俺が守る
体育祭本番。
龍蘭には陸上部が使っている大きなトラックがあり、そこを使用する。
親の招待はなく、純粋に生徒だけの戦いだ。
まずは応援合戦が始まる。
赤組の俺たちは、蒔田先輩と応援の振り付けを毎日練習していた。
普通の振り付けはあるのだが、俺たちアーバンクラスは派手な動きを追加されていて、俺も真琴もバク転6回だ。
「薬変える前だったら、倒れてたな」
真琴は練習しながら呟いていた。
「俺はもっといけるぜ!」
回転大好きアピールをしたら、蒔田先輩に感動されて、最前列が決まった。
そして本番。
俺たちは全身当然のように紫色の服に着替えて、舞台に出た。
紫は紫でもラメが入って、太陽に光でギラギラ光ってる。
もう俺は、紫になれてきた。
赤組だけど紫。
今年は赤 対 白 じゃなくて、紫 対 白 だな……と散々言われたけど、それが蒔田先輩のカラー!
蒔田先輩は、紫の長ランだ。ばっちり刺繍で龍蘭の文字……特注品!!
全部オーダーメイドって、どこまで金持ちなんだろう。
「わーれーら、あーかーぐーみーー」
蒔田先輩の声で全てが始まる。
ドン、ドン……と太鼓の音が響く。
龍蘭の応援団も紅白に分かれて、この応援合戦に参加している。
応援団の人も、みんな紫の長ランで、かっこいいんだよなあ。
長いハチマキには、少しだけ憧れる。
蒔田先輩の紫色の長いハチマキも、風にフワリと揺れる。
同時に肩まである髪の毛も、サラリと上がって蒔田先輩が声を一段大きくする。
「いくぞーーーー!!」
「おーーーー!」
出番だ。
一番最初に俺と真琴が飛び出して最前列でバク転する。
右から真琴、左から俺。
左右から同時にバク転を始めて、センターで隙間30cm開けて、二人で立つ。
その30cmの隙間に、蒔田先輩が龍蘭赤組の旗を振り下ろす。
旗の左右を俺たちが掴んで、左右に走って広げる。
最初のキメポイントだ。
だから俺たちは、隙間30cmのために、めちゃくちゃ練習した。
絶対出来る!!
俺はドクドクと激しく動く心臓を掴んだ。
曲が始まった。
タイミングの音をひろって、バク転を始めた。
1.2.3……何度もバク転する。
あー、やっぱり俺バク転大好き。
気持ち良いーー!
練習と違って、真ん中に他の生徒がいるから、真琴がチラリとも見えない。
でも俺には分かる。
何度も一緒に練習したんだ。
真琴がどんな速度で動いてるか。
どんな顔で、バク転してるか。
どんな風に手をついて、今どこら辺にいるのか。
俺には分かる。
そして俺たちは寸分の違いもなく着地点に下りた。
目視する。
その隙間、キッカリ30cm。
その瞬間に真っ赤な旗が下りてくる。
手で掴んで走る!!
バン!!と旗が広がる。
「龍蘭高校、赤組ーーー、応援合戦、始めます!!」
「おっす!」
よし、決まった!!
正直、大役が終了したので、安心して最初の部分のダンスが少し抜けてしまったが、左目でチラチラと真琴のダンスをみて逃げ切った。
真琴は最前列にいる他の生徒の歓声を受けながら、完璧に踊った。
「一馬くーん!」
お?! 俺にもファンが?! ……と思ったら、トレーニング室で一緒になる筋肉仲間だったりする。
「かっこいい~~!」
ありがとう……筋肉仲間……。
「赤組蒔田チーム、応援得票50。満点です!!」
おおおおお!!
歓声が響く。
投票は基本的に参加してない三年生が行う。
三年生は就職や試験を控えて体育祭には参加しないが、舞台制作や音響など、仕事に生かす形での参加となっている。
このナレーションも三年生で、ラジオ局に就職が決まっている生徒がやっている。
本当にこの学校は芸能という意味でパーフェクトだ。
「お前らいくぞーーーーー!」
湊元先輩の叫び声。
「おおおおおお!!」
半分は女子生徒もいるのに、なんという男らしい声! さすが湊元先輩チーム。
白チームは蒔田先輩のように演出はされていない、純粋な応援合戦。
赤チームのダンスや演出を考えたのは、すべて蒔田先輩だから、本当にオリジナルだ。
「しーろーぐーみーー!!」
湊元先輩って、本当に声が通ってスゴイ。
「よくあんな大声で高音も低音も出せるな」
衣装を脱いで体操服に戻った真琴が言う。
「俺、湊元先輩の曲を聞きすぎて、聞かない日があると、何か足りない! と思うぞ」
「なんか分かる。中毒性がある。俺も検査で三日間入院しただろ。もう寂しくて」
「湊元先輩のモーニングソングだろ? 食堂で毎日聞かないと朝じゃないよな」
「CD売って欲しいよな」
湊元先輩は、いつも朝、食堂で歌っている。
最初はうるさい……と思っていたけど、いつの間にか無いと寂しい中毒患者になっていた。
いや、誘われてるバンドには入らないけど。
「お、潤だ」
湊元先輩の横で、同じ白い長ランを着て踊っているのは潤だ。
一年生でたった一人の長ランで、最前列。
他の生徒からも歓声が上がっている。
「潤とか蒔田先輩とか、華があるよな」
真琴が言う。
「いやいや、あの潤を押さえて一位取ったのは真琴だし」
「僕はホントさ、踊れればいいよ。さっきも思った。一馬と踊るの、楽しいわ」
「俺は真琴の全力が見られて、それだけで満足だわ」
嘘偽りない、本音だった。
「白組湊元チーム、応援得票45。応援合戦は赤組の勝ちです!」
勝った!
赤組の勝利というか、蒔田先輩の演出力の勝利というのが正解だけど。
蒔田先輩が立ち上がる。
「紫に染められし赤き勇者たちよ、立ち上がれ!」
「おおおおお!!」
なんだか妙にテンションが上がってきた!
玉入れに二人三脚、綱引きに三輪車レースまである。
二年生男子の棒倒しが始まった。
赤組の蒔田先輩は、自ら棒を持ち、動かないで守るタイプ。
白組の湊元先輩は、自ら飛び込んでいくタイプだ。
「お前ら、俺の馬になれ!」
圧倒的な速度で白軍団が旗の前に来て、湊元先輩がその上を駆け上がる。
その姿は白き騎士、ホワイトドラゴン!!
「だがさせない」
一瞬で同じ高さにあがった蒔田先輩が、それをたたき落とす。
「金田いけえええ!!」
「しまった!」
湊元先輩は囮で、アーバン二年生で一番体の軽い金田先輩が、後ろから一気に棒に飛びついた。
「……させない!!」
蒔田先輩が指示を出すが、金田先輩は一気に旗の上まで駆け上がり、頂点を掴んで地面に叩きつけた。
「蒔田、哀れなり」
湊元先輩がバシッと決めた。
「くっ……!!」
棒倒しは白組の勝利。
得点は【赤:250 白:258】。
ついに逆転された。
勝負は最終対決。
1.2年生合同の騎馬戦で決められることになった。
赤組、白組ともに、10体の馬(まあ、おれたちだけど)。
俺たちの馬は、本命。
必ず最後まで残れと蒔田先輩に言われていた。
そのため、俺と宮本くん、新井先輩のアーバンで有名な筋肉兄弟が集められた。
上に乗るのは真琴。一番軽くて、しかも運動神経抜群だ。
「絶対残るぞ!」
二年生の新井先輩が気合いを入れる。
「頑張ります!!」
俺たちは騎馬を組んだ。
センターが俺(一番大きい)、右に新井先輩、左に宮本くんだ。
「乗るよ」
「おっけー!」
真琴が俺の肩に手を乗せる。
足を右と左に分けて乗せてるとはいえ、体重を全く感じない。
「真琴くん、軽すぎ」
同級生の宮本くんも言う。
「だろ? でもさあ、食べてるんだよねー、毎日。カレーうどんの汁にご飯入れて食べてるのに、この軽さだよ」
俺は見てて飽き飽きしてる。
真琴は毎日晩ご飯にカレーうどん+ご飯。
「なんだその邪道な食べ方は」
新井先輩が表情をゆがめる。
「え、最高に美味しいですよ」
上に乗った真琴が言う。
「普通に替え玉のが良く無いか?」
「味が薄くなるんですよ」
「えー……?」
俺たち馬三人は疑心暗鬼だ。
「今度食べてみてくださいよ」
真琴が上で叫ぶ。
「替え玉のがいいなあ」
「わかって無い!」
真琴が俺の首をぐいぐい絞める。
死にます死にます。
「一馬は分かるよな?」
「おえええ……」
そのまま俺にしがみついてきた。
ふわりと香る真琴の匂い。
同じシャンプー使ってるのに、どうして違う匂いなんだろう。
俺はドキリとした心臓に、大きな口で息を吸い込んで酸素を送る。
パン! と音が響いて、俺たちは一斉に走り出した。
「ゆきなさい!」
蒔田先輩は一番前の馬の上だ。
「やっちまいな!!」
湊元先輩は、自ら馬となって突進してくる。
ガンガンと湊元先輩は蒔田先輩の馬にぶつかっている。
やっぱりあの人強い!!
「見つけた」
その声に前を見ると、樹先輩が馬の上に乗っていた。
やっぱり白組。
騎馬戦に出てるのか!
「へえ……いいじゃん、やろうよ」
上にのった真琴の声にギアが入る。
「ちょ、ちょっとまてよ、真琴。俺たち最後まで残れって言われてるのに」
要するに、最後まで逃げ回れって指示だと思うんだけど?
「生徒指導室みたいに逃げるの? 真琴くん、アーンド、一馬くん?」
樹先輩が上で笑う。
「お前、やり過ぎだぞ」
新井先輩が言う。
ああ……新井先輩までヒートアップですか?
「盗撮するなんて、サイテー」
宮本くんも?
「いけ!!」
真琴の号令で、俺以外の馬が一気に動き出す。
こうなると、俺も行くしかない。
真っ正面で俺たちはぶつかり合った。
上で樹先輩と真琴が、ハチマキをつかみ合う。
「嬉しいなあ、合法的に戦えて」
樹先輩が言う。
「いつだって来れば良い。僕はここにいる」
「調子に乗ってんじゃないよ、アーバンのひよっこが! チャラチャラ踊って金儲けか」
………ああん?
俺の中の何かがキレた。
いつ真琴がチャラチャラ踊ったよ?
真琴は誰より必死に踊って、踊りたくて、でも出来なくて。
そんなこと、お前に言われたくない。
「……真琴、俺に掴まれ」
「うん」
真琴が俺の首にしがみついて、体を隠す。
「行きますよ」
ぶっちぎれた俺に怖いものはない。
一気に加速して、樹先輩の騎馬に正面衝突する。
「うわあああ!!!」
樹先輩の騎馬三人が一気によろける。
「いっけえええ!!」
俺たちは三人で一気に押し込む。
筋肉三兄弟、なめんなよ……!
「真琴!!」
真琴が一気に樹先輩の騎馬に乗り込む。
「行かせるか!」
樹先輩の馬が動こうとするが、俺は肩を使ってセンターの馬、真琴が乗り込んで居なくなった両手を使って、残り二人の頭を押さえつける。
いやー、筋肉って本当に役に立つね!
「離せ!!」
真琴が樹先輩に押さえつけられそうになっている。
乗り込んだはいいが、体格で完全に負けている。
真琴は本当に軽すぎるし、華奢なんだ!
「市ノ瀬くん、細いな、チョロい」
樹先輩が、真琴の細い腕を掴んだ。
「やめろ!」
真琴が叫ぶ。
くそ……真琴に、その手で触るな!!
「二人、頼みますよ!!」
俺は声をかけた。
「はいよ!」
新井先輩と宮田くんがガッチリと二人の騎馬を作る。
俺は一瞬で体を引いて、三人の馬を地面に叩きつける。
「真琴、飛べ!!」
真琴は器用に新井先輩と宮田先輩の騎馬に乗り込む。
俺は同時に落ちてきた樹先輩を、首元の服をもって持ち上げる。
クソみたいに軽い。
クソみたいに軽いこの男に、真琴は倒されそうになったのか?
俺は我慢出来ずに言った。
「真琴は、誰より頑張って踊ってるから一位なんだよ。お前に何が分かる」
女になって、このクソみたいな男より体が軽くなった真琴の気持ちが!
「……くそ!!」
唾をはく樹先輩のハチマキを、二人の騎馬にのった真琴がスッと取る。
「おつかれさまでーす」
俺と真琴は目を合わせて笑った。
「よし、行こう」
俺たち最強の筋肉馬。
残りのハチマキも全部取って、圧勝だった。
「得点発表します。赤組320点。白組300点。よって、今年の体育祭勝者は、赤組!!」
「おおおおお!!」
俺たちはハチマキを投げて叫んだ。
「一馬やった!」
真琴が飛びついてくる。
俺は真琴を抱きとめる。
飛びついてきたのに、重さをまるで感じない。
細い肩、回された腕に、耳元で叫ぶ声、それに軽すぎる体。
真琴が俺から体を離して微笑む。
「俺たち、最強だな!」
その笑顔と、えくぼ。
なんだか泣きそうになる。
俺は男だ。
樹先輩だって、普通の体格なら三人くらいまとめて余裕で倒せる。
でも、真琴は本当に女の子なんだ。
あんなクソみたいに軽い男にも、負けてしまうような。
俺はもう一度真琴を抱き寄せた。
真琴は、俺が守る。




