8 トランスエイジ?
「先生、これはタバコじゃねェよ。MIH学園は校舎内禁煙だろ?」
「君は10歳だから、そもそも喫煙できないね」
「今の時代、トランスエイジだ。10歳児が調合草使って、タバコっぽいもの作ってなにが悪い」
「まぁ、端から君に一般的な考えは期待していないよ。でもせめて、これから同級生になる子には挨拶しても良いんじゃないかな?」
魔草、と呼ばれる不思議な効果をもたらす草をタバコ状にしていた銀髪幼女は、ホワイトボードに意外と丁寧な文字で書き記す。
『RUS REYNOLDS』
彼女は紅茶みたいな匂いのタバコ? を携帯灰皿へ入れ、なぜか中間の位置に座っていたアークを指さす。
「そこの女みてェだけど、実は男な変人野郎。読めるか?」
「ルーシ・レイノルズ?」
「正解だ。さて、自己紹介をしよう。私はクール・レイノルズの娘だ。そりゃつまり、次期首席キャメルお姉ちゃんの姪っ子……だけどまぁ、おばさんなんて言ったらあまりにも可哀想だな。ま、父はクールで姉はキャメルだと覚えておいてくれ。趣味はギャンブルに歴史研究、サッカーもやる。ただ入れる賭場がないので、もしこの姿でも受け入れてくれるバカラを知っているヤツがいるのなら、教えてくれると助かる」
初老の社会学の先生以外、みんな雁首揃えて間抜けに口を開ける。10歳児がギャンブル? 歴史研究? しかも、現プロスペクト第1位のキャメルの妹的存在? トドメに、今や伝説となっているOBクール・レイノルズの娘? 情報過剰で倒れ込みそうになる、というのはこういうことか。
「皆さん、揃ってひな鳥のようにならないでください。あと、ルーシについては先生のほうから補足します。本来高等部からの編入の予定でしたが、中学からMIHを見ておきたいという希望があったのでこうなりました。仲良くしろ、というほうが難しいですが、それでも一応言っておきます。そこまで悪い子でないと」
社会学の先生は温厚なことで有名だが、その愛ある教師がどこか匙を投げている感は否めない。
「んじゃ、先生。私はあの女みてェな野郎の隣座るから」
「アーク、頼みましたよ」
「頼まれても困りますが」
そんな言葉も予鈴とともに消えていく。ルーシはアークの隣に腰をおろし、退屈げに大あくびする。
「ッたく、MIHって共学じゃねェのかよ。男子と全くすれ違わなかったぞ」
もう他人のふりをしようと、アークは教科書を開くが、
「せっかく見つけた男子が、そんなんじゃ寂しいぞ。先生―、えー、名前知らねェけどこの金髪が頭痛いみてェです。私が責任をもって、しっかりこのオタクっぽいヤツを医務室まで連れていきます」
「え?」当人の意志は関係ないようだ。
「分かりました。あと、その子はアークです。アーク・アンゲル=ロイヤル。アンゲルス史を学ぶ上で、一番欠かせない子ですよ?」
「そうなの? うーん。歴史好きだし、先生の教え方がうまいのはなんとなく分かるし……んー、まぁ良いや。アーク。医務室までの道のりで教えてくれ」
「え?」アークはルーシに手を引っ張られる。結構な腕力、というか怪力レベルだ。「いや、僕頭痛くないから──」ルーシはそんなアークに、上目遣いながら睨みを効かす。「うん、ある意味痛くなってきた。行こうか」
逃げ道はないらしい。アークはうなだれ溜め息まじりで、ルーシとともに医務室へ向かっていく。
「にしても、男子がいねェな。思い当たることある?」
「ないよ。きのうまでは、それなりにいたもん」
「変な噂が広がっているのかもな。たとえば〝パクス・マギア〟で世界が痴女まみれになった、とか」
アークは嫌な汗を漏らす。「……パクス・マギア、君がやったの?」
「なんの話だい。10歳の幼女が痴女まみれの世界へ行きたいと思うか?」
「思わないけど、その口ぶりだと──」
「アーク。言いたいことは分かる。分かるが、犯人は私じゃない。もっとこう、モテない上に短絡的な思考の男がやったと考えるのが自然だ。そうだろ?」
ルーシの10歳幼女とは思えない腕力に引っ張られながら、アークもその言葉に納得セざるを得ない。




