10 女難の相
「どうした、アーク。ブルっちゃって」
銀髪幼女ルーシは、きょとんとアークに振り返る。彼女はその小さな身体で、不良先輩4人を殺す寸前まで追いやった。恐れないほうが、おかしい。
「……君、自分のやったこと分かってる?」
「絡まれたから、正当防衛した。そう書かれていれば、私の勝ちだよ」
「いや、ルーシから攻撃したように見えるけど」
「力のねェ声だな。気合い入れろ。ほら」ルーシはアークの背中をポンと叩く。「あぁ、頭痛てェヤツにすることではないか。悪いね」
背中を叩かれ、アークは咳き込む。「君、どういう腕力してるの……? 並みの成人男性より力強いみたいだけど」
「それくらいでなきゃ、クールとは引き分けられないのさ」
そう言い残し、ルーシはアークの手を引っ張ってその場から立ち去るのだった。
*
当然だが、体温に異常はない。36.6度で、悪寒等もなく、なぜ医務室に来たのか看護師も訝る。
「まぁ、頭痛薬くらいなら渡せるけど」
「あ、はい。ありがとうございます」
「アークくんも、女難の相が出てるね」
「女難?」
「えぇ。MIHは元々女の子の多い学校だけど、きのうまでの学校ときょうでは全く別物。こんなこと教えて良いのか迷うけど……一部女子が男子に対して強制わいせつして、すでに捕まってる。程度によっては、女子刑務所も免れない。一体、なにが起きたんでしょうね」
姉やルーシの言い草が正しければ、パクス・マギアが大きく関わっていそうだが、そういうのを調べるのはアークたちの仕事ではない。だからアークも、
「きっと、アンゲルス政府も血まなこになって調べていますよ。僕が指導者だったら、そうせざるを得ないし」
「さすが、アンゲル=ロイヤル家次期当主。冷静だわ」
「冷静さを欠いたら、大変なことになりそうなので……」
「でしょうね」
医務室前の椅子では、ルーシがまた薬草を調合したタバコを咥えている。看護師がなにも言ってこない辺り、実は健康に良いもので作られているのかもしれない。
「さて、頭痛薬飲んでどうするか決めて。熱はないみたいだし、悪化するとも思えないけど、帰りたいのなら帰っても良いわよ」
「良いんですか?」
「えぇ。きょう登校した男子は、貴方含めても数えるほど。女子も多少は減っているけど、減った分はみんな逮捕されていると思えば良い。MIHは安全じゃないわ」
「そうですか……」
みんな、〝痴女だらけになった世界〟でなにかをされたのか。アーク自身も幼なじみに襲われかけたし、確かにMIH学園が安全とも言い切れない。
そう思い、少し悩んでいると、
「アーク、帰ろうぜ。クールお父様がオマエに会いてェってさ」
外の待合室でタバコみたいなものをふかしていたルーシが、そんなことを提案してきた。
「クールくん、この事態を知ってるの?」
「知らないわけがねェ。クール・レイノルズだぞ」
「……なら、早退するよ。看護師さん、後はよろしくお願いします」
「えぇ」
クール・レイノルズ……アンゲルス最強にして、世界最強と名高い魔術師なら、なにかを知っているかもしれない。それに、アークとクールは顔なじみだ。キャメルのレイノルズ家へ遊びに行った際、何度かいっしょに遊んでもらったこともある。
そして、ふたりが去った後、看護師はボヤく。
「あのルーシさんって子、どうも歩き方が女の子っぽくないのよね。ジェンダーレスの時代に、そういうことを言うのもなんだけど」
スカートを履いているのに、パンツを隠そうともしないくらい大股で歩いている。レイノルズ家に属している以上、貴族らしい歩き方作法も教わっているはずだが、彼女は背筋も伸ばさず頭・上半身を頻繁に揺らしいるのも、疑惑が強まってしまう。
そんなことはつゆ知らず、アークとルーシは出口に向かって歩いていた。
「クールくんと会うの、久々だよ。いやー、キャメルと良く遊んでもらったなー。キャッチボールしたり、ボードゲームやってもらったりさ」
「へー。オマエ、キャメルと知り合いなの?」
「今も友だちだよ」
夜這いされました、と答える必要はないだろう。




