俺の服でダルマ
目が覚めると、背筋にぞくぞくと走る寒気。
「……すげえ寒い」
俺はベッドの中で呟いた。
「僕は暑いけど?」
上のベッドから下りてきた真琴が、ベッドの横まで来た。
そして右手で俺のおでこに触れる。
冷たくて細い指。
「ああ、一馬、熱があるわ」
真琴は表情一つ変えずに言った。
「いいや、筋肉が俺を守ってくれるから熱なんて出ない」
俺は断言した。
風邪なんて、年に一度もひかない。
「ちょっと待ってろ。体温計借りてくるから」
真琴はドアを開けて出て行った。
俺は布団に再び丸まった。
鼻風邪はよく引くけど、熱を出したことなんて数えるほどしかない。
しかし、この異常な寒気は何なんだ。
すげえ寒い!
時計には室温系が付いている。
それを見ると温度は20度。
やべえ、寒いの俺だけだ。
「一馬、体温計借りてきた」
真琴が部屋に戻ってきた。
その後ろに見えるのは、マスクをした湊元先輩。
マスクをした蒔田先輩。
マスクをした潤。
マスクをした優馬。
みんなマスクじゃねーか! 俺は病原菌か!
「ほら、はかって」
真琴は俺の布団をめくって、中に入ってきた。
「……?! お前……」
布団に飛び込んできた瞬間、俺の肩に、真琴の胸が触れた。
明らかに柔らかい、俺の筋肉乳と、女の子の胸。
「ほら一馬、ちゃんとはかる!」
真琴は俺の布団の中で叫んでいる。
……真琴、起きてそのまま部屋から出ただろ?
華村さん特製のブラジャーしてないだろ?!
そう叫びたいが、ドア付近にマスクした四人が睨んでいて、そんなこと言えない。
俺は体温計を受け取って、脇に入れた。
数秒ではかれる物らしく、すぐに電子音が鳴った。
真琴が冷たい指を突っ込んで、俺の脇から体温計を取り出す。
「はい、38度。熱です」
そして声高らかに宣言した。
「よし、高東くん、保健医をよこすから寝てなさい」
蒔田先輩が一瞬で消えた。
「筋肉もウイルスには勝てないのか。筋肉とは何なのか……あ、一曲書けそう」
湊元先輩はぶつぶつ言いながら消えた。
「僕にうつってないといいな」
潤は呟く。
「期末までに治るといいね」
優馬がドアをしめた。
!! そうか、期末試験が近いから、みんなマスク姿なのか。
「真琴、お前もマスクしろよ」
俺はベッドの中で真琴から少し離れた。
「同じ部屋で何言ってるんだ、もう遅いだろ。なる時はなる」
「いや、しろって!」
俺は真琴をベッドから押し出した。
そのままフラフラと立ち上がってドアに向かう。
うわ、すげえフラフラする。
そして頭痛い。
熱って久しぶりに出したけど、キツイな。
「一馬、寝てろよ」
真琴が言う。
俺は背中でドアに鍵をかけた。
そして真琴の目の前まで行き、小さな声で言った。
「……真琴、お前、ブラしたか?」
真琴は自分の胸を掴んだ。
だからやめろって、その動き!
「忘れてた」
「やめてくれよ、無い胸でも柔らかいから、してくれ!」
真琴は自分の胸を両手で揉んだ。
「……柔らかいかな」
「やめろ……マジで頭が沸騰する……」
「夜寝るとき、苦しくて、最近してないんだ」
真琴はうつむいてブツブツ言い始めた。
「わかったけど、朝イチでしてくれよ」
「だって一馬がさー……」
ドアがコンコンとノックされる。
「おーい。保健医だけど」
速っ!!
俺は衣替えしようと積んでトレーナーを、真琴の頭からズボッとかぶせた。
「ごふ! ……暑い、暑いよ!」
「文句言うな!」
俺はドアに戻って鍵を開けた。
「……すいません、汗拭いてました」
ある意味背中にべったりイヤな汗をかいた。
保健医は、部屋の中に入って言った。
「……真琴くんも、寒いの?」
トレーナーの腕部分に腕を通さず、ダルマ状態で着ている真琴を見て、保健医は言った。
「ちょっと寒気が……なんちゃって……」
真琴はかぶされたトレーナーに腕を通した。
真琴が着ると俺のトレーナーはでかすぎる。ぶかぶかで、本当にダルマのようだ。
ああ、クソ、男だって言い張るなら、真琴はもっと鍛えなきゃダメだ。
治り次第俺と筋肉ルームで腹筋だ!
「とりあえず今晩まで様子見。夜に熱が上がったら病院行ってウイルス系の検査しよう。今日は水飲んで寝る」
保健医は荷物を片付けながら言った。
「はい……」
俺は布団の横になった。
「じゃあ、僕は行くね」
俺の診察の間にユニットバスで準備を済ませた真琴が、マスクをして俺に手を振った。
「なんで部屋の中ではマスクしないのに、外でマスクするんだよ」
俺は布団の中から言った。
「もう一馬の風邪、ひいてるかも知れないだろ。じゃあ寝ろよ」
真琴は鞄を持って部屋の扉をしめた。
なるほど。他の人にうつさないために、か。真琴っぽいな。
妙に納得して俺は布団の中でゴロリと寝返りをうった。
突然静かになった室内。
遠くでチャイムの音がする。
学校が始まったんだ。
寮には誰もいない。
掃除機の音がしはじめた。
いつも廊下とかキレイなのは、俺たちが居ない間に、お掃除をしてくれてるからなんだ。
「……静かだな」
あまりの静かさに、ひとりごとを言ってみる。
当然誰も、何の声も返ってこない。
寝ろと言われても、また朝8時。起きたばかりで眠くならない。
スマホを見ると龍蘭の内部ブログが更新されていて、新聞部の記事があった。
そこに全員丸刈りになった新聞部の部員……もちろん樹先輩も、中立だった阪本先輩まで?!
記事の内容は、盗撮の件はやりすぎだった。
新しい真琴特集の本は売れているし、なにより筋肉部さん、すいません……って、俺のこと?
筋肉部を作った覚えはないんだけど……まあいいや。
おい真琴、これ見ろよ! 樹先輩丸刈りだぜ?!
そう言いたくて、言葉を飲み込む。
今、寮の部屋でひとりぼっちなんだな。
実家で部屋に一人だったらヨッシャ、エロ動画大画面で見ようと思ったけど、今は皆でジェンガしてたほうが良いと思う俺は、寮に毒されてるな。
というか、教室に美女が多すぎてエロ動画より教室のがおかずが多い。
もっと他の女の子と仲良くなりたいのに、寄ってくるのは杏奈だけだ。
……いや、でも真琴は結構他の女の子とも話してるな。
……潤も、この前女の子と食堂で話してたな。
また俺だけか!
スマホを投げて目を閉じたら、痛む頭が俺を枕に沈めた。
響く掃除機の音。
実家で寝てるときもそうだった。
寝込んでると、お母さんが掃除機をかけて。
テレビを見てる俺には、それが邪魔で文句を言った。
何も分かってなかったなあ……。




