第9話 会議室の温度差
王宮の会議室は、いつ来ても息が詰まる。
高い天井、長い楕円形の机、壁に掛けられた歴代国王の肖像画。
そのすべてが「ここでは感情より立場が優先される」と無言で告げている。
私は、第二王子レオンハルト殿下の半歩後ろに立っていた。
補佐官としての定位置。けれど、今日はいつもより視線を感じる。
「では、次の議題に移ろう」
宰相マルクス・フォン・ヴァルデンが、淡々と告げる。
「王都外縁区画の管轄および運営方針について」
――来た。
空気が、目に見えない形で引き締まる。
第一王子アーヴィン殿下は、すでに席に着いていた。表情は穏やかで、昨夜の噂など存在しなかったかのようだ。
「視察結果を踏まえ、中央主導での再編を検討すべきではないかと思う」
第一王子が、静かに口を開く。
声は柔らかい。だが、その柔らかさは、刃を包む布だ。
「現状では、成果も不明確だ。区画の運営を、経験豊富な部署に移管するのが妥当だろう」
数人の貴族が、もっともらしく頷いた。
“成果が不明確”。ドレイク卿の言葉を、都合よく切り取ったのだろう。
私は、胸の内で息を整える。
想定内だ。けれど、やはり――重い。
「ご意見、ありがとうございます」
レオンハルト殿下が、落ち着いた声で応じる。
「ただ一点、確認させてください。――再編の目的は、何でしょうか」
第一王子は、一瞬だけ目を細めた。
「当然、効率化だ。財政負担を減らし、統制を強める」
「現状で、その目的が達成されていないという具体的な数字は?」
会議室が、静まり返る。
質問そのものは穏やかだが、逃げ場がない。
第一王子は、肩をすくめた。
「数字は、これから精査する。だからこそ――」
「失礼します」
私は、一歩前に出た。
補佐官が発言するには、勇気のいる場だ。だが、殿下は何も言わない。
それが、許可だった。
「すでに精査は行われています」
私は、事前に用意していた資料を、机の中央に置く。
「税収、治安、物流。すべて前期比で安定しています。改善ではありませんが、悪化もしていない」
「……それが成果だと?」
誰かが、半笑いで言った。
「はい」
私は、即答した。
「崩壊を止めたという点で」
ざわめきが走る。
“崩壊を止めた”。派手ではないが、否定しづらい言葉だ。
「さらに」
私は、続ける。
「現在の施策は、すでに区画規定として明文化されています。個人の裁量ではなく、制度です」
宰相が、初めて眉を動かした。
「……規定化、ですか」
「はい。管轄が変わっても、即座に覆すことはできません。変更には、正式な改正手続きが必要です」
沈黙。
今度は、先ほどとは質の違う静けさだった。
第一王子が、ゆっくりと息を吐く。
「……用意周到だな」
その声には、苛立ちよりも、戸惑いが滲んでいた。
「派手な成果を出さない代わりに、動かしにくくする。――実に、第二王子らしい」
その言葉に、レオンハルト殿下は微笑む。
「ありがとうございます。褒め言葉として受け取っておきます」
会議室の空気が、わずかに緩んだ。
宰相が、軽く咳払いをする。
「結論を出そう。現時点では、外縁区画の管轄は現状維持とする」
私は、内心で息を吐いた。
勝ったわけではない。ただ、守り切っただけだ。
会議が終わり、人が散っていく中。
第一王子が、私の前で足を止めた。
「……君は、本当に変わったな」
その言葉に、私は静かに答える。
「いいえ。何も変わっていません」
ただ、選ぶ場所が変わっただけだ。
光の中心ではなく、影が生まれない場所を。
第一王子は、何か言いたげに唇を動かし、やがて背を向けた。
その背中を見送りながら、私は思う。
これは終わりではない。
会議室の温度は、確かに変わった。
そして――次は、もっと大きな波が来る。
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