表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/52

下に見えたものは

「一馬、どっからどう見ても、ギター侍だぞ」

「残念!!  ただの高校生です!!」

 入学式を終えた俺たちは大量の荷物を抱えて寮へ向かっていた。

 俺は肩からギターをかけている。

 親父の餞別……というか、押しつけられた。

「俺だと思ってもっていけーー」

 と体にぶら下げられたが、正直要らない。

 寮でギター弾いたら怒られるだろ、騒音的に。

 俺たちが入るのは、龍蘭高校第二男子寮。比較的あたらしい建物で、ユニットバスと冷暖房、それに食堂完備。

 入り口に紙が張り出してある。

 そこに俺たちの名前があった。

「あった」

「108号室」

 二人部屋の八畳間。

 中に入り、入り口にいる寮長に挨拶する。

「よろしくお願いします」

「はい、よろしくー。俺は寮長やってる二年の蒲田ハジメ。部屋の鍵はこれ、今日は夕食で説明会もあるから、五時集合」

 蒲田ハジメ……って、アーバンの先輩だ。

「よろしくお願いします!」

 俺たちは頭を下げた。

「あー、そうか、君たちアーバン枠だ。夏のコンサートにも居たね。よろしくーー!」

 蒲田先輩は、髪の毛は肩までのロングで長身で、笑顔に華がある。何より顔が濃い。

 一年生から先輩のコンサートで踊ってきただけあって、オーラがある。

 俺たちは鍵を受け取って、廊下に入った。

「……蒲田先輩って、あれだよな、夏のコンサート、前列で踊ってたよな」

「そう。上手いよ、あの人」

 真琴は手元で鍵を回しながら言った。

「しかしさあ……あの服なんだろうな」

 俺は蒲田先輩から少し遠ざかったことを確認して、小さな声で言った。

「……まあ、ほら、趣味はそれぞれだから」

 受付にいた蒲田先輩は、音楽室のカーテンのような服を着ていた。

 ベロア? なんかフサフサが付いた提灯みたいな、なんだアレ。

 柄も刺繍されてて、紫。

 そしてロング。

 ロングもロング、膝下まであった。

「カーテンみたいじゃね?」

 ブハッ!!

 俺の言葉に真琴が吹き出した。

「一馬、辞めろよ、もうカーテンにしか見えない」

「だって紫のロングコートって、どこで売ってるんだ?」

「中野だ、中野」

「中野にはプラモデルの聖地があるだけだ、服屋なんて少ないぞ」

「一馬、ひょっとしてプラモデル持ち込み……?」

 真琴が冷たい視線を向ける。

「そりゃもちろん」

 俺は即答した。

「……僕の陣地に置くなよ」

「作るだけなら良いだろ!」

 俺たちは肩をぶつけながら、部屋に向かった。


 108号室。

 一階の一番奥の部屋で、窓から大きな木が見える。

 俺たちは荷物を投げ捨てた。

「はい、最初はグー、ジャンケンポン!!」

「よし、勝った」

「ギャーー!」

 真琴がジャンケンに勝って、奥の机。

 俺が手前だ。

 入り口入ってすぐの場所にユニットバス。

 その隣に二段ベット。

「俺、ベット下でいい?」

「僕が上でいいの?」

 俺は二段ベッドの上が苦手だ。

 寝ぼけて落ちそう。

 眠たくなったら、すぐに飛び込める下の段のが良い。

 引っ越し業者が部屋に置いてくれた荷物と共に、部屋に並べる。

 これから三年間、この部屋に真琴と二人だ。

 まずお気に入りのプラモデルを机に並べた。

 よし、壊れてない。

「……まず、それ?」

「悪いかよ」

 真琴を睨む。

 真琴は段ボールを開く。

 すると沢山の靴が出てきた。

 全部レッスン用だ。

「真琴こそ、なんだその靴の量は」

「なんか、これ買うのだけは、止められなくてさ」

 ぞろぞろと6つも出てきた。

「ムカデか!」

「場所によって違うんだぞ。これは練習用、これは土の上、これはフローリング、これは体育館……」

「はいオツカレー!」

 ブツブツ説明する真琴の言葉を遮って、俺はプラモデルを並べた。

 男の荷物なんて量は限られてる。

 一時間も掛からずに、段ボールは片付いた。


「マンガは枕元に置こう」

 真琴はマンガを右手に抱えてベットに上り始めた。

「目が悪くなるぞ」

 俺は笑う。

「寝転がってマンガ読むのが好きなんだ」

「ホテルでもそうだったな」

「なんか落ちつくんだよ」

 その瞬間、片手にマンガを持った真琴が二段ベットの階段から足を滑らせた。

 そしてそのまま床に頭をぶつけた。

 ゴンと鈍い音がした。

 散らばるマンガと、無造作に広がる掌。

「真琴!!」

 真琴は目を閉じたまま床に転がっている。

 走り寄って見ると、目を閉じたまま動かない。

「おい、真琴!」

 頭を打ったから動かさないほうがいい?

 脳しんとう?

 誰か読んできたほうがいいのか?

 心臓は、動いてるよな?

 当たり前だけど、俺は動揺していて、真琴の胸に触れた。


 すると、中に固い物が触れた。


 胸の辺りに、何か固い服を着込んでいる。

 なんだこれ……?

 俺は一番上のボタンを外した。

 制服の下に、何か着ている。

 なんだこれ……?

 こんなの着てたら苦しくね?

 俺はそのチャックを緩めた。

 すると、うっすらと谷間のようなものが見えた。



「…………?!?!」



 俺はそれを締めて服を戻した。

 そしてドスンと尻餅をついた。

 その振動で真琴が目を覚ます。

「……ん……、なんだ、僕……頭イタッ……落ちた?」

 真琴が意識を取り戻した。

 俺は言葉が出ない。

 何だ、さっきのは、何だ?

 俺は何を見た?

 俺の様子をみて、真琴が我に返る。

 そして外された一番上のボタンに気が付く。

「……何か見た?」

 真琴が俺を睨む。

「……いや……」

 俺は何とか答える。

 俺たちの間に、なんとも言えない空気が生まれた。

 真琴は俺をまっすぐに俺をみて言った。



「簡単に、僕に触れるな」




「……あ、ああ、ごめん」

 俺はフラフラと自分のベッドに入った。

 真琴も上のベッドに上っていく。

 上のベットからペラ……ペラ……とマンガをめくる音がする。

 真琴は普通だ。

 俺は何を見たんだ?

 分厚い下着のようなものに付いたチャック。

 それの下に……、いや、こんなことで考え込むのは俺らしくない。

 俺はベッドから降りた。

 そして上のベットで寝そべってマンガを読んでいる真琴に声をかけた。

「頭……ぶってるし、病院行かなくていいのか」

「タンコブが出来た程度だ。病院なんて必要ない」

 真琴はマンガから目を離さない。

 俺は息を吸い込んで言った。

「ごめん、さっき服の中を見た」

 チラリと真琴がこっちを見る。

「真琴、下に何着てるんだ? あんなの、苦しくないか?」

 真琴はむくりと体を起こした。

「僕、入院したって、言ったよね」

「ああ」

「それで胸に傷があるんだ。だからその傷をガードしてる。けっこうでかい傷なんだ」

「……ごめん……」

 俺は情けなくて、うつむいた。

 まさか真琴が傷が残るような手術もしていたなんて。

「傷が治っても、長くこれを着る必要があって……ちょっと苦しいけど仕方ない」

「そっか、ごめん、本当にゴメン」

 俺は頭を下げた。

「何だよ、これが何に見えた?」 

 やっと真琴が笑う。

「いや……なんか……なんだろ」

 女の胸に見えたとは死んでも言えない。

「とりあえず、僕のことをあまり知ろうとするなよ」

 真琴はマンガに戻る。

 俺はすこし苛立った。

「……なんだよ、心配してさあ、苦しいかなと思ってさあ……」

「ごめん、それは僕が不注意だった」

「突然連絡取れなくなったりさあ……真琴は秘密主義にも限度があるだろー……傷があるなら言ってくれよ、何にもわからねーよ……」

「ごめんってば」

 真琴はパタンとマンガ本を閉じた。

「何か知ろうとするなだよ、友達だろ? 教えてくれよ。これからずっとこの部屋で二人だし、同じ高校に通うんだぞ」

「ごめん、言い過ぎたよ」

「もう腹立った。俺のプラモを真琴の席にも置く」

 俺は席に戻って、俺のお気に入りのプラモデルを真琴の机の上に置いた。

「なんだそれ、要らない」

「もう置く」

「なんだよーー」

 真琴がベッドの上で笑う。

 俺は悔しくなって、いくつもプラモを真琴の机の上に置いた。

 俺のことを知ってても、俺は真琴のことを何も知らない。

 真琴の事を教えてくれないなら、俺は俺を押しつける。

 ああ、おかしいけど、それなら真琴のものを、俺の場所に置けばいい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ