第21話 集中という名の歪み
神殿の窓口が本格稼働してから、十日が過ぎた。
表向き、外縁区画は「改善」の途上にあった。
相談件数は増え、未処理案件は減少。支援物資の配布も滞りなく行われている。
中央に提出される報告書は、どれも優秀だった。
――優秀すぎるほどに。
「……集中していますね」
ハロルドが、数字の並ぶ書類を指でなぞる。
「神殿窓口に」
「はい」
私は、頷いた。
「相談、判断、支援。すべてが、一本の線に集約されています」
効率化。
責任の明確化。
どれも、中央と神殿が好む言葉だ。
だが、集中は、歪みを生む。
「処理速度は、確かに上がっています」
ハロルドが続ける。
「ですが……対応が遅れた案件の“重さ”が、以前より増えている」
私は、その言葉を待っていた。
「小さな問題が放置され、大きくなってから表に出る」
「ええ」
彼は、苦い顔で頷いた。
「神殿は、基準に合わない案件を“後回し”にします。緊急性が低いと判断されれば、順番待ちです」
順番待ち。
それは、平等の象徴でもある。
だが、現場では――致命的になることがある。
午後。
非公式の連絡網から、久しぶりに複数の報せが入った。
「倉庫街で、不穏な動き」
「物資の横流しの噂」
「神殿窓口で、追い返された者がいる」
私は、息を呑んだ。
連絡が来たということは、神殿を通らなかった人間がいるということだ。
それは、制度から零れた証拠。
「……殿下に報告を」
執務室に向かう途中、街の様子が目に入る。
列は整然としている。秩序は保たれている。
だが、その外側に、視線を落とす人影が増えていた。
レオンハルト殿下は、報告を静かに聞いた。
「集中しすぎた、ということですね」
「はい」
私は、はっきりと答える。
「一本化は、管理しやすい。ですが、切れたときの影響が大きすぎます」
殿下は、腕を組み、考え込む。
「リリアは、どう言っていますか」
「“想定内”です」
その言葉に、殿下の眉がわずかに動く。
「……イザークと同じ言葉ですね」
私は、頷いた。
「正しい人ほど、同じ言葉を使います」
沈黙が落ちる。
「……今、動けば」
殿下が、低く言う。
「神殿の制度に疑義を唱えることになる」
「はい」
「中央も敵に回す」
「ええ」
それでも、私は目を逸らさなかった。
「ですが、放置すれば、もっと大きな問題になります」
殿下は、しばらく私を見つめていた。
やがて、静かに口を開く。
「……証拠が必要だ」
私は、頷いた。
「数字ではない、証拠が」
その夜。
私は、非公式の連絡網に短い言葉を流した。
「困っている人を、記録してほしい」
名前は伏せる。
内容だけ。
時系列だけ。
命令ではない。
お願いでもない。
判断材料の共有。
数時間後。
静かに、集まり始める。
神殿窓口で断られた理由。
待たされた時間。
その間に起きたこと。
どれも、公式には存在しない事実。
私は、それを一つずつ書き留めた。
非公式のメモに、静かに積み上げる。
――集中は、歪む。
制度が正しければ正しいほど、
零れ落ちるものは、見えなくなる。
だが、見えなくなったからといって、
消えたわけではない。
夜明け前。
窓の外で、街が目を覚まし始める。
私は、ペンを置き、深く息を吐いた。
次に来るのは、小さな事件では済まない。
善意が積み重なった先で、必ず――
割れる。
その予感が、確信に変わりつつあった。
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