表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された令嬢ですが、冷遇されていた第二王子と静かに国を立て直します ~無能と切り捨てられた者同士が、最も正しい王と王妃になる物語~  作者: 月花いとは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/24

第14話 離れていくもの

 それは、突然の出来事ではなかった。


 むしろ、静かに、予測どおりに起きた。

 だからこそ、止められなかった。


「……辞表です」


 執務室に入ってきた若い役人は、そう言って紙を差し出した。

 声は落ち着いているが、指先がわずかに震えている。


「理由を、聞いても?」


 私は、できるだけ平静を保って尋ねた。


「制度が悪いとは思っていません」


 彼は、はっきりと言った。


「けれど……このままでは、現場に責任を押しつけるだけです。判断は中央、結果の矢面に立つのは、ここに残る人間だ」


 それは、誰もが薄々感じていたことだった。


「自分は、優秀ではありません。けれど、住民の顔は覚えています」


 彼は、少しだけ目を伏せる。


「それを、役に立たないと言われる前に……離れます」


 私は、引き留める言葉を見つけられなかった。

 正しい制度を守るために、人を失う。

 それが“想定内”だと言われたことを、思い出す。


「……今まで、ありがとうございました」


 それだけを言うのが、精一杯だった。


 彼が去ったあと、机の上には辞表だけが残った。

 紙一枚。だが、その重さは、帳簿のどんな数字よりも重い。


 同じ日の午後。

 商人ギルドから、代表が訪れた。


「協力体制について、見直したい」


 率直な言葉だった。


「我々も、限界です。窓口は遅れ、相談は先送り。あなた方を信じて動いてきましたが……」


 彼は、言葉を切る。


「この先も、信じ続けられるかは、分かりません」


 私は、何も言えなかった。

 約束できることが、何一つなかったからだ。


 夜。

 帳簿を開いても、数字は変わらない。

 税収も、治安指数も、“問題なし”のまま。


 ――だから、余計に苦しい。


「……エリシア嬢」


 ハロルドが、静かに声をかけてきた。


「辞めた彼の代わりは、すぐには入りません」


「分かっています」


 分かっている。

 分かっているから、苦しい。


「現場は、回りますか」


「……回るでしょう。回さねばなりません」


 その言葉が、答えだった。

 回る、というのは、無理をするということだ。


 その晩。

 私は、一人で区画を歩いた。


 以前より、灯りの数が少ない。

 閉まった店が、目につく。


 商人の一人が、私に気づいて、軽く頭を下げた。

 その目には、以前のような期待はなかった。


 ――信頼を、失った。


 それを、はっきりと自覚する。

 怒りではない。失望でもない。

 ただ、距離ができた。


 それが、一番きつい。


 居館に戻ると、レオンハルト殿下が待っていた。


「……辞表が出たそうですね」


「はい」


 短く答える。


「止めなかったのですか」


「止められませんでした」


 殿下は、しばらく黙ってから言った。


「あなたのせいではありません」


 私は、首を振った。


「私が作った制度です。私が選んだ道です」


 声が、少しだけ震える。


「守るために選んだはずなのに……失っています」


 殿下は、私の言葉を遮らなかった。

 それが、どれほど救いになるかを、私は知っている。


「……これ以上、失えば」


 言葉の先が、続かなかった。


 殿下は、静かに言った。


「いずれ、選択の時が来ます」


「はい」


「その時は、あなた一人に背負わせません」


 その言葉に、胸の奥が、少しだけ温かくなる。


 けれど同時に、分かっていた。


 このままでは、守れない。

 耐えるだけでは、失うものが増える。


 その夜。

 私は、非公式のメモ束を机に広げた。


 辞めた役人の名前。

 離れ始めた商人たち。

 遅れて現れる歪み。


 それらを一つずつ見つめながら、私は思う。


 ――次は、守るために“正しくない”選択をする。


 まだ形は見えない。

 けれど、選ばなければならない時が、確実に近づいている。


 離れていくものを、ただ見送るために、私はここにいるわけではないのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ