雪と黒とマリア様
チョコが私たちのおうちにやって来たのは寒い冬の日だった。何時入って来たのかも分からないけれど 気付けば体に付いた雪が溶けて ビショビショになった男の子が、私たちが住んでいる棄てられた教会の中にいた。彼の肌は黒く、天然パーマの髪も黒。瞳も黒く輝いていた。
「だぁれ?」
問うた私に彼は笑って、埃の積もった床に文字を書いた。“choco”床にはそう書いてあった。小さな子どもたちが、私を見た。このおうちで読み書きができるのは、私だけだから。
私は、私だけの[特別]を同じくらいの年の男の子に奪われたことを、悔しく思いながら文字を読んだ。
「チョコ」
「チョコ?」
私が言うと、子どもたちの中の一人で一番小さいマージィが大きな目でこっちを見ながら繰り返す。
「それって名前なの?ナオ」
リックが私に問うので、私は男の子に問う。彼は微笑んで頷いた。
「チョコはどこから来たの?」
ティナが今度はチョコに訊いた。チョコは困ったように笑った。
「口がきけないのか?」
サトゥが訊き難そうに尋ねると、やはりチョコは笑った。肯定の印に…。
「行くとこないの?」
私はぶっきらぼうに訊いた。彼の立っている場所だけ彼から滴る水滴で濡れている。
外はひどく寒かったらしく、彼は震えている。
だけど、濃い黒の肌をしていて顔色はわからない。私はそれをじっと見つめた。私にしか分からない文字を知ってる男の子は、やがて微笑んで肯定した。
チョコは隠れん坊だった。いろんな隙間にすぐ隠れてしまう。
暗い所、狭い所が大好きで、黒い肌と黒い巻き毛の少年はなかなか見つからない。
彼を探すのは私の仕事だった。
なぜなら一番年上の私はこの教会にいる皆のママだからだし、本当はチョコが一番好きなのは暗い所でも狭い所でもなく、私の隣りだったから。
それが分かるから。
それに、私にしかチョコとの会話はできない。喋れない彼は、会話に文字を使うからだ。しかし、私は時々 の言いたいことが分かった。文字を書かなくても、目を見れば分かる。子犬のような目で、私にいろんなことを伝えてくる。そしてチョコは、私の気持ちも目を見れば察することができるようだった。
今日のチョコは凄く寒い所に一日中隠れていた。
私が見つけた時には寒さでがたがた震えていた。そして笑った。私は彼を抱き締めた。
「一人にしてほしいって思ってるでしょ」
私が言うと、チョコは笑った。
私は鼻を啜って、彼を見ずに続ける。抱き締めたまま
「近くに来ないでって思ってる。…もっと深いとこでは私の近くにいたいと思ってるくせに。私が好きなくせに」
チョコはじっとしている。
「私はあんたなんか嫌いよ。だって字が書けるんだもの」
チョコは珍しく声を立てて笑った。クスクスと静かに。
私はなんだか悔しくなった。
「なんで笑うの?」
訊くと、チョコは床に字を綴る。私に抱き締められたままで、書き難そうに。
私はそれを見るため、体を離した。
“sweet”
私は顔が赤くなるのを感じた。
「なんで、『可愛い』なの?」
私はこんなに嫌な子なのに。言うとチョコは私にキスした。優しいキスだった。
「チョコ?」
チョコはまた床に文字を書く。
“I love you”
私はどうしようもない気持ちで、チョコにキスを返した。
私たちは結婚式をした。
チョコがどこからか取って来た花束をくれた。外に降る雪のような白い花だった。
私とチョコは子どもたちに祝福されて、おうちで結婚式をした。
他の誰かが見れば、10歳にも満たない子どもたちのままごとに見えただろうけど、私たちは真剣に結婚式をあげた。
けれど、その次の日、チョコはいなくなった。どこを探してもいなかった。
みんな一緒にマリア様の足下で眠っていたのに、目が覚めるとチョコだけいなかった。チョコはおうちから出て言った。
あの子は神様だった。私にとって、あの子だけが信仰の対象だった。
「私が好きなくせに…」
私はその神に向かって言う。
欲しかったのは花束じゃない。
愛してると言うのなら…
私は床に、指で文字を綴る。チョコがしていたように。
Please say“I need you”
E
展開が早いすぎました。
チョコは、喋れない男の子を書きたくて書きました。
小説だし、セリフのないキャラは大変でしたが、楽しかったです。