泣きたくなるくらい
初恋は、実らない。
一番好きな人とは、結婚出来ない。
ほんと、そう思う。
◆◆◆◆◆◆
結局、先生には何も言い出せないまま、結納の日を迎えた。
先生の御両親に、初めて会う。あたしの心拍数は異常に速くて、強くなっている。
先生は本当にあたしと結婚するつもりなの?自分の両親に会わせるのは、本気だから?
なーんて、いつの間にか自分に都合のいいように解釈してしまう自分に溜め息を吐いた。
うちの会社が持ち直すまで、先生はこのままごとを続けてくれるんだろうな。
「やっちゃん…」
「なぁに、2人の方が緊張してるの?」
「だだだって、桜田さんだよっ!?」
だだだって…。緊張し過ぎだよ、お父さん。
思わず笑ってしまった。
会社社長なんて言ったって凄い小さい会社だし、感覚は一般庶民なんだもんね。
お父さんとお母さんは手を繋いで、人って書いて呑んだらいいのかしら!?なんて言ってる。
なんか、2人見てると少しだけ安心。
あたしは今日、先生からプレゼントされたワンピースとミュールとアクセサリーを身につけている。昨日家に送られてきたの。
思わず先生にメールしたら、明日はそれ着ろ、って返ってきた。
値段を聞くのも怖いくらい滑らかな肌触りのワンピースと眩しいアクセサリー。履きなれないヒールは、あたしは先生に釣り合っていない、って言われてるようで悲しくなった。
お母さんに美容院に連れてかれて、髪も顔もいじってもらった。
鏡の中、あたしがあたしじゃなくなっていく。お見合いの時とは比べものにならないくらい、変化したと思う。それはやっぱり、先生がくれた服に合わせてあって、余計先生を遠く感じた。
濃紺のテーブルクロス。磨き上げられたシルバー。光るグラス。
中央の赤い薔薇。
嗚呼、場違いだわ。泣きそう。
「初めまして、堤靖葉と申します。宜しくお願いします」
「初めまして。佳人の父の桜田光です。こちらが妻の百合。靖葉さん、どうぞ宜しく」
先生の両親は微笑を崩さない。
「靖葉の父の堤和明です。妻の美沙子です。宜しくお願いします!」
セレブと庶民がハッキリとわかる眩しさだった。
先生の御両親だからある程度覚悟していたけど、予想以上に眩しい2人だ。
そして、先生はそれ以上に眩しかった。
満面の笑みを湛え、崩す様子まるでなし。
驚く程和やかに食事は進んでいった。
それはもう、あたしなんかいなくてもいいんじゃないかって位に。
◆◆◆◆◆◆
「今日はありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。堤さんこれから宜しくお願いします」
「はい!こちらこそ宜しくお願いします」
両親は少なからず打ち解けたように見えて、ほっと息をついた。
「お義父さん、お義母さん。今日はありがとうございました」
「いやいや、ありがとう佳人くん。靖葉を頼んだよ」
「はい。
じゃあ、父さん、母さんもありがとう。僕ら行くね」
「ああ、今日は楽しかったよ。靖葉さんありがとう」
「あ、ありがとうございましたっ
へ?」
先生はあたしの腰に当然のように手を回し歩くよう促した。
嘘!?ここで解散じゃないの?
「ちゃんと歩け」
俺様王子登場。
「え?え?あれ、帰るんじゃ…」
明らかに出口ではない階を押す先生。エレベーターは静かに動き出した。
「帰さない」
耳元で囁くその声に、身体が震えた。