途切れた連絡と、龍蘭高校
「俺たち、同室だな」
「通知きたな」
俺と真琴は、寮の通知を持ち寄り、レッスン室でニマニマした。
アーバンライツに所属する生徒は全員、強制的に寮に入る。
女遊びの管理とか、色々理由はあるらしいが、完全管理することによって絆を深める……という話にはなっている。
俺と真琴は同じ部屋だ。
もう楽しみでたまらない。
クソうるさい家からの開放。
自分の部屋がない狭い家からの開放。
親父リサイタルからの開放。
真琴と同室とはいえ、自分のスペースの確保。
アーバン合格して良かったーー。
俺は通知を見ながらゴロゴロした。
「同じ部屋かー。真琴、寝言言うからな」
俺たちは何度も合宿で一緒に寝たが、真琴の寝言はヤバい。リモコンどこ? と寝言で言われて爆笑した。
「一馬は、いびきがうるさい」
「は? いびきなんてかいてませんから」
「今度録画する」
「じゃあ真琴の寝言も」
「ねつ造です」
「リモコンはここです~~」
真琴が俺を蹴飛ばすので、俺は転がりながら逃げた。
「おいこら、レッスン始めるぞーーー」
「はーい」
コーチに呼ばれて、俺たちは立ち上がる。
夏休み。
中学卒業記念に、先輩のコンサートのバックで踊ることになっていた。
後ろといっても、本当に一番後ろで、スポットライトどころか、会場の一番フチの暗い場所だ。
でもデビューは、デビュー。
今まで大会や審査で人前で踊ったが、コンサートで踊るのは初めての体験で、ワクワクしていた。
俺たちはペアで踊る。
曲が流れ始めて、コーチの手拍子に合わせて動く。
鏡に映る俺と真琴。
真琴は真っ白なTシャツに灰色のジャージ、それに頭に手ぬぐいを巻いている。
ものすごくダサいのに、何故か格好いい。
俺はここに通うために新しいジャージを買って貰ったのに、何故かダサい。
身長も体格も似てるのに、どうしてだろう。
モテたいと言い続けるのも、悲しくなってきた。
ダンスの能力は、間違いなく真琴のが上だ。
でも、俺たちは恐ろしく息が合う。
息をするように、目を閉じていても、同じ場所に手があり、同時に動き出した。
真琴のダンスは予備動作が少なくて、一気に動く。
俺はその瞬間を感じることが出来る。
真琴と踊ると時間を忘れる。
来てほしい場所に真琴が居て、欲しいタイミングで手が伸びてくる。
俺の下手くそなダンスが、ワンランク上がる。
すべて真琴のおかげだと思う。
「……ほんと、最高かよ」
俺は小さく呟く。
「楽しいな」
真琴が笑う。
真琴と会えて、鉄棒よりダンスが楽しくなった。
真琴が難しいことをサラリとするから悔しくなって練習が嫌いじゃなくなった。
俺にとって真琴は、目標でありライバルであり、親友だ。
それから一年。
龍蘭高校、入学の日を迎えた。
「おせーな、真琴」
俺はスマホをポケットから出して確認した。
もう待ち合わせの時間を過ぎている。
俺は不安な気持ちで、舞い散る桜の花びらを見ていた。
実は真琴と半年近く、連絡が途切れていた。
最後にラインがきたのは、夏のデビューコンサートが終わった、中学三年の秋。
夏休みはレッスン漬けで、毎日会ってた。
デビューコンサート前日は近くのホテルに泊ることになり、二人で興奮しすぎて眠れなくなり、仕方なくカードゲームしたら盛り上がりすぎて隣の部屋の先輩に怒られた。
結局寝不足で挑んだコンサートは大成功で、俺たちは駅のホーム、炭酸ジュースで乾杯した。
うるさく鳴く蝉と、肌に落ちる汗が不快じゃないほど、俺たちは興奮していた。
コンサートの後も、一週間に一度くらい遊んでたのに、秋になって突然ラインが既読にならなくなり、連絡が途絶えた。
ラインの電話にかけても出ない。
そして、アーバンのレッスンにも顔を出さなくなった。
「大丈夫なんですか?」
俺は何度もコーチに聞いた。
「家庭の事情みたい。でも、龍蘭には入るって」
……家庭?
よく考えたら俺は真琴の家庭の話を、全く聞いてなかった。
俺は何度も愚痴っていた。
うるさい親父リタイタルに、生意気な妹に、部屋が無い状態。
でも真琴からは何も聞いてなかった。
真琴も話さなかった。
俺はそれを心底後悔した。
三年間、ずっと一緒に練習して、何度も同じ部屋に泊ったのに、こんなにあっさり連絡が途切れるなんて。
真琴に通じる道は、アーバンとスマホのラインIDのみだった。
俺は動揺した。
そしてコーチに住所を教えてもらい、真琴の家まで行ってみた。
そこは駅から徒歩30分。
シャッターが目立つ商店街を抜けて、畑が続く道を下り続けた先にある古い平屋で、表札に市ノ瀬の名字は無かった。
真琴が姿を消した。
考えて無かった、まるで。
だって俺たちの相性は最高で、入学も入寮も決まってて。
レッスンの休憩時間はいつも一緒で、寮の間取りを書き出して何を買うか話し合ったのに?
どっちが窓際の机を使うか、ジャンケンで決めようと盛り上がったのに?
持ってくるマンガがかぶらないように、書き出しまでしたのに?
あの時間は、何だったんだ?
俺は全く理解できなくて、途方に暮れた。
アーバンのコーチたちも、それ以上の情報を俺にくれなかった。
俺は信じて待った。
龍蘭には来る。
いや、信じることしか出来なかった。
年が明けて、はじめて雪が積もった朝。
団地の雪かきの最中に真琴からラインが来た。
【やっほー、ひさしぶりー】
俺はすぐに電話した。
「お前、今まで何してたんだよ!! 生きてんの?!」
「……生きてるから連絡したんだけど」
キョトンとした声。
真琴は、真琴のままだった。
「ちょっと病気で入院して、別の家に行ってた。落ち着いたから連絡したんだよ」
「え、入院? 真琴が? 大丈夫なのか? 何の病気?」
俺は相変らず質問攻めにした。
「落ち着けよ……大丈夫。もう、大丈夫だ」
コンサートの前、試験の前、いつも真琴が言う言葉。
大丈夫、もう大丈夫。
「まじかーー、良かったなーー、ああーー、良かったよーー、もう何だったんだよーー」
俺は電話を持ったまま、脱力して座り込んだ。
まだ除雪してない雪が、お尻に冷たい。
でもそんなことどうでも良い。
真琴と連絡が取れて良かった。
雪がカチカチに固まった外で、俺は雪にスコップをさしたまま、真琴と話した。
スマホは寒さで耳に冷たい。
反対側の耳は、もっと冷たい。
持ってきた毛糸の帽子は、電話に気が付いて投げ捨ててしまった。
俺は何度も言った。
心配していたこと。
家族の話を聞かせてくれよ?
何より、本当に心配してたこと。
動かないから足先が雪で冷える。
太陽が昇ってきて白い雪は俺を照らす。
眩しくて目を伏せた。
「ごめん、本当にごめんな」
電話先で、真琴は何度も言った。
「龍蘭来るんだな?」
「もちろん」
時は二月。
レッスンは終わっていて、入学式を待っていた。
俺たちは入学式の日に待ち合わせをした。
あの有名な龍の門を一緒にくぐろうって。
龍蘭高校には、言い伝えがある。
門にある龍の下を、入学式の朝、一緒にくぐった仲間とデビュー出来る。
デビューが目的じゃありませんから~とか言っても、願掛けぐらいしたくなる。
芸能事務所に所属するんだから!
あわよくば大スターに! ……なんて気持ちが出てきたのは、先輩のコンサートバックで踊ってからだ。
ファンの熱気と一体感。
なにより先輩たちの力強さに感動した。
少なくとも、俺は、スタート地点に立った。
俺は門から少し離れた、大きな桜の木の下で真琴を待っていた。
真琴は来る。
絶対に、ここに来る。
「もう入学式、始まるっつーの」
俺はイライラしながらスマホの画面を見た。
ラインも入ってない。
「先に会場入ってるわよ?」
「ごめん、俺は待つわ」
一緒に来たお母さんは、先に入学式が行われる体育館へ入っていった。
風が吹き、桜の花びらが舞う。
その視界の奥、真琴が見えた。
俺は嬉しくて走り出した。
「真琴!!」
「一馬!!」
俺は真琴の肩を横からバンと叩いた。
「お前、久しぶりすぎるだろ!」
「一馬、元気だった?」
「俺は超元気だよ、真琴こそ……ちょっと痩せた?」
真琴は身長は俺と同じくらいの175くらいで、細身。
でも首とか、もっと太かった気がするけど……。
なんか全体的に細くなってないか?
「入院してて、練習出来なかったから」
真琴は目をそらして言った。
「なあ、本当に大丈夫なのかよ」
俺は心配になった。
「……大丈夫、もう大丈夫。毎日薬は必要なんだけど」
「おいおい……」
毎日薬と聞いて、一気に心配になった。
「花粉症だって、シーズンは毎日薬飲むだろ?」
「……まあ、なあ……」
そんなこと言われても、目の前に来た真琴の雰囲気は、数ヶ月前とはかなり変わっていた。
なんだろう、分からないけど、何か変だ。
言葉で上手に表現できないが、とにかく痩せた。
「大丈夫だって」
真琴は真っ黒な瞳を細めて微笑んだ。
いつもの真琴の笑顔。
そうだよな、何も変わるはずがない。
俺の考えすぎだ。
「じゃあ、門、行こうぜ」
「よし」
俺たちは龍の門の前に立った。
龍蘭高校と書かれた文字を囲むように踊る龍。
金色に光る龍は、青空を優雅に泳いでいるように見える。
どこまでも登る龍は、誇らしげに俺たちを待っている。
「よし、行こうぜ」
「行こう」
俺は一歩足を前に出した。
同時に真琴も動く。
そして、一緒に龍をくぐった。
俺は真琴の顔を見る。
真琴は俺の顔を見る。
俺が掌を出すと、それを真琴が叩いた。
パシンと高い音が響く。
「デビュー目指して頑張っちゃう?」
「いっちょやってみるーー?」
真琴にしては珍しく、大声を上げた。
俺がもう一度掌を出すと、それを真琴が叩いた。
二人で掌をたたき合いながら、踊る。
真琴が次に手を出す場所が分かる。
俺たちはパントマイムみたいに、踊りながら、掌をたたき合いながら進んだ。
やっぱり俺たちは、息が合う。
この感覚、久しぶりだ。
「はい、もう入学式が始まりますよーー」
入り口でそれを見ていた係員に促される。
「やべーー」
二人で入学式が行われる体育館へ向かう。
桜の花びらが踊る。
俺たちの龍蘭高校での生活が始まる。