2 メール
「マールさんはメールかわいくできる?」
携帯のメール作成が苦手だ。いや、かわいらしいメールを作るのが苦手だ。
猫のマールさんにそんな問いかけをしてしまうほどに。
「はぁ、マールさんだってそんなこと聞かれても困るよね」
もちろん返事がくるとは思っていない。ただ聞いてくれるだけで、なんとなく慰められるのだ。
好きな相手によく見られたいと思うのは、誰にでも共通するものだろう。それがお互いの性格をよく知っている相手だとしても、メールくらいはかわいいものを送ってオンナノコを印象付けたい。
「あぁ、もう。かわいいの入れてくれない携帯会社が悪いんだ!!」
友人から送られてきたメールを参考に絵文字を配置してみるが、なかなか決まらない。傍で丸まっていたマールさんの毛を逆撫でて八つ当たりをする。
「お姉ちゃん、うるさい」
春日家共有スペース、つまり居間にて携帯を弄り回していたので、テレビを見ていた妹に怒られた。
「もう、マールさんに意地悪しないでよ。寝てんのにかわいそうじゃん。長老だよ?」
野良猫だったマールさんが家に来てもうすぐ20年だ。少し前に動物病院にかかった時に、たまたま猫の歳を人間年齢になおしているポスターを見つけた。成猫の野良だったので正確な歳はわからないが、うちに来てからの年数で探したところ、親族の中で一番年上の父方の祖母をぶっちぎってもうすぐ100歳になることがわかった。それ以来、さん付けすることにしている。
かわいそうと言ったくせに寝ているマールさんにちょっかいを出しながら、妹は聞いてくる。
「何いまさら、かわいいメール送れないとか言ってんの?」
フンと鼻で笑われると腹が立つが、事実なので言い返せない。
「んー、今日行った歯医者で久しぶりにサークルの先輩に会ってさ。メール送ってみようかなって」
見ていたドラマがCM入りして暇なのだろう。マールさんメイン私サブのCM間の暇つぶしというところか。猫以下の扱いなのが姉としての矜持を傷つける。それでも、現役女子大生の妹なら私の求めるかわいいメールの作り方を知っているかもしれない。猫に愚痴を言っているよりはるかに生産的だ。
「テキトーでいいじゃん。カラフルにかわいい絵のやついれとけばー?」
「ないよ。ちょっと見てよ、これ」
絵文字選択にした携帯の画面を差し出す。
「うわっ。ださ。ひどいね…」
一瞥しただけでわかるかわいくなさか。あまりのひどさに、スクロールをしてましな絵文字を探してくれているみたいだが、そんなものはないと言ってもいい。この携帯会社を利用して6年の私が断言しよう。限られた選択肢からカラフルかつかわいらしく、そして同じようなものにならないという命題をクリアしたメールを作るべくいつも苦心しているのだから。
「あ、なんかメール着たよ。あー、ドラマ始まった!!」
絵文字談義なんてなかったかのように携帯を付き返し、さっさと妹はテレビに向き直ってしまった。
やはり暇つぶしにしかされなかった。依然、問題は解決しないままだ。溜息をついて届いたメール確認をする。
「うわっ。ちょ!!うぇ!?」
メールは先輩からだった。送付者欄には、間違いなく先輩の名前が入っている。驚きで意味不明な大声を出してしまった。
「お姉ちゃんうるさい!!」
ドラマに見入っていた妹は容赦ない。顔はTVに向けたままで見向きもしない。
「はいはい。ごめんごめん。私、もう部屋に戻るから」
まあ20年も姉をしていれば、妹が何を言ってもさらっと流してしまうのだけど。
ふと横を見れば、寝ていたマールさんも様子を伺うように目を開けている。
「あぁ、マールさん大きい声だしてごめんね。なんでもないよ」
謝って頭を何度か撫でてやれば、猫好き10人中10人にちょっと怖いねと言わしめる鋭い目を閉じてくれた。
自室に戻って、もう1度携帯画面を確認する。よし、間違いない。
内容は久しぶりと挨拶に始まり再会に驚いたことと私から先生と呼ばれることがくすぐったかったと綴られていた。そう呼ばれる照れくささとそれでいて嬉しそうな様子が読み取れた。
「先輩が喜ぶんだったら何度だって呼ぶよ!!」
興奮するままベッドに飛び込み足をバタつかせる。こんな姿を人には見せられないが、そこは自室。好きなように振舞う。
勢いそのままに、返信メールを打ち出す。
「驚かされたのはお互い様ですよっと」
同じ大学生というのも申し訳ないくらい、先輩の学業は忙しいものだった。解剖実習やテスト前の様子を思い出すと、夢を叶えた先輩を見られて嬉しくて仕方がない。
「そういえば、先輩にさん付けで呼ばれたの随分久しぶりだ」
入部したてはさん付けで呼ばれていたのだが、いつの頃からか呼び捨てされるようになった。
会えなかった期間とさん付けされたことから、なんだか仲の良かった関係がリセットされたようで寂しく感じた。他の患者さんの手前もあるだろうけど、いつものように呼んでほしい。
「苦情入れとこ」
さん付けの方がこそばゆかったと足す。最後は来週もよろしくお願いしますで締めた。
絵文字は…。諦めた。変に入れると余計辛くなる。文字オンリーの黒い画面で送ろう。改行を工夫すれば、なんとかなるさ。
そこでいきなり部屋のドアが開いた。妹はノックなんてしない。
「お姉ちゃん。マールさんが寝るって」
マールさんが2階へ行こうとするのでわざわざ送ってきたらしい。そのマールさんは一直線にベットに飛び乗ってきた。ぐるぐる回って寝心地の良い場所を作っている。
「お姉ちゃん。あの絵文字はないわ。顔文字にしとけば?」
携帯を開いて寝っころがっている私を見て、思い出したかのようにさっきの話を蒸し返してきた。
「顔文字…。携帯に入ってるのでもいいけど、猫の口みたいなのとか出せないもん。やるなら、ああいうの使ってみたい」
「おめが」
「え!?」
「おめがって入れて変換したら出てくるよ」
「じゃあさ、じゃあ、Aをひっくり返したやつは?」
「あれは携帯の記号探せばでてくるよ」
「あったっけ?」
「あったよ。気に入った顔文字を登録すれば、毎回作らなくてもできるようになるし、無理して絵文字使うよりかわいいのができるんじゃない?カラフルではなくなるけどね」
「そっか。ありがとー。やってみるよ」
妹よ、非常に参考になる意見をありがとう。こういうのを求めてた。うん。
それにしても…。先輩から送られてきたメールを見直す。
かわいい絵文字が並んでいて、私より女子力が高いです、先輩。これを打てる人に、メールでオンナノコ作戦は失敗だ…。