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5. 底辺の同級生

 父子は和解することなく、一年が過ぎてしまった。

 ナタンは結局軍学校入へ学することになり、寮生活を強いられた。

 底はある意味で、唯一の救いだった。

 家の雰囲気に、もう耐えられなくなっていたから。



 でも、学生生活は過酷だった。

 毎朝早朝に起き、眠気が覚める前にきついトレーニングから始まる。

 その後すぐに授業が始まり、味の薄い食事をはさみながら夕方まで続く。

 そして朝と同じトレーニングをして、やっと一日が終わる。


 最初、ナタンは必死に食らいつこうとした。

 だが入学前にこれと言った運動を殆どしていなかったせいで、限界があった。

 どんなに頑張ろうとも、筋肉痛がどんどん酷くなるだけ。

 朝のトレーニングの時点で皆から遅れを取ってしまう日々が、淡々と過ぎていった。


(僕……何のために頑張ってるんだろう?)


 マティスに無理やり入学させられたせいで、ナタンにこれといった目標がなかった。

 そのせいで彼の心は折れてしまい、もう何もかもどうでもよくなってしまった。


 ある時には無意識に警備員や先生の動きを目で追っていた。

 そして、どうやったらここから抜け出せるかを考えたことがあった。

 でもそれすらもめんどくさくて、ただぼうっと眺めているだけだった。

 その様子は傍から見れば、ただの空虚な人形のようだったに違いない。




 そんな中、授業の休み時間にある学生を目撃した。


(……確か、レイモンっていったっけ?)


 彼は平凡な同級生だった。

 特にこれと言った特徴はなく、日々のトレーニングはナタンよりも遅れをとっている。

 彼はナタンよりも全てが劣っていたのだ。


 しかし汗を滝のように流しながらも、彼は諦める様子は一切ない。

 僅かな隙間時間でさえ、休憩せずに大剣の素振りをしている。

 そんなレイモンを、ナタンは目を離せなかった。



 ナタンはゆっくりと近寄り、近くの座れる場所に腰を掛けた。


「……なぁ、何で君はそこまで頑張れるんだ?」


「えっ?」


 レイモンは突然話しかけられて、少し驚いたのか間の抜けた声を上げた。

 彼は剣をおいて、息を切らしながらナタンをじっと見つめる。


「どうせ強くなったところで、僕達に利益はない。

 ただ戦場で怯えながら、命を散らす運命なのにさ……」


 ナタンは俯いたまま、弱々しく呟いた。

 彼にはもう、生気が感じられない。

 疲れ果てて、もう抜け殻のようになっていた。



 対してレイモンは、ポカンとしていた。

 どうしてそんなことを聞くのか、分からない様子。

 彼は少し困った顔をしながら、ナタンの質問に答えた。


「そんなの、生き残って親孝行するためだよ」


 ナタンは肩をぴくっと動かした。

 思わず顔をあげると、まっすぐで眩しい同級生の姿がそこにあった。


「僕の家はさ、ただの平凡で貧乏な家なんだ。

 でも一生懸命育ててくれて、学校に行くお金まで工面してくれた。

 そんな両親への恩返しとして、立派になって元気でやってる姿を見せたいんだ。

 それに軍人になって稼いだお金を送れば、両親に楽させられるしね」


 レイモンはそう言うと、時計の方をふと見た。


「やばっ! この後の授業、教室が遠いんだった!」


 ナタンが何かを言う前に、レイモンはそそくさと武器と荷物を持った。

 そしてナタンに手を振りながら、走って姿を消してしまう。





 ナタンも教室に移動し、座学の講義を受けた。

 だがレイモンのある言葉が、彼の頭でこだまして離れない。

 ナタンは上の空で、ずっと手元のペンを回していた。


(”親孝行”か……)


 思い返してみると、どんな形であれ両親はナタンのために奔走していた。

 父は家の財産が底をついていても、息子を学校に行かせるため精一杯働いて金を稼いだ。

 母は自分のせいで皆が苦しまないように、色々悩んでくれた。


 今の苦しい状況は、誰のせいでもない。

 むしろ皆で必死に足掻いてきたからこそ、今ナタンはここにいる。



 マティスが口を滑らしたことは、どうしても許せない。

 でも彼だって、ナタンと同じくらいもしくはそれ以上に苦しい思いをしてきたはずだ。

 自分を軍学校に入学させたのだって、彼にできる精一杯だったのだろう。

 だとしたら、何かしらの形で恩返ししたほうがいいのではないか?


 それにここで頑張らないと、死んだ母さんが報われないのではないか?

 もし天国にいる彼女が今の自分を見たら、きっと悲しむに違いない。

 あの苦渋な決断を下してしまった母親のためにも、自分が立派にならないといけないのではないか?


(母さんのためにも、父さんのためにも、ここで腐ってたらダメだよな……

 だったら、一生懸命頑張らないと!)


 ナタンはこの日、そんなことをずっと考えていた。

 それから彼は、何とかみんなにしがみつきながら毎日を過ごすようになった。

 かつて置き去りにしてしまった、無邪気で明るい笑顔を少しずつ取り戻しながら。

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