これが私の新婚生活?女々しい公爵様と粘着質な義母
窓の外の景色は、まさしく絢爛豪華という言葉がぴったりだった。大理石のテラス、手入れの行き届いた広大な庭園。ここが、私、ロキシー・ヴィンテージの新しい住まい、ヴィンテージ公爵邸なのだ。
私は元男爵家の長女。男爵家と言っても、ほとんど平民と変わらないような小さな領地の、つつましい生活を送っていた私にとって、この公爵家への輿入れは、まさに奇跡のような出来事だった。周りの人々は口々に、
「ロキシー、あなた、本当に幸運ね!」
「公爵様はとてもお優しくて、何よりあの美貌でしょう?素敵な公爵夫人になるのよ」
と、私の未来を祝福してくれた。私自身も、不安よりも期待に胸を膨らませていた。
しかし、現実は、祝福とは程遠いものだった。
結婚式から一週間。公爵様、つまり私の夫であるバンテス様は、私とほとんど目を合わせようとしない。夜の寝室は当然のように別々。
彼は、公爵という肩書きにふさわしい、彫刻のような美しい顔立ちをしている。銀色の髪は光を受けてきらめき、深い青色の瞳は静かで憂いを帯びている。遠目で見れば、まさに高貴な絵画の登場人物だ。
だが、彼は、あまりにも女々しかった。
「ロキシー。その、君が着ているドレスの色についてなんだが」
ある日、バンテス様は、私が選んだ落ち着いた水色のドレスを見て、私の顔ではなく、私の後ろの壁を見ながら小さな声でそう切り出した。
「はい、公爵様。何か不都合がございましたか?」
私は、夫に対して精一杯、穏やかな笑顔を向けた。
「いや、不都合というわけではないんだ。ただ、母上が、その、君のような出自の人間には、もう少し、地味な色の方がふさわしいのではないかと、おっしゃっていて……」
耳元で囁くように、彼はそう言った。まるで、私のドレスの色が、彼自身の失敗であるかのように、申し訳なさそうに。
義母上、セリーヌ・ヴィンテージ様。この公爵邸におけるもう一人の支配者であり、私の結婚生活を地獄へと変えた張本人だ。
セリーヌ様は、私に対する嫌がらせを、それはもう、粘着質なまでに続けている。
「男爵家の娘が、この公爵家の食器に触るなど、おぞましい。今日からあなたは、この使用人用のボロ布で食事をしなさい」
「ロキシー、あなたは社交界の知識が足りていない。バンテスに恥をかかせないために、あなたは裏庭の倉庫で、私が許可するまで社交の勉強だけをしていなさい」
その嫌がらせの多くは、公爵様を通して私に伝えられるか、公爵様が見ている目の前で実行される。
そして、公爵様は、いつもその場でただ立ち尽くしているだけなのだ。女々しい彼は、私の味方になってくれるどころか、自分の母親に対して、何も言えない。
「ロキシー、ごめん」
それが、バンテス様が私に言う、最も多い言葉だった。
「ごめん、母上はああいう方だから。君さえ我慢してくれれば、平穏が訪れるはずなんだ」
この言葉を聞くたびに、私の心臓の奥が、ぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
(我慢、ですか……。公爵様は、私を、あなたの妻だと思ってくださってはいないのですね)
私が着飾ることを許されない。私が公爵家の伝統的な食器を使うことを許されない。私が公爵夫人として社交界に出ることを許されない。
これらは全て、私の出自が低いから、という理由で正当化されていた。
「あなた、お父様は知っているの?あなたが男爵家のご出身なのに、公爵家の、ましてやバンテスの妻になれたのは、一重に私の慈悲のおかげだと」
セリーヌ様は、私を呼びつけるとき、必ずそう言って笑う。彼女の目の奥には、私への底知れない軽蔑と、嫉妬にも似た嫌悪感が渦巻いていた。
嫉妬?まさか。公爵様は私に興味がない。
しかし、ある日、セリーヌ様が公爵様に詰め寄っているのを、偶然廊下で聞いてしまった。
「バンテス!あの男爵家の娘など、すぐに離縁しなさい!あなたの妻としてふさわしいのは、私が選んだ、あの侯爵家の令嬢に決まっているでしょう!」
公爵様は、その時も、ただ立ち尽くしているだけだった。
「ですが、母上。離縁となると、色々と面倒な手続きが……」
「面倒?あなたはいつまでそうやって、面倒なことから逃げ続けるつもりなの!公爵としての威厳も、男としての誇りも、あなたにはないの!」
セリーヌ様の怒声が、公爵邸の静寂に響き渡った。
(ああ、そうだったわ)
私は、壁の陰でそっと息を殺し、公爵様が、公爵としての「威厳」や、男としての「誇り」を、完全に失っていることを再認識した。彼は、母親の支配下に置かれた、ただの美しい操り人形なのだ。
そして、私に公爵家に嫁ぐように持ちかけてきたのは、実のところ、私の父が経営していた、とある事業の成功を、公爵家の事業に取り込むためだったと、後になって知らされた。政略結婚。それも、私の才能を目的とした、一方的な利用。
私の心は、冷え切っていた。結婚式の高揚感など、とっくに塵と化している。
しかし、私は、父の男爵家を愛していた。そして、公爵家がこのまま傾けば、彼らの事業の失敗は、私の一族にも連鎖的に影響を及ぼすだろう。公爵様自身が、公爵領の運営をまるで把握できていないことは、公爵邸に届く書類の山を見れば、一目瞭然だった。
(このまま、公爵家が破滅するのを、黙って見ていられないわ)
私は、もともと男爵家でも、父の事業を手伝い、実質的に領地の財政を支えてきた人間だ。会計、交渉、人事、全てにおいて、同世代の貴族たちよりも遥かに抜きんでた能力を持っている自負があった。
私は、使用人用のボロ布で食事をし、裏庭の倉庫で勉強を強いられる毎日の中で、一つの決意を固めた。
(公爵様。あなたは女々しくて、情けない方です。義母様は粘着質で意地悪。でも、私はあなたの妻になった。ならば、私があなたを、この公爵家を、立て直して差し上げましょう)
公爵様をたてる。彼の体面を守る。そして、公爵家が立ち直ることで、私自身も正当な公爵夫人としての地位を手に入れる。粘着質な義母には、その成功を目の前で見せつけてやる。




