文化祭
「水着?」
「市ノ瀬も人に誇れる体じゃなさそうだけど、決まりだからなあ」
湊元先輩は、俺たちの部屋で音楽打ち込みソフトをいじりながら言った。
「ミスコンで、水着審査があるんですか?」
真琴は真剣な表情で聞き直した。
「あれ? 知らない? アーバンは毎年恒例で水着姿で花道歩くんだよ。ミスコンの最後に」
水着?
そんなの真琴は無理だろう。
一人だけ上着を着るわけにもいかない。
チラリと真琴を見ると床を見つめたまま動かない。
湊元先輩は袋に残っていたポッキーを全て口の中に入れてポリポリと食べた。
その音だけが部屋に響く。
「よし、一回通してみよう。これでどうだ?」
湊元先輩が打ち込みを終えて、リズムを流し始める。
大きな音が部屋に響くが、俺の脳内は水着の事で一杯だ。
なんとかしないと。
真琴は上半身裸になんて、なれない。
湊元先輩が帰ったあと、俺たちは頭を抱えた。
「ミスコンの辞退は出来ないのか?」
俺はスマホで龍蘭のミスコンの歴史を検索する。
アーバンは芸能事務所で、人前に出て仕事する場所。
そこの所属しながら、ミスコンを辞退している人は、ひとりも居なかった。
「……寝込むか」
真琴は真顔で言う。
「魔法少女の舞台があるぞ。穴開けられないだろ」
「じゃあ、どうすれば良いんだよ」
真琴は顔を上げて俺を睨んだ。
その瞳は少し赤くて、潤んでいる。
「……何とかしよう」
俺しか真琴が女だと知らない。
俺にしか、真琴を守れない。
そう強く思わないと、気持ちが折れそうだった。
口に出す。
「なんとかする、絶対に」
俺は唇を噛んだ。
その時俺のスマホにお母さんからラインが届いた。
同時に脳天気な音楽が響く。
【発表会の写真できた。どう? 今回も最高だったよ~】
そこにはフルメイクで紫色の着物を着たお母さんが踊っている。
俺はラインを閉じた。
今はそんなことどうでも良くて………………いや、ちょっと待てよ?
「真琴。お前、覚悟はあるか?」
俺は真琴の肩を掴んだ。
「えっ?!」
真琴は驚いたように顔を上げた。
俺は真琴の肩から首に向けて掌を動かした。
「ちょっと一馬……なんだよ!」
真琴が壁際に逃げる。
「逃げるなバカ」
「だから、なんだよ!!」
「お前、今つけてる?」
「……は? 何の話?」
「日舞?」
俺たちは蒔田先輩と湊元先輩の部屋にいた。
蒔田先輩は当然のように紫色のパジャマを着ている。
イメージがぶれなくて、もはや気持ちが良い。
「これをみてください」
俺はさっきお母さんから届いた日舞の写真を見せた。
顔は白塗り。
衣装の着物の裾は綿が入っていて、少し膨らみつつ、大きく床に広がっている。
色は紫色で、金の刺繍が美しい。
それはお母さんオリジナルの着物で、イメージは花魁らしい。
頭にも沢山の簪が刺さっている。
「……なにこれ、すごくカッコイイじゃない、誰?」
蒔田先輩は俺のスマホを奪って、写真を拡大して見始めた。
「俺のお母さんです。オリジナルの日舞を踊ってます」
「すごいじゃない、この着物もオリジナル? ステキじゃない」
蒔田先輩は他の写真も勝手に見始めた。
「さっき確認したら、この着物、他に20枚あるそうです」
「貸してくれるの?」
スマホから顔を上げた蒔田先輩の目が怪しく光る。
「貸し出し、オッケーだそうです」
「いいじゃない、いいじゃない、何に使う?」
蒔田先輩は一列にならんで踊る写真をみながら何度も頷く。
「今回は水着の替わりにこれを着ませんか?」
俺は言った。
唇が乾いて、俺は舌を出して舐めた。
「……え、ミスコンの? そういうつもり? え? 水着は龍蘭のミスコンで何十年も恒例だし……うーん……」
蒔田先輩は完全に戸惑っている。
だってもう本番の文化祭まで一ヶ月しかない。
こんな反応、想像の範囲内だ。
「……湊元先輩、水着、苦手なんじゃないですか?」
俺は床に転がってポテチを食べながら話を聞いていた湊元先輩を見て言う。
「高東、なんでそれに気が付いた」
「さっき俺たちの部屋で【市ノ瀬も人に誇れる体じゃない】って言いましたよね。市ノ瀬【も】。ということは、真琴の他にも、居るってことですよね」
「鋭いね、高東くん」
湊元先輩は、ポテチを口に入れた。
カリカリと高い音が響く。
「……湊元、お前、腹を見せてみろ」
蒔田先輩が湊元先輩の目の前に立つ。
「……俺に腹は、ない」
湊元先輩が一瞬で上のベッドに駆け上がろうとする。
その腰を蒔田先輩が掴んで、床に投げ落とす。
「いたたた!! 蒔田お前、ふざけんな……!!」
逃げる湊元先輩を踏みつけて、蒔田先輩は足でTシャツをめくりあげた。
そこにあった見事な贅肉。
ぷよぷよ。
「……み~~な~~も~~と~~~? この汚い身体、アーバンとして許されないぞ?!」
蒔田先輩が腹の底から声を出す。
「最近深夜作業が多くて、ほら、お腹が空いて食べちゃうから!!」
湊元先輩は叫んで言い訳した。
蒔田先輩が長い髪の毛を風のようになびかせて俺の方を見る。
「高東、脱いで」
「はい!!」
俺は自信満々Tシャツを脱いだ。
見事な筋肉が輝く。
蒔田先輩は大きく頷いて、視線を湊元先輩に戻した。
「高東と一緒に作業してるんだよな、湊元」
蒔田先輩は湊元先輩を踏みつけたまま言う。
「高東は変態なんだ、腹が減っても水しか飲まない。アイツは変態なんだーー!」
「筋肉を愛してるだけですよ、湊元先輩」
俺は宣言した。
「やっぱ変態じゃねーか!」
蒔田先輩に踏まれたままの湊元先輩が叫ぶ。
そういえば、俺たちの部屋でもポッキー食べてたな。
打ち上げでも延々とお菓子食べてるし、甘い物が好きなのか。
だったらあのお腹も納得できる。
「湊元は1ヶ月お菓子禁止して、高東と腹筋させれば大丈夫でしょう」
蒔田先輩は踏みつけた足を退けて、ため息をつく。
「じゃあ最後のポテチを……」
湊元先輩が立ち上がり、上のベッドに運ぼうとしたポテチを、蒔田先輩が奪う。
そしてひとつ食べた。
「で、市ノ瀬くんが水着になれない理由を教えて?」
俺は自信満々上半身裸だ。
だから、水着を着たくないのは真琴だと、蒔田先輩も理解した。
真琴は、息を吸い込んで目を閉じた。
そして長く吐き出して、言った。
「事情があって、胸にプロテクターをつけてます」
「それは外せないの?」
蒔田先輩は素直に聞いた。
「無理です」
真琴は即答した。
「一ノ瀬くんは一年生で一番人気だから、ミスコン辞退は無理だし……うーん……」
蒔田先輩は考え込む。
「プロテクターって、どんなの? メカっぽくて逆にカッコよくないの?」
上のベッドに逃げ込んだ湊元先輩が顔だけ出して軽い様子で聞いた。
俺の心臓がドキリ激しく脈をうった。
やっぱり、見せないとダメか?
その覚悟はしろ、とは言ってきたけど。
でもやっぱり真琴にとってあれは下着で……。
真琴がチラリと俺を見て、小さく頷いた。
そしてゆっくりと服のボタンに指をかけた。
その指先が小さく震えている。
一番上のボタンに指をかけて、それを外す。
はあ……と浅く息を吐いて、今度は大きく息を吸い込んだ。
二番目のボタンに指をかける。
「……ストップ。見せなくていい」
真琴の手に蒔田先輩が触れて、動きを止めた。
「え? なんで? 膝のサポーターみたいのじゃないの?」
湊元先輩は悪びれずに聞く。
そりゃそうだ。
真琴が実は女で、それを隠す下着だなんて、俺以外誰も知らない。
プロテクターと言われたら、ダンスレッスンでケガした時にはめるものだと俺たちは思ってしまう。
「見せるのがイヤなのは、よく分かった」
蒔田先輩は真琴の目を見て言った。
「……すいません」
真琴は小さな声で言った。
その小さな横顔をみて、俺は一歩前に出た。
「あの、勝手だとは思うんですが、水着より着物のが独自性があって、面白いと思うんです」
俺はたたみかけた。
「独自性。そこまで言うなら」
蒔田先輩は俺の方を見た。
その切れ長の瞳が俺を捕まえた。
まるでジャングルで獲物を見つけたチーターのように。
「仕切れる? 文化祭まで一ヶ月。水着をきて歩けば終わりだったミスコンを、着物に変更」
俺は魔法少女の曲も抱えてる。
その曲の練習もしないといけない。
舞台をイチから考えるなんて、経験はない。
でも、真琴を救うにはそれしか方法がない。
だったら、答えは決まっている。
「俺が、仕切ります」
「よしオッケー。舞台監督は隣の部屋。今すぐ相談を始めて。時間無いよ。おーーい、斉藤起きてるーー?」
蒔田先輩がドンドンと壁を叩いた。
俺の戦いが始まった。
そこから一ヶ月、俺は寝食を忘れて文化祭の準備をした。
企画は、もう寝ていたお母さんを電話で起こして相談した。
こうなったら恥も外聞もない。
誰の力だって、借りる。
それに俺のお母さんは日舞の師匠で、何十年ものキャリアがある。
龍蘭の舞台で俺たちを花魁にしてくれ! と頼むと
「え? そんな面白いことになってるの?」とノリノリだった。
さすが俺の親。
次の日には着物を抱えてやってきた。
簡単な踊りも考えてきて、廊下で踊り始めたから蒔田先輩も絶句してたけど。
日舞の動きは独自で、俺たちがいつも踊ってるダンスとは、使う筋肉が全然違う。
俺は小学生の時にお母さんに頼まれて何度か女形を踊ったので、基礎は知っている。
一番素質があると宣言された蒔田先輩と俺がメインで踊り、あとは基本の動きをアーバンメンバーに教えることにした。
それに平行して、どんな舞台にするのか、舞台演出さんと相談。
舞台と一言でいうけど、本当に総合演出だと、勉強すればするほど分かる。
人の視線を操るのが、こんなに難しいなんて。
あまり人目を引きすぎる演出は演者を無視するし、無いと素人の日舞は見苦しい。
俺は今まで適当にしか見ていなかったお母さんが演出した日舞の舞台を何本も見て、使えそうな小物を書き出したり、演出プランを考えたりした。
人はヤケクソになると何でも出来る。
それと当時に曲も最終仕上げた。
湊元先輩は打ち込みが上手くて、俺が考えた曲は瞬く間に見事なアニメソングに変わった。
魔法少女もダンスがあるが、俺は演奏がメインなので、そこだけは楽が出来た。
しかし魔法少女と聞きつけたC.G部まで参加を決めて、俺たちでアニメを作り始めた。
俺は知らなかった。
龍蘭にモーションキャプチャーのマシンがあるとは。
俺たちは何度もC.G部に呼ばれて、ブルーバックで戦いを演じた。
もうこうなると何をしてるのか分からない。
日舞踊って舞台考えて衣装準備して、曲を作って、あげくアニメのために戦った。
忙しすぎて睡眠時間は授業中のみ。
ノートは全て真琴が取ってくれて、部屋で教えてくれた。
まあ俺は眠くて眠くて頭を揺らしていたけど。
でも俺は気が付いたんだ。
3時間寝て起きると頭がスッキリしてて5時間くらい作業できる。
そしてまた3時間寝るんだ。
「締切り前の漫画家みたいだね」
練習用の着物をきた潤が笑う。
「うるせえ、一番覚えが悪いぞ、潤」
俺は眠らないように準備したヒエピタをオデコに張りながら言った。
練習室の床には本番の舞台と同じようにラインが引いてある。
舞台への入り。
そこからの動き。
俺は舞台演出さんと相談しながら動きを最終的に決め込んだ。
一ヶ月は一瞬で過ぎ去った。
そして本番の文化祭、当日がきた。
ミスコンはオープニングイベントだ。
俺たちは朝イチから準備に追われた。
正直毎日睡眠不足で、睡眠大好きな俺にはキツかったが、これで終わる。
それだけで何とか動けた。
着付けをして、舞台裏に集まる。
着付けは、アーバンの衣装班とお母さんがやってくれた。
オリジナルの着物ですか?! と大興奮。
お母さんも楽しそうで、結果オーライだ。
「アーバン、準備良いですか?」
舞台演出は二年生の斉藤先輩だ。
「問題ないです、よろしくお願いします」
俺は最前列で頭を下げた。
そでから会場内を見ると満員。
二階席まで沢山の人で埋まっている。
ここは舞台用のホールだが、それをミスコンに使っている。
専用のホールが沢山あるなんて、本当に龍蘭は芸能専門の学校だ。
俺たちが日舞の衣装を着るということで、ミスコンの構成事態が変わった。
毎年ミスコンは、簡単な自己紹介から、出し物、水着で退場……という流れだったのだが、自己紹介も日舞の演技に入れ込んだ。
キッカケはお母さんの一言だった。
「着物着てメイクした状態で、素のライト背負って自己紹介ってのも変ねえ」
だったら演出内に自己紹介を追加しよう。
お母さんが考えた演出は、舞台からひとりずつ出てくる時に、舞台のプロジェクターに文字演出を施すことだった。
写真と文字だけで構成出来て、実に簡単で、文字演出でテンポも出た。
絵はアニメで繋がりが出来たC.G部に頼んだ。
写真1枚に名前をコラージュしてもらい、それを簡単な踊りをしてる時に表示する。
それだけで自己紹介は大丈夫だとやってみて分かった。
鐘が鳴り、舞台が暗転する。
「楽しみになってきた」
俺の後ろには真琴。
黄色の着物を着ている。
短い髪の毛は後ろにまとめられて、大きなウイッグが乗っている。
そこに無数の簪がささっていて、動くとシャランと高い音を響かせた。
「めっちゃ似合ってるぞ、真琴」
俺はそれをみて微笑んだ。
「一馬は……ごつい花魁だなあ」
「この一ヶ月、満足に筋力トレーニングしてないんだ、一キロも筋肉が減ったよ」
「来週から筋トレ、付き合うよ」
真琴は深紅に引かれた口紅を妖艶に光らせて微笑んだ。
始まりの音楽が鳴る。
舞台はYの字で観客席の一番後ろまで続いている。
俺は左側から、蒔田先輩が右側から出てくる。
俺も蒔田先輩も日舞用の傘を持っていて、それを客席側に向けて、顔が見えないようにした。
二人同時に舞台の真ん中に到着して、まず蒔田先輩が傘を持ち上げる。
観客席から歓声が上がる。
蒔田先輩の着物は当然紫色で、俺のお母さんが着ていた一番派手なものだ。
日舞の経験なんて無いはずなのに、すり足がとても上手で、体が無駄に上下しない。
それは日舞において、とても重要だ。
まず着物が崩れない。そして体がキレイに見える。
ダンスで鍛えた基本的な筋肉量が、無理な動きを可能にする。
傘を使った難しい踊りを蒔田先輩は続ける。
傘を振り回すだけでは、ただのヤンキーになってしまう。
そうじゃなくて、傘を演出の一部として使う。
持ち方によって寂しそうに。
動かし方によって楽しそうに。
蒔田先輩の動きは完璧だった。
テーマは蒔田先輩自身が決めた。
傘を持って、初めてのデート、だそうだ。
日舞は初めてなのに、余裕さえ感じる。
音楽は控えにした。
蒔田先輩が選んだ簪が、動くたびにキラキラと光を宿し、ぶつかり合って高い音を響かせる。
足首に鈴を結んでいるので、動くたびにシャランと鳴る。
雑に動くと、無駄な音がするということだ。
そんな高度なこと、なんで一ヶ月で出来るんだろう。
でもそれが、アーバンでデビューする確率を持つ人なのだろう。
すり足で舞台の真ん中まで移動して、足を高くあげてシャンと鈴を鳴らして着地。
そして傘を閉じて、キメのポーズを取った。
プロジェクターに写真と名前が出る。
大きな拍手に舞台が包まれる。
俺は舞台の真ん中に座ったまま、感動していた。
今から俺の出番なのに、もうそんなことどうでも良かった。
舞台を、世界を作り上げるのは、本当に気持ちが良い。
そして自分がその一部だと思い出して、動き出すタイミングの音で立ち上がった。
アーバンの中で日舞の経験があるのは俺だけだった。
だから、動きの丁寧さには自信がある。
経験者と素人の差は、動きを止められるか、だ。
日舞において、踊りを美しく見せるただ一つ大切なことは、動きを雑にしないことだと俺は思う。
この場所と決めたら無駄に動かない。
そこまで最短で動いて、腕や体の動きに下半身を負けさせない。
蒔田先輩のような華はないけど、丁寧に踊りきった。
プロジェクターに名前が出た音がする。
大きな拍手が響く。
舞台の袖にお母さんと妹の梨々花が見えた。
二人とも大きな拍手をしている。
なんとかなったようだ。
俺はすり足で退場して花道を抜けた。
そして裏階段を駆け上がり、舞台が見渡せる二階へ向かい、演出部屋に静かに入った。
俺は演者なので、本番は舞台演出の斉藤さんに任せているが、やはり出来が心配だった。
二階からみると、舞台全体が見渡せる。
丁度真琴が出てきた所だ。
黄色の着物に照明があたって、金色に見える。
簡単だけど見事に踊って、真琴も花道を進む。
俺は小さく息を吐いた。
良かった、無事になんとかなって、本当に良かった。
その後は、早き替えのような速度で着物を脱がされて、今度は魔法少女になった。
俺は特設ステージに向かった。
一日で花魁して魔法少女。
もう何でもありで、ここまでくると楽しくて仕方ない。
魔法少女のバックで流す映像はC.G部が連日徹夜で仕上げたと聞いて、気になっていた。
舞台裏に行くと、髪の毛が頭皮にぺっちゃりくっついているC.G部の人たちが居た。
あの頭皮……何日お風呂に入ってないんだろう。
「あの、日舞の舞台の文字、ありがとうございました」
俺の声にパソコンに張り付いていたC.G部の部長さんが振向く。
「あー。高東くん、良かったよー、踊りー、いいミスコンだったー」
「本当にありがとうございました」
「こっちこそ協力ありがとうねー、今朝出来上がったよ」
「今朝ですか?!」
俺は叫んだ。
「C.Gってのはねー、人に見せる直前まで直せちゃうから。簡単に作れるようになったけど、締切りも延びちゃってねー……」
C.G部の部長さんが、完成した映像を流し始めた。
そこには俺がつくった曲に合わせて、アニメーションのOPが流れた。
「すごい……」
俺はその映像から目が離せない。
俺はスクリーンの前で剣を振り回しただけのに、荒野で戦う絵になっている。
「すげえええええ!!」
振向くと、チュウベエ(白い小動物)の着ぐるみを着た湊元先輩が覗き込んでいた。
「え? 湊元先輩? え? 魔法少女じゃないなんて、ずるいじゃないですか!」
俺は叫ぶ。
「高東くん、その衣装、最高に気持ち悪いぜ!」
湊元先輩は俺を指さして笑った。
俺は水色の魔法少女にされていた。
これがとにかく似合わない。
「それも完全に再現してたよ?」
C.G部の部長が画面を指さすと、そこにはC.Gになった俺がガッチリした姿で戦っている。
画面の中で客観的に見ると、ものすごく気持ちが悪い。
「本当に……気持ち悪いですね……」
俺は半笑いで言った。
「みんな、始まるわよ!」
舞台裏に着替えてメイクを終えた蒔田先輩が来た。
紫の衣装に大きなリボン。
何かもう、見慣れてきた……。
その横には真琴と潤。
二人ともメイクを完璧に済ませている。
「高東さん、ここにいた!!」
メイク班が走ってくる。
C.G部に挨拶したかったので、早めに舞台裏に来たのでメイク班が探していたようだ。
「座ってください!」
促されて椅子に座る。
「……一馬、すごく気持ち悪いな」
真琴は俺の姿を見て言う。
実は忙しくて、ちゃんと衣装を着たのは、本番の今日が初めてだった。
「太もも、太すぎだよ、えぐいよ!」
潤も手を叩いて笑う。
フリルのスカートからはみ出す俺の太ももはガッチリしていて、当然スカートに似合わない。
「うるさい、分かってるよ!!」
「動かないでください!!」
「……すいません」
俺はメイク班に怒られて、椅子に座り直した。
真琴と潤は俺をみてクスクスと笑う。
魔法少女のステージが始まった。
ここでも蒔田先輩は完璧な魔法少女となり、歌い、踊った。
俺は湊元先輩と曲を弾いた。
ステージ前には沢山のお客さんが居たけど、ギターを持ったら落ち着いた。
お父さんがいつも歌ってて、本当にイヤだったけど、いつの間にか俺にとって大事なものになっていたんだな。
結果、投票数はぶっちぎりの一位。
ミス龍蘭は、5,000票以上を集めて、蒔田先輩に決まった。
その後も第二寮で魔法少女姿でメイド仕事をして、俺たちの文化祭は終わった。
「ぐああ……疲れた……」
俺と真琴は魔法少女の衣装のまま、寮の部屋の床に倒れ込んだ。
とんでもない疲労感で、一歩も動けない。
体力自慢の真琴も、床に転がっている。
「久しぶりに、本当に疲れたな」
真琴は転がったまま俺をみて言った。
「このまま寝たい……」
「あはは! 魔法少女の夢が見られるな」
「契約したくねー……」
俺たちはズルズルと這うように部屋の真ん中まで移動した。
「脱がせてー……」
真琴の言葉に俺は立ち上がって、部屋の鍵を締める。
そして衣装のチャックを下ろした。
中から、自作の分厚い下着が見えた。
今日は薄い方じゃなくて、あっちを着たのか。
重くて大変だっただろうに……。
真琴は魔法少女の衣装の中に手を入れた。
チャックを下ろす音がする。
どうやら衣装の中で、下着だけ緩めたようだ。
そして下着が少し見える状態のまま、ビーズクッションに転がった。
「……あー、楽になった。本当は今すぐ全部脱ぎ捨てたいけど」
真琴は下着の胸元に手を伸ばす。
「お前、ふざけんな」
俺は睨む。
「あはは、嘘だよーー」
真琴はビーズクッションに体を預けて、仰向けに寝転がった。
「風邪引くから、シャワー浴びろよ」
俺はタオルを投げた。
真琴はそのタオルを顔にかけて、言った。
「……見せずに済んで、よかった」
「は?」
何の話だ?
真琴はタオルで顔を隠したまま言う。
「蒔田先輩と湊元先輩に、この下着をさ」
「……ああ」
俺は納得した。
水着交渉の時の話か。
「……すげえイヤだった。忘れられないよ……」
「あれはマジでひやひやしたな。でもまあ、湊元先輩に悪気はない」
俺はもっと大きなバスタオルを真琴に投げつけた。
真琴はそれを抱える。
「一馬なら、平気なのにな」
バスタオルの下から小さな声で真琴が言った。
俺は返す言葉が出てこない。
とりあえず、真琴の隣に座った。
ビーズクッションが形を変える。
二枚のタオルの隙間から、真琴の髪の毛が見える。
俺は頭を、軽くトントンと撫でた。
すると、手首を掴まれた。
タオルの隙間から真琴の目が見える。
「……もっと撫でろ」
「了解しました」
俺は横に座ったまま、何度も真琴の頭を撫でた。
少し懐いたネコに触れるように、何度も。




