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元陸自のアラサーが貞操逆転異世界に飛ばされて色んなヒロインに狙われる話  作者: ArtificialLine


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Act7-6_魔弾の魔神

/朝霞日夏

8月20日 不明 不明


 視界が明滅している。

 全身には鈍い痛みが広がっていた。水に落とした墨汁のように、じんわりと広がっていく痛み。これは打撲によるものか。


 何が起きたんだったか。


/朝霞日夏

8月20日 18:15 ミスティア王国王都中央広場→貴賓街

 

「後方、追手なし!」


「了解~!」


 騎馬を操作するゼファーに対し叫ぶ。

 オイフェミアの屋敷が存在する貴賓街と、中央広場の境目。そこを俺達は馬に乗り走っていた。


 これ以上の新手が来ないことを祈る。正直な話、面倒事はもうごめんだった。

 正確に言えば、これ以上目立ちたくない。俺が目立つ事は、そのままベネディクテとオイフェミアに負担をかけることになる。

 既に散々助けられている身としては、もう内心謝罪の念で一杯なのだ。


 だがそんな俺の望みは、淡くも砕かれることになる。


「うわっ!?あっぶな!」


 ゼファーが、騎馬の手綱を引いて急停止させた。慣性の法則に従い、顔をゼファーの背中にぶつける。

 汗と薔薇、そして血の香り。それらが鼻腔に広がり、続いて鼻に痛みが来る。


 どうやら、誰かが目の前に飛び出してきたようだ。


「あんた正気!?」


 体勢を直し、視線をゼファーの声の先へと向ける。


 そこに居たのは、アースカラーのロングコートと《《ヘルメット》》を身に着けた、高身長の人影であった。

 鼻より下が布によって隠されているため、その人相の詳細は把握できない。だが、体格やその立ち姿から、男だろうという推測はつく。


……いや待て。この男の様子はいろいろとおかしい。あの男が被っているのはヘルメット。あれは第二次世界大戦期にドイツ国防軍が採用していたシュタールヘルムではないか?

 それに、男の首元に備え付けられた装飾。それはどこからどう見ても、ドイツ国防軍の鉄十字である。

 よく見れば、この男が身にまとっているコートも、ドイツ国防軍が用いていた将校向けの外套だ。


 なんなんだ、こいつは。もしかすると、俺のようにこちらの世界に飛ばされた、二次大戦期のドイツ軍将校だろうか?

 

 だがこの男の纏う空気は異様だ。周りの空気が淀み、歪曲しているような感覚さえする。

 ただ飛ばされただけの人物ではない。それに現在は夏、体感気温28℃。この気温でロングコートもおかしい。


 男がゆっくりと右手を差し出した。瞬間、猛烈な悪寒。

 生存本能が最大音量で警鐘を鳴らしている。


「ゼファー!」


「キャッ!?」


 咄嗄にゼファーの腰に手を回し、馬から飛び降りる。

 この場に残るのは不味い。その確信だけが俺を突き動かした。


 だが。


「Du solltest nicht hier sein.」


 男が何かを呟いた。瞬間、男の上げていた右手から、爆発的な赤い閃光が発生する。

 一瞬にして視界を焼かれ、同時に猛烈な衝撃を感じる。

 意識が揺らぎ、糸が切れるように気を失った。



/朝霞日夏

8月20日 18:35? 不明


 そうだ。俺はあの男に何かをされたんだ。

 待て。ゼファーはどうした?


 意識が急激に浮上していく。


「ゼファーッ!?」


 上体を起こし、周囲を確認する。

 視界に入ってくるのは、一面の廃墟。

 至る所に死体が転がり、濃厚な死の匂いが辺りに広がっている。

 ゼファーの姿はない。


「なんだこれは……?」


 立ち上がり、状況の把握を継続する。

 死体の多くは白人の人間のもの。その多くが軍服のようなものに身を包んでいる。

 それにその死に方。彼らの多くには銃創が見受けられた。


 どうなっている?

 

 始めは、あの男の起こした爆発が原因で、ミスティアの王都が廃墟になったのかと思った。

 だがその場合、俺が生きているのがおかしい。これだけ都市が破壊される爆発ならば、爆心地の近くにいた俺は欠片も残っていないだろう。

 それにそこら中に存在する死体。


「ソ連軍……?」


 俺は、死体の一つに近づき確認を行う。

 死体が身につけている軍服は、第二次世界大戦期のソ連軍のものに見えた。

 それに、その死体が握っている銃。これはPPSh-41だ。


 PPSh-41はバラライカ通称でも知られるソ連製の短機関銃である。


 他の死体も確認する。ソ連軍、ドイツ国防軍、ドイツ武装親衛隊。一般市民。

 どれもが第二次世界大戦期の装いをしている。

 散乱している銃器も同様だ。Kar98kボルト・アクションライフルMP41(サブマシンガン)、それに|StG44《アサルトライフルの始祖》。

 アハト・アハト(ドイツの牽引式高射砲)も確認できる。


 そして目に入るのは、瓦礫に埋もれたドイツ語の看板。ジョッキの絵が書かれていることから、恐らくは酒場か何かのものだろう。

 そこから推測できるのは、


「ここはベルリンか……?」


 ソ連軍とドイツ軍の都市決戦で有名なものはいくつかあるが、特に有名なのは"スターリングラード攻防戦"と"ベルリン市街戦"だろう。

 どちらも第二次世界大戦を通して、最も凄惨な市街戦として名が上がるものだ。

 

 ここがスターリングラードであれば、看板の文字にはキリル文字が用いられているはずである。スターリングラードはソ連の都市であるからだ。

 

 つまり、ドイツ語の看板が瓦礫に見受けられるということは、ここがドイツの都市である可能性が高い。


 もしかすればベルリン以外の都市である可能性もあるが、それは些事だろう。とりあえず、ここが第二次世界大戦期のドイツのいずれかの都市である可能性は高かった。


「意味がわからんぞコンチクショウ」


 胸中の感情が、口から漏れた。

 何がどうなっているのだ。


 いやそれよりもゼファーだ。彼女はどこだ?

 赤い閃光に飲み込まれる直前、確かに俺は彼女の事を抱きしめていたはず。

 もし再び転移させられたのだとしても、彼女はどこにいったのだ?


 その時だった。前方100mほどで、破裂音が鳴り響く。銃声だ。

 

 現状情報がほとんどない。確認しておかざるを得ないだろう。


 死体の一つから、|StG44《アサルトライフルの始祖》を拝借する。死体を漁れば、予備の弾倉を2つ発見することができた。

 軽く手を合わせ、胸中で謝罪と祈りを済ます。

 チャージングハンドルを操作し、弾薬が装填されていることを確認する。そして軽く構えて、銃の使用感を掴む。大丈夫だ、初めて握る銃だが、問題はない。

 そして駆け足で銃声の方向へと向かっていく。

 数秒走れば、開けた広場の様な地形にでた。


 そこで見た光景に、思わず絶句する。


「ゼファーッ!?」


 ゼファーが倒れていた。身体の至る所から血を流し、力なく地面にうつ伏せで倒れている。

 その傷は銃創。腕、足、肩。それらに穴ががあき、どくどくと鮮血が溢れ続けている。


 沸騰しそうになる思考を抑え、それを成したであろう存在へ視線を向けた。


「Ich habe nicht getötet.」


 あのドイツ士官の格好をした男である。男の周りには、複数の銃が浮遊していた。まるで銃がそれぞれ意志を持っているように、ゆらゆらと漂っている。

 

「英語か日本語で喋れバカヤロウ。てめえがゼファーをやったのか?」


 俺は英語で、その男に言葉を返す。自分でも驚くほど低い声がでた。

 怒りはあるが、意外にも頭は冷静だ。


 男は少しの間を置いた後に、口を開いた。


「殺してはいない」


 男の言葉は、ドイツ語訛りの英語だ。こちらの世界に飛ばされてから、幾度となく聞いたアクセント。

 だが、どうにも声に感情がない。まるで機械音声のようだ。


「じゃあてめえがやったんだな。何が目的だ?」


 ゼファーへと視線を一瞬向ける。胸部が小刻みに上下していることが確認できた。男の言葉通り生きている。

 だが出血が酷く、早期の処置が必要だ。完全な治療は無理だが、止血程度であれば俺でもできる。

 

 セレクターレバーを操作し、フルオートを選択。

 俺よりも圧倒的な身体性能を持つゼファーを倒していることから、正面戦闘で勝てる見込みがないことは明白。

 そもそも、ゼファーの容態を鑑みれば、戦闘を回避することが最善策。とはいえ、相手の出方次第でもある。


 もしやり合うとしても、この広場は論外だ。ここは遮蔽が存在しない。後退し、向こうの銃の射線が通らない場所を確保しなければならないだろう。

 だがそうすれば、ゼファーの身柄は相手方に委ねられることになるだろう。どうする?


「《《お前達》》を元の場所へ帰したい」


 何をいっているんだこいつは。お前達?俺とゼファーか?


「なら何故、俺達を、《《この世界》》に連れてきた?」


「私は《《それ》》には関与していない」 


 話が噛み合っていないように感じる。なんだ?どういうことだ?


「意味がわからんぞ。第一、帰すって言ったってどうすんだ」


「契約だ。《《お前達》》が受け入れれば、私が門を開く。それを通れば、元の場所に戻れる」


「……お前の言う、元の場所というのは、ミスティアのことか?」


「違う」


 違うだと?であれば、それは、


「……地球か?」


「そうだ」


 にわかには信じ難い話だ。

 確かに、地球には戻りたい。だが、こちらの世界の全てを投げ出して帰るのは、あまりにも無責任すぎる。

 そもそも、ゼファーも地球に連れて行ってどうするのだ。また俺のような境遇の人物が増えるだけではないか。


 だがゼファーの命を考えれば、それが最も懸命な選択肢なのだろうか。


「何故だ?」


「時間がない。さっさと決めろ」


 男の周囲に浮遊する6つの銃、あれはKar98kボルトアクションライフルか。それらが一斉にこちらへと銃口を向ける。

 どうする?何が最善だ?とりあえず問題は後回しにして、ゼファーと共に地球へと戻るか?

 彼女を助けるのならば、それが最善だ。

 だが、無事に地球に戻れる保証はなにもない。再び意味のわからない場所に飛ばされる可能性もあれば、その門とやらに入った瞬間に死ぬ可能性もある。


「だ、めだよアサカ。耳を貸しては」


 ゼファーから声が聞こえた。意識が戻ったのか。少し安堵する。

 彼女はゆっくりと身体を起こし立ち上がろうとする。銃創の穴から血がどくどくと零れ落ち、地面へと広がっていく。


「馬鹿!動いちゃだめだ!」


 こちらの制止を振り切り、ゼファーはゆらゆらと立ち上がった。身体の各所から血が溢れている。


「本当に失血で死ぬぞ!座っておけ!」


 こちらの言葉に対し、ゼファーはゆっくりと振り返る。そして血塗れの顔で、にっこりと笑った。


「冗談。ガっ、ハァ。私が寝てたら、アサカはちゃんと戦えないでしょ。こ、いつは《《魔神》》。その言葉は、人を惑わす。人を騙し、不平等な契約を持って、人を破滅に導く。耳を貸しちゃだめ」


 ゼファーはこちらから視線を切り、男を見据える。

 なるほど。これが話に聞いていた魔神とやらなわけか。

 オイフェミアとベネディクテの話を思い出す。

 こちらの世界を侵食し広がる淀んだ異常世界、深淵(アビス)。そこから湧き出て、人々を虐殺する化物。その魔神が、こいつなのか。

 

 正直な所、この男が魔神という確信はない。俺から見れば、変な力を持った昔のドイツ将校にしかみえない。

 だが。ゼファーとこの男の言葉。どちらを信じるに値するかは、明白である。

 

 俺はゼファーの横に並び立つ。


「――だそうだ。俺もいまは戻る気はない」


 きっぱりと、眼前のドイツ将校風の男、魔神に向かって言い放つ。


「《《お前達》》の選択は理解した。契約は破棄された」 


 魔神がそう言うと同時に、6つのKar98kの銃口がゼファーへと向く。こいつめ、脅威度の高い方から排除する気か。


 バァン!

 銃声が耳に届く直前に、ゼファーへ覆いかぶさるように、後ろから突き飛ばす。

 二人して地面へと転がりながら、発射された6つの銃弾が耳元を掠めた。


 そして衝撃が身体を襲う。その理由は、地面に倒れ込んだからではない。その銃弾の着弾地点が、《《爆ぜた》》からだ。

 着弾地点は、直径30cmほどに、コンクリート製の地面が抉れている。なんだこれは!?俺の知っているKar98kの威力とは随分と異なる。   

 

 Kar98kが用いる7.92x57mmモーゼル弾は非装甲目標(ソフトターゲット)相手なら十分な威力を持っている。


 だが。いくら高威力といえど、コンクリート製の地面をこれほどまでに砕く破壊力は有していない。

 この地面の破損具合は、M82A1バレットの様な対物狙撃銃アンチマテリアルライフルのそれに匹敵する。


 要するに。被弾すればミンチよりも酷いことになるということだ。


 これは想定外だ。どのみち防具を身に着けていない今被弾すれば、死ぬことに変わりはない。とはいえ、この威力の銃弾だと、遮蔽にできる場所がかなり制限される。

 どういうからくりかはわからないが、厄介極まる。


 魔神から、ボルトアクションのコッキング音が聞こえる。装填された。

 魔神を見据えれば、なんの感情も感じられない立ち姿は相変わらずのまま、浮遊する6つの銃口と目が合う。無感情な殺気がこちらに向いている。濃厚な死のイメージが脳裏をよぎった。


「うぉぉ!」


 その瞬間、身体が浮遊した。

 恐らくはゼファーの能力だろう。助かった。

 一瞬で高度5mほどまで上昇した身体の下を、無数の弾丸が通過していく。

 その着弾地点は先程とは異なり、通常の銃痕程度の破損しかしていなかった。

 どういうことだ?先程ゼファーに対する攻撃の時よりも、だいぶ威力が抑えられている?


 まあいい、思考は後だ。飛行したまま握っているStG44を構え、魔神に向け短連射する。

 撃鉄が落ち、信管が火薬を着火させ、身体に反動を感じる。生み出された暴力的な初速のまま鉛玉が魔神へと向かっていった。


「良し!」


 感嘆が言葉となって漏れる。

 弾丸は寸分の狂いもなく、魔神へと命中した。7.92x57mmmモーゼル弾の威力は、一般的な人体を破壊するには十分にすぎる。

 命中したのは魔神の左腕。その左腕が千切れ、鮮血を巻き上げながら宙を舞った。


 同時に飛行していた身体が地面へと堕ちていく。ゼファーから聞こえるのは荒い息遣い。やはりこの怪我で能力を使うのは、かなりの負担のようだ。


 顔から墜落しそうだったゼファーの身体を咄嗟に掴み、彼女ごと転がって受け身を取る。鈍い痛みが身体に走るが、この程度なら骨は折れない。


 そのまますぐに体勢を立て直し、StG44の銃口を魔神へと向けた。


「は?」


 視界に入った光景に、思わず言葉が漏れる。

 魔神の千切れた左腕と、その根本が一本の血の塊で繋がっていた。そしてそれは排水口に吸い込まれる水のように収束していき、千切れた左腕が元通りになる。


「リ、再生(リジェネレート)!?」


 ゼファーが身体を起こしながらそう呟いた。

 再生能力持ちかよ!ゲームとかのボス戦ではあるあるのギミックだが、自分が実際に対面するとインチキにも程があるだろう!


 6つのKar98kの銃口がこちらへと向く。もう一度ゼファーを庇いながら避けるのは無理だ。

 StG44の銃口を、魔神から浮遊するKar98kへと向け直す。そして射線上にKar98kが重なった瞬間に、引き金を引いていく。

 薙ぎ払うように発射された弾丸は、浮遊するKar98kへと命中し、その基部を破壊した。だが全てを破壊するには至らない。


 同時に感じる、左腕へと痛み。撃ち漏らした一本から撃ち返された。

 発射された浮遊するKar98kの弾丸は、ライフルを構えていた俺の左前腕部付近に命中し、斜めに筋肉と骨を破壊しながら貫通する。


 激痛に顔をしかめながらも、ライフルを落とさないように、マグウェル部分を左肘で覆うように保持し直す。

 そして撃ち漏らした最後の浮遊するKar98kへとめがけ、撃鉄を落とした。慣れない射撃体勢であったものの、寸分の狂いなく鉛玉がKar98kを破壊する。


 同時にマグチェンジ。左腕が満足に動かないため、左肘でマグウェル部分を保持したまま、ポケットに突っ込んでいたマガジンを装填する。

 左前腕の銃創からどくどくと血が溢れ、ワイシャツの白地を汚染していく。とんでもない激痛だが、この程度の痛みだったら痩せ我慢は効く。

 この様な怪我は幾度も負っていた。今更、これで泣き喚いたりもしない。

 そもそもゼファーはこれと同じ様な傷を身体の各所に負っているのだ。俺が我慢できなくてどうする。


 再び魔神へと銃を向け、3連射。

 同時に魔神が右手方向へと走り出した為、狙いがずらされた。

 その魔神の速度は、ノルデリアほどではないものの、地球人類としてあり得ない速度であった。恐らくは昼間の食い逃げ人狼(ウェアウルフ)のトップスピードと同等かそれ以上。

 だが一発は命中し、魔神の胸部へと鉛玉が抉りこんだ。普通の人間なら致命傷の心臓被弾(ハートショット)

 しかし先程と同じように、血が逆再生のように戻っていき僅かに姿勢を崩すのみに終わる。


「ライフ無限とかチートかよ!」


 悪態を付きながら、ゼファーへと立つように声を掛ける。そのまま移動間射撃(ムービングショット)で牽制を行いつつ、最初に目覚めた方向へと後退を開始する。

 それに反応した魔神はこちらを見据え、一気に地面を蹴り上げる。そして手刀のように右腕を手を突き出し、突撃してきた。目からは赤い光がこぼれて線となっている。どこのナル◯クルガだよ!

 だが狙いは俺ではない。俺の後ろにいるゼファーだ!こいつ一貫してゼファーを優先に狙ってきやがる。女ばかり狙ってキモいんだよ!粘着質のFPSゲーマーかてめえは!


 正面から突撃してくる魔神に対し、俺は射撃しながらゼファーの前へと移動する。4発ほどの銃弾が命中し、僅かにその速度を殺した。 

 身体能力の差が圧倒的な以上、まともにぶつかり合って耐えられるわけがない。おまけに左腕はほぼ言うことを効かないのだ。そして後ろにはゼファーがいる。こちらだけ避けるのもだめだ!


 魔神の手刀が眼前に迫る。時間としては一秒にも届かない一瞬で、距離を詰め切られた。

 咄嗟に身体を右方向へひねりながら、左膝を胸付近まで持ち上げる。格闘技などで見られる、足での防御姿勢だ。だがこんなことをしたところで、足ごと貫通されるのが関の山である。


「風よ!」


 ゼファーが何かを叫んだ。その瞬間に、俺の左膝が緑の色彩を纏った風に覆われる。物凄く太ももが震えるが、そんなこと気にしてる場合ではない!

 迫った魔神の手刀を、上半身は肩甲骨をひねって回避しつつ、持ち上げた左膝を魔神の右手方向からぶつける。所謂パリイの要領で、魔神の腕の軌道を逸らした。

 

 左膝に鈍い痛みを感じる。これは骨にヒビが入ったか。だが、あの風に包まれていなければ、そのまま折れていたかもしれない。


 軌道を逸らされた魔神は、こちらが加えた力の方向へそのまま身体を捻り、左手で裏拳を放ってくる。


 この魔神、見た目から理解していたが、間違いなく軍隊格闘の経験者だ。場数も尋常じゃないだろう。対応力が異常だ。

 

 姿勢を変える時間はない。

 俺の顎めがけて放たれたその裏拳に対して、咄嗟に左肘を突き出して防いだ。燃えるような激痛が奔り、骨の折れた嫌な音がする。同時に左腕の感覚が完全に消えた。これは骨ごと神経を砕かれたようだ。

 加えて、今現在は左膝を上げて、片足立ちの様な体勢となっている。故にその衝撃を受け切る事ができず、後ろへと吹き飛ばされる。


「アサカッ!」


 後ろから抱きつかれるような感覚。次いで鼻に香るのは薔薇と血の香り。ゼファーが咄嗟に俺を受け止めようとしてくれたようだ。

 だがそれは叶わず、2人とも5mほど後方へと弾き飛ばされる。やたらとスローモーションに見える視界の先には、大きなコンクリート製の瓦礫。死。それが文字通りに迫ってくるのを感じる。


「か、ぜよッ!」


 だが感じるのは、上方向への浮遊感。ゼファーの魔術か能力かはわからないが、身体が浮遊し、その瓦礫を回避する事に成功した。

 そしてそのまま30mほど滑空し、瓦礫の中へと不時着する形になる。


「ガっ、アァ、ハァハァハァ……」


 上体を起こしながら、ゼファーが血の塊を吐き出す。全身の傷口からも、穴の空いたバケツのように血が吹き出している。

 顔は、彼女の真紅の髪との境目がわからなくなるほどに血に塗れ、健康的であった肌は屍蝋のように青白い。


 このままだと2人とも死ぬ。膝に力をいれ立とうとするが、激痛が奔りバランスを崩しそうになった。それを辛うじて握っていた右手のライフルを杖のようにして、無理やり立ち上がる。


「あー。畜生。こっちの世界は無茶苦茶なやつばっかりだ」


 左腕の感覚は既にない。痛みが無いことは幸いだが、ぶらりとぶらさがっているだけの腕は存外邪魔である。

 魔神の裏拳を受け止めた左肘の様子を確認するが、骨が砕けて皮膚から突き出している。所謂、粉砕骨折だ。患部を見ているだけで気が滅入りそうになるので、視線をすぐに逸らした。

 出血量も馬鹿にならない。早く決着をつけねばならないだろう。


 動かすのも危険だが、四の五の言っていられない。ゼファーを瓦礫の隙間まで引きずり、合間に寝かせる。


「あ、サカ」


 掠れた声が、ゼファーから聞こえる。こちらに向けられたままの瞳は焦点が揺れ動いており、意識を保つのもやっとのようだった。


「任せろ。すぐに片付けて手当するからな」


 足を引きずりながら、歩き出そうとする。それを、スラックスの裾を握ったゼファーによって止められた。


「も、ういい。あん、ただけ、で、でも、に、げて」

 

 何を言うかと思えば。まあ確かに、現実問題、この状態のゼファーを守りながら戦うなど、俺には荷が重い。

 だが、この戦闘だけでも幾度もゼファーに助けられた。彼女がいなければとっくに死んでいる。

 自分の身を犠牲にして、俺を助けてくれた。それは今日一日を通してずっとそうだ。そんないい女を見捨てるなど、どこの誰ができるというのか。


「馬鹿。これ以上俺の悪夢の登場人物を増やしてたまるか。それに、こんなにいい女がでてきたら、せっかくの悪夢が悪夢じゃなくなっちまうだろ。……任せろ」


 ゼファーの手を払い、歩き出す。防戦になればもう耐えられない。ならばこちらから魔神を無力化してしまえばいい。

 策はある。あとは向こうが乗ってくれるかどうか。


「に、げて」

 

 背後から耳に入るその声を振り切る。本当にいい女だ。


 こんないい女、ここで死なせるわけにはいかない。ゼファーにはいい旦那をもらって、孫に見守られながら死ぬ方が似合っている。戦場での徒花なんて、彼女には相応しくない。薔薇のように、皆に惜しまれながら枯れ果てるべきだ。


「さて」


 20mほど移動した後に、魔神に吹き飛ばされた広場の方へめがけ引き金を引く。

 視認はできていないが、こっちにヘイトを向けられればそれで十分だ。


 狙い通り、広場の方向からドイツ将校のコート姿が現れる。正直な所、その姿やこの世界について聞きたいことは山程あるが、殴り合いを始めた以上はそれも難しい。


 すぐに移動する。走ることはもうできないが、幸いにして周囲は瓦礫まみれだ。姿を隠すの場所には困らない。

 もし魔術的な索敵手段を用いられたなら一巻の終わりではあるが、そこばかりは運頼みである。そして運には自信がある。運といっても悪運の方だが。


 身を隠しながらしばらく歩けば、目的のものにたどり着く。細かい調整をする時間はない。大雑把な確認だけして、いけることを確信した。

 

 準備を整え、物陰に身を潜む。運はこちらに向いたようだ。あの魔神は魔術的な索敵手段を有していないようであり、こちらの発見に時間を要している。

 1分ほど経過した後、前方から足音が聞こえてくる。遮蔽物から覗き見れば、50mほど先に魔神の姿を目視した。

 外套をたなびかせながら、周囲に視線を向けている。少し予定外だったのは、撃ち落としたはずのKar98kが再び6本、魔神の頭上に浮遊していたことだった。

 本人だけではなく、その銃までも無限復活らしい。ふざけるな。


 銃口を瓦礫の上に置き、狙いを安定させる。左腕が千切れかけている現状、立射での命中は望めない。射撃後の移動が遅くなるが、いまはこれでいい。


 引き金に指をかける。そしてその首元目掛け撃鉄を落とした。


 耳を劈く炸裂音。反動がライフルから肩に伝播し、それを肩甲骨をずらすことによって外へと逃がす。だが完全に消すことはできないため、膝に鋭い痛みが奔った。

 音を超える速度の鉛玉は、寸分の狂いなく魔神の首元に命中する。鮮血が吹き上がり、血の花を咲かせた。

 しかし予想通り、その血は逆再生のように元へと戻っていく。だがそれでいい。もうただの銃で殺せない事はとっくに分かっている。


 浮遊するKar98kの銃口と一斉に目が合う。

 身体をすべらせるように遮蔽へと隠れ、後は祈る。最初に見た高威力でないことを。


 遮蔽物にしていた瓦礫にいくつかの銃弾が命中し、破片が巻き上がった。頭上を通過していく風切り音すらも避けるように、頭を縮こめる。


 良かった。あの高威力の射撃はしてこなかった。やはり、あの魔神は《《本気》》で俺を殺そうとはしていない。

 とはいえ、それは奴の尺度の話でしかないのだろう。こちらは只の人間である。7.92x57mmモーゼル弾をバイタルパートに被弾するだけでほぼ即死だ。


 そもそも、奴の裏拳を粉砕骨折程度で防げているのもおかしいのだ。あの異常な瞬発力を繰り出せる膂力であれば、防いだ時点で上半身ごと吹き飛んでいても可笑しくない。

 

 その理由は疑問であるが、いまはどうでもいい。用意した策を実行するために、転がりながら《《それ》》の影に入り込む。


 魔神はすぐに、先程まで俺が居た場所に現れた。50mほど開いた距離を、たったの2秒程度で詰められている。

 だがそれでいい。なぜなら、魔神がそこに立っていることが、俺の策には必要だったからだ。


「ああ。そいつは私も好きだ」


 魔神が何かを言った瞬間、《《それ》》の引き金を落とす。

 先程まで使っていたStG44とは比べ物にならないほどの轟音が轟き、胃を揺らした。


 ――8.8 cm FlaK。通称アハト・アハト。

 第二次世界大戦期に、ドイツ国防軍が運用した、口径8.8cmの対空砲である。

 用いる弾は、対人用の銃の中でも高威力を誇るKar98kの弾の10倍以上の口径を持つ《《砲弾》》だ。


 命中部位によっては戦車すらも貫徹可能なそれを、魔神に対し直射した。 

 暴力的な初速で加速された砲弾は、あらかじめ定めていた狙い通りに魔神へと向かって吸い込まれていく。


「祖国の味でも食らってろッ!」 


 砲弾は命中し、魔神の上半身が爆ぜた。それは文字通りであり、残された下半身だけがぐったりと瓦礫へと膝をつき、地面へと転げ落ちる。

 浮遊していたKar98kも、まるでマリオネットの糸が切れたように地面へと落下していった。

 無事に策がハマったことにより、少し安堵する。これで終わりなら嬉しいんだが。


「――ハハハハハ!……冗談だろ、おい」


 だがそんな淡い希望は、すぐに打ち破られることになった。

 吹き飛ばされ、臓物が溢れ出ているその傷口の血が、逆再生のように集まっていく。

 

 数秒もすれば、完全にその上体が再生されていた。肉体はともかく、服までも再生されている。


 そして魔神は立ち上がり、こちらへと視線を向けた。落下していたKar98kも再度浮遊を始め、こちらへと銃口を向ける。

……これはもう無理だ。諦めたとか、心が折れたとかではなく、物理的に、この体勢から銃弾を躱す事は不可能である。


「あー、だっせぇ」


 自嘲気味に笑いながら、魔神の目を見据える。殺されるなら相手の目を最後まで見ておきたい。


 ――Kar98kの銃口から、一斉に炎が吹き出した。

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