表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

5 答え合わせ

 

 コンビニに行くと、猫缶はいつものところに鎮座していた。

 1週間分くらいの個数をかごに入れると、次はお菓子コーナーに向かう。ついつい新商品目当てに売り場をうろうろしてしまうのだが、今回は私が勝手に食べてしまった分の補充なので指定があったもの以外は適当に選ぶ。

 最後に、ホット飲料コーナーに向かう。

 本来、甘党でコーヒーは砂糖山盛り2杯ミルクはたっぷりで飲む私には、ブラックコーヒーは無縁だ。

 ブラック好きの人には申し訳ないが、常々あの苦さはありえないと思っている。香りを楽しめと言われたが、苦いものは飲めない。ただブラック派の人が、私仕様にしたコーヒーを興味本位で飲んで噴き出したことがあるので、あちらもありえないと思っているだろう。

 いつもは目にも入れないのだが、今欲しいのは、ブラックコーヒー。




 先輩の車はまだ停まってた。

 運転席に人もいる。人影を見たときは回れ右をしたくなったが、なにも買わずに家に帰ったところで、妹にぎゃいぎゃい言われてまた追い出されるのがわかっている。視界に入りませんようにと祈りながら店内に入った。

 でも、車内とはいえ、この寒空の下にいたのだろうかと心配になった。

 さっきは気持ちが知られていた恥ずかしさや苛立ちがごちゃまぜになって子供のような真似をして車から出てしまった。でも、先輩は話の途中だったし、私も妹に話を聞いてもらって落ち着いた。このまま今日を終わりにしたらダメなんじゃないだろうかという気持ちもチョコレートコーナー辺りから出てきた。

 だから、思い切ってブラックコーヒーを買って運転席の窓をノックした。

 

 先輩は目を見開いた後ドアを開けてくれた。

「どうした?」

「寒くないですか?」

 コーヒーを差し出す。

「…ありがとう」

受け取ってもらえたけど、先輩の視線はしっかり味の表示を確認している。噴き出し体験、まだ覚えてるんですね。黒色の缶です。ブラックです。

「頬。すみませんでした」

「どうして戻ってきたの?」

「失恋してやけ食いしたら、妹に追い出されました」

「いろいろ突っ込みどころが多い。嫌じゃなければ、車で話そうか。まだ外よりは寒くないよ」

 大人しく助手席に乗り込む。運転席側から回り込む僅かな間に、差し入れのコーヒーは早速飲まれていた。

「頂いてます。暖かいよ」

 缶を傾けて、お礼を言われた。私も自分用に買ってきたお茶を飲む。

「どうして家に帰らなかったんですか?」

「事故らないで帰る自信がなくて。春日は失恋したの?」

 何でもないことのように確認されて、妹が言っていた言葉が脳裏にちらつく。

「たぶん?振られたと思ったんですけど、なんか違うみたいです」

「振られた!?振ったの間違いだろう!?」

「妹にも同じこと言われました。でも、前々から好きでいて、何故か私も好きでいることを知っていながら、放っておいたということで付き合う気はなかったのかなと。あと捨て台詞付きで逃げたんで呆れられたかなと。その2点が振られたと思った理由です」

「返事も聞かないで怒って帰られたから、こっちが振られたと思ってた」

「じゃあ、まだ失恋してないみたいです」

「そっか」

 呼気に甘さのないコーヒーの香りがまじって車内に広がり始める。


「ちゃんと言っとくけど、僕も春日のこと好きだから。課題の量や実習がハードな時期でも、サークルに行ったのは春日に会うためだったよ」

「私のどこが好きなんですか?」

 どうやら先輩も私のことを好いてくれているようなのは先ほどの件でわかっていた。でも、理由はわからない。お互いに触れることなく閉じていた気持ちの答え合わせをしたい。

「僕のことが好きなところ」

「なんですか、それ」

「ナルシストみたいで笑っちゃうでしょ。でもね、大人になるにつれて悪意・好意に係わらず気持ちを隠すことが上手くなる。極端な話、笑い合っている相手が妬みで殺してやりたいと思っていることだってありえるんだよ。裏のない純粋な好意に触れることはとても貴重なことだと思う」

「そうですね。特に女は怖いです。私も見せていないだけで裏があるかもしれませんよ」

「春日に裏!!」

 お腹を抱えて笑い出されると微妙な気持ちになる。先輩の中でどれだけ単純な人間に分類されているのだろう。

「私にも表に出せない裏の1つや2つあります」

「例えば?」

「例えば、ば、ば…」

 例をすぐに出せないで悩んでいる私を尻目に、先輩はコーヒーを飲み干しにかかっている。どうせ出てこないでしょみたいな態度。普通は裏がないと言われれば嬉しいものだと思うが、先輩がそんな態度をとったことでかなりムキになった。

「あっ、先輩に意識してもらいたいとかわいいメールを送ろうと画策しました。これって裏だと思います!!」

「…春日。ここで言ってしまえるだけ、裏がないってことが証明されたようなもんだ」

「残念な子を見るような目はやめてください」

「バカだな。僕は、その残念なところが好きだと言ってるんだよ」

 同時に頭も撫でられて、女同士でふざけて触れ合うのとは違う感覚がして驚く。優しい気持ちが伝わってくるようで本当に大事にされていると感じた。今の今まで、淡々と話が進んでいたことともあってどことなく別世界の出来事のようだったのが、撫でられただけで一気に引き戻された。


「話は戻るけど、純粋な好意ってあればあっただけ嬉しいものではないんだよ。多すぎれば負担に思うし、少なければ不満に思う。そのへんのバランス感覚が合う人が春日だった。まあ、いろいろ要約しちゃえば、僕も春日のことがめちゃくちゃ好きってことだね」

 現実に戻ってきた直後に、そんなこといわれたら撃沈してしまう。これ以上、惚れさせてどうするつもりなんだ。このむっつりめ。内心の動揺を抑え込もうとしているのに、先輩はどんどん先に行ってしまう。

「それで、さっきのなんだけど」

 ここまで聞いてこその答え合わせだろう。既に返事は受け取っているようなものだけど緊張する。

「僕は春日が好きです。付き合って下さい」

「先輩のことが好きです。ずっとずっと好きでした」

 5年、いや、もうすぐ6年分になる思いがやっと見つけた捌け口だ。そう簡単には止まらない。人生初となる嬉し泣きまで始まって、どうしていいかわからずコンビニの駐車場とはわかっていても抱きつく。

「お、おつきあい、おね、がいします」

今までも先輩を思えば幸せになれたけど、気持ちが通じた嬉しさとは比べられない。

「大事にします」

そう言って先輩が抱きしめてくれるから、しばらく涙は止まりそうになかった。




仕掛けておいた携帯のアラームが鳴る。今日は休みで寝たのは朝方。いつもならアラームなんて仕掛けたりはしないのだが予定がある。もそもそと布団から這い出て階下に降りる。

さえずる雀達。それに窓越しに熱烈な視線をおくるマールさん。いつもの朝の風景だ。


「上手くいったみたいで。おめでと」

いつもの顔でないのは私だ。なかなか止まらなかった涙と寝不足のせいで目は充血しているし顔のむくみもひどい。しかし、その顔のひどさを覆すほどご機嫌でいる私を見て妹は悟ったらしい。

「ありがと」

充血用の目薬を点して冷やしタオルをのせる。その間に、顔や首筋のマッサージをしてむくみもとろうと努力する。

「なんか一生懸命だね。おでかけするの?」

「そうなの。せっかく休みだからどこか行こうって。動物園に行ってくる」

「あー。リニューアルオープンしたもんね」

カツカツという卵の殻を割る音が、続けてかき混ぜる音も聞こえてくる。

「帰って来ないから嬉し恥ずかし朝帰りかと思ってた」

時間的に朝帰りだったが、妹の言っているのは男女関係の方の意味だろう。茶化して古い曲のタイトルを言い放つ妹に苦笑いしか出てこない。

「なにもなかったよ。普通に話してただけ」

意味深に聞かれても、ただ離れがたくて話してたとしか言いようがない。泣き止んだ後も、会えなかった去年の事やどうして告白しないでいたかを話したりしていた。


そう。なぜ放っておかれたのかやっとわかった。

言い渋ってなかなか教えてくれなかったけれど、なんでも私が先輩を好きでいるのは犬の尻尾を見るように明らかなことだったらしい。でも、どれだけ好かれているかはわからなくて、付き合って寂しい思いをさせたら振られるのではないかと恐れたとの弁だった。そんな事になったら泣いて縋るしかないとぼそっと最後に言ったのを、私は聞き逃さなかった。

私が先輩を振る!?泣いて縋る!?想像もできない。絶句したのを勘違いして、付き合いだして早々に女々しいところを知られたくなかったと不貞腐れていた先輩もまた新鮮でよかったのだけれど。

先輩も先輩ということで後輩わたしに見せない面があっただろう。恋人になったから見せてくれたのだとしたら嬉しい。


「ホッと。よし綺麗にできた」

卵を溶く音と謎の気合とで推理した結果、今日の朝ごはんは…。

「オムレツ?」

「そうそう。ちゃんと崩さないでひっくり返せたよ。こいつは春から縁起がいいや」

確かに、正月が過ぎたばかりだから新春ではあるけれど。

「時々、時代劇か落語の世界の住人になるよね」

「どっちも好きだもん」

ゴウもケンもヒデキもキチエモンも好きーと言いながら、私の顔の上に乗せたタオルを摘んで妹は洗面所へ消えていった。残ったのは、ケチャップでハートマークが書かれたオムレツだけ。方向性は間違ってる気がするけど妹なりの祝福なのだろう。

「ありがと」

わざわざ朝ごはんを作ってくれたこととその気持ちに。

おまけに、にゃおとマールさんが頭を擦り付けてくれたから、きっと今日はいい日になる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ