真琴が女に見えるなんて、俺は病気だ
【人気投票一位の市ノ瀬真琴くんと同室の高東一馬くんはオホモ達】
そんな新聞が門に貼られると教えてくれたのは、潤と同室の優馬だった。
ダンスレッスン中に、真琴が俺の頭をクシャクシャと撫でている写真が使われている。
「とりあえず、やぶってもってきたけど」
優馬は冷静沈着、趣味はゲームと人間観察という変人だが、仕事が出来る。
「ありがとーーねーーーー」
真琴は新聞を丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
「まーまー、落ち着けって」
俺は頭から湯気が出そうな真琴の前に立った。
「一馬は、腹がたたないの?!」
真琴の顔がまたどんどん般若になっていく。
「怒るのを待ってるんだから、無視したほうがいいよ」
俺はお母さんと杏奈と妹の梨々花に散々オモチャにされてきたので、こういうことに慣れている。
ほっとけば飽きるのだ。
「これさ、レッスン室だから、向かいの棟から望遠で撮ってるんだね。高いレンズ持ってるんだな」
ゴミ箱から新聞を取り出して優馬が見ている。
おいおい、取り出すなよ。
「これも合法なのかよ。……やっぱ許せない」
真琴は再び新聞をゴミ箱に投げ込んだ。
同時に校内放送がなる。
「一年プロパティーの市ノ瀬真琴と、二年特進の樹洋介。生徒指導室に来なさい」
「丁度いい」
真琴は教室のドアを乱暴に閉めて出て行った。
俺と優馬は目を合わせた。
当然のぞき見ですよね?
生徒指導室の中の声が聞こえる。
「樹、お前やりすぎ」
生徒指導員の教師、安嶋の声がする。
「すいませんでした~~」
まるで反省してない樹先輩の声がする。
「僕は写真を撮ることに同意してません」
「市ノ瀬くんもアーバン所属で、それじゃ困るだろ」
「盗撮の我慢も練習なんですか? それにあの記事内容見ましたか? ふざけてる」
真琴が声を押し殺して言う。
かなり怒ってるなー。
気持ちが全く分からないわけじゃないし、悪質だと思うけど、相手が怒らせようとしてて怒るのは、得策だと思えない。
「最近で一番売れた内容なんですけど~。みんなアーバンのホモネタ好きだから」
ガタン!! と音が響いて、俺と優馬はドアの方を向く。
殴った? 大丈夫?
「落ち着けって。確かに内容も悪い。本人が嫌がってる以上、盗撮は止めろ。撮影会なら良いんだろ?」
「撮影会?」
真琴が心底バカにしたような声を出す。
「新聞部が、人気投票で一位だった人をメインに撮影、取材して雑誌を出すんだ。それならいいだろう?」
安嶋先生が言う。
「拒否します」
真琴が即答する。
「お前……!!」
樹先輩が叫ぶ。
あーあーあー……。
俺と優馬は目を合わせてため息をつく。
これは意地の張り合いが始まる。
ガラッ!! とドアが開いて、真琴が飛び出してきた。
「帰る」
床に座り込む俺と優馬を睨んで、真琴は宣言した。
「はーい」
俺たちは床に座ったまま、右手を挙げて返事した。
般若タイム怖い……。
「腹がたつ」
真琴はぶつぶつ言いながらカレーうどんを食べている。
俺と優馬は、今日も日替わり(今日は麻婆豆腐)を食べながら聞いた。
「たしかに盗撮は気分が良いもんじゃないけど、撮影会まで拒否されたら、新聞部は部費に困るんじゃないかな」
優馬は静かに言う。
毎年夏前に人気投票一位の人の特集号を出して、それで一年分の部費を稼ぐと湊元先輩から聞いた。
その特集号は、雑誌形式になっていて、付近のコンビニや書店で限定発売、即完売するというから、アーバン先物買いの世界はすごい。
俺も去年の号を見た。
去年の一位は蒔田先輩で、これがまた……すさまじい写真集だった。
衣装、場所決め、ポーズ、設定、照明、インタビュー場所……すべて蒔田先輩プロデュースの超力作で、龍蘭十年の歴史で一番売れたらしい。
あの次……だもんなあ。
「分かってるけど、イヤなもんは、もうイヤだ」
真琴は口を尖らせてカレーうどんを食べた。
「そんなこと言ってると、また盗撮されるぞ。ちゃんと自分の良いように持ち込むのも、大事だろ?」
俺は言う。
良いように、というのは内容だ。
蒔田先輩の写真集、海で撮ったビキニ水着ショットがメインだ。
こんなの真琴が要求されたら……終わるだろう。
主に学園生活が。
「撮られても大丈夫な場所とか、決めたらどうだ?」
「……考えとく」
真琴は食後のヨーグルトを一口食べて、そのままスプーンをくわえたまま、呟いた。
龍蘭はイベントが多い。
コンサートやイベント系の会社に就職する人間が半分以上いる学校なので、営業も兼ねている。
本格的に暑くなる前の五月後半に行われるのが、体育祭だ。
真面目な運動会というより、仮装あり、応援団ありの、お祭り騒ぎがメイン。
三年生は自由参加で、基本的には一年生と二年生が参加する。
赤 対 白 に別れて戦うのだが、くじ引きの完全ランダム。
クラスが完全に二分される。
くじ引きの結果、俺と真琴は同じ赤組、潤と優馬は白組になった。
種目は、リレーに障害物競走、騎馬戦に、大玉転がし、綱引きに、借り物競走まである。
赤組のリーダーは、蒔田先輩。
白組のリーダーは、湊元先輩だ。
「みなさん、私は優勝しか考えてません」
蒔田先輩は、食堂で静かに語り始めた。
これまた紫のパジャマ姿。
しかし俺も真琴も、これには慣れ始めた。
むしろ制服姿に違和感を感じる始末。
「ここにデータがあります」
蒔田先輩は食堂にホワイトボードを持ち込み、書き始めた。
「一番得点が高い最終リレー対決には、この中から足が速い順番に走ってもらいます。騎馬戦は体重が軽い人、障害物や借り物は知性。そう決めています」
蒔田先輩が、名前を順に書き出す。
騎馬戦の所に、俺と真琴の名前がある。
「市ノ瀬くんは、一年生で一番体重が軽いから、上に乗る人。同室の高東くんは筋肉量が一年生で一番多いから、下で走る人」
「はい」
答えながら、俺はなんとなく樹先輩を探していた。
見つからない。
ということは、樹先輩は白組か。
それはそれで面倒じゃないか……?
「なあ、真琴。体育祭で、写真撮影を許可しないか?」
俺は小声で真琴に言った。
「え? なんで?」
最近の真琴は写真と言われるだけで、表情をゆがめる。
「ヘタに狙われるより、体育祭で騎馬戦してる真琴なら、絵的にもアリじゃないか?」
「……それで許してくれるかな」
真琴は不安げな表情で俺の方を見る。
「大丈夫だよ」
俺たちが話していると、後ろから声をかけられた。
「ごめん、勝手に会話に入って。俺、二年の阪本友和。写真部なんだ」
真琴が少し俺のほうに体を動かして逃げる。
写真部を意識しすぎだろ。
「体育祭メインで、写真撮らせてくれないか。人気投票で一位の本が出せないと、写真部は本当に危ない」
「……それでお終いにしてくれる?」
真琴は目だけ阪本先輩のほうを向けて言う。
「俺から話すよ。俺、樹と同室だから」
「……じゃあ、いいよ」
「助かる!」
阪本先輩はポケットからスマホを取り出して、操作し始めた。
真琴は頬杖をついて、ため息をついた。
「俺も協力するからさ」
俺も頬杖をついて、真琴の方を見た。
「……一馬がいるから、いいか」
口を尖らせて、真琴はポツリと言った。
その表情がいつもと違う、女の子のように見えて、俺は一瞬動揺した。
……俺、今、真琴を可愛い、と思わなかったか?
脳内に朝みた新聞を思い出す。
【人気投票一位の市ノ瀬真琴くんと同室の高東一馬くんはオホモ達】
本当にそうだったらどうしよう……。
いやでも、実は真琴は女の子だし。
いやいや薬飲んでるから男だし。
いやいや、いやいや……。
俺は一人で頭をふわふわと振り回していた。
「どうした一馬。頭痛いのか?」
真琴が手を伸ばしてきて、俺のオデコに触れた。
オデコがふわりと熱くなって、俺はその手を掴んだ。
「……なんだよ」
真琴が不思議そうに聞く。
「またホモって言われるぞ」
視線だけで後ろを見る。
「あらら、本当にホモですか?」
後ろにいた阪本先輩が冗談っぽく笑う。
「……やっぱり写真、止めとこうかな」
真琴が口をリスのように膨らませて言う。
……小動物みたいで可愛いな。
可愛いじゃねーよ!
俺は自分の心を殴り倒す。
「嘘だよ、嘘」
阪本先輩が笑う。
そう、嘘、嘘。
俺は何度も頷いた。
俺の方が変な病気になってないか?
真琴が女に見えるなんて。
騎馬戦の練習が始まった。
さすが筋肉自慢が集められた騎馬戦本体。
俺以外の二人も、龍蘭のトレーニング室で見たことがある筋肉バカだ。
俺たちがしっかりしすぎるのか、真琴が軽すぎるのか分からないが、真琴は上に乗ってもまるで重さを感じない。
「なあ、真琴、今体重どれだけあるの?」
休憩中、木陰で聞いた。
「60ないくらいかな」
俺は驚きすぎて、目玉が飛び出すかと思った。
「俺のプロテイン飲むか?」
「いらない」
真琴は即断った。
俺は最近80キロを越えはじめた。
アーバン専属のトレーニングコーチにも「ちょっと……筋肉が増えすぎですかね」と言われた。
だって最近体がプロテインを欲するんだ!
胸肉と赤身ばかり食べている。
「一馬はさすがに……最近マッチョすぎない?」
「筋肉はいいぞ。俺を守ってくれる」
「意味が分からない」
真琴は笑いながら芝生に転がった。
「あー……、五月っていいよなー」
それが気持ちよさそうだったから、俺も横に転がった。
木々の隙間から太陽と、青い空が見える。
暑くもなく、寒くもない五月は貴重だ。
龍蘭は本当はすごくお金がかかる学校なので、設備が豪華だ。
校庭にもグラウンド以外は芝生がひいてあって……気持ち良い。
「……体調がすごくいいんだ」
真琴がポツリと話し始めた。
「薬、いいんだ?」
俺は目を閉じて、風を感じながら話した。
「ランクとしては、2つくらい下げたけど、体に合ってる」
「最近真琴はさ、しっかり踊れるし、顔色もいいよ、良かった」
視線を感じて、横になったまま顔を横に向けると、真琴がこっちを見ていた。
「ありがとう、一馬のおかげだ」
目の前に真っ直ぐに俺を見る真琴がいる。
真っ黒な髪の毛が長くなってきて、ボブカット風で、まつげが前より長くなったように見える黒い瞳。
そこに俺が写っている。
俺は自分の心臓がドクドクと速く動くのを感じていた。
右手を心臓のあたりに持っていって、服を掴む。
やめろ、俺の心臓。
「バーーーーーーーーーーカ」
俺はありったけの大声で言った。
目の前の真琴の表情が一瞬で般若になる。
「なんだよそれ」
「体調管理くらい、しっかりしろよ、バーーーカ。変な薬飲むなよ、バーーーーカ」
俺は体を起こした。
「なんだよ、一馬のバカ! 筋肉タコ! プロテイン地獄!」
叫ぶ真琴を背に、立ち上がって、お尻についた草をたたき落とす。
煩悩も一緒に、たたき落とす。




