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婚約破棄された令嬢ですが、冷遇されていた第二王子と静かに国を立て直します ~無能と切り捨てられた者同士が、最も正しい王と王妃になる物語~  作者: 月花いとは


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第19話 善意の来訪者

 外縁区画に、神殿の紋章を掲げた馬車が入ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


「……神殿?」


 詰所の騎士が、小さく声を上げる。

 それだけで、周囲の空気がわずかに変わった。


 神殿は、王宮とも貴族とも距離を保つ存在だ。

 政治的中立を掲げ、民の救済を使命とする――少なくとも、表向きは。


 私は、報告を受けてすぐに迎えに出た。


 馬車から降りてきたのは、若い女性だった。

 淡い色の神官服。飾り気のない身なりだが、背筋はまっすぐで、目に迷いがない。


「中央神殿より参りました。リリア・アルフェンと申します」


 彼女は、丁寧に頭を下げた。


「外縁区画の状況が改善していると聞き、視察と支援の可能性を確認するために参りました」


 その言葉に、周囲がざわつく。

 改善――その評価を、神殿が下したという事実は、軽くない。


「ようこそお越しくださいました」


 私は、形式どおりに応じた。


「現在の区画運営については、第二王子殿下の管轄となっております」


「ええ。存じています」


 リリアは、にこりと微笑んだ。

 敵意はない。探るような目もない。


 ――純粋だ。


 それが、第一印象だった。


 簡単な案内の後、執務室で話をすることになった。

 同席した殿下に対し、リリアは深く礼をする。


「第二王子殿下。民の間では、ここ数週間で“夜が静かになった”と評判です」


 殿下は、穏やかに頷いた。


「現場の努力によるものです」


「素晴らしいことです」


 リリアは、心からそう言っているようだった。


「神殿としても、こうした動きを支援したいと考えています」


 私は、静かに身構える。

 “支援”という言葉ほど、幅の広いものはない。


「具体的には?」


「はい」


 リリアは、迷いなく答えた。


「困窮者への無償支援の拡充と、相談窓口の一本化です。神殿が窓口となり、必要な支援を迅速に届ける」


 それは、一見すると理想的だった。

 善意に満ち、分かりやすく、誰もが歓迎しそうな案だ。


「……現場の負担も減りますね」


 殿下が言うと、リリアは大きく頷いた。


「はい。判断を現場に委ねる必要もなくなります」


 その言葉に、胸の奥で、かすかな違和感が動いた。


 判断を、委ねる必要がなくなる。


「神殿が、すべて判断されるのですか」


 私が問いかけると、リリアは少し首を傾げた。


「いいえ。あくまで基準に基づいて、です。公平に、平等に」


 それは、中央と同じ論理だった。

 違うのは、そこに善意があること。


「……検討の余地はあります」


 殿下が、慎重に答える。


「ただ、現在の区画には、公式な制度とは別に――」


「ええ。非公式な動きがあることも、把握しています」


 リリアは、遮らず、穏やかに言った。


「ですが、それは長く続けられる形ではありません。記録も、責任も残らない」


 その言葉は、正しかった。

 だからこそ、反論が難しい。


「神殿が関与すれば、正式な記録が残ります。中央にも説明がつく」


 私は、ゆっくりと息を吸った。


「その場合、現場の判断は?」


「必要ありません」


 即答だった。


「判断は、迷いを生みます。迷いは、不平等を生む」


 善意から出た言葉だ。

 だが、その善意は、現場を見ていない。


 私は、言葉を選んだ。


「現場には、基準に収まらない状況があります」


「ええ。だからこそ、基準を整えるのです」


 リリアの目は、まっすぐだった。

 悪意はない。だが、揺るぎもない。


 話し合いは、丁寧に終わった。

 結論は出さず、持ち帰ることになった。


 リリアが去ったあと、殿下が小さく息を吐く。


「……善意ですね」


「はい」


 私は、頷いた。


「そして、とても危うい」


 善意は、人を救う。

 同時に、選別もする。


 誰が救われ、誰が後回しにされるのか。

 その判断を、誰が負うのか。


 夜。

 非公式の連絡網に、小さな不安が流れ始めていた。


「神殿が入るらしい」

「窓口が一本化されるとか」


 期待と、不安が混じる。


 私は、灯りの下で、その言葉を見つめた。


 リリア・アルフェン。

 彼女は、敵ではない。


 だが――彼女の正しさは、

 これまで積み上げてきた“名前のない仕組み”を、

 一瞬で壊しかねない力を持っている。


 次の一手を、間違えれば。

 善意によって、この区画は再び沈む。


 私は、初めてはっきりと理解した。


 ――最も危険なのは、悪意ではない。


 正しいと信じて疑わない、善意だ。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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