第24話 板挟みの王子
王宮からの使者が到着したのは、翌朝だった。
格式張った衣装。簡潔な言葉。
それだけで、何を告げに来たのかは分かる。
「第二王子殿下に、中央からの通達です」
執務室に通され、使者は淡々と読み上げた。
「神殿主導の救済制度について、外縁区画は引き続き全面協力すること。現場判断による例外運用は、混乱を招くため控えるように」
“控えるように”。
禁止ではない。
だが、圧力としては十分だった。
使者が去ったあと、室内には重たい沈黙が残る。
「……中央は、神殿側ですね」
ハロルドが、低い声で言う。
「ええ」
私は、頷いた。
「数字が改善している限り、中央は動きません」
問題が起きていないように見える。
それが、最大の問題だ。
レオンハルト殿下は、しばらく窓の外を見つめていた。
街は、いつもと変わらない朝を迎えている。
「神殿を支持すれば」
殿下が、静かに口を開く。
「中央は満足する。王族として、正しい判断だ」
私は、黙って聞いていた。
「だが」
殿下は、視線をこちらに戻す。
「あなたの言う“滞留”は、確実に広がる」
「はい」
短く答える。
「非公式の連絡網を守れば」
殿下は、続ける。
「中央と神殿を敵に回す。私の立場も、危うくなる」
それも、事実だ。
「……板挟み、ですね」
私が言うと、殿下は苦笑した。
「王族というのは、いつもそうです」
その笑みは、自嘲に近かった。
昼。
神殿から、追加支援の通知が届く。
人員増強。
支援物資の追加。
窓口の拡張。
善意は、さらに厚みを増していく。
「……火に油を注いでいます」
ハロルドが、呟く。
「善意は、量で解決しようとします」
私は、静かに言った。
「ですが、今必要なのは、量ではありません」
判断だ。
午後。
非公式の連絡網から、緊急の報せが入った。
「川沿いで、支援を巡る衝突」
「負傷者、複数」
私は、息を呑んだ。
ついに、“基準に収まらない事態”が起きた。
現場に向かう途中、殿下に状況を伝える。
「……数字には、まだ出ませんね」
殿下の声は、硬い。
「はい。小規模ですから」
だが、小規模な衝突は、連鎖する。
現場では、神殿の神官が対応に追われていた。
基準を守り、順番を整理し、声を荒げる人々をなだめている。
「……落ち着いてください」
その声は、誠実だった。
だが、届いていない。
「順番を待てと言われても……!」
怒りと不安が、混ざり合う。
私は、状況を確認し、最低限の介入だけで場を収めた。
だが、根本は変わらない。
執務室に戻ると、殿下が待っていた。
「……起きましたね」
「はい」
私は、深く息を吐く。
「これから、増えます」
殿下は、机に手を置いた。
「中央に報告すれば、神殿の増強で対応するでしょう」
「ええ」
「それで、解決したように見える」
「はい」
殿下は、しばらく黙り込み、やがて言った。
「……だが、それは“見える部分”だけだ」
私は、頷いた。
「殿下」
私は、言葉を選びながら続ける。
「次に動くなら、曖昧な形では済みません」
「分かっています」
「非公式の連絡網を、公式の場に引きずり出すことになります」
それは、宣戦布告に等しい。
「記録を出し、責任を示し、誰かが矢面に立つ」
殿下は、私を見る。
「……あなたが?」
「はい」
即答だった。
「この仕組みを作ったのは、私です」
殿下は、目を閉じ、短く息を吐いた。
「それは、あなた一人に背負わせるものではない」
「承知しています」
私は、頭を下げる。
「ですが、誰かが最初に立たなければならない」
沈黙。
やがて、殿下は静かに言った。
「……明日、中央会議が開かれます」
私は、顔を上げる。
「神殿の報告と、外縁区画の状況確認が議題です」
それは、機会であり、崖でもある。
「そこで、選びましょう」
殿下の声は、決意を帯びていた。
「制度を守るか。人を守るか」
私は、深く頷いた。
夜。
非公式のメモ束を机に並べる。
滞留。
衝突。
声にならなかった訴え。
明日、これを表に出す。
正しさを壊すためではない。
正しさに、責任を持たせるために。
私は、灯りを消し、静かに目を閉じた。
――これが、引き返せる最後の夜だ。
そして同時に、
第二王子が“王になる理由”が、
初めて試される夜でもあった。
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