第22話 声なき滞留
最初に異変が表に出たのは、夜明け前だった。
倉庫街の外れ。
普段なら人通りの少ない場所に、数人の影が集まっているという報せが入った。
「……集まっている、だけです」
非公式の連絡網から届いた言葉は、曖昧だった。
だが、その曖昧さこそが、不安の兆しだった。
私は、外套を羽織り、詰所へ向かう。
同行は最小限。表立った動きは、避ける。
現場は、静かだった。
怒号も、武器もない。
ただ、立ち尽くす人々がいる。
「……どうして、ここに?」
問いかけると、年配の男が、疲れた声で答えた。
「神殿に行った。順番待ちだと言われた」
別の女が、続ける。
「三日後に来いと。……それまで、ここで待つしかない」
待つ。
それは、支援を受けるための行動だ。
だが、倉庫街で待つ理由にはならない。
「なぜ、ここで」
男は、肩をすくめた。
「……人が集まる場所だからだ。誰かが気づくかもしれない」
その言葉に、胸が締めつけられる。
声を上げる方法を、彼らはもう知らない。
詰所の騎士が、困惑した様子で私を見る。
「どうしますか」
私は、即答できなかった。
公式に動けば、神殿の判断を否定することになる。
動かなければ――この滞留は、広がる。
「……解散を命じるな」
私は、低く言った。
「ただ、状況を見ているだけだ」
騎士は、頷いた。
それ以上は、聞かない。
数時間後。
同じような滞留が、別の場所でも起きた。
どれも、小規模。
どれも、数字に出ない。
だが、確実に増えている。
執務室に戻り、私は非公式メモを広げた。
滞留の場所、時間、人数。
理由は、どれも同じ。
「神殿で、待たされた」
それは、暴動ではない。
抗議でもない。
ただの、行き場のない人々。
午後、リリアから連絡が入った。
「最近、窓口が混雑していると聞きました」
彼女は、穏やかな声だった。
「対応を強化します。追加の神官を配置しましょう」
それは、善意の解決策だ。
だが、私は知っている。
それでは、足りない。
「……窓口の外で、待っている人がいます」
私が言うと、リリアは一瞬、言葉に詰まった。
「……把握していませんでした」
「記録に残っていませんから」
短い沈黙。
「それでも」
リリアは、続ける。
「窓口を通さない支援は、公平ではありません」
公平。
その言葉が、胸に重くのしかかる。
「順番を守らなければ、制度が崩れます」
私は、目を閉じた。
制度は、すでに歪んでいる。
だが、その歪みは、善意によって覆われている。
「……分かりました」
私は、表情を崩さずに答えた。
「では、記録を残してください」
「記録?」
「窓口に来られなかった人。待つことを選んだ人。――それも、支援対象です」
リリアは、少し驚いたようだった。
「それは……前例がありません」
「だからです」
私は、はっきりと言った。
「前例がないから、今、零れている」
通話が終わったあと、私は机に手をついた。
非公式の連絡網には、新たな報せが続く。
倉庫街、川沿い、廃屋。
どれも、同じ理由。
どれも、声を上げない。
夜。
レオンハルト殿下に、状況を報告する。
「……滞留、ですか」
「はい。抗議ではありません。暴動でもない」
私は、言葉を選ぶ。
「制度を信じた結果、動けなくなった人たちです」
殿下は、深く息を吐いた。
「最も、扱いづらい」
「ええ」
私は、頷いた。
「数字は、まだ改善しています」
それが、何よりも厄介だった。
滞留は、声にならない。
声にならないものは、記録に残らない。
記録に残らないものは、存在しないことになる。
私は、非公式メモを閉じた。
――次に起きるのは、偶発的な衝突か。
それとも、意図せぬ暴発か。
どちらにせよ。
善意の制度は、限界に近づいている。
静かな滞留は、やがて音を立てる。
その前に、選ばなければならない。
誰の正しさを、守るのか。
夜の底で、その問いだけが、重く残っていた。
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