事実と現実と虹と未来
「よし、三回乗ったから満足。回転系が苦手なら、水系行こう!」
杏奈と美波さんは腕を組んで、歩き出した。
俺と真琴がベンチで伸びてる間に、二人は三回繰り返しで絶叫コースターに乗ってきた。
空いてるうちに! と叫んで消えて行ったが、本当にあのパワーはスゴイ。
「水系って……あれ?」
時間は10時をすぎて、園内は混み出した。
行列の先に見えるのは、船に乗って高い場所からバッシャーーンと落ちるアトラクションだ。
「あれならいいでしょ?」
杏奈が振向いて聞く。
「回転は……してないけどさあ……」
乗りたいか、乗りたくないかと問われたら、全然乗りたくない。
「落ちてるだけだよ!」
美波さんはガッツポーズをして言う。
なんだその気合い……。
まあ、落ちるだけなら目を閉じてれば終わるかな。
俺たちは列に並んだ。
結構時間がかかりそうだ。
「杏奈、代表には呼ばれそう?」
美波さんが話し出す。
「今回は微妙かなー。リーグで得点出来ないんだよね。この前代表の監督が来てたときに、全力でアピールしたけど……こればっかりはねー」
杏奈は高校女子サッカーリーグのチームで得点ランキング10位以内に入っている。
「アンダー20だから、プロも含まれてるし。分からないけど、呼ばれたら超頑張る!」
「杏奈の武器はドリブルのスピードだから、それは結構負けてないよ」
俺は言う。
何度も試合を見に行ったが、杏奈はボールを受けてからの加速がスゴイ。
視界も広いし、あのドリブルとロングパスは、プロにも負けてないと思う。
「フィジカルは一馬に鍛えられたかなね~」
杏奈が俺を睨む。
「え、一馬、杏奈さんにも筋肉トレーニングしたの?」
真琴が驚いた表情で言う。
俺は筋肉教団の教祖扱いか?
「いやいや、一応杏奈はプロだし、プロのトレーニングに口出ししないよ。たまにサッカーに付き合ってただけ」
「ボールの取り合い的な? 一馬はパワーあるから、競り合いの練習には良いんだよ」
杏奈が説明する。
中学生の時は、よく練習に付き合った。
俺はボールの扱いなんて上手じゃないけど、どう体を動かせば相手を邪魔出来るか、は何となく分かった。
要するに体の使い方だから。
それに力だけなら、俺の方が強い。
ダンスや体操を長くやってたから、バランスにも長けてる。
「中一の頃は、いつも私がボール奪ってたんだけどなあ……」
杏奈が遠い目をして言う。
「中二からは、パワーじゃ負けてないね」
俺は胸を張った。
「それは部活でもそうだったな」
女子のサッカー部なんて、普通の公立中学には存在しない。
だから杏奈はずっと男子のサッカー部に一人入って練習していた。
男子に混ざっても常にレギュラーで県大会二位まで行ったのだから、プロは伊達じゃない。
しかも得点のうち半分は杏奈、残りの半分は杏奈が出したロングパスからの得点だった。
「最後は身長でも負けて、ヘディングで競り負けるようになって、だからパスの精度上げたんだよ」
杏奈は少し静かな表情で語った。
確かに、三年生最後の試合は、FWからMFに変わって、パスを多く出していた。
同級生にも手加減されてる気がするから、一馬は本気で来て!! と何度も練習付き合わされた。
「龍蘭は女子部があって、良かったな」
俺は素直に言う。
三年生の頃の杏奈は、かなり無理してるように見えた。
今まで体でも勝ってたんだ、負けたくない気持ちからケガも増えていた。
「置かれた場所で咲きなさいって、どっかで聞いたような言葉を担任は言ってたよ。まあ、あの頃上げたパスの精度が、今生かされてるから」
杏奈はVサインした。
「置かれた場所……か。 強いなあ、杏奈さんは」
真琴が小さな声で言う。
真琴は今、アーバンという男性アイドル事務所にいる女の子だ。
考えることもあるのだろう。
「えー、あの頃はヤケクソだったよ。何度一馬の筋肉車にぶつかったことか」
「本当にな」
体当たりでボールを奪おうとするから、腕の使い方を教えた。
真っ正面からぶつかっても勝てないなら、腕を入れて動け、と。
それは体操やダンスにも言えることで、上手な人は腕を上手に使ってバランスを取っている。
まあ、アーバンのダンスレッスンで習ったことの受け売りだけどな。
「女子サッカー、見たことある?」
杏奈が静かになってしまった真琴に聞く。
「練習はよく見てるよ、ダンスレッスン室から見えるんだ」
真琴は少し微笑んだ。
「今度試合見に来てくれる? 男子サッカーと女子サッカーは、全然違うんだよ」
それは本当だ。
あまり体の競り合いをしないというのが俺の見解。
女子サッカーは男子と同じ広さのグラウンドを使うのに、体力が少ない。
だから90分走り続けるために小さなパスを上手に使う。
俺も最初は男子サッカーより面白くないだろうなーと勝手に思っていたが、パスがスピーディーで、見てると面白い。
「週末にあるだろ」
俺は言う。
「リーグ戦あるよ、見に来て!」
「行きたいな」
真琴が顔を上げて笑顔を作った。
「私のコンサートもあるよ?」
美波さんが言う。
「チケットくれるの?!」
杏奈が言う。
「買ってください~」
「買います~」
俺たちは長い列を話をして待った。
杏奈はサッカー、美波さんは女性アイドル、俺たちはアーバン。
それぞれの持ち場が違うだけに、持ってる話も違って、いつまでも話せた。
「ひぎゃああああああああ……!!」
高さ数10メートルの高さから船が落ちる。
ジェットコースターのように回転こそしないが、この高低差と、水が襲いかかってくる。
時間は昼の12時を過ぎて、気温はまだ上昇中。
だからこの水が、ほんの少し気持ち良い。
「キャーーー!」
横で美波さんが叫び声を上げている。
両サイドが一番濡れるということで、俺と真琴がサイドに乗っている。
濡れる=透けるなので、俺は少し警戒したが、真琴のTシャツは黒。
問題なし!!
大きな水しぶきを上げて、船は着地した。
上から霧雨のような水が降ってくる。
「気持ちいいねえ!」
杏奈が叫ぶ。
一番奥で真琴も空を見上げている。
「……虹!」
吹き上げられた水で、上にふわりと虹が架かっていた。
船がガタンと角を曲がり、虹を見ていたボンヤリと空を見ていた俺のズボンが濡れた。
「冷たっ!!」
「あはは、濡れちゃったね」
美波さんがポケットからハンカチを出して、俺のズボンを拭いてくれた。
「あ、すいません、ありがとう」
「また敬語だ~~」
美波さんは笑う。
「そんなんだからモテないんだ~」
杏奈が茶化す。
じゃあどういう態度が正解なのか、教えてくれよ!




