんがキョトンとする。

「いや、すごくいいと思う」

 俺は言う。

「ずっと取っと置いたの。この店には男の人と来たいなーっと思って。あ、はじめてでクーポンとか、引く?」

 美波さんが心配そうに言う。

「まさか、そんな。高いなーって思ったから、嬉しい」

 女の人はおごられて当然だと思ってる……なんて記事も読んだことがあるけど、美波さんは全くそれを感じさせない。

 対等な感覚で、俺はそんなことが少し嬉しかった。


 パンケーキとコーヒーを頼んで食べる。

 よく考えたら昼も甘いもので、おやつまでキメてる。

 ヤバい、龍蘭戻ったら筋肉ルームで締め上げないと。

「ふわふわ~~~」

 一口食べた美波さんが口元をふにゃふにゃさせながら言う。

 それが本当に波をうつような動きで、また少し笑う。

 俺も一口食べる。

「おおお……溶ける」

 口の中で味わおうとしたら、一瞬で消えた。

 それを確かめたくて口をふにゃふにゃ動かすのだと、食べて気が付いた。

「口元だけ乙女みたいだよ」

 美波さんが笑う。

「美味しいわ」

「やった!」

 美波さんが右手でピースを出した。

 その笑顔で可愛くて、一瞬本気で美波さんをステキだと思った。

 その奥の店外の道。



 真琴が見えた。



 俺の動きが完全に止まる。

 見間違えじゃないか?

 だって真琴は今、コンサートの練習中で町中に出てくる時間なんて無いはずだ。

 俺は手に持ったフォークをテーブルに落とす。

 シャン……と高い音が響く。


 真琴はひとりじゃなかった。


 男の人と一緒に歩いている。

 帽子にマスクに、この時期にはまだ早いマフラー。

 でも俺にはすぐに分かった。あれは、LINKSの大宮颯人先輩だ。

 高い身長と雰囲気。

 何より歩き方が独自なんだ、あの人は。

 踊るように舞うように歩く。

 前から思ってたから、間違いない。

 完全に街に溶け込んでいる。

 真琴が制服で、だから気が付いたようなものだ。

 二人で駅ビルの方に消えて行く。

 大宮先輩が真琴と一緒に歩いて行く。

 チラリと見えた真琴の笑顔。

 心臓が鷲掴みにされたように痛み始める。

 誰かが俺の心臓を握っている。

 大きな手で強く、何度も、握りつぶすように。

 真琴、練習じゃないのかよ。

 真琴、なんで大宮先輩と?

 なんでそんなに楽しそうなんだよ?


「どうしたの?」

 

 美波さんの声で我に返る。

 そして自分の状況を思い出す。

 

 俺だって練習もトレーニングのせずに、女の子と二人じゃねーか。

 

 そのことに呆然とする。

 さっきまで美味しかったパンケーキは一瞬で柔らかい何かに変わる。

 美波さんの話す内容に相づちを打ちながら、会話を終わらせる。

 そして駅で別れて、龍蘭に向かうバスに乗った。

 鞄からスマホを取り出すと、美波さんからラインが入っていた。

【楽しかった! ありがとう。また一緒に出掛けてくれる?】

 俺はその画面を閉じて、鞄の中に入れた。

 すると鞄の中に真琴に買ったプレゼントが見えて、一気にチャックを締めた。


「ぐええええ……超疲れたあ……」

 夜の10時。

 真琴はドアを開けて、部屋の入り口で倒れ込んだ。

 俺はいつもように声が掛けられない。

 すると真琴が倒れたまま顔を上げた。

「はやく部屋に入れてくれ」

 いつもの真琴だ。

 何も変わらない。

「……自分で入れよ」

 俺は言う。

「もうここで寝る」

 真琴ギャグだ。

 最近真琴は帰ってきて入り口で倒れて部屋に入れてもらいたがる。

 甘えてるのだろうが、今日はそういう気分じゃない。

「……調べごとあるから、俺もう寝るわ」

 ベッドのカーテンを閉めて、俺は閉じこもった。

「なんだよー、手伝えよー、もおーー」

 真琴はずるずると立ち上がって服を脱ぐ音がして、ユニットバスに消えた。

 俺はベッドに転がったまま、スマホで、あのカフェ近辺を調べる。

 ひょっとしてスタジオや、龍蘭関係の建物が、あるんじゃないか?

 でも俺の期待は一瞬で消える。

 あんな駅近くにそんな物は無い。

 それに大宮先輩は、有名芸能人だ。

 あんなに簡単に外をふらつくものなのか?

「……何してたんだよ」

 俺は呟く。

 自分の事は棚にあげて。


 

 真琴と蒔田先輩は、合同練習を終えると二人で龍蘭のレッスン室に籠もり、練習を続けていた。

 プロって、本当に大変なんだな。

「取っておいたぞ」

「……マジで泣ける」

 真琴は机の上に置かれたカツ定食を見て言う。

 時間は夜10時。

 でも合同練習終わって一息ついたら蒔田先輩に呼び出されて、食事をしてない。

 だから俺は食堂で今日のカツ定食を取っておいた。

 これはカレーうどんしか食べない真琴唯一の好物で、これが日替わりにあると選ぶ。

 俺は知っていたので、寮のおばさんに頼んで、取っておいた。

「食堂で温めていいって」

「涙が止まらない……」

 俺が定食を持って部屋を出ると、真琴もふらふら歩きで付いてくる。

 俺がレンジで味噌汁を、トースターでカツを温める間に、真琴は個人用の冷蔵庫から、プリンを出してきた。

 真琴秘蔵の高級プリン。

 俺が食事を出すと、真琴はプリンを俺に渡した。

「真琴のだろ、いいよ」

 俺が断ると、真琴は静かに首を振った。

「一緒に食べたいだけ」

 別に何も食べなくて付き合うつもりだったけど……出されたので、ありがたく頂く。

 夜10時をすぎた食堂の電気は落とされていて、入り口近くだけ電気をつけて、俺たちは食べ始めた。

 部屋が暗いのもあるが、真琴はまた痩せたように見えた。

 真琴と大宮先輩が二人でいた事は、今も聞けてない。

 俺が美波さんに告白されたことも、伝えてない。

 でも真琴が毎日必死に練習してるのを見て、今はそれを口にすべきじゃないと思っていた。

「……僕さ、センターに入れることになった」

「へ?!」

 俺の声が広い食堂に響く。

 センターとは、メインの先輩の真後ろだ。

「フォーメーションが難しくて、頭から湯気が上がるよ……」

 真琴が頭を軽く回しながら言う。

「すげえ……真琴は、すげえな……」

 俺は素直に言う。

「こんなにマジで練習したのは初めてだ。一馬さあ、目をこれでもかってくらい開いて見てくれよ」

 真琴は大きな口をあけて、カツを口に入れた。

 ざくりという高い音が響く。

「当然だろ」

 俺はプリンを食べ終えて、スプーンを置いた。

 アーバン所属のアーティストとはいえ、コンサートの詳しい内容は教えられないようだ。

 楽しみで、楽しみで、少しだけ怖い。

 俺は真琴の本当の本気を見るのは、きっと初めてだ。

 真琴はいつも上手に手を抜く。

 いつも真琴をみている俺は気が付いている。

 真琴の真骨頂は本番のみ。

 それは意識してない、何かだろう。


「おお、クッキーだ!」

 コンサート前日の14日。

 龍蘭内にあるカフェで、真琴の誕生日会をした。

「好きって、聞いて」

 杏奈はどうやらクッキーを手作りしたらしい。

「……おい、真琴、今日は食べるなよ」

 俺は真剣に止めた。

 だって明日はコンサートなのに、お腹を下せないだろう。

「100枚くらい味見したから、大丈夫だと思うけど……実は私もちょっと心配かも」

「100枚?!」

 俺は叫ぶ。

「だって……心配で……」

 杏奈の声が消えて行く。

「食べてもいい?」

 真琴はその場で包み紙を開いた。

「あ、でも、本当にちょっと心配だから、コンサート楽しみだし」

 あげた張本人の杏奈が止める。

 意味が分からない。

 真琴は包みを開けて、一つ食べた。

 サクサクと軽い音が響く。

 俺の横で杏奈が生唾を飲む。

「……ん、美味しいよ」

 真琴が笑顔を見せる。

「……良かったああああ……」

 はーーっと大きなため息をついて、杏奈が机に倒れ込む。

 いくら何でも大げさだろうと思うが、手作りが緊張するのは分かる。

「私からは、これ」

 美波さんがドドバシカメラの包み紙を出す。

 中には、骨伝導のイヤフォンが入っていた。

 最近は小さくなっていて、貼り付けるだけで音楽が聴ける。

 それに美波さんがプレゼントしたのは、流行の使い捨てのもので、水も汗も大丈夫な商品だ。

「おお、これ使ってみたかったんだ」

 真琴が喜ぶ。

「私も気になってて、買っちゃった」

 コンサートやレッスンでも多く使われていて、貼る場所によって別の音が聞こえたりする。

「ありがとう!」

 真琴は使い方を真剣に見ている。

「で、一馬は?」

 杏奈が俺に言う。

「……買ってない」

 俺は嘘をついた。

 あの時、俺と美波さんが一緒で、真琴と大宮先輩が一緒で。

 そこで選んだことが、妙に心苦しかった。

「なんでーー?!」

 杏奈が叫ぶ。

 チラリとみると美波さんは口元だけに微笑みを持たせて、遠くを見ていて、何も言わない。

「一馬から何か貰ったことなんて、無いよー。僕もあげたことがないし」

 真琴はイヤフォンの説明書を見ながら言う。

「……だよなあ。男同士なんて、そんなもんだよなあ」

 俺は付け加える。

 買ったけど、あとで恥ずかしくなった……という体でどうだろう。

「そんなもんだよー」

 真琴は説明書をみたまま言う。

 美波さんの視線を感じるが、俺は美波さんの顔を見られない。

 目をそらしたまま、真琴が持っているイヤフォンの説明書を一緒に見る。

 これで、いい。

 あれは封印しよう。

 俺は心に決めた。


 コンサート本番の日が来た。

 

 真琴は前日から会場近くのホテルに入った。

 俺と潤と優馬はアーバン関係者の席だ。

 チケットを用意してもらった杏奈と美波さんは、違う席にいる。

「うわ……会場大きいなあ。セットすごいなあ、人がみっちりだ~」

 潤が見上げながら言う。

 今一番人気のLINKSだけあって、会場はドーム。

 三階席まで、埋まっている。

 俺たちは一階だけど、奥のセットに少し隠れたような席だ。

 他にアーバン所属の人や、見たことがある芸能人が居る。

 メインの席からは見えないような、専用の席だ。

 大きなモニターが5つに、動くであろう大きな橋。

 今回のLINKSのアルバムのテーマはマジックなので、大きな箱も準備されていて、ショーの要素も強そうだ。

 会場が暗転して、小さく音楽がかかる。

 観客が拍手して立ち上がる。


 コンサートが始まった。


 C.G映像から始まる。

 ピエロの姿をしたLINKSの5人。

 それぞれがカット絵で抜かれて、実は紐で繋がれている演出。

 でもその紐を持ってるのは、C.GではないLINKS本人たちだ。

【ME to ME】という曲が流れて、会場に悲鳴が上がる。

 高いドームの天井にあるセット内から紐に繋がれたピエロたちが下りてくる。

 空中で仮面を投げ捨てて、LINKSの五人が顔を見せる。

 更に悲鳴が大きくなる。

 着地した五人は、ピエロの衣装で踊る。

 そして曲が変わり、それを脱ぎ捨てた。

 すると中には白いスーツを着ている。

【君と僕で、ひとつ】という最近出したヒット曲がかかる。

 舞台の奥から数人が出てきた。

「……真琴くんだ」

 潤が言う。

 俺も気が付いていた。

 シルクハットをかぶっているが、すぐに分かった。

 真琴は真っ黒なスーツを着て、センターに来る。

 こんなオープニングでセンター?!

 俺は驚く。

 真琴は大宮先輩のよこに立ち、対になって踊り始めた。

 この曲は男と女の歌で、何年も経って再会した二人が、恋愛を始める内容になっている。

 きっと男は大宮先輩、女は真琴だ。

 シルクハットで顔を隠しながら、真琴は踊る。

 大宮先輩に背中を支えられると、その背中を大きく反らす。

 そして一時停止する。

 背中の角度は誰よりも深くて、美しい。

 足は指先まで伸びているのが、靴の上から分かる。

 それを大宮先輩が片手で支える。

 近づいた顔を真琴がシルクハットで隠して二人は、シルクハットの中でキスをしているような演出。

 そのシルクハットを大宮先輩が投げ捨てる。

 二人の顔にカメラが寄る。

 そしてドームのメインモニターにそれがうつる。

 観客から大きな悲鳴が上がる。

 それは否定ではなく、大いなる肯定。

 スポットライトは五人に当たっているが、動きが大きい大宮先輩と真琴が一番目立つ。

 それに二人のダンスが完璧に対になっているのだ。

 ぶれない。

 真琴は大宮先輩の動きを完全にトレスしている。

 いつも踊り方じゃない。

 ちゃんと大宮先輩と同じ動きをしている。

 いつものジャンプじゃない。

 いつもの手の動かし方じゃない。

 真琴が、真琴じゃない。

 あれは真琴で大宮先輩で、でも真琴だ。

 大宮先輩は10年もクラッシックバレエをやっていた人で、ダンスが独自だ。

 それに全く負けてない。

 二人だけは別格だった。

 曲が終わって、真琴が捌ける。

 大宮先輩が後方に向かって小さく手を叩いて拍手をした。

 もちろん真琴に向かって。

 もう次の曲が始まっているのに。

 アーバンの名も無き人に向かって拍手をした。

 それに釣られるように大きな拍手が会場を包む。

 もう、LINKSの次の曲が始まっているのに、だ。

 

 俺は自分の胸元の服を握った。

 爪の感覚が分かるほど、強く。

 全ての感情が襲ってくる。


 でも一番明確な感情は、嫉妬だ。

 

 俺も真琴と一緒にあの場所で踊りたい。

 真琴を踊らせたい。

 真琴と一緒にあそこに立ちたい。


 何で俺は、ここに居るんだ。

 

 コンサートは続く。

 真琴は数曲後にも出てきて踊った。

 今度は誰かと絡むわけではなく、花道でダンサーとして。

 このコンサートは当然LINKSのファンしか居ない。

 だからみんなLINKSを見に来ていているのに、真琴が踊っていると、手を振っている人がいる。

 それはありえない景色だった。

 スポットライトと共に歩いてきた大宮先輩が、真琴の肩に腕を乗せる。

 真琴は笑顔になり、二人は一緒に踊った。

 その後も何度も着替えて、真琴は踊ったり、先輩の脱いだ服を持って移動したり、裏から見てるだけでも複雑すぎる仕事をこなしていた。

 LINKSの甘響琢海あまきたくみのソロが始まった。

 そのバックにダンサーがついた。

 それは蒔田先輩と真琴だった。

 椅子を使ったダンスで、はやっているが難しい。

 俺は苦手で、椅子を振り回さしてしまう。

 でも二人は椅子を女の人に見立てて、妖艶に踊る。

 ここは蒔田先輩の真骨頂だった。

 元々甘響先輩は、少し女らしい人で、蒔田先輩と似ている。

 それに同じ演劇部だったはずだ。

 甘響先輩が椅子から立つと、それを蒔田先輩が動かし、タイミングを見て一緒に踊る。

 ……これかあ、と俺は思う。

 真琴が「椅子をぶつけられて痛い」といつも言っていた。

 真琴は仮想甘響先輩をやって、二人で練習していたんだ。

 絶妙なタイミングが求められるダンスで、俺は本当に無理だと思う。


 これがプロの世界。


 帰り道。

 俺も潤も優馬も言葉がない。

 妖精が見せた夢でもみたような気持ちで、寮に戻った。

 いつもは騒がしい土曜日の寮も、今日は静かだ。

 みんなコンサートを見に行っていたし、あの熱量に、誰もが当てられていた。

 きっとみんな考えてることは同じだ。

 あの場所に立ちたい。

 素直にそう思えるコンサートだった。

「ただいまー」

 ドアが開いて、真琴が帰ってきた。

 思ったより疲れていない。

 むしろ頬は蒸気していて、元気に見える。

「打ち上げで、すごい肉が出てきたよ。あんなの食べたことない、一瞬で溶けるけど肉肉してるんだよ、あー、美味しかったよー」

 真琴は大きな鞄を部屋の真ん中に投げた。

 そしてベッドに座る俺の目の前に座った。

「ただいま」

 そして正確に両方の唇を上げて、にっこり微笑んだ。

 久しぶりにみたその笑顔に、俺の中からマグマのように気持ちが溢れる。

 ずっと、ずっと溜めていた言葉たち。

 口から出てくる言葉を止められないと知っていて、口にした。

「真琴はすごい」

「知ってる」

 真琴は平然と答えた。

「真琴に負けたくない」

「知ってる」

「真琴と踊りたい」

「知ってる」

「真琴と、ずっと踊っていたい」

「知ってる」

 俺は口から出てくる言葉をそのまま続ける。


「真琴が、好きだよ」

「知ってる」

 真琴は口の端を持ち上げて、にやりと笑った。


 これは告白なんだろうか、嫉妬した感情の爆発なのか、もう分からない。

 でも言葉が止められなかった。

「誰も真琴に勝てない。本当にすごいよ」

「よし、美波さんと買ってきたブツを出せよ」

 真琴は俺の方に向かって手を出した。

「……へ?」

 俺はポカンと情けなく口を開けた。

「僕は美波さんと一馬が変なTシャツ見てた時から、ずっと見てたんだ」

「えええ?!」

 俺は叫ぶ。

「あのビルの屋上で、雑誌の撮影があったんだ、大宮先輩の。僕は鞄持ち。お気に入り認定されちゃったよ」

「え……ええ……?」

「その後は服を買ってえ~、その後はパンケーキ食べてえ~、楽しそうだったねえ」

「いや、その、あの、その」

「さあ、買った物を出しなさい」

 真琴は勝ち誇った顔で言う。

 俺は諦めてベッドからおりて机に向かって歩く。

 そして鍵をかけた引き出しから、買ってあった服を出す。

 真琴はそれをバリバリと開ける。

「あ、一馬が着てる下着だ。これ良いんでしょ? もう汗が酷くて。嬉しいよ、ありがとう」

 真琴は中を見て言う。

 そして立ち上がった。

 真琴も自分の引き出しを開けて、そこから袋を出して、俺に渡した。

「あげる」

「え……」

 俺は展開の理解が出来ない。

「どうぞ」

 言われて、プレゼントの包みを開けると、中には納豆味のプロテインが入っていた。

「どうだ、すごく不味そうだろ?」

 真琴は俺の目の前に座って口元を押さえてクククと笑った。

 俺も存在は知っていたが、正直レアアイテムだ。

 そう簡単に買えないと思うけど……。

「これ、どうやって……」

「大宮先輩の力、借りちゃったよ。やっぱり芸能人はスゴイね」

 その言葉に俺は少しカチンときた。

「真琴だって、大宮先輩と楽しそうだった」

 微笑んで横断歩道を渡る真琴を思い出した。

「いやいや、パンケーキに勝てませんよ」

「真琴だって、楽しそうだった!」

 思わずむくれた俺の頭に、真琴が手を乗せる。

 細い指先が、俺の頭皮を撫でる。

「笑っているように見えたなら、僕は結構女優だね。死ぬほど嫌な気持ちで歩いていたよ、背中に二人がいると思うとね」

 俺は真琴の腕越しに、表情を見ようとするが、腕が邪魔で見えない。

 頭にあった手が首元に移動して、俺の服を真琴が掴む。


「女なら僕がいるから、他はいいだろう」

 真琴は真顔で宣言した。


 女なら、僕がいる。

 ものすごく変だ。

「……変だな」

 俺は思わず言う。

「変だな。でも僕がナンバーワンだと、分かった?」

 真琴は首元の服を掴んだまま言う。

「……はい」

 俺は素直に答えた。


 さっそく作って飲んだ納豆味のプロテインは、もう寝ようとしていた潤や優馬を叩き起こすくらい不味かった。

 でも次の朝も、まだ寝ている真琴を横目に飲んだ。

 俺たちの関係が、少し変わった記念だ。

「……本当に不味いな」

 でも、どうしようもなく嬉しい。


分けてあげるべき分量ですが、話が全て繋がっているので、まとめて読んだほうが良いと判断しました。



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