見つめられると言葉にできない
これ以上、浸食しないで。
一人にしておいてよ。
◆◆◆◆◆◆
「え?」
「………」
カードキーで開くドア。
訳も分からず促されるまま部屋へと足を踏み入れた。
目に飛び込んできたベッドにドキリとする。
何?何?
「何突っ立ってんの?」
ジャケットを脱ぎネクタイを緩めた先生。
ソファーに身を沈めると立ちすくんでいるあたしを見上げた。
「座れよ」
顎で自分の隣を差し、あたしは操り人形になったみたいに体を動かした。
頭が働かない。この状況は何?
「緊張してんの?」
不意に先生の手があたしの頬に触れ、思わず体を震わせた。
緊張、してるんだ。あたし。
今の自分は緊張してるのだとそこで理解した。
さっきから先生を直視することが出来なくて、あたしはひたすら俯いて、膝の上に置いた両手を凝視し続けた。先生は言葉を発さない。
先生の手はあたしの頬を滑り、首筋を掠め、あたしの後れ毛にそっと触れた。
あたしの心臓はさっきから異常な程脈打ち、その音がこの部屋に響いているんじゃないかと思うくらいだ。
先生が髪から手を離した気配がした。途端、頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。
「なっ!?」
にすんですか、って言葉は出なかった。
先生の顔が、凄く優しかったから。
「やっと顔上げた」
これまでで一番の笑顔。ううん、あたしが今まで見てきたどんな笑顔の中でも、一番の笑顔。
あたしは何にも言えなくて、自分が顔を上げたことにも気づかなくて、ただただ、先生に見とれていた。
「ふ。マヌケ面」
「った!」
止まってた時は呆気なく動き出した。でこぴんを喰らうという少々頂けない理由により…。
「いったー!センセ酷いですっ」
「呆けてるお前が悪い」
「なんですかそれっ」
「つーか名前」
「あっ」
「ほんと学習能力ねぇな」
後頭部を持たれ、反射的にぎゅっと目をつぶった。
チュ。
軽いリップノイズをたて離れると、目を開けたあたしと目を合わせとても満足そうに微笑んだ。
その顔は反則です…。
「痛くなくなった?」
「………」
「何?でこじゃ不満?」
不敵に笑う先生を見て我に返り慌てて首を振った。
「しょーがねぇな」
「いやいやいや!満足ですっ!」
あたしが首を振ったのなんかまるっと無視して、また近づいてくる先生の両肩を押し返した。
「慌て過ぎ」
いやいやいや、普通焦りますって!ってかその余裕の笑みが怖いですから…。
なんて、俺様王子になった先生には言える筈もなく少しうなだれてしまった。
ん?あっ、そーか!考える時に先生って言ってしまうのが駄目なんだ。
今までの失敗の原因を見つけたので結果オーライってことにしとこ。
「何百面相してんの」
「えっ?いっ、痛い痛い!」
「おーおー、伸びんなー」
「痛いですー!」
先生の腕を叩いて止めさせた。
ほっぺたヒリヒリだよ。痛い!
頬をさすりながら睨んでみる。
だから止めてください、その笑顔。怖いんだってば。さっきの優しい笑顔に戻ってくださいよ。
「睨むなって、な?」
言いながらまたあたしの頭を撫でた。
誰のせいよ、と思いながらも撫でられて凄く安心してる自分がいて黙ったままでいた。
「今日はお疲れ」
「あっ、今日はありがとうございました!」
深々と頭を下げた。
先生のおかげで食事が上手くいったのは明らかだった。話題の振りも相槌もフォローも完璧。あたしは必要最低限しか喋っていない気がする。いや、もっと喋ってないかも。
出会いも付き合い始めた経緯も先生のでっち上げで打ち合わせはしていたものの、先生の御両親には全て見透かされてしまいそうで結局全部先生が話してくれた。
だってあのお見合いの日にあたしを救う為についた嘘なんだから。ありのまま話すなんて論外な訳。あたしは先生の御両親に対して罪悪感でいっぱいになった。
あんなに親戚の方々があたしのところに来るぐらいだもの。あたしのことを良い風に思っている筈がない。ずっと微笑んでいたし話しかけてくれたけど、どうしても目は笑っていないように見えた。それでも何も言わないって何でだろう。明日からがちょっと怖い。
「うん」
「ほんとありがとうございました」
「うん、そんなことより、」
うん?そんなことより?
「最近、何悩んでんの?」