性欲と彼女と恋愛と
「一馬くん、私の彼氏にならない?」
秋の鎌倉。
紅葉舞う神社で、美波さんは俺に言った。
俺は何を言われたのか理解ができない。
長く沈黙していたが、恥ずかしそうに長い髪の毛を耳にかけた美波さんを見て、人生で初めて女の子に告白されたという事実に気が付いた。
「……ええ? 俺?」
右手の人差し指で、自分を指さす。
「高東一馬くん、あなたに言ってます」
髪の毛を何度も耳にかけながら、視線だけちらりと送って美波さんが言う。
……やべえええ、現実だ!!
俺は何度も目をパチパチして、現実を理解しようとした。
同時に口が開きっぱなしなことに気が付いて、口を閉じた。
その顔をみて美波さんが笑う。
「なんかロボットみたいなんだけど!」
頭を大きく動かして笑ったので、整えた髪の毛がフワリと踊る。
今日も左側に小さくリボンが結んである。
秋の空は群青色。
そのリボンは空にかける白いラインだ。
「一馬くん、ミスコン仕切ったでしょ?」
美波さんが乱れた髪の毛を直しながら言う。
「あ、はい」
なぜか敬語復活。
最近やっと敬語じゃなくて普通に話せるようになったのに、告白なんてされた日には敬語に戻ってしまう。
「あれ、ほんとうに良かったよ。すごいね一ヶ月で」
美波さんは俺の方を見て、目を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます」
「ちょっと、また敬語!」
「あー……、ありがとう……ですー……」
「ですーって何よ!」
美波さんは俺の肩をつかんで、大きく揺らす。
大きく揺らして、止まったあとも、美波さんの掌は、俺の肩から離れない。
俺は美波さんに肩を掴まれている。
美波さんの小さな手が、俺の肩を掴んで、指一本だけ、トン、トンとリズミカルに肩を触る。
その感触に、俺の愚息は丁寧に答える。
ヤバい。反応しちゃってるんだけど!
美波さんは、そのまま俺の腕を撫でて下ろす。
美波さんの掌が、俺の手の上に着地した。
手が少し汗ばんでいて、その温度に女のヒトを感じる。
「アレ見て、すごいなーって思ったの。別の一面が見えたっていうか……素直に感動したんだよ。それで、もっと一馬くんのこと知りたいって思った」
美波さんが俺の見ないで言う。
もっと俺のことを知りたいなんて、人生ではじめて言われた。
感動的なはずなのに、愚息は完全に痛い状態に突入。
脳内の情報をまともに考えあげることが不可能だ。
要するに1Gしかない俺のエロバンクに2Gのエロが入り込もうとしている。
どういう意味か分からないが、どういう意味か分からないことを考え続けないと、どうなるか分からない。
つまりミミック! パルプンテ!
俺は脳内で必死に別のことを考えた。
口が完全に開いていて、今となると、その口をどんなタイミングで閉めれば良いのかさえ分からない。
俺の手の上に置いてあった美波さんの掌が退く。
手の上が、ひんやりして、俺は美波さんをみた。
「答えはまだ聞かない。少しだけ意識してほしいな」
美波さんは立ち上がった。
秋の風が美波さんの白いリボンを揺らす。
「……わかりました」
俺は開けっ放しの口で答えた。
「マジで告白だったの?」
今日は秋の一日遠足で鎌倉に来ていた。
その道中、美波さんに呼び出されて俺は告白されたのだ。
帰りの電車は、女子と男子で離れている。
俺と真琴と潤と優馬は、ボックス席に座っている。
「マジかよー……一馬やったじゃん、彼女彼女!!」
俺の目の前に座っている潤は両方の指をひらひらさせ、大きな口を開けて興奮状態だ。
「現実が理解できない……」
俺はボンヤリと窓の外を見たまま言った。
「一馬はミスコンで評価がかなり上がったからね」
潤の横に座っている優馬がスマホを見ながら言う。
「確かに、あれを一ヶ月で仕切ったのは、格好良すぎた」
潤も頷く。
俺たちアーバンの日舞の舞台はかなり評判が良くて、来年以降もやらないかと一年生の舞台演出部員に言われたほどだ。
来年のミスコンも、俺も真琴も出なきゃいけないなら、当然アリだけど、正直演出はもう無理だと思う。
お母さんのアイデアをパクリまくっただけで、俺自身はもうカラッポだ。
「お母さんに感謝ってのが本音かな」
俺はお土産にかった饅頭を見た。
文化祭のお礼に、有名店の饅頭を買ってきた。
お母さんは饅頭に目がない。
それを蒔田先輩に言ったら、予約一ヶ月待ちの銀座の饅頭がお弟子さんの分まで届いたらしい。
やっぱりあの人はプロだ。
「一馬も彼女持ちか」
優馬が言う。
実は潤は、クラスで一番可愛いアイドル枠の葉月さんと付き合い始めた。
葉月さんも恋愛禁止のアイドルグループに所属してるはずだけど……なんだろうね、ルールって。
「いや、まだ返事してない」
俺は慌てて訂正した。
「え? なんで? 美波さんクラスでNO.5までに入る可愛い子だと思うけど」
潤が目を大きく開いて、心底理解できないという表情で言う。
「僕も美波さんはスッキリハッキリした良い子だと思うよ。」
優馬も言う。
真琴は……? と思って横を見ると、ぐーすか寝ている。
「ちょ、真琴」
俺は素直につっこんだ。
「真琴くんは朝イチで練習してから鎌倉来てるから大変なんじゃないかな」
優馬が言う。
真琴は冬にあるコンサートのメイン枠に選ばれた。
一年生から選ばれたのは、真琴だけだ。
龍蘭からは、蒔田先輩と真琴しか出ない。
あとはデビュー済みの先輩のみ。
「完全に一歩抜けたね。最近の真琴くんダンスすごいもんなー、勝てる気がしないよ」
潤はパックのジュースを飲む。
たしかに最近の真琴は、ダンスのキレがスゴイ。
きっと重たい下着から、軽い下着になったのが大きいのだろう。
そして俺と一緒に筋トレも始めた。
俺は真琴が筋トレをするにあたって、真琴が女の子だということを意識しながらやった。
男のダンスをするにあたって、女の子が強化したほうがいい筋肉。
それがここに来て良い力を発揮してるようで、かなり派手なダンスも出来るようになってきていた。
「蒔田先輩はすごくチャンスだもんね。二年の冬でしょ、三年中にデビュー決めたいよね」
潤はパックジュースのお尻部分を指で開きながら言った。
「大丈夫じゃないかな、人気あるし。ミスコンの写真、すごいよ。注文枚数が桁違い」
優馬がスマホを見せる。
そこには写真の注文枚数が一覧になっていた。
蒔田先輩がミスコンで傘を持ってキメた写真のダウンロード数は、5,000枚。
その次の人気写真は、蒔田先輩と真琴が一緒に魔法少女姿で踊る写真で、3,000枚。
「これ1枚いくらなんだろ」
俺は思わず呟く。
「写真部、本気の仕事だからね~」
優馬は画面をスクロールしながら言った。
ミスコンの時も写真部に、どんな動きをするか、どこで止まるか、細かく聞かれた。
でもそれは悪いことじゃなくて、ショーをする中で大事な事だと、舞台演出の斉藤先輩に聞いた。
撮られた写真は未来を呼ぶ。
真琴はそこで評価されて、冬のコンサートに呼ばれた。
俺もある意味評価されて……告白されたのか、な。
「彼女……」
俺は小さな声で呟く。
「いいよ、彼女。可愛くてたまらない。ほら」
潤がスマホに入っている写真を見せてくれた。
そこには潤と葉月さんが写っている。
二人で出掛けた海や、一緒にケーキを食べる姿。
二人とも顔が整ってるから、どっかの雑誌のグラビアみたいだ。
「見てると幸せ汁で溺れそうだ」
俺は言う。
「もうすぐ葉月の誕生日だから、もう考えるだけで楽しくて」
潤は写真を見ながら楽しそうに微笑んだ。
潤と葉月さんは、今年の夏に泊まりで海に行っている。
ということは……ということだよなあ。
彼女って、そういう付き合いをする相手だよなあ。
さっき美波さんに掴まれた肩の感触を思い出す。
そして指先。
愚息が思いっきり反応して、俺は足を組む。
Hに興味がないかと言われたら、全力で殴りかかりたいくらい嘘になる。
そりゃーもう、お願いします! だ。
だったら好き、なのかな。
彼女として付き合っていけるのかな。
俺はチラリと眠っている真琴を見る。
真琴の長いまつげと、ゆっくり上下するお腹をみて、なんだか安心する。
細い指先がお腹の上に置かれていて、寒くないのな……と思い、俺が持って居た上着をお腹にかけた。
付き合えるなら……相手はやっぱり真琴がいい。
真琴の特別で居続けたい。
真琴と付き合う……?
真琴とH……いや、想像できない。
でもこの前の魔法少女の衣装を脱いだ背中を思い出すと……普通に愚息が反応する。
しかし待てって。
俺が今脳内で討論してるこの感覚は、性欲について……だよな?
そんなの葉月さんの水着姿でも反応するぞ?
好き?
好きってなんだ?
彼女って、なんだ?
付き合うって、なんだ?
「……なあ、潤。葉月さんのこと、いつから良いなと思ったんだ?」
「僕は女の子は、全員良いなって思ってるよ」
俺は冷めた目で潤を見た。
「いやいや、本当に。その中でも、勇気を持って僕を好きだと言ってくれた葉月さんを、今は一番可愛いと思ってるよ」
「結局誰でも良いのかよ」
横に座っていた優馬が突っ込む。
「僕だってバカじゃないよ。告白されたから、ちゃんと付き合ってみて。とても可愛い子だと分かったら、今も付き合ってる。そんなもんでしょ?」
「やっぱりとりあえず全世界オッケーなんでしょ?」
優馬が的確に言う。
「ちゃんと話す前から、この子が好きとか分かるわけないだろ? それこそ失礼だ」
分かった。
潤は、付き合いという境界線が、すごく低い所にある。
俺は、高い所にある。
だから……
「分かった潤、お前は参考にならない」
全世界の女に好かれているという感覚から違う。
「とりあえず付き合ってみろよ。何事も経験だろ?」
潤が右手を銃の形にして、俺を撃つ。
「僕は恋愛が始まる前に付き合うのは、理解できない」
優馬が両肩をすくめて言う。
恋愛が始まる。
それって「はいここから恋愛です」って分かるの?
「もう俺……疲れてきたわ……」
潤が食べていたポッキーを勝手に貰う。
「珍しい、一馬が甘い物食べてる」
潤が笑う。
「女なんて面倒なだけだ。僕は好きな仕事だけ出来れば良い」
優馬が小さな声で言う。
それはそれで特化しすぎじゃないか?
「考えすぎるなよ! フィーリング大事だぜ?」
潤はポッキーの箱を俺の方に向けた。
うん、ポッキー美味いな。
俺は何本が貰ってぽりぽりと食べた。
脳に伝わる刺激が気持ちいい。
世の中には何億人も女の子がいて。
どうして俺は真琴が好きなんだろう。
美波さんのことを、真琴と同じくらい知ったら、俺は美波さんを好きになるのかな。
そんな答え、誰も答えられない。
俺は大きくため息をついた。