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3. ごめんなさい

 夜中、ナタンはふと目が覚めた。



 普段はこんな時間に起きることはない。

 だが廊下から何か物音がしたせいで起きてしまったのだ。


(父さんかな……?

 こんな時間に何してるんだろう?)


 ナタンは眠たい目を擦って、ベッドから出た。

 そして静かに扉を開けて、外の様子を伺う。



 ――そこに居たのは、母親だった。


 彼女は寝間着のまま、ランプを持って廊下を歩いている。

 後ろに立っている息子のことに一切気付いていない。

 ただゆっくりと、音を立てないようにそっと移動していた。


(喉が乾いたのかな……?)


 ナタンは最初そう考えていた。


 しかし彼女が向かう先は、家の3階だった。

 そこはただの屋根裏で、普段使わない物が置いてあるだけ。

 そんなところへ真夜中に行くなんて、理由が思い浮かばない。

 ナタンは疑問に思い、そっと母の後を追うことにした。



 彼女は3階に着くと、奥の換気窓に近づいた。

 そして近くにランプを置き、音を立てないように窓を開ける。

 すると冷たくて乾いた風が吹き抜けた。


 母親は風にうたれながら、どこか寂し気に夜空を眺めていた。


「え……?」


 しばらくすると彼女は躊躇せず、窓の外に身を乗り出した。

 そしてナタンの理解が追いつく前に、突然姿を消す。

 あたりを見回しても、ただ埃が宙に舞っているだけだった。


「……――っ!?」


 ナタンは、母親が何をしたのを察した。

 慌てて窓から外を見下ろすと、血溜まりの中に横たわる彼女の姿があった。



 ナタンは頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、全力でマティスの部屋に向かった。

 そこで寝ている父親を必死に揺さぶる。


「父さん! 母さん、母さんが――!!」


 息子の尋常ならざる様子に、マティスは飛び起きた。

 そしてナタンがさっき見た光景を説明すると、彼と一緒に大慌てで家の外に出た。



 そこには、変わり果てたラウラが倒れていた。


「ラウラ! おい、しっかりしろ!!」


 マティスは彼女を抱き上げて、必死に呼びかけた。

 彼の服に大量の血が沁み込むが、本人は一切気にしない。


 やがてラウラは、うっすらと目を開けた。

 その目には涙が溢れている。


「……ごめん……なさい…………ごめ……なさ……」


 ラウラは残った力を使って、二人に謝り続けた。

 彼女の顔には、後悔と悲しみ、そして恐怖が複雑に入り混じっている。

 ナタンはそんな彼女から目を離すことができない。

 絶望したまま両親をずっと見つめるしかなかった。


「ナタン! 医者を呼んでくれ!

 早く!!」


 マティスの怒号に、ナタンは呪縛から解き放たれた。

 そして俯きながら、必死に近場の病院へと向かう。

 そんな彼は、悲しみのあまり涙を流すことができなかった。






 ――しかし、ラウラは帰らぬ人となった。



 葬式はとても簡素なもので、親戚だけの小さなものだった。

 にも関わらず、空気の重たさが尋常ではなかった。


 その間、マティスはずっと泣いていた。

 本当は彼女の棺に抱きつきたかったようだが、必死にそれを我慢していた。

 ナタンはそんな父親の様子を、ただ胸を痛ませながら見ることしかできなかった。



 彼女の部屋には、何枚にもわたる遺書が残されていた。


 自分のせいで家が困窮していること。

 それに対する申し訳ない気持ち。

 そして、家族のため先に旅立つこと……


 そんな彼女の気持ちが全部、何度も繰り返される謝罪ともに綴られていた。

 その締めくくりは、こう書かれていた。


『ナタン、貴方が立派に成長するところを最後まで見届けあげられなくてごめんなさい。

 これからのためにも、どうかお母さんのことはもう忘れて』


 ……そんなこと、幼い子供にできるわけがない。

 逆にそう言われると、忘れられなくなる。


 薬代で家計が回らなくなったのは、誰のせいでもない。

 だからこそ、これからは皆で支え合って生きていけばよかった。

 なのに。


「……どうして母さんだけ、こんな苦しい選択をしないといけなかったの?」


 葬式の翌日に遺書を読んだナタンは、マティスに問いかけた。

 しかし、答えは返ってこない。

 そんなことに、答えなどないのだ。


 ナタンはその日以降、笑わなくなった。

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