第28話 選ばれる覚悟
王都全体への波及が議題に上がったその日から、空気は明確に変わった。
廊下で交わされる視線。
挨拶の間に生まれる、わずかな間。
誰が、どちらの王子の名を口にするか。
それらはすべて、無言の投票だった。
「……支持が、割れています」
ハロルドが、低い声で報告する。
「官僚の中堅層と、現場経験のある者は、殿下寄りです。一方で、上層部と保守派は、第一王子殿下を支持しています」
「分かりやすい構図ですね」
私は、苦笑した。
守るべき秩序か。
引き受けるべき責任か。
どちらも正しい。
だからこそ、割れる。
午後。
レオンハルト殿下は、第一王子に呼び出された。
場所は、王宮中枢。
第三者の立ち会いはない。
私は、同行を許されなかった。
それ自体が、会談の性質を示している。
数時間後。
殿下は、疲れた表情で戻ってきた。
「……どうでしたか」
問いかけると、殿下は一瞬だけ目を閉じた。
「話し合いでした」
それ以上でも、それ以下でもない。
「兄上は、こう言いました」
殿下は、静かに続ける。
「王とは、全体を守る存在だ。例外を抱え込む者ではない」
私は、黙って聞く。
「間違ってはいません」
殿下は、自嘲気味に笑った。
「だが、それを理由に、零れたものを見ないのも、王ではない」
沈黙が落ちる。
「……私は」
殿下は、私を見た。
「兄上のやり方を否定するつもりはありません」
「はい」
「だが、同じ道は選べない」
その言葉に、胸の奥が静かに震えた。
それは、宣言だった。
夕刻。
神殿から、正式な意見書が提出される。
内容は、慎重で、柔らかい。
だが、結論は明確だ。
「外縁区画方式の全面拡張には、反対」
理由は、秩序の維持と公平性。
善意は、再び制度の側に立った。
夜。
殿下と二人、執務室で向かい合う。
「明日の会合で、最終判断が下されます」
殿下が言う。
「私が、この方式を王都全体に広げると主張すれば」
言葉を切る。
「……兄上と、正面から対立することになる」
「はい」
私は、はっきりと答えた。
「引くという選択もあります」
殿下は、私を見た。
「外縁区画だけを守り、王位から距離を取る。それも、王族としては正しい」
私は、少し考えてから言った。
「ですが」
「はい」
「それは、“選ばれない”という選択です」
殿下は、静かに頷いた。
「……そうですね」
彼は、立ち上がり、窓の外を見る。
王都の灯りが、広がっている。
「外縁区画で起きたことは、小さな話です」
殿下は、低く言った。
「だが、あれは、この国が抱えてきた歪みそのものだ」
振り返り、私を見る。
「それを知ってしまった以上、知らなかったふりはできない」
その目に、迷いはなかった。
「私は」
殿下は、静かに宣言する。
「選ばれる覚悟を、持ちます」
それは、王位を望む覚悟ではない。
王位によって生じる敵意と責任を、引き受ける覚悟だ。
私は、深く頭を下げた。
「……お供します」
その夜。
非公式だった連絡網の最後の役割として、私は一つだけ伝えた。
「明日、判断が下される」
返事は、短かった。
「分かっています」
「見ています」
人々は、もう待っていない。
判断される側ではなく、見届ける側に回っている。
王都は、静かだった。
嵐の前のように。
明日。
選ばれるのは、制度か、人か。
あるいは――
責任を引き受ける覚悟を持つ者か。
その答えは、もう、殿下の中にあった。
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