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元陸自のアラサーが貞操逆転異世界に飛ばされて色んなヒロインに狙われる話  作者: ArtificialLine


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9/19

Act5_思春期の原動力

/ベネディクテ・レーナ・ミスティア

8月18日 19時23分 ミスティア王国東部朝霞の弾薬庫


 天上を満点の星空が覆っている。幾千万の星々の光が降り注ぎ、まるで宝石箱のようだった。


 ここはアサカの弾薬庫の内部。そこに置かれた卓を、オイフェミアと共に囲んでいた。

 アサカはどうしているのかと言えば、弾薬庫の裏手で水浴びを行っている。

その水浴びの為の水はどうしたのか、それは逸脱者(最強)たる魔術師、オイフェミアによるものである。


 オイフェミアはあらゆる系統の魔術に精通している。正確に言えば、《《一目見ただけで》》、ありとあらゆる魔術を解析し、自分のものにできてしまう。

 特に物事の属性と結び付きが強い魔術系統は妖精魔術(フェアリー・アーツ)と呼ばれる系統の魔術だ。妖精や大地の力を用いて、魔力を媒介に世界を編纂する魔術系統。


 オイフェミアはその中でも水属性に分類される魔術を用いて、簡易的なシャワーを作成した。


 それを利用し、アサカは絶賛水浴び中という訳である。

 男の水浴びという絶好の機会だったため、少し覗きにいこうとしたが、まるで悪魔が宿った様な顔をしたオイフェミアに全力で凄まれた為に断念せざるを得なかった。

 先述の様な事情により、現在ここにいるのは私とオイフェミアのみである。

 気がつけばもう既に半日近く3人で話していたようだ。早朝から話し始めたのに、気がつけばもう月が上る時間だ。


 まあそのかいもあって、アサカやアサカの世界について造詣を深める事ができた。


 やはりと言うべきかなんというか、話を聞けば聞くほどに面白い男であるという感想を抱く。好奇心が解消されるどころか、益々奴について知りたくなってしまった。


 そしてあわよくば抱きたい。正直これからの面倒事の前報酬として水浴びを覗く程度の事は許されるのではなかろうか。駄目?駄目か……。


 とはいえ、私もアサカに嫌われるのは勘弁願いたい。自分が好意を抱く人間に拒絶されるのは何よりも恐ろしい事である。一度壊れたものが元に戻ることはない。それが人間関係であるならば尚更。


 ただの性欲で取り返しのつかないことになるなど、情けないことこの上ない。古今東西、性欲で破滅した話は数多伝わっている。当事者となった今、それらの登場人物を阿呆だ、と吐き捨てるのは厚顔無恥も甚だしいと実感できた。


 しかし、私も存外単純な女である。出会ってからまだ一日程度のアサカに、ここまで入れ込むことになるとは。

 だが待望していた《《強い男》》なのだ。少し執着心を抱くのは、致し方ないだろう。

 その礼節や性格なども好ましい。私が武人として育てられたというのも影響しているのだろうが、貴族の嫡男などよりもよほど話していて楽しい。何よりも良いのが、アサカは私に対して《《気を使わない》》ことだ。


 別に無礼だとか、無下にされるとか、そういうことではない。私の立場がミスティア王国第一王女、そして次期女王である限り、貴族どもは取り入ろうとおべっかを使ってくる。それ自体が悪いことだとは思わないが、愉快な訳もない。


 私にすり寄ってくる男は皆、打算と利益だけを見ていて、《《私》》を見てはいなかった。

 しかしアサカは違う。無論打算もあるのだろうが、それ以上に《《私》》を知ろうとしてくれている。それが、どうしようもなく嬉しかったのだ。

  

 それにアサカは強い。逸脱者(最強)を退けられるほどに強い。

 話を聞く限り、アサカの身体能力は精々が《《熟練者》》。つまり、《《常人の上澄み》》程度でしかない。であればアサカの強さは《《銃》》の性能による所が大きいのだろう。

 とはいえこの世界において《《銃》》を使えるのはアサカただ一人。

 そして、それを使いこなす技術を持つのも、またアサカただ一人。


 私は武人であるが故に、あの《《銃》》の技術が一朝一夕でなせるものでない事を理解している。であればその技術を持つアサカに対して敬意を抱くのも道理であった。


 私自身も、戦闘に関してはそれなり以上の自負がある。ミスティアが継承してきた《《神造兵器》》と、構造変化(エンハンスド)などの身体強化を用いれば、逸脱者(最強)とも数分は打ち合えるだろう自信はある。


 そんな私とって、男とは庇護対象、護るべき存在である。私に限らず、この世界の殆どの女は同じであろう。故にアサカという男に助けられたと理解した時、得も言えぬ高揚感が、胸の内から込み上げた。御伽噺の中だけであった、姫を救う男騎士の物語。そんな強者の再来が、私にとってはアサカだったのだ。


 そういえば、オイフェミアはどうなのだろうか。表面上、あくまで冷静に努めようとしている彼女だが、アサカにどういった感情を抱いているのだろうか。


「オイフェミア」


「どうしましたか、ベネディクテ」


 読んでいた魔術書を置き、オイフェミアの瞳がこちらへと向く。

 その色は碧。宝石の様な、深海の様な美しい瞳。異性愛者である私すらも見惚れるほどの美しさ。少し……嫉妬する。


「アサカについてだ。単刀直入にいえば、私はあいつを側室に迎え入れられないかと考えている」


「何か良からぬ事を考えているのは分かっていましたが……側室ですか。段階をすっ飛ばしすぎでしょう。端的に言えば、馬鹿だなと想います」


 美しい瞳に隠すこともない呆れを内包させて、オイフェミアはため息をついた。あいも変わらず手厳しい。しかしそんな事はいつもの通りだ。


「まあ聞け。正直な話、私もオイフェミアも結婚するのならば歴々の大貴族の嫡男とになるだろう。あるいは他国の王族から婿を迎え入れるか。いずれにせよ相手を選択する自由など、露程しか入り込む事はできん」


「……それはその通りですね」


「でも考えてみろ。今この瞬間こそが、私たちに露ほどしか存在していない《《相手を選択する自由》》なのだ」


 オイフェミアの表情が、呆れから幾分か真面目なものに変わる。


「私たちはミスティアを守護する剣であり盾だ。そして、王家の姫と公爵家の姫でもある。そんな青き血と高貴なる者の責務ノブリス・オブリージュに縛られた私たちにとって、最初で最後の《《相手を選択する自由》》が、いまなのだ」


 話を聞いていたオイフェミアの顔が、怪訝なものに変化していく。気づいたか。相変わらず聡い奴だ。


「ちょっと待ってください。《《私たち》》ですか?」


 そう。彼女が言った通り《《私たち》》なのだ。私の計画にはオイフェミアの助力が必須となる。


「ああ、その通り。つまりは私とオイフェミアで、アサカを《《共有の側室》》として迎え入れる」


 2、3秒の間を置いてオイフェミアはコーヒーを吹き出した。そして見る見るうちに頬が紅潮していく。


「わ、私も!? ベネディクテ、いくらなんでも早すぎます!まだ出会って一日ですよ!?」


「恋愛事は先手必勝だというだろう?」


「いや恋愛事というより、ただの性欲でしょうに……」


 痛いところを突かれる。


「現段階でそれは否定しないがな?しかしアサカを逃してみろ。今後どれだけの確率で好みの男と出会える機会があるというのだ?」


「……わかっています。わかっていますが、でも……」


 焦れったい。

 茶を濁して上辺だけの理由を並べるより誠実な付き合い方だろうが。


「別に側室というのも、あくまで現段階での最終目標というだけだ。今後の付き合い次第では十分に変わる可能性はあるだろうよ。だが、早めから行動をしておいたほうが何かと良いではないか」


 しばしの思案の後、オイフェミアがため息をつく。そして口を開いた。


「……確かに、私たちに《《相手を選択する自由》》があるとすれば、今しかないのかもしれません。ですが身分差の問題はどうするのです?」


「そこに関しては問題ない。既にノルデリア(最強)を撃退し、1500のフェリザリア軍を退けたという実績があるんだ。傭兵とした後に、名声を上げられる仕事を幾つか回すだけで最低でも騎士の位を授ける事は出来ようよ。そうなれば晴れて貴族の仲間入りだ。文句は言わせん」


「なるほど……。ベネディクテ思惑は理解できました。……そ、側室という所はまあ置いておいて、アサカを叙勲させるという計画には賛同します。命を救われた恩は返さねばなりません」


 オイフェミアは私の提案を承諾する。思わず悪い笑みを浮かべてしまった。

 これでミスティア最高戦力の1人かつ、最大勢力のアルムクヴィスト公爵家の協力が得られた訳だ。最早、私達を止められるものなぞ母上以外におらぬ。

 そして母上も反対はしないだろう。直感でそう感じる。

 その理由は単純。アサカは亡き父上に何処か似ている気がするのだ。別に顔も体格も似てはいない。雰囲気が似ているといえばいいのだろうか。

 つまりアサカは母上の好みでもあるということだ。……血は争えない、ということだろうか。


 母上は間違いなくアサカの事を気に入るだろう。そういう事も含め、実利的な面でも有用なアサカを邪険に扱う理由はない。


「しかしベネディクテ。そんな貴女の性欲に忠実な計画を実行する前に、片付けておかねばならない問題も山積みですよ」


 オイフェミアからごく僅かな魔力の揺らぎを感じる。その様子を見てみれば、顔から紅潮は引き、真剣な眼差しで私を見ていた。

 恐らくは精神抑制の魔術を行使したのだろう。


「ああ、その通りだ。ひとまずは、フェリザリアに《《落とし前》》をつけさせなければ。此度の一件。これは最早、小規模な国境紛争の域を超えている。衝突した軍の規模だけで言えば、ごく小規模な紛争でしかない。だがその戦いに双方の逸脱者が参戦していた、という事実が問題だ。」


 逸脱者というのは、いわば戦略兵器である。アサカの世界の話を聞いた限りでは、『核兵器』とやらが該当するだろうか。


「……ええ。通常の国境紛争ならば、痛み分けである此度の戦闘は取り沙汰するほどのものでもないでしょう。精々がフェリザリアに対する外交的な懲罰、国境閉鎖と禁輸措置くらいが妥当でしょうか」


 オイフェミアから先鋭化した魔力が迸る。精神抑制の魔術をかけた上でも、感情の高ぶりはあるのだろう。それはそうだ。長年連れ添った家臣たちを殺されたのだ。一朝一夕で消える憎悪ではない。


「ああ、本来はな。しかし戦略兵器たる逸脱者同士の交戦、それもこちらの戦略兵器(オイフェミア)の無力化を狙ったものとなれば話は別だ」


 貴族社会、そして封建社会は舐められたら終わりなのだ。そして鉄血には鉄血を持って報復するのが道理である。


「仔細の報告をすれば、国として報復措置を行う事は明確だろうな」


「ええ、間違いなく。具体的に考えられるのは、相手の国境砦周辺に対する逆侵攻でしょうか」


 ミスティアの王家軍の大半は北方の魔物部族連合からの防衛に人手を取られている。またアルムクヴィスト公爵軍も同様だ。


「私もそう思う。とすれば、逆侵攻作戦を行うのはウォルコット侯爵家か」


 ウォルコット侯爵家はミスティア王家、アルムクヴィスト公爵家に次ぐ一大貴族である。そして現当主のレティシア・ウォルコットは、我が国の切り札たる逸脱者の1人だ。その二つ名は単騎師団(タンキシダン)


 オイフェミアが魔術における逸脱者ならば、"単騎師団"レティシアは魔術と武の複合の逸脱者。

 例えノルデリアが出てきたとしても、充分な打撃を与えることが可能であろう。

 まあこちらの損耗も馬鹿にはならないだろうが。


「レティシアにまた大きな借りを作ることになるな……」


「ええ。ただでさえ、深淵戦線の主力を担っているウォルコット侯爵家です。これ以上頼るのは避けたい所ですが……」


「だがオイフェミアが参戦するわけにもいかぬまい。正直、オイフェミアとノルデリアでは相性が悪い」


 オイフェミアは苦虫を噛み潰した様な表情をする。気持ちは痛いほどわかる。

 これが別派閥の貴族軍による攻勢であれば、私人としての心情的にはましであった。

 しかし私たちはレティシアと友人であり、同じ派閥に属する仲間でもある。既に深淵戦線を任せている彼女に、これ以上の負担をかけるのは避けたかった。

 公人としても、同派閥の存在とはいえ、他貴族に借りを作るのはなるべく避けたい所だ。オイフェミアは例外である。私の相談役の時点で、一蓮托生だ。


「……アサカについてはどう説明するのですか?ノルデリアを撃退したという事実だけを伝えれば、間違いなく報復攻撃の部隊に組み込まれますよ。最悪、死ぬかもしれません」


「……ならばその程度の存在だった、というだけだ。それよりも私たちがすべきなのは、勝つための最大限の支援ではないか?」


 これは本音であった。

 確かにアサカの有り様は好みである。

 しかしそれは私人としての価値観であり、公人として優秀な駒を遊ばせておく余裕はない。


 あくまで成すべきことを成した上で、私利私欲の追求は行うべきだ。


「まあ……そうですね」


 武人でもある私はそう割り切れるが、オイフェミアは違うだろう。

 ここは少しフォローを入れておくべきか。


「心配するなオイフェミア。アサカ死なないさ。それに約束の通り、お前にだけは抱かせてやる。それとも、抱かれる方が好みか?」


 オイフェミアがむせ返る。

 わかりやすいリアクションをしてくれる。からかい甲斐があるというものだ。


「ばっ、だ、抱かれる!?破廉恥ですバカベネディクテ!」


 予想通りのオイフェミアの反応が愉快で、カラカラと笑い声がでた。彼女は恨めしそうに私を見ているが、その姿も可愛らしいものだ。

 なんのかんの、逸脱者などといわれつつ、まだ十代半ばの少女でしかないのだから。それは私も同じだ。


「アハハ!すまんすまん、そう怒るな。もし初めてが怖いのならば、私も同衾して……」


 そこまで言った所で、私の額にカップが命中する。市井の小娘と変わらないオイフェミアの膂力で投げられたカップ程度、避けるのは容易だが、ここは甘んじて受けておくことにする。


「バカ!本当にバカ!そういうのはアサカの気持ちも大事でしょう!勝手に話を……」


「俺がどうかしたか?」


 不意に背後から声をかけられ、心の臓が縮んだ。

 オイフェミアに至っては、小動物のような声を出して飛び上がっている。


 少し慌てて背後へ振り向けば、そこには上裸のアサカの姿があった。

 水浴び帰りだからしょうがないのかもしれないが、上裸でタオルを首からかけている。引き締まった肉体。隠されていない乳首。水滴がところどころ滴り、それが月光を反射させ煌めいていた。大胸筋の上の乳頭も剥き出し……あまりにも扇情的だ。


 顔が熱い。鼻と股に違和感を感じる。股はどうでもいい、わかりきっている。

 鼻に手を当ててみれば、赤い液体。……鼻血がでた。


「あ、あ、あアサ、アサカ!?服を着てください!!破廉恥過ぎます!女の前でそんな格好などと!」


 オイフェミアが、顔を真赤にしながらそう叫ぶ。両の手で顔を覆い隠しているが、指の隙間からアサカの肉体をまじまじと見ているのはバレバレであった。

 このムッツリスケベめが。……いや人のことは言えないか。


 そして気がついたのだが、アサカの身体には多数の傷が残っていた。裂傷のようなものもあるが、その多くが矢傷のようなもの。

 恐らくは銃によってできた傷なのだろうか。彼が今までどの様な戦場に身を置いていたのかが、容易に理解できる傷の多さだった。


「別に男の身体見た所でそんなに……。すまん、忘れていた」


 アサカはそう言うと、銃が納められている棚の裏へと隠れていった。

 名残惜しい気持ちと、これ以上見ていれば貧血で倒れていたかもしれないと安堵する気持ちが同居する。


 オイフェミアが顔を近づけて私だけに聞こえる声量で声をかけてくる。


「ベネディクテ、アサカに他の女の前で絶対あんな格好させない様にしないと不味いですよ!」


「ああわかっている。淫猥過ぎるからな。あれは駄目だ。思わず下腹部に熱が籠もった」


「あなたの下半身事情なんてどうでもいいんですよ!ベネディクテからその辺は伝えてくださいね!」


「いや、待て。何故私なのだ」


「だって私の主はあなたですし、それにその……殿方の身体について直接お話するのは恥ずかしいですし……」


 こいつめ。都合のいい時だけ主扱いしやがって。

 そもそも別に私はオイフェミアの主ではない。

 あくまで相談役と従姉妹の関係だ。お前の主は兄ヴェスパーと母上だろうが。


 まあしかし、先程からかった分もある。

 私から忠告はしておくべきだろう。あんな官能的な身体見せつければ性欲を募らせている女どもが獣のように襲いかかってくるに違いない。それだけは避けなければ。


 鼻血をハンカチで拭いつつ、声を潜めた会話を続ける。


「わかったわかった……。それにしても凄い傷の量だったな。銃の傷以外にも裂傷があった。アサカの世界では剣なども扱うのだろうか?」


「剣はわかりませんけど、短刀のような物は身につけてましたよ。ほら、そこの椅子に置いてある布鎧に付いてます」


 言われてそちらを見てみれば、たしかに短刀のような物が装着されている。

 刃渡りは20cmほどだろうか。もしもと言う時の護身用か何かなのだろうか?


 そんな事を思考していれば、服を着たアサカが苦笑いを浮かべながら戻ってくる。見たこともないような意匠の服だ。アサカの言だと、コンバットシャツ、というものだろうか。肩当て(ベルクロ)部分には何やら紋章のような物(部隊章)が着いている。


「いやすまなかった。完全に失念していた」


「謝ることではありません。こちらも見てしまって申し訳ありませんでした」


「いや気にしないで大丈夫。俺は別になんとも思わない。……やはり女の子の側から謝られるのは違和感があるな……」


 予定外の場所で貞操観念のギャップを味わうこととなった。

 冷静に考えればアサカの世界って天国では無いだろうか?

 男が今のアサカの様に何のことなしに身体を見せてくれるのだろう?最高か?


 とはいえ如何せん刺激が強すぎる。多分鼻血が原因の出血多量で死ぬ。


 兎も角、話題転換も兼ねて先程のオイフェミアとの会話で浮上した疑問を問いかけてみよう。


「アサカは剣術などにも精通しているのか?」


「剣術?ほとんど心得はないな。俺が修めている武術は、システマぐらいだ」


 知識に無い単語が出てきた。システマ?


「そのシステマとはなんだ?」


「俺の世界の軍隊格闘術さ。ロシアという国が俺の母国の隣にあるんだけど、その国発祥のものだよ」


「軍隊格闘術ですか?ということはアサカは銃が無くても戦えるのですか?」


「流石に槍なんかが相手だと厳しいと思う。徒手空拳やナイフ戦ならそれなり以上に得意だな」


 ほう。それは大いに興味がある。

 私も甲冑組手には心得がある。銃での狙撃技術の高さはこの目で見たが、アサカが得意だという近接戦闘を見てみたくなった。異世界の格闘術というのも気になる。


「面白い。アサカ、私と一つ組手はどうだ」


 私がそう言うと、アサカは心底驚いた様な表情を浮かべた。

 それはオイフェミアも同様である。オイフェミアの場合は"呆れ"の感情の方が多分に多いだろうが。


「構わない、とは先に言っておこう。その上で聞きたいんだが、ベネディクテの身体能力って、どのくらいのものなんだ?昨夜の戦いを見た限り、俺程度では相手にならなそうだけど」


「ベネディクテは、武器や魔術、構造強化(エンハンスド)無しでも、熊程度なら殺せますよ」


「無論、構造強化は使わん。純粋な体術のみでの組手だ」


「……期待はしないでくれ、と先に保険はかけておこう。ただ理由を尋ねてもいいかい?」


「これから私達が支援する男の力量、この身で理解したい。遠慮はいらん。全力で

来い。オイフェミア、仕切りを頼む」


「はぁ……。止めてもやるのでしょう?わかりましたよ。アサカ、本当に遠慮はいりませんからね。ベネディクテは格闘術だけでいえば、この国でも上澄みです」


 アサカは苦笑いを浮かべている。

 私は席を立ち、弾薬庫前の草原へと歩き出た。

 それにならってアサカも同じ様に歩いてくる。


 体格差はそれほどない。アサカは186cmほど。私は177cm。

 とはいえ正直負ける気は無い。アサカは武人であるし、私が勝ってもとやかくいう性格ではないだろう。

 まあ流石に男相手であるし気持ち的に少し緩みがあるのは事実だが。


「両者位置はそれでいいですか?じゃあ一応ルールを作っておきましょう。勝利条件は相手を行動不能にすること。殺傷攻撃、魔術、構造強化などの業は禁止。私が止めたらそこで終了ですからね」


 オイフェミアは呆れながら、そう口にする。

 まあいきなり言ったことに、なんだかんだ付き合ってくれる辺り良いやつである。その辺は昔から変わらないが。


「では両者準備……初め!」


 その声を皮切りとして、突発的な組手の幕が切られた。


 私は顔の前面に拳を構え、防御姿勢を作る。対するアサカは脱力したように腹部周辺で構えた。


 お互いに抜き足で間合いを計る。誘った手前先に仕掛けさせてもらうとしよう。


 地面を蹴り上げ一気に間合いを詰める。その膂力に耐えきれなかった草原が砕け、泥が舞った。

 構えていた左腕を突き出し、フェイント。

 それに対応し、アサカはバックステップで距離を取ろうとする。

 だが回避行動は織り込み済み。すかさず右足で膝を狙い蹴りを放つ。


 だがアサカは逆に前に詰めながら、身体を反らすことで回避する。

 回避行動の為、がら空きになった首めがけて右腕で正拳突きを放った。

 捉えた。そう思ったが、次の瞬間視界が揺れた。


 背後に感じるのは、膝で私の身体を押さえつけながら伸し掛かるアサカの体重。

 首めがけて突き出したはずの右腕は、完全に関節を決められた状態で掴まれている。


 ――何が起きた?

 脳を回す。半身を反らして私の突きを回避。手首を掴んで私の力を利用して体勢を崩す。そのまま肩甲骨を押して地面へ——。


 しばしの静寂の後、オイフェミアが驚いた様に声をあげた。


「そこまで!……ベネディクテ……あまりにもダサいです」


 うるさいわ!私だってわかってるそんなことは!

 顔から火が吹き出そうになる。本当に恥ずかしい。穴があったら埋まりたい。


「大丈夫か?」


 拘束を解除しながら、アサカは手を差し出してきた。私はそれを取り立ち上がる。

 

 もし負けるとしてももう少し粘れるであろうと思っていたので、20秒足らずで組み伏せられた事が情けなくて仕方がない。

 顔に集まった血流が鬱陶しい。


「あ、ああ。ありがとう。しかし今のはなんだ?確実にお前の首と捉えたと思ったのだが……」


 顔を反らしながらお礼を述べる。血が引くまではまともにアサカの顔を見れる気がしない。若干の慢心があったことは認める。認めるが普通に恥ずかしい。


「肩甲骨をずらすことによって体の方向を操作したんだ。引き倒したのも同じ原理。肩甲骨の操作と、ベネディクテの力を利用してだな」


 オイフェミアが、何を言っているのかさっぱり分からないといった表情を浮かべている。

 確かに武術の心得が無い者が、肩甲骨どうこう聞いても意味不明だろう。

 しかしやられた私としては理解できる。確かに腕の力で無理矢理引っ張られたのではなく、私の攻撃の勢いと肩甲骨の操作によって引き倒された感じがした。


 誘っておいて負けたことは普通に恥ずかしいし悔しいのだが、今の一瞬でアサカの格闘術の練度の高さは充分に理解できる。

 いくら慢心してたとはいえ、私をここまで瞬殺できる存在は少なくともミスティアでは逸脱者、単騎師団レティシア・ウォルコットぐらいのものだ。


 いや、言い訳ではないがレティシア相手ならば慢心はしない分、こうも無様には負けはしない。言い訳ではない。言い訳ではないのだ。


「なるほど……。正直こうも容易く負かされるとは思っていなかった」


「それはありがとう。突撃してきたときの地面の抉れ方をみて、まともに受けるのは無理だと思ったよ。しかし、ベネディクテ。手加減をしていなかったか?」


 ――バレていた。

 いや、別に手加減した訳ではない。普通に慢心しただけだ。より恥ずかしい。


「……手加減をしていたわけではない。だがそう感じたのなら謝る。しかしアサカの格闘術は理解できたよ。我々の体術とは異なる流れを感じた」


「近代実戦格闘術として形成されたものだからな。また今度組手に付き合ってくれよ。一人じゃスパーリングもできないからな」


「ああ、もちろんだ。次は構造強化も用いて、全力でいかせてもらうとしよう」


「ムリムリそれは流石に死ぬだろ!」


 少し早口になったアサカに対して、笑いが溢れる。やはり愉快な男だ。


 まだ出会って2日も経ってはいない。

 加えて組手には負けたというのに、彼と関わるのは今日の時間は心底楽しい。


 ――アサカをオイフェミア以外の女狐に渡してなるものか。

 こいつは私たちのものにする。

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