セリーヌ様、ざまぁの序章~不正経理の証拠開示
私が公爵家の財政の全権限を握ったことで、セリーヌ様は、公爵邸内で、これまでのような自由を失った。
彼女が贅沢な美術品を衝動買いしようとした際、私が権限を盾に支払い拒否をしたことから、彼女の怒りは頂点に達していた。
「ロキシー!この泥棒猫が!あなたは、私に対する嫌がらせをしているのね!」
セリーヌ様は、私を自室に呼びつけ、ヒステリックにそう叫んだ。
「義母様。失礼ですが、私は公爵様のご命令に従い、公爵家の無駄な支出を削減しているだけです。ご趣味の美術品は、公爵家の財政が健全になってから、お買い求めください」
私は、あくまで冷静に、公爵様の名を借りて対抗する。
「黙れ!お前のような男爵家の出が、この私に指図するなど、身の程を知れ!」
彼女は、私に向かって、花瓶を投げつけようとした。
私は、その花瓶が床に叩きつけられる寸前、静かに言った。
「義母様。その花瓶を壊される前に、私から、あなたにお見せしたいものがございます」
私は、懐から、セリーヌ様が公金を横領していた証拠の書類を取り出した。それは、古い帳簿と最新の報告書の、二重計上と支出の矛盾点を、一目でわかるようにまとめた、私の手書きの資料だった。
「これは……何よ!」
セリーヌ様は、その書類を警戒し、私から遠ざかるように後ずさりした。
「これは、義母様が、過去数年にわたり、公爵領の資金を私的な用途に不正に流用されていた証拠でございます」
私は、一歩踏み出し、彼女に近づいた。
「公爵様は、ご存知です。そして、公爵様は、大変お怒りです」
もちろん、バンテス様は、まだ私に、セリーヌ様を直接追及する許可は出していない。彼は、私に「全てを任せる」と言っただけだ。だが、私は、公爵様の名を最大限に利用する。
セリーヌ様は、私の言葉に、顔面蒼白になった。彼女は、バンテス様が自分に逆らうことなど、考えもしていなかったのだろう。
「嘘よ!バンテスが、私を裏切るはずがない!あの女々しい息子が、私に……!」
彼女は、口元を押さえ、震え始めた。
「義母様。公爵様は、女々しくなどございません。彼は、公爵としての責任を果たすために、ご自身の弱さと向き合おうとしています。そして、あなた様の不正は、その彼の決意を、踏みにじる行為でございます」
私は、一気に畳み掛けた。
「公爵様は、この不正が外部に漏れ、公爵家の威信が地に落ちることを、最も恐れておられます」
「お願い、ロキシー。誰にも言わないで……。私は、悪気があってやったわけではないの……」
彼女は、これまで見せたことのない、弱い態度を見せた。傲慢な彼女の、初めての弱音だった。
「誰にも言いません。ただし、条件がございます」
私は、冷酷に言った。私の目的は、セリーヌ様を追い出すことではなく、公爵家を立て直すことだ。そして、そのためには、彼女の影響力を完全に排除する必要がある。
「公爵様が、公爵として、胸を張れるように。私が、公爵夫人として、公爵家を支えられるように」
「な、何よ、条件って!」
「一つ。義母様は、本日より、公爵家財政に関する一切の権限を放棄してください。二つ。公爵家の運営に関するすべての決定に、口出しをしないでください」
そして、私は、最大の条件を提示した。
「三つ。私に対する、これまでのすべての侮辱と嫌がらせを、公の場で撤回してください。そして、公爵様の前で、私に正式に謝罪してください」
セリーヌ様は、絶望的な顔をした。彼女にとって、公衆の面前での謝罪は、死にも等しい屈辱だろう。
「そんな……私に、あの男爵家の娘に、頭を下げろというの!」
「いいえ。あなたは、公爵様の妻である私に、頭を下げていただくのです」
私は、彼女を真っ直ぐに見つめた。
「もし、この条件を拒否されるならば、私は、この証拠を公爵領の顧問弁護士に提出し、公爵様を通して、あなた様に相応の法的措置を取らせていただきます」
彼女は、完全に打ちのめされた。法的措置となれば、公爵家が受けるダメージは計り知れないが、彼女自身も、貴族社会から追放されることになるだろう。
「わ、わかったわ……。条件を飲む」
彼女は、絞り出すような声で、そう言った。
(ざまぁの序章は、これで終わりです)
私は、公爵様をたて、公爵様の名のもとに、公爵家を蝕んでいた毒を、排除することに成功したのだ。
翌日。公爵邸の応接室で、バンテス様とセリーヌ様、そして私だけの、小さな会合が開かれた。
「母上。ロキシーの言うことは、すべて事実なのだな」
バンテス様は、悲痛な面持ちで、セリーヌ様に尋ねた。
セリーヌ様は、顔を伏せ、涙を流しながら、公爵様に答えた。
「バンテス……ごめんなさい。すべて、私の魔が差したことです。ロキシーさんの言う通り、私は公爵家の財産を私的に流用していました」
バンテス様は、ショックを受けながらも、公爵としての毅然とした態度を保っていた。
そして、セリーヌ様は、私に向き直り、震える声で言った。
「ロキシーさん。これまで、あなたの出自を理由に、数々の嫌がらせと侮辱をしてきたことを、深くお詫び申し上げます。あなたの能力を認めます。どうか、この公爵家を、お救いください」
私は、静かに頷いた。
「義母様。承知いたしました。公爵様のため、この公爵家再建に、全力を尽くさせていただきます」
その時、バンテス様は、私の手を取り、熱い視線を私に送った。
「ロキシー……君は、私の、命の恩人だ」
彼の目に、初めて、私に対する「尊敬」と「愛慕」の感情が灯ったのを、私は感じた。




