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はじめてのメイク

 食事も湊元先輩が食堂から持ってきたカツ丼で済ませた夜の10時。

 俺はやっと部屋に戻った。

 もう疲れ果てて、声も出ない。

 俺は歌うときに喉を使ってるというのが、よく分かる疲労感。

 歌が下手なワケだ。

 もっと腹から出す練習をしないと……。

「ただいまー」

「どうだ、似合うか」

 ドアを開くとそこには黄色の魔法少女の衣装を着た真琴が立っていた。

 真琴の衣装は黄色で、胸を強調した衣装なのだが、真琴は胸を消しているし(というか、素でもほとんどないし)ペタンコでむなしい。

 胸元のリボンだけ、大きく踊っている。

 黄色のフリルスカートは細い足に似合っているが、身長が高すぎて、ニーソな靴下は膝下で終了、それがスポーツ選手のようで滑稽だ。

 真っ黒な瞳と、少し長めのショートカットが、どっからどう見ても男。

「……あはははは!!!」

 声が出ないほど疲れていたはずの俺の喉からは、大きな笑い声が出た。

「魔法少女だぞ?」

 真琴はスカートの裾をもって、ポーズを取る。

 わー、すごく気持ち悪い。

 俺は少し心配していた。

 真琴は女の子なんだし、魔法少女の衣装なんて着たら、完璧に女に見えるんじゃないか?

 それはそれで、ヤバいんじゃないかって。

 でも目の前にいる真琴は、どっからどうみても、魔法少女のコスプレをした男だ。

「可愛い?」

 真琴は一本足で素早く回転したが、やっぱり可愛くない。

「いや、全然気持ち悪いな」

 俺は笑顔で宣言した。

 気持ち悪くて、心底安心していた。

「いやいや魔法少女だろ?」

 真琴は思ったより怒った表情で俺に詰め寄る。

 いやいや、お前自分の立場分かってる?

 似合わないと言ったことに喜んだほうが良く無いか?

「僕は完璧だよ?」

 振向くと、赤い衣装をきた潤が立っている。

 肩の部分が出ていて襟があるので、それなりにユニセックスな雰囲気だか、襟があるせいで逆にホストのように見える。

「どっちも最高に気持ち悪いな」

 俺は床に座って自信満々に言った。

「予想を遙かに越えて最高だよ」

 潤はその場で小さく回転した。

 潤の衣装は、サイドに豪華にフリルが入っている。

 動くとそれが風で順番に踊る。

 衣装はすごく上手に出来てて、ダンスにも向いてる。

「でも、やっぱり気持ち悪いわ」

 俺は再確認するように頷きながら言った。

「真琴くんは、もう少しイケると思ったんだけどな」

 俺の隣に潤と同室の優馬も座って、首をかしげる。

「何だろうな、すごく気持ち悪いな」

 完全に同意する。

「潤のホストクラブ感は、すごいな。新宿じゃない、高円寺あたりにいるな」

「高円寺にホストクラブあるの? メタルバンドしか居なくない?」

 俺はつっこむ。

「新宿のギラギラ感がなくて、場末感がある」

「わかるー」

 俺たちは納得していた。

「なんだよ二人とも!!」

 潤が叫ぶ。

 下から二人を見ているので、スカートの中が見えるのだが、全く興奮しない。

 真琴に限って言えば、ショートパンツを中に履いているのが見える。

 それはそれで、安心した。


「ちょーーっと待った!」


 廊下に蒔田先輩が駆け込んでくる。

 もちろん蒔田先輩も魔法少女のままだ。

 ピンク寄りの紫の衣装。

 髪の毛はツインテールで大きなリボンが揺れている。

 音楽室で会ったのが夕方だよ?

 何時間魔法少女のままなんだ。

「メイクも髪の決めないで、何が魔法少女なの?!」

 話し方まで女の子になってるけど、大丈夫か、夜の10時に寮長は。

「先輩! すいませんでした!!」

 潤がしなりをつくって言う。

「メイク班!!」

 その声に手にメイクボックスを持った女の子が入ってくる。

 見慣れない景色に俺は少しドキリとする。

 第二寮は男子寮なので、女人禁制なのだが、文化祭の準備中は特例らしい。

「ここに座ってください」

 準備された椅子に真琴と潤を座らせる。

 夜の10時にメイクショーが始まった。

 騒ぎを聞きつけて、部屋から何人も出てきて見学する。

 みんな真琴と潤の姿を見て、まず笑う。

 そして蒔田先輩のガチっぷりをみて、引く。

 俺はその様子が面白くて、廊下に転がったまま見学していた。

 メイク班は真琴と潤を、瞬く間に仕上げていく。

 潤は気持ちよさそうにしているが、真琴の表情が石のように固まっていて、俺は苦笑いしてしまう。

 いっそ笑いに出来たら真琴も楽なんだろうけど、本当の女の子だと、気持ちは微妙だろうな。

 まずはベースメイク。

 俺のお母さんは日舞をしているし、妹も小学生だけどメイクをする。

 だから普通の男よりはメイクに詳しいと思う。

 ベースメイクはラメ入り。

 肌がキレイに見えるからかなー。

 オデコと鼻には青色に近い色。

 頬と首にはラメ入りの肌色。

 顔を立体的に仕上げていく。

 真琴は少しお姉さん的なキャラだから、アイメイクも入念だ。

 シャドウはベージュ。それをグラデーションにして入れていく。

 マスカラは入念に、何度も付ける。

 元々長い真琴のまつげが、更に長くなり、目の下に影を落とす。

 頬骨にそってオレンジ色のチーク。筆が色づく。

 口紅は深紅に線を描く。

 それをぺろりと真琴が唇で舐めて、一度目を閉じて、開いた。 

 その表情。


 俺の背中に一瞬汗が流れる。

 ヤバい。


 真琴が、どんどんキレイになっていく。


 メイク班は二人一組で、一人の子は、メイク。もう一人は髪の毛を仕上げていく。

 真琴の髪の毛に簡単なウイッグをつけていく。

 大きくカールした黒い髪。

 本当は黄色の髪の毛だけど、地毛に合わせただろう。

 短い地毛を左右に分けて縛り、そこにカールした髪の毛を追加していく。

 そして黒い小さな帽子をとめた。

 大きな白い羽のようなものをフワリと乗せる。

 そこに白鳥が止ったような華やかさで。

 俺はそこから目が離せない。


「出来ました!」


 メイク班二人が真琴から離れる。

 そこには完璧な魔法少女が居た。

 誰も言葉を発しない。

 みんな真琴を見ていた。

 

「だから完璧だって言ったじゃん?」


 立ちあがると、メイクと髪の毛は完璧だけど……やっぱり身長が高すぎる。

 そして胸が無いのが決定打で……。

「……衣装班。市ノ瀬くんの服に詰め物を作って。胸がないとあれはダメだ」

 蒔田先輩が一刀両断した。

「あはははは!!」

 真琴に見とれいた男達が、一斉に笑う。

 真琴を見ると、口を一文字に結んで微妙な表情。

 そりゃそうだ。

 一応女の子で、胸も本当はあるんだけど、本当の胸も恐ろしく小さくて……。

 まあ最近まで女だということを拒んでたから、願ったり叶ったり?

 俺は一緒になって笑いたいが、さすがに失礼な気がして、俯いて唇を噛んだ。

 すると、頭に固いものがぶつかった。

「……何か言いたいことがあるのかしら?」

 顔を上げると、真琴がマスケット銃を構えていた。

「こんな物まであるのか?!」

 俺は叫ぶ。

「そりゃ、魔法少女だから」

 蒔田先輩が真琴の後ろで微笑む。

「実弾が撃てたらいいのになあ~~」

 真琴が深紅の唇を左右対称に引っ張って微笑む。

「いやーー、真琴の魔法少女は完璧、完璧だ!!」

 俺は廊下に転がって言い訳する。

「本当かしら~~~?」

 真琴が銃で俺のアゴを突く。

 その冷たさ……鉄か、何か?

「痛いって!」

 俺は転がって逃げる。

「僕も完璧だろ?」

 その声に真琴が攻撃を止める。

 潤のメイクと髪の毛も終了したようだ。

 髪の毛を後ろにまとめて、ポニーテールにしている。

 メイクも決まっていて、潤も女の子に見える。

 俺はそれに少し安心する。

 メイクも完璧にすれば、潤も女の子に見えるんだ。

 真琴だけじゃない。

「……段違いで、真琴くんがキレイだな」

 暴れる真琴から避難して壁際に立っていた優馬が呟く。

 俺はその言葉にドキリとする。

「いや、潤もイケてるじゃん」

 優馬が真琴が女だと知らないのに思わず言い訳をする。

「前から思ってたけどさあ、真琴くんには華があるだよね、何だろ」

 優馬はアゴを指で掴みながら言う。

「アーバンの人間に、それは必須だけどなあ」

 俺は優馬の横にずるずると座る。

 真琴と潤は、蒔田先輩をセンターにしてポーズを取っている。

 それを10人以上の男子が取り囲んで写真を撮っている。

 真琴の後ろには衣装班が入って、衣装の最終調整をしている。

 体を触られるのを嫌がっていた真琴も、もう開き直っているようだ。

「真琴くんには、潤には無い闇みたいなものを感じる」

 優馬は三人をみて真っ直ぐに言った。

 そりゃそうだろう。

 真琴は人の何倍も悩んでここに居る。

「それも魅力だろ」

 俺は小さな声で言った。

「魔法少女としての?」

 優馬が苦笑しながら言う。

「ノリノリにも程があるだろう」

 俺は再び床に座った。

 後から駆けつけてきた湊元先輩がギター片手にさっきの歌を適当に歌っている。

 夜11時をすぎた第二寮は、全員が廊下に出てきていて、歌え踊れの大騒ぎ。

 俺は開き直ってスカートで踊る真琴を見ていた。

 正直、潤や蒔田先輩より別格に可愛い。

 それが嬉しくて悲しくて、気持ちが言葉で表せない。

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