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魔法少女ジュンマキタマコト

「僕と契約して魔法少女にならないかい?」

「断りますね」

 一秒以内に真琴はドアを閉じた。

「コラ、開けろ!!!」

 太鼓を叩くような連打音。

「ドアが壊れますよ、チュウベエさん」

 真琴はドアを開けて睨んだ。

「アニメ見てるな、合格だ」

 湊元先輩が部屋に入ってきた。

 俺は机で夏休みの宿題を片付けていた。

 八月の半分以上はコンサートで潰れたのに、どうしてみんな余裕なんだ?

「なんだまだ宿題終わってないのか」

 湊元先輩が俺の机の上を覗く。

「どうして7月中に終わらせないのか分かりません。8月はコンサートで忙しいって分かってるのにね」

 真琴は呆れた表情で俺のベッドに腰掛けた。

 実は夏休み最終日の今日は、ちょっと遠くのプールに出掛けようと約束していた。

 真琴は元々泳ぐのが大好きなのに、女になってから人目を気にして行ってなかった。

 だから俺は長袖で上着のような水着を真琴に買った。

 これなら行けるな! と嬉しそうだったのに、俺の宿題が終わってなくてアウト。

 だって真琴もやってなかったから、一緒だと思ったんだよ!

 俺が寝てる間に済ませてるなんて、知らなかったんだよ!

「アーバン鉄の掟だよな、7月中の宿題は」

 湊元先輩まで当然のような表情で言う。

「マジですか。湊元先輩終わってるんですか?」

 俺は半泣きになりながら、残りページを数える。

 これは本当に終わらないな。

 それに俺はもう眠い。

 筋肉が睡眠を求めている。

「俺? 俺は宿題なんて小学校一年生からやってない」

「聞いた俺がバカでした」

 俺は宿題に戻る。

 湊元先輩は生きてる世界が違うから、聞いちゃいけなかった。

 あの人の世界に宿題なんて存在しないんだ。

「え? 怒られないんですか?」

 真琴が笑いながら聞く。

「俺は毎年担任の先生にオリジナルソングプレゼントしてるから。それでオッケーよ。今年の曲、歌う?」

 湊元先輩は親指をクイと立ててギター持ってくる? というアクションをする。

「いえ、結構です。で、用事は?」

 真琴は真顔で聞く。

「僕と契約して魔法少女にならないか?」

「アニメを僕に見せてるのは一馬です」

 その声に俺は振向く。

「湊元先輩あのアニメ好きなんですか? 劇場版見ます? ありますよ? プラモもありますよ?」

 俺は机の引き出しを開けようとする。

「あのアニメが好きなのは蒔田だ。俺は無理だった。魔法少女を理解するために一話だけ見たけど」

「魔法少女理解するためにアレを見るのはちょっと……せめて一番有名な黒猫のココが出てくる話にしませんか?」

 俺はやっぱり引き出しを開けてコレクションを出す。

 俺の中で魔法少女といえば、ワンピースにリボンで黒猫だ。異論は認める。

「いや、もう魔法使いは理解した。夢の化身……まさに第二寮にふさわしい。今年の文化祭では、魔法少女カフェに決定だ」

「は……?」

 俺も真琴も声を合わせて言う。

 背筋がぞくぞくするほど、嫌な予感しかしない。

「これが蒔田が書いた衣装デザインだ」

 湊元先輩がスマホで絵を表示する。

「あは、あははは……」

 それをみた真琴は完全にひいている。

 俺も椅子ごと移動して、スマホの画面を見る。

 そこにはあのアニメそっくりのフリフリ衣装が書いてあった。

「つまり、僕たちにこれを着ろってことですか?」

 真琴は顔を引きつらせながら言う。

「お前たちだけじゃないよ、もちろん俺も蒔田も、アーバンの人間、全員だ」

「……一馬も?」

 真琴が俺を指さす。

「当然じゃないか」

「あははは、じゃあやります」

 真琴は手を叩いて爆笑して、了承した。

「おい何勝手に契約してるんだよ」

 俺はつっこむ。

「この寮で衣装が似合うのは、蒔田と市ノ瀬くらいだから、トップ狙ってけよ」

 湊元先輩は両手の親指をグイと立てて言う。

「トップ?」

 真琴は聞く。

「ミス龍蘭だよ。うちのミスは男から選ぶ。ミスターは女から選ぶ。常識だろ?」

「何を言ってるのか理解に苦しみますね」

「完全に同意だわ」

 俺は椅子の背もたれにアゴを乗せ頷く。

「龍蘭50年の歴史よ? 夏は暑いレベルの常識に突っ込まれても困るわ。」

「夏のオーストラリアは寒いですけど」

 真琴が冷静に突っ込む。

「市ノ瀬、お前はどこにいるんだ? オーストラリアか? ジャパンだろ? 龍蘭の第二寮だろ? よし、お前は黄色な。体のサイズ測らせろ」

 湊元先輩が巻き尺を持って立ち上がる。

 真琴が俺にチラリと視線を送る。

「あーー、俺が測ってラインします。良いですか」

 椅子で一気に移動して湊元先輩の元に行く。

「マジで? 助かるわ。じゃあ次は潤か」

「一発オッケーしそうですけどね」

 俺は半笑いで言う。

 湊元先輩は部屋から出て行った。

「……魔法少女ってマジかよ」

 真琴は俺のベッドに転がって、マンガを読み始めた。

「で、真琴のスリーサイズは?」

 俺は椅子にアゴを乗せたまま聞いた。

 カコーンとマンガ本が飛んでくる。

「変態」

 真琴が睨む。

「いやいや、適当に書いたらそれはそれで怒るくせに」

「80.80.80!」

 真琴は他のマンガ本に手を伸ばした。

「ドラム缶かよ」

 俺は投げつけられたマンガを拾って笑った。

「90.60.90!」

「どこぞのアイドルかよ」


「マジで着るの? これ」

 スマホに表示された魔法少女の衣装を見て美波さんが笑う。

「もう衣装部が作り始めてます」

 俺は他の写真を表示した。

「ちなみにちゃんと食事もありますよ。食べにきてください」

 一緒に旅行に行っても、俺は今も美波さんとため口で話せない。

 慣れないものは仕方ない。

「どれどれ……って、ミックスポーション……中身を当てたら蒔田先輩からご褒美あり?」

「カレーとか、チョコとか、ジャムとか、ソースとか、焼きそばとか混ぜるみたいですよ」

「混ぜないでカレーとチョコとジャムとソースと焼きそばとして販売しないの?」

「ポーションですから」

 俺は力強く宣言する。

「弱る、人生が弱るわ、それ」

 美波さんは小さく何度も首を振る。

「蒔田先輩のご褒美は、何なの?」

「たぶん頬にキスとかだと思いますけど……」

「えーーー?! 喜ぶ子、多くない?」

 美波さんの上がったテンションに少し驚く。

「え、美波さん、蒔田先輩みたいな王子様タイプが好みなんですか?」

「ファンは多いと思うよ。あ、私はもっと素朴なほうが好きだよ?」

「そうですか」

 妙に安心してしまい、少し乾いた唇を舐めた。

 敬語で話しといて、安心もなにも、ないけれど。

 グラウンドに杏奈の声が響く。

「軸がぶれてるから、球が安定しないんだよ」

「でも、右足を振ったら、体回りますよね」

「そこは腰を使う!」

「なるほど」

 真琴と杏奈は、あの試合以降、本当に休み時間にサッカーの練習を始めた。

 杏奈はプロだけど、真琴は何をそんなに真剣にやってるんだ。

 しかも時期は9月。

 超炎天下だ。

 俺と美波さんは日陰にあるベンチで涼んでいる。

「なんというか……二人はガチでやりすぎですね」

 俺は温くなったペットボトルの水を飲んだ。

「せっかく二人で山登ったのに、落ち着いた場所はサッカーの練習か。まあ、杏奈らしいね」

 美波さんは笑いながら、長い髪の毛を束ねて、高い場所で結んだ。

 長い首が見えて、少し別の人に見える。

「私も試合見たかったなあー、残念」

 あの試合の日。

 美波さんも呼ばれていたが、ダンスレッスンで来られなかった。

 まあ結果的に良かった気もする。

 美波さんが居たら、真琴のペースに合わせることも出来なかったかもしれない。

「文化祭、女子ダンス部は、何をするんですか?」

「占いの館」

「楽しそうですね」

「完全匿名でやるから、来てね! 占う側からも、占って貰う方も、見えないようにするからさ!」

 美波さんは楽しそうに言った。

「ミスターコンテストは、出るんですか?」

「ダンス部の人間は強制出場だって聞いたよ? でも男装するみたいで。それは楽しみだけど」

「男装?」

「ちゃんとスーツ着て、踊るみたいよ?」

 美波さんの男装。

 ……きっと似合う。

 俺は脳内に白いスーツを着て、髪の毛をシルクハットに入れた美波さんが格好良く踊る姿を想像する。

「かたやアーバンは全員魔法少女かー。楽しみだねえ」

「あはは……」

 俺は乾いた笑いで返す。

 実は出るのはそれだけじゃない。


「サビは決まったか?」

 音楽室には湊元先輩が入ってきた。

 俺はギター片手に、適当にならしている。

「なんとなく……ですけど」

「よし、弾け」

 湊元先輩が椅子に座ったのを確認して、俺はギターをならしながら、なんとなく歌を作っていく。

 こっちより、こっちに行ったほうが、曲的に気持ちいいかなー……というレベルで。

「ふー……ふふふーーん……」

 それにあわせて湊元先輩が歌う。

 湊元先輩が一番声が伸びるあたりの音を探していく。

 ラー……より、シー……くらいのがよく伸びてる声かなー。

 シー……からなら、ミー……くらいのオチのが良いかなー。

 なんとなく曲を終える。

「おおおおお……高東ーーー! いいじゃねーーか!!」

 湊元先輩が俺の肩を掴んでガタガタ揺らす。

「よ……かったです、あの、気に入って頂けて」

「もっとこいやーーー!」

「はいーー!」

 部屋に夕日が入ってきてて、完全に熱血教室。

 湊元先輩が理解した魔法少女の世界には、音楽……むしろオープニングが必要らしい。

「こう、もっと手が握りたくなるような歌がいいな」

「熱い感じですか?」

「違う違う、ときめきだよ、ときめき!!」

 湊元先輩が、がに股全開で叫ぶ。

 どうやら追加で日曜日に朝にやっている番組を見たらしい。

 あれは魔法っていうか、特殊な力……まあ、魔法でいいか。

「女の子が手を繋ぐ感じだ!!」

「もっとメロディーが強めですかね」

 俺はスマホで日曜朝の番組を検索しながら言う。

「キラキラだよ、キラキラ!! みなぎる愛だよ!!」

 湊元先輩が夕日バックに叫ぶ。

 もう意味が分からない。

「……でもこの曲で踊るのって、蒔田先輩と潤と真琴ですよね……」

「第二寮のスリートップだろ!」

 俺と湊元先輩が曲を作って、三人が踊るらしく、蒔田先輩から曲を「早くしろ」と言われてるけど、そんなに簡単じゃない。

 あの三人が魔法少女の格好して踊る曲……浮かばない……。

「出来たーーー?!」

 窓ガラスが割れるような大きな音を響かせてドアが開いた。

 そこには紫色のフリルが贅沢に使われた魔法少女の衣装をきた蒔田先輩がツインテールをして立っていた。

「おおおお、蒔田、輝いてるな!!」

 湊元先輩は一瞬で受け入れた。

 対処はやーー!

 俺には言葉は吐き出す言葉が見当たらない。

 褒めていいの? 笑うのが正解なの?

「蒔田さん、髪飾り忘れてます」

 後ろから追ってきた衣装部だろうか、手首に針山を付けた女の子が、蒔田先輩のツインテールに大きなリボンを付けた。

「完璧だ、ありがとう」

 蒔田先輩は髪の毛を後ろに手で踊らせた。

「あ、高東さん、市ノ瀬さんと同室ですよね?」

 その女の子が俺をみて言う。

「あ、はい」

「市ノ瀬さん、フィッティングを嫌がられて、部屋で高東さんに頼むから……って」

「ああ……」

 他の人間に体を触られたくないのだろう。

「お願いできますか」

「俺がやっとくよ」

「寮の入り口に衣装置いときます。まだ仮縫いなので、扱いに気をつけてください」

 女の子はにっこり微笑んで廊下に走って消えた。

「忙しそうですねー……」

 俺は呟く。

 第二寮に30人くらい居るアーバンの人間全員に魔法少女の衣装を作るなんて、大変だろうな……。

「あの子は三年生で、文化祭の衣装作りも就職に有利だから。コストとスピードと技術を見せつけることが出来る。表舞台だけが表じゃない。あの子の舞台はミシンの前だ」

 真面目なことを蒔田先輩が言うが、その衣装も髪型も魔法少女だ。

 俺は苦笑いが止められない。

「で、曲は?」

 蒔田先輩が言う。

 よく見えると顔にラメが見える。

 メイクもしてるのかな。

「メロディーラインは出来ました」

「じゃあ録音して、データを編曲の橋本さんに送って。アイデアくれるかも」

「わかりました」

「よろしくねー」

 蒔田先輩は長いツインテールをなびかせて音楽室から出て行った。

 その髪の毛を見て、俺の中に一つ音楽が流れる。

 たしか昔、女の人の髪の毛をテーマに曲を書いた人が居たなあ。 

 というか、お父さんがよく聞いてた曲だ。

 ボサノバだっけ。

 軽いタッチなのに、なんかジャズっぽくて好きだったなあ。

 こんな感じで……。

 俺はギターを触る。

 その音に湊元先輩がリズムを取る。

 夕方からもう星が見えてきている今日の終わり。

 こんな時間が、最近の俺は嫌いじゃない。



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