尊敬と恋と愛と
「やっぱり行きにくい」
「何度も言うけど、同じクラスなんだから、夏休み明けたら会うぞ」
「……困った」
「とりあえず、ここまで来たら行こうぜ」
真琴はサッカー試合の会場、入り口前で立ち止まっている。
この前の旅行は、真琴や杏奈のケガもあり、全身ボロボロになり帰宅。
寮に戻ると湊元先輩が「お前ら遭難でもしたのか?」と叫んだほどだ。
だから、杏奈が告白したことも有ったような、無かったような事になっていたが、やはり真琴は気になるらしい。
「もう試合始まるぞ」
「悪いことした……」
真琴は入り口から動かない。
「じゃあ帰ろう」
俺は体を反転させて、駅に向かって歩き始めた。
別に今日見なくても、また今度来ればいい。
「ダメだ、失礼にあたる」
真琴が俺の服を引っ張った。
だからどうするんだよ!
俺は叫びたい気持ちをぐっと押さえて振向く。
「とりあえず試合見ようぜ? 杏奈から見えるのが怖いなら、入り口付近に立ってれば良いよ。俺も付き合うから」
「……うん」
真琴はうつむいたまま、俺の後ろを付いてきた。
旅行のケガの影響で、少し足をひきずっているが、無理に動かなかったので、来週から本格的に始まるダンスレッスンには間に合いそうだ。
今日試合が行われる場所は、収容人数10,000人程度の小さめな場所で、観客席とグラウンドが近い。
選手からも誰が来てるか、一瞬で分かるだろう。
だから真琴も躊躇していたのだろうけど……。
女子サッカーの試合で何万人もお客さんが入るのは世界戦のみで、普通の試合は500人程度しかお客さんが居ない。
世界中に色々なスポーツがあるのだ。
お客さんを集めるのは、簡単じゃ無い。
まあ、芸能の世界も同じだけど。
真琴と俺は中に入った。
この競技場は古いけど国立で、俺はこのこじんまりとしたグラウンドが一番好きだ。
サッカーはグラウンドに来て見ると、どれだけ高度なことをしているか分かる。
選手たちの大きな声が響いていて、もう試合が始まってるのが分かる。
女子サッカーの通常の試合では、ユニフォームを着て応援しているサポーターは30人程度だ。
あとは座って普通に見ている。
だから、試合会場にくると、選手や監督の声が大きくて驚く。
同時に選手たちがぶつかる音や、激しく芝に転がる姿もよく見える。
グラウンド内にある時計を見ると、開始10分……杏奈は先発で出ている。
真琴と俺は入り口で立って試合を見始めた。
敵から持っていたボールを杏奈が中盤で奪う。
そのまま反転して一気に加速。
前を一度だけ確認して、ロングパスを出した。
「いいぞ杏奈!!」
監督の声が響く。
ボールをもらった選手が上手く胸でボールを落として、そのままゴール前まで持ち込もうとするが、スライディングされて転倒する。
試合は続行。
敵チームがロングパスを出した。
「えええ、あれって黄色のカードが出ないの?」
真琴が言う。
黄色のカードって。
「イエローカードね。あれは上手にボールに行ってから、無いだろ」
「倒れても、ボールに足が行ってたら良いの?」
「ボールを奪い合うゲームだからな」
俺は普通に言う。
「見えないように、こっそり足を狙われたら?」
「良くあることだろ」
「えー……、大変なんだなあ」
真琴は本当にサッカー初心者らしい。
ゴールミスを杏奈が拾って、ドリブルで駆け上がる。
杏奈の加速は本当にすごい。
足下にボールを置いたまま、よく速く走れるものだ。
「おおお……すごい」
真琴が隠れていた壁から身を乗り出す。
一人、二人かわすと、二人のDFが杏奈に寄ってきた。
一人がフリーになったのを見て、杏奈がパスを出した。
味方がゴールを打つ。
ボールはゴール枠の外に大きく外れた。
「オッケー! オッケー! 次狙っていこう!」
杏奈は手を叩いて、元の場所に戻っていく。
真琴は体を壁に預けた。
「……すごいな。全てのチャンスが杏奈さんから出来ると言っても過言じゃない」
「だからほら、狙われる」
俺が言うとのと同時に、杏奈がボールを持っている足下に、芝生をすりあげるようなスライディングが来る。
杏奈はそれを何とか避けてパスを出すが、芝生に倒れる。
「あれは? あれはオッケーなの?」
真琴が叫ぶ。
「あれはグレーだけど、今審判の目の前だったから、次は杏奈に有利なことがあるよ。杏奈はいつもわざと倒れないから」
「なんで?」
「自分がサッカー見てて、選手が倒れて試合が止るのが嫌いんだって」
「あはは。杏奈さんらしい……」
真琴はグラウンドの杏奈を見つめた。
その目は優しくて、古い友達をみるような信頼感もあった。
「……あのさあ、真琴は、自分が女だから、男を求めてる杏奈に失礼だって……言ってたよな」
「うん……」
真琴はチラリと俺を見て頷いた。
「じゃあ、同じ女としてどうよ? 杏奈の姿」
「マジかっこいい」
真琴は即答した。
「それで良いんじゃん? 俺も試合してる杏奈はマジカッコイイと思うよ。恋愛関係なく」
俺たちが話している間に、杏奈はまたロングパスを出した。
それを受け取った味方が、ゴールに向かって走り始める。
ゴール前で一人かわして、ボールを蹴った。
その球はキーパーの横をすり抜けて、ゴールネットを揺らした。
「おおおお!」
真琴が叫ぶ。
グランドでは、ゴールした選手が杏奈の所に駆け寄り、抱きついている。
真琴はふらりと隠れていた壁から離れた。
そして階段を下りていく。
俺もその後ろに続く。
真琴はグラウンドの一番近くまで下りた。
そして大きく息を吸い込んだ。
「杏奈さん、ナイスプレイ!」
真琴はグラウンドに向かって大きな声で叫んだ。
真琴の声は声質が良いから、遠くまで響く。
その声にグラウンド中の選手が振向いた。
もちろん杏奈も。
「……真琴くん!」
杏奈が気が付く。
そして満面の笑みで、手を振った。
真琴も大きく手を振る。
俺は椅子に腰掛けた。
「熱っ!!」
夏の日差しが椅子に直接当たっていて、超熱くなっていた。
だから最前列には誰も居ない。
真琴も俺の隣に座った。
「うわ、熱っ!!」
真琴も叫ぶが、再び始まった試合を見始めた。
応援している集団は日陰にいて、最前列にいるのは俺たちだけだ。
でも、俺も真琴も、ここに座って応援すると決めた。
試合は3-1。
テンションが上がったのか、杏奈は久しぶりにゴールも決めた。
「見に来てくれてありがとう」
試合が終了したグラウンドの外、杏奈は真琴に言った。
俺は少し離れた場所にあるベンチに座った。
「杏奈さん、今日の試合、感動した」
真琴は大きな声で宣言した。
「……ちょっと、真琴くん、なんか、どっかの政治家みたいよ?」
杏奈が苦笑する。
「本当に、感動したんだ」
「……そっか、良かった」
杏奈は首にかけてある長いタオルを両手で掴んで、少し赤くなった頬を隠した。
おお、乙女っぽい。杏奈が乙女っぽいぞ。
「僕の一番身近な女は、母親なんだけど、とにかくダメな人で」
「え? お母さん? ああ、一回見たかな」
杏奈も四月の歓迎会で会っているはずだ。
あの強烈なお母さんを。
「だからどうしても女の人は苦手だったけど、杏奈さんは全然違う。僕はサッカーしてる杏奈さんを尊敬するよ」
真琴はにっこり微笑んで言った。
「え?! 尊敬? 言い過ぎじゃない?」
杏奈がタオルで自分の首を絞める真似をして、俺のほうを見る。
「ねえ、真琴くん、ちょっと変なモードじゃないー?」
杏奈が恥ずかしくて、俺にヘルプを求めた。
首にかけたタオルを大きく振り回す。
俺は立ち上がって二人の方に行く。
「でも今日のフリーキックは、本当に良かったぜ」
俺は本当の事を言う。
杏奈の球は回転して落ちて、ゴールの隅ギリギリに決まった。
あれは最高に気持ち良かった。
「本当にすごかった。僕もあんな球が蹴りたい!」
真琴が熱く宣言する。
「蹴りたい? 蹴りたいの? ウケる」
杏奈が笑う。
「だからまあ、変なテンションでは、無いぞ」
俺はズボンのポッケに両手を入れて言った。
「……そっか。じゃあ、今度一緒に練習しよっか」
杏奈が真琴に向かっていう。
「やりたい!」
真琴が即決する。
「オッケー! 約束ね? じゃあ時間だから行くけど……夏のコンサート、チケット送ってよ~!」
杏奈は俺と真琴に手を振り、チームが待つバスに消えた。
真琴は杏奈に向かって大きく手を振った。
その瞳は、ダンスレッスンをしている時の真琴の表情で。
俺はそれを見て思う。
俺は真琴が好きだけど、その前に尊敬がある。
誰よりも真琴のダンスが好きで、尊敬している。
でも、女の子として、真琴を可愛いとも思う。
尊敬と恋と愛と。
何が一番強いんだろうな。
その差は何だろう。
俺は温くなったペットボトルの水を一気に飲んだ。
もっともっと大人になったら、答えが出るのかな。




