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2. 幸せの中に潜む小さな闇

 半年後、ナタンは11歳になった。

 彼は相変わらず、家事と母親の看病をし続けていた。

 隙間時間には勉強と魔法陣を書く練習をし、陣ができては何度も実験をした。




 この日も、完成した魔法陣が正常に動作するのかを確かめようとしていた。


「……よし!」


 自室で準備を整えた後、ナタンは魔力を注ぎ始めた。

 陣が光り、竜巻が形成され、成長していく――


 突然、魔力が吸い取られる感覚に襲われた。

 慌てて中止しようとしたが、魔術の制御が効かない。

 窓が揺れ、周囲のものが飛び回り始めても、竜巻はどんどん大きくなっていく。


(ダメだ、止められない!

 せめてこれ以上強くならないようにしないと……!)


 ナタンは可能な限り魔力を抑える。

 それでも竜巻は発達し続け、やがて大きな音ともに爆散した。



 ……気が付くと、部屋の中はひどい有様となっていた。

 窓は全て割れ、本や紙がそこらじゅうに散乱している。


「いてて……

 これ、絶対に父さんに怒られるな……」


 ドアと一緒に廊下へ放り出されたナタンは、頭を掻きながらゆっくりと立ち上がった。

 掃除はともかく、窓とドアを修理しないと部屋自体が使い物にならない状態だ。

 こんなことなら外でやればよかったと、酷く後悔した。


 だが、ある事実が彼を喜ばせた。


「でもやった……大成功だ!

 やっと自力で魔法陣が書けるようになったんだ!」


 ナタンは嬉しさのあまり、その場で踊るようにジャンプした。

 部屋の惨状を忘れてしまうほど。

 やがて父親に自慢しようと、魔法陣を手に取って駆け足で店の方に向かった。




 店の中をドアの隙間から覗くと、マティスは知らない人と話している最中だった。


(あ、今は流石にまずいかな……

 うーん、でも早く父さんに言いたいし……)


 ナタンは興奮が収まらないまま、この場でもじもじと中の様子を眺めていた。



 しかし二人の会話を聞いた途端、ナタンは急に熱が冷めてしまった。


「お願いします!

 来週には大口顧客が代金を支払いに来る予定です。

 それまで引き延ばして頂けませんか……?」


 マティスが頭を下げると、相手は大きなため息をついた。


「グレゴワールさん、そう言ってもう半年も延ばしていますよね?

 流石にこれ以上は無理です。

 今すぐ去年分の借金を返済してください。

 こちらもこんなに責め立てたくはないんですがね」


 マティスは大汗をかきつつも、頭を上げなかった。

 それでも相手は引き下がらない。

 沈黙のやり取りが数分続いた後、マティスは仕方なく金庫からお金を取り出した。

 相手はそれを受け取ると、金額を確認する。


「……少々足りないようですが?」


 マティスは顔を真っ青にして下唇を強く噛んだ。

 その姿に、いつもの頼もしさは微塵もない。


「今は本当にこれしかないんです……

 足りない分は来週に必ず払いますので、どうかご容赦を……!」


 相手は明らかに不機嫌だ。

 しかしマティスはもう成す術がない様子。

 二人の間からは、とても冷たい空気が緊迫していた。



 ナタンは大慌てで自分の部屋に戻った。

 そして机の上の貯金箱を取り、逆さにして中身を全部取り出した。

 そこにはお小遣いや親戚に貰ったお金が全部入っている。

 何年も使わずに貯蓄していたため、子供にしてはかなりの大金だった。


 ナタンは全部持って、店の方に再び戻る。

 そして中に突撃し、二人の間に割って入った。


「あの! これで足りますか!?」


 涙を浮かべたナタンは来客に有り金を全部見せた。

 相手は一瞬戸惑いつつも、ゆっくりと金額を数えた。

 そして無表情のまま、丁寧にすべてを受け取った。


「ぴったりです。

 お子さんに救われましたね」


 そうして呆気にとられるマティスをよそに、来客は去っていった。




 マティスは咄嗟に、ナタンを強く抱きしめた。

 彼の腕は震えており、子供にばれないよう静かに泣いているようだった。


「すまない……こんな情けない姿を見せてしまって……」


 父親の胸の痛みが、ナタンの心にも伝わってきた。

 彼も泣きそうになるが、父をこれ以上悲しませないためにぐっとこらえる。

 それでもナタンの鼻と耳は赤く染まっていた。


「母さんの薬代でお金が無くてな……

 さっきのおじさんにお金を借りていたんだ。

 それで何とか工面していたんだが、毎月家計が赤字でお金を返せなくて……

 それであの様だ」


 マティスが息子から離れると、無理やり笑顔を見せた。

 だが子供でも明らかに無理しているのが分かる。


「お前のおかげで今回は何とかなったが、次はどうなることやら……

 最悪この家を売って、どこかに引っ越すしかないかもしれないな」


 哀れな父親は、そのまま項垂れてしまった。

 彼の仕事で相当稼げているとはいえ、ラウラの薬はかなり高額だった。

 家具なども可能な限り売り払っても、まだ苦しいらしい。

 マティス一人ではもう、この家族を養うのに限界が来ていた。



ナタンは意を決して、マティスに話しかけた。


「父さん、あのね……

 この前町で買い物した時に、僕と同い年ぐらいの子が新聞を売ってお金を稼いでいたんだ。

 僕も同じように、働いて稼ぐよ!

 そうすれば、父さんももうお金に悩まされなくて済むよね?」


 マティスは驚きを隠せなかった。

 ナタンはまっすぐこちらを見ていて、決意がゆるぎない。

 自分の貯金を全部知らない人に渡した挙句、家族のためにそこまでしてくれるなんて。

 マティスは止めようとしたが、もう藁にもすがりたい思いだった。


「ナタン……本当にすまない……ありがとう…………」


 マティスは息子の前で大粒の涙を流した。

 ナタンはそんな父親の頭を、優しい笑顔でそっと撫でる。



 その様子を、ラウラはドア越しに見ていた。

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