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氷の公爵家に嫁いだ私、実は超絶有能な元男爵令嬢でした~女々しい公爵様と粘着義母のざまぁルートを内助の功で逆転します!~  作者: 夏野みず


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籠の中の鳥の反撃~隠された私の実務能力

 私に対する義母セリーヌ様の嫌がらせは、とどまることを知らなかった。


「ロキシー、あなたは今日から、邸内の掃除を一人でやりなさい」


 セリーヌ様は、公爵様が領地経営のことで執務室に籠っている間に、そう私に言い渡した。彼女は、私を完全に使用人以下として扱いたがっているのだ。


「公爵様は、あなたが私にこんな仕事を命じていることをご存知ですか?」


 私は、精一杯の冷静さを保ち、彼女に尋ねた。


 セリーヌ様は、美しい顔を歪めて笑った。


「知っているわよ。私の可愛らしい息子は、私の言うことには逆らえないの。あなたのような女爵家の娘が、我が家に入り込んだこと自体が、私にとっては最大の不満なのだから」


 彼女は、使用人に命じて、私にボロ雑巾とバケツを押し付けた。


(掃除、ですか。いいでしょう。公爵邸の構造を覚えるのには、うってつけです)


 私は、不満一つ言わず、公爵邸の掃除を始めた。


 しかし、私の掃除は、ただの掃除ではなかった。


 まず、私は公爵邸の構造と、そこに置かれた美術品や家具の価値、そして、使用人たちの動きを、詳細に観察した。


 公爵邸は、外見こそ立派だが、内部の管理は杜撰だった。


 廊下の隅には埃が溜まっている。


 高価な絵画にはカビの初期症状が見られる。


 使用人たちの間の規律が乱れており、一部の者が勝手に休憩を取っている。


 私は、頭の中で、一つ一つ問題点をリストアップしていった。男爵家で父の事業を手伝っていた頃の癖だ。問題を発見し、その解決策を導き出す。


(この邸の管理費は、おそらく実際の経費よりも大幅に水増しされているわ)


 掃除を進めるうちに、私は公爵邸の裏側にある、使われていない小さな書斎を見つけた。鍵はかかっていなかった。


 その書斎には、公爵家の古い帳簿や、領地からの報告書が、雑然と積み上げられていた。


(これは、まさしくお宝です)


 セリーヌ様は、私が掃除をしていると信じ込んでいる。公爵様は、執務室で頭を抱えている。


 私は、掃除を装いながら、その書斎に入り込み、夜な夜な、古い帳簿の解析を始めた。


「年間支出の、この項目……『バンテス様のご趣味の費用』。これが、前年比で三倍?」


 帳簿を見ると、公爵領の財政が、極めて危険な状態にあることがわかった。原因の一つは、領地事業の失敗。そしてもう一つは、私には到底理解できないような、不明瞭な支出の数々だった。


 特に、セリーヌ様に関する支出は、異常なほど高額だった。


(まさか、義母様が、公爵様の名を騙って、裏で何か不正を……?)


 私の心に、一つの仮説が浮かんだ。しかし、確証はない。


 私が、裏の書斎で帳簿と睨めっこをしていた、ある日の夕方。


 バンテス様が、私の掃除道具を見て、私に声をかけてきた。


「ロキシー……君、なぜこんなことを」


 彼は、私を見るたびに、痛ましいものを見るような目をしていた。


「セリーヌ様のご指示でございます、公爵様。私の出自が低いゆえ、公爵邸の清潔を保つ責任がある、と」


 私は、彼の目を真っ直ぐに見つめた。彼の女々しい態度に、もう感情を動かされることはなかった。


「そうか……すまない。母上は、君に厳しすぎる。だが、私には、母上に強く言えないんだ」


 彼は、弱々しく首を振った。


「公爵様」


 私は、あえて少し大きな声で彼に言った。


「公爵様は、ご自身の公爵領の財政状況を、正確に把握されていますか?」


 私の突然の質問に、彼は目を見開いた。


「な、何を言い出すんだ、ロキシー。君のような者が、公爵領の財政など……」


 彼は、すぐに口をつぐんだ。まるで、私が知るべきではない、と言いたげだった。


「先日、執務室の前に届いていた領地報告書を、たまたま拝見しました。私は、父の事業で、会計を扱っていました。その報告書には、いくつかの矛盾点が見受けられました」


 嘘ではない。もちろん、それはたまたまではなく、裏の書斎で見た帳簿と照らし合わせた結果だ。


 彼は、一瞬、公爵としての威厳を取り戻そうとしたかのように、背筋を伸ばした。


「私が、この公爵領の財政を憂慮していないとでも言うのか!」


 彼は、私に向かって、初めて怒りの感情を見せた。しかし、その怒りは、まるで空砲のようだった。


「いいえ。ただ、私が以前見た報告書では、今年の公爵家の純利益は、予想を大幅に下回る見通しでした。このままでは、ご先祖様から受け継いだ公爵領が、傾いてしまいます」


 私の言葉は、彼の心の最も弱い部分を突いたようだった。彼の顔から、血の気が引いた。


「それを、どうしろと言うんだ。私に、君のような男爵家の、その、何かに頼れと?」


 彼は、自分のプライドと、公爵家の危機の板挟みになって、苦しんでいるようだった。


「いいえ。私が申し上げたいのは、公爵様の奥様として、私も公爵家を支えたいということです。公爵様をたてます。私が裏で、領地の収支を正確に把握し、公爵様に、どうすべきかを助言させていただきます」


 彼の目に、動揺と、そして微かな、救いを求めるような光が見えた。


(彼は、ただ、助けを求めているだけなのだ。女々しいが、悪人ではない)


 私は、彼に優しく微笑みかけた。


「すべては、公爵様が、立派な公爵として、胸を張れるようにするためです。あなたの奥様として、内助の功を発揮させてください」


 彼は、しばらく沈黙した後、力なく頷いた。


「わかった……。君がそこまで言うなら、帳簿の一部の写しを、君に見せよう。ただし、母上には、決して知られてはならない」


 籠の中の鳥は、公爵家再建という名の翼を手に入れた。私は、静かに反撃の準備を整え始めた。

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