Act7-3_謁見と権謀
/とある宮廷貴族
8月20日 13:12 ミスティア王国王都王城
場は厳粛な雰囲気に支配されていた。
女王陛下が御わす王座の正面を空け、左右に立ち並ぶは歴々の貴族達。右手側には王家派閥——ミスティア王家、アルムクヴィスト公爵家、ウォルコット侯爵家、そして書記を担当する私たち宮廷貴族。
対岸には地方領主派閥。辺境伯を筆頭に、主要な貴族がほぼ全て参集している。
王家派閥にも歴々が揃っていた。レティシア・ウォルコット侯爵、そしてオイフェミア殿下の実兄ヴェスパー・アルムクヴィスト公爵。黒いビジネススーツのような礼服を着た公爵は、何処か愉快そうな表情で列に並んでいた。
だが他の各貴族達の顔に笑みは無い。それどころか、誰もが真剣な面持ちでこの場に参じている。
それこそが今回の御前報告会に対する各貴族の反応そのものを表していた。
だがそれは当然のことでもある。
『逸脱者ノルデリアの襲撃によりアルムクヴィスト軍は壊滅状態に陥った』
という字面だけ聞かされて、今回の報告会に望んでいるのだから、それは当然であろう。
私も戦闘の仔細は知らないが、アルムクヴィスト公爵の表情を見る限り、そこまでの逼迫した状態では無いと推測していた。
間もなく今回の主役であるベネディクテ王女殿下とオイフェミア殿下が入場なされる。
横の同僚に目をやれば、各貴族であり有数の実力者が立ち並ぶ状況で、今にも緊張でどうにかなりそうな様子であった。
「これより報告会を開始する」
ラクランシア女王陛下の声が、静まり返っていた謁見の間に凛と響いた。
それと同時に大扉が開き、ベネディクテ王女殿下とオイフェミア殿下が入場される。
お二人共正式な礼服に身を包んでおられ、いつもとは異なる雰囲気を伴っていらっしゃった。
だがその背後にもうひとり、見知らぬ人物が続いている。僅かなざわめきが場内に走った。
黒いベレー帽に肩章付きのYシャツ、黒いスラックスを着た《《男》》。私達よりも色の濃い肌に低い鼻。この周辺の人種ではないが只人だろう。誰もが両殿下よりも、その男に視線を向けた。
両殿下が王座の前で最敬礼を行う。
背後の男は右手の甲を額に当てた。騎士階級で一般的な挙手の敬礼だ。鎧姿でもないのに挙手の敬礼とは違和感があるが、異民族なら文化的な違いだろう。
ラクランシア女王陛下がそれに答礼を返し、再び場に静寂が齎された。
「よくぞ戻った、ベネディクテ、オイフェミア。フェリザリアによる国境侵犯に端を発する戦闘の仔細を報告せよ」
ラクランシア女王陛下の凛とした声を受け、両殿下がその場から立ち上がる。そして両手側にいる各貴族へと目をやった後に、静かに言葉を続けた。
「フェリザリア王家軍第一騎士団の一部、通称"ノルデリア軍団"1500による突発的な軍事侵攻が4日前の7月31日の夜分に発生しました。アルムクヴィスト公爵軍は歩兵216、近衛隊13、騎兵18、魔術師8を損失。これは展開していた部隊の半数に登ります」
ベネディクテ王女殿下の報告に、再び場内はどよめきに包まれる。
私自身も耳を疑った。展開していた総数が少ないとはいえ、想定を超える大損害である。戦術的に言えば壊滅判定だ。部隊の維持すら不可能な大打撃であることはいうまでもない。
「しかし現地で遭遇した"傭兵"、及び各将兵の奮戦もあり、敵に再編不能な大打撃を与え撃退することに成功しております。具体的に申せば、敵騎士階級の7割を殲滅致しました」
先程よりも大きなざわめきが場内に奔った。
私も記録していたペンをしばし止めてしまう。
いまなんと殿下は申された?敵騎士階級の7割を殲滅だと?何がどうなればそんな戦果が上げられる。
逸脱者、そして戦略級魔術師であるオイフェミア殿下であっても、ノルデリアが敵方の指揮官である以上、上位魔術の詠唱時間を確保できたとは思えない。
「静まれ」
ざわめきが一瞬にして収まる。
ラクランシア女王陛下の声に誰もが気圧された。それは私も、各地方領主達も同じである。
例外としてレティシア・ウォルコット侯爵とヴェスパー・アルムクヴィスト公爵の両名だけが表情を変化させていなかった。
「ふむ、傭兵と申したな。その者の仔細を伝えよ」
ベネディクテ王女殿下が一歩下がり、変わりにあのベレー帽の男が前に出た。
あの男がその傭兵なのだろうか?まあでなければこの様な場にいることなどありえないか。
「はい。この者こそが我々に協力し、逸脱者ノルデリアを退けた張本人、アサカ・ヒナツです」
一歩前に出たアサカと称された男は改めてラクランシア女王陛下に挙手の敬礼を行う。
その雰囲気は我々文官貴族とは明らかに違った。どちらかと言えば常在戦場にある騎士武官と親しいものを感じる。
場に再びざわめきが巻きおこった。多くのものが、ここまでの話の流れで想像はしていたが、俄には信じられないと言った面持ちである。
「このアサカはノルデリアと交戦し、危機に瀕していたオイフェミアを救出。その後我らの本隊を半周包囲していた敵部隊の騎士階級を的確に狙撃し、我々に勝利を齎しました」
ノルデリアを退けた事もそうだが、それ以上に狙撃という単語に疑問を覚える。
魔術か、弓などによるものなのだろうか?
だが魔術だとすれば、あの男から感じられる魔力が少なすぎる様に思える。
まあそれは、場の全てを飲み込まんとするオイフェミア殿下の魔力の横にいればこの場の誰もがそうなのだが、それにしても微弱な魔力しか感じ取れなかった。
「ふむ。ではどうやってノルデリアを退け、敵騎士階級を殺傷したのだ?その方法を知る事を、私は望む」
ラクランシア女王陛下の言葉は、この場の誰もが聞きたいことであった。
そのため全ての貴族達が聞き逃すわけには行かぬと耳を澄ませる。
「はい。それではまず、このアサカという男について説明せねばなりません。彼は我々の世界の住人では無く、深淵の核によってこちらへと招かれた別世界の人間なのです」
ざわめきには収まらない喧騒が場を包んだ。
「殿下は正気なのか!?つまり魔神と同じではないか!そんな危険な存在が何故この場にいるのだ!」
「衛兵!衛兵を呼べ!この魔神もどきをこの場から叩き出せ!」
地方領主派閥の中でも下位の弱小貴族が数名、その様に叫びだす。
私はそいつらの名前を記録用紙とは別の羊皮紙のメモしていく。馬鹿共が。
場をわきまえず狂乱するお前らはこの国に必要ない。
ざわめきは収まらない。いい加減に嫌気がさしたのか、女王が手を上げ声を制そうとした時、王家派閥側から声が上がった。
「全く騒々しい。そろそろ黙ってもらえません? 陛下の御前ですよ」
声の方向を見ずとも、誰の言葉かは分かった。ヴェスパー・アルムクヴィスト公爵だ。
「あ、アルムクヴィスト公爵! しかしだな」
「ごちゃごちゃ煩いんですよ。彼がどういう存在にせよ、我々は彼のお陰でベネディクテ王女殿下とオイフェミアを失わずに済み、ノルデリア軍団の撃退にも成功した。まずは謝意を述べるべきでしょう。それとも卿らはそんなことすらできないのか? 全く、同じ青い血が流れているのか疑わしいですね」
痛烈な皮肉に王家派閥から笑い声が漏れる。地方領主派閥の大貴族達は目を閉じ、反論しない。それでも噛みつこうとする一部の若年貴族を、ラクランシア女王陛下の声が遮った。
「騒々しい、静かにしろ。ヴェスパーも言葉を選べ」
ラクランシア女王陛下の言葉にヴェスパー・アルムクヴィスト公爵はどこ吹く風といった表情を浮かべている。
まあかの公爵は主従関係以前に女王陛下の甥でもある。最早慣れた事のようだった。
ため息をついてからラクランシア女王陛下は言葉を続ける。
「失礼したな、アサカという別世界よりの放浪者よ。ヴェスパーの言う通り、貴公にはその功績を讃え謝意を贈りたいと思う。この度の武功、誠に見事であった」
「勿体ないお言葉を頂き、光栄至極でございます」
アサカという男傭兵は深々と頭を下げ、返礼を行った。
ここで初めてアサカという男の言葉を耳にしたが、綺麗な連合女王国訛りの共通語である。
間違っても魔神語などではない。しっかりとそれを記録していく。
「それでベネディクテ、謝意だけではとてもこの者の功績を評価できたとは思えぬ。故に褒美を与えようと思うのだが、お前は何が良いと思う?」
ラクランシア女王陛下の言葉に、ベネディクテ王女殿下は鋭い刃の様に地方の若年領主を睨みつけていた視線を区切り、王座へと目を向けた。
そして淀みなく言葉を発する。
「私はこのアサカにミスティア全地域での活動を認可する王家公認の傭兵としての立場を贈りたいと考えております」
再び先程の若年地方貴族が声をあげようとするのを、オイフェミア殿下、ヴェスパー公爵の兄妹が視線だけで封殺する。
微弱な魔力の流れを感じることから、その視線には魔力を僅かながらに込めているのだろうか。
何れにせよ一般者が耐えられる重圧ではない。睨まれた若年地方貴族は、生まれたばかりの子鹿の様に震えていた。
「ふむ。だがそれは王家の一存だけで決められる事では無いな。あくまでこれに同意する貴族諸系の領地での活動としよう。ヴェスパー、レティシア、卿らはどうか」
「僕はもちろん、アルムクヴィスト領での活動を承認します。オイフェミアが初めて連れてきた男だ、妹の事は応援しないとね」
「兄さん!?」
「ウォルコット家も領地内におけるアサカ様の活動を承認致します」
承認の事も、オイフェミア殿下の赤面も漏らさず記録する。後でバレたら殺されそうだが、これも書記の務めだ。
ともあれ、これで王家派閥はベネディクテ殿下の案に同意することになる。
王家派閥傘下の各貴族達も異存は無いようだ。
「では次にニルヴェノ伯に問おう。卿らはどうか」
続いて地方領主派閥の筆頭であるニルヴェノ辺境伯に、女王陛下が問いかけた。
瞑っていた目を開き、ニルヴェノ辺境伯が声を上げる。
「私としては異存ありません。ニルヴェノ領全域での活動を認めます。お望みならば諸税の免除も」
「ニルヴェノ伯と同じく」
「私もです」
地方領主派閥の代表的な貴族達が次々にそう述べた。主人にはしごを外された若年地方貴族どもは面を食らった様な表情を浮かべていたが、状況が理解できたのか鳴りを潜めていく。
この場の大貴族全員が議論も無しに同意した。
それはつまり、ベネディクテ王女殿下が事前の手回しを行っていたということにほかならない。王女殿下の政治的勝利だ。
「ではこれよりアサカ・ヒナツはミスティア王家に承認された傭兵としての活動を行う事を許可する。仔細については追って後日書面で送るとしよう。この場に不在の各地方領主にもこれを承認するか文書で送れ。詳細はベネディクテ、貴方が纏めなさい」
「仰せのままに、母上」
ラクランシア女王陛下が声を張ってそう宣言した。参列した各貴族達もそれを静かに聞き入れ、同意の意を示す。
だが最も困惑した様な表情を浮かべているのは当事者たるアサカであった。
「さて最後に、アサカ。以上の事で異存はないか?」
「御意のままに。女王陛下、及び各貴族の方々、感謝を申し上げます」
「ふふ、良き男だ。それではこれにて報告会は終了とする。後日レティシア率いるウォルコット侯爵軍による報復行動後に停戦会議を開くこととしよう。解散」
ラクランシア女王陛下の声により、各貴族達が退出していく。
きっと私もベネディクテ様の仕事を手伝わされるのだろうなと思いつつ、緊迫した報告会は終了となったのだった。
/朝霞日夏
8月20日 14:30 ミスティア王国王都王城
「お疲れ様でした、アサカ」
御前報告会が終了後
ゼファーに先導され謁見の間を退出し、廊下で一息ついていた所、オイフェミアに声をかけられた。
「お疲れ様。まさか王家公認の傭兵としての活動だなんて思わなかったから、驚いたよ」
心中を素直に吐露する。
ゼファーはすぐに一歩引き、護衛役として徹していた。
「すいません。事前にその辺りのすり合わせは行わせていただきたかったのですが、こちらもゴタゴタしておりまして」
政治的な根回しもあった事は容易に想像がつく。あの場で素直に受け入れられたというのは、そういうことにほかならない。
オイフェミアにもベネディクテにも随分と迷惑をかけた。
「いやいや、寧ろ迷惑をかけた。ありがとう。恩には報いるように働かせてもらうよ」
「いえいえいえ!とんでもない。こちらこそ、アサカに恩を返す立場ですから。それに、勿論これは私たちにとってメリットのあることでもありますので、気にしないでください」
さて。一介の歩兵一人を傭兵として動かせたとしても、大したメリットにはならないと思うのだが、オイフェミア達にとってプラスに働くのならそれでいいだろう。
正直な話をすれば、最低でも分隊単位での行動を行いたい所であるが、これ以上要望をするのは申し訳ない。それに、装備や練度の統一ができない以上、連携するのにも限界がある。
「私は残務が色々とありますので、また夜にお会いしましょう。ベネディクテにも声をかけているのですが、夜は私の屋敷でささやかではありますが、食事の場を設けさせていただければと。私の兄上、アルムクヴィスト公爵のヴェスパーも呼んであります。如何でしょうか?」
「ああ、勿論断る理由などないさ。何から何までありがとう、オイフェミア。お兄さんにもご挨拶させてもらいたいと考えていたんだ」
「あ、挨拶ッ!?い、いえ、なんでもありません。ではまた夜に!ゼファー、アサカ様を頼みますね」
「畏まりました、オイフェミア様」
オイフェミアは照れたように微笑み、踵を返す。
そのまま、再び謁見の間の中へ戻っていった。恐らくはお歴々の貴族方と話でもあるのだろう。
改めて、あの若さで貴族としての務めを全うしているオイフェミアに尊敬の念を抱く。
俺が16の頃など、ただ漠然と高校に通っていた。自身の責任も義務も何も考えていなかった。
「さて、じゃあいこうかアサカ」
ゼファーがそう声をかけてくる。いつの間にか『さん付け』 は外れていた。その方が俺にとっても心地良い。こちらはMrをつけられて呼ばれる様な人間ではないのだ。
「屋敷に戻るのか?」
「とりあえずはねー。ここにいると《《視線》》が凄いし」
視線。それにはとっくに気がついている。俺の事を遠巻きに眺めながら、何かを話している集団。若い貴族であろう、身なりの良い女の集団がいるのだ。
彼女達は、ベネディクテが俺の事を紹介した時に反発の声を上げていた貴族たちだ。
まあ彼女達の心情も理解はできる。突然現れた《《男》》傭兵など、怪しさ満点だろう。俺も同じ立場であれば、声を上げることはないにせよ、懐疑的な視線は向けてしまうかもしれない。
苦笑いを浮かべながら、その若い貴族達に会釈をする。すれば彼女達は気に入らないとばかりに視線を切り、どこかへと歩いていってしまった。
「嫌われたな」
「ハハハ。気にすることないよ。あのお方たちは地方領主派閥の若年貴族様方さ。先代のご当主様方が戦死されて、繰り上げになったばかりの方たちだよ。要するに、我々アルムクヴィスト家の人間が属する王家派閥とは対立関係なのさ」
『我々アルムクヴィスト家の人間』か。すっかり仲間と認めて貰えているようで感謝しかない。
「どの世界でも政治というのは面倒くさいもんだなぁ」
ゼファーと共に苦笑いしながら、どちらともなく歩き始める。
まだ夕食まで時間はあるだろう。さて、どう時間を潰したものか。
/ベネディクテ・レーナ・ミスティア
8月20日 14:35 ミスティア王国王都王城
「つまり、アサカ様は餌だと?ベネディクテ、貴女は……」
どこまでも冷たいオイフェミアの声が、謁見の間に響く。
いまここに残っているは、オイフェミアの兄であるヴェスパー・アルムクヴィスト、オイフェミア、レティシア、母である女王ラクランシア、そして私の5人のみ。
そしてオイフェミアの底冷えするような声は、私に向けられていた。
だが逸脱者の凄みとて、それで怯むようならオイフェミアを相談役などに指名していない。
「ああ。お前もとっくに理解しているだろう。あの時、私たちがノルデリアの侵攻を掴めなかったのは何故だ?大隊規模とはいえ、ノルデリアが動けば、フェリザリア内に浸透している人員がすぐに気がつくだろう。つまりは……」
「うちの中に間者がいるってことだねぇ。それも、意図的にノルデリア侵攻の情報を秘匿できるような立場のものが」
私と同じ様な白髪を揺らしながら、ヴェスパー兄が口にする。
それに続くようにレティシアも口を開いた。
「もしくは、フェリザリア内部の人員が堕ちているか、ですね」
「その通りだ。私としては、地方領主派閥の若年貴族どもが加担していると考えている。元々、奴らは我々王家に対して懐疑的だ。自分の領土が貧しいのは我々王家が無能だから、とな。逆恨みもいいところだ」
「ですが彼女らが黒幕という事はないでしょう。政治力も頭も足りていません」
「となればニルヴェノ辺境伯辺りか。だけど、そんなことするかねぇ?」
仮にニルヴェノ辺境伯が黒幕なら厄介だ。辺境伯はミスティア南部——独立妖精国家群と連合女王国の戦闘地域に近い不安定地域を、強力な軍隊とカリスマ性で治安維持している。王家派閥にその地域をコントロールする余剰戦力はない。
だがヴェスパー兄の言葉の通りだ。ニルヴェノ辺境伯は、我らの派閥と対立する派閥の筆頭だが、かなり頭の切れる女傑だ。
こんな、わかりやすい権謀を仕掛けてくるとは思えない。
オイフェミアは無言を貫いている。
こんな会議をせずとも、彼女が本気を出せば我々の思考を覗き見る事など容易だ。
だが、オイフェミアは関係の深い者の思考を覗く事を酷く嫌う。
あの魔術を行使することは「私はあなたを信じていません」という宣言にも等しいからだ。
昔は魔力制御ができず、思考が勝手に流れ込んで悩んでいたが、今はほぼ完全に制御できている。不快感を感じているのは明白だが、今程度のストレスなら魔術の暴走もないはずだ。
「私の個人的な考えだが、その可能性は低い。ニルヴェノ辺境伯なら、もっと緻密な計画で謀殺を狙うはずだ」
「それは間違いございませんね。でなければ、派閥を一つまとめ上げる事などできないでしょうから」
「ならやはり考えられるのは2つ。フェリザリア内部の人員が裏切ったか、僕たち王家派閥の中に裏切り者がいるか」
ヴェスパー兄の言葉に、誰もが閉口する。皆が心の何処かで、その可能性が高いと分かっていたからだ。
「ああ。勿論僕じゃないよ。王座の簒奪なんて冗談じゃない、面倒くさい。それにベネディクテはともかくとして、僕が妹を裏切る訳がない」
人の悪い笑みを浮かべながら、ヴェスパー兄はそう言い放つ。
いらない言葉が大いに含まれているが、この人は昔からこういう人なのだ。根源的に、オイフェミアを中心として、彼の行動理念は決まっている。
それに、今更その言葉にめじくらを立てるほど浅い仲でも無かった。
「私もヴェスパー公爵と同様です。無論、オイフェミア殿下に心を見ていただいて構いません。その方がお墨付きも得られますので、寧ろ見てはいただけませんか、オイフェミア殿下?」
どこまでも真剣なレティシアの視線が、オイフェミアを貫いている。
「……レティシア……わかりました。伯母上……いえ、女王陛下。魔術の行使の許可を」
「許可する」
オイフェミアが思考を覗く魔術、認知開削をレティシアに向け行使する。
相変わらず凄い魔力の流れだ。これを人の身で抵抗できるのは、世界でもほとんどいないだろう。
暴力的な魔術の流れは、一瞬にして収まっていく。もう情報の収得ができたのか。
「……レティシア……。いえ、なんでもありません。彼女は白です」
「不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。感謝いたします」
わかりきっていたことであるが、レティシアも白だ。
それはそうである。もし彼女が糸を引いていたのなら、増援として駆けつけた時点で奇襲するのが一番確実なのだ。レティシアも逸脱者なのだから。
無論当事者である私も白である。となればあとは母上だけであるが、その可能性は無いに等しい。
母上の立場であれば、女王の座を跡継ぎの私に譲らない為、という動機も考えられない事もないが、私とオイフェミアが抜けた戦力の穴をどうするか考えられないほど馬鹿な人ではない。
「私も見るか?オイフェミア」
母上が自分からそう提案する。
「いえ。伯母上であれば、その剣を持って私の首を落とすでしょう。ましてや、フェリザリアに頼ることなど、一番お嫌いになるはずです」
「だがそれはあくまで感情的な論であろう?貴殿が縁の深いものの心を見るのを忌避しているのは重々承知している。しかしあえて辛い事を言うが、私もベネディクテも、ヴェスパーの事も平等に見てみるべきだ」
私は母上の言葉に頷き同意する。ここで全員が完全に信用できるだけで、今後色々な事が円滑になる。
オイフェミアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。それは彼女が我々を信用している証でもある。
彼女が一番恐れているのは、信用している者からの嘲り、罵り、裏切りだ。心の奥に刻まれたトラウマ。それが見えてしまうかもしれない恐怖は、信用があっても払拭できない。
無論レティシアを信用していないわけではない。ただこの場で彼女だけが直接的な血縁ではなかった、それだけだろう。
「オイフィ、伯母上の言う通りさ。ここで一度全員の心を見たほうがいい。あ、勿論オイフィが糸を引いていたのだとしたら、僕はオイフェにつくから安心してくれ!」
どこまで冗談なのかわからない言葉をヴェスパー兄が口にする。
母上も、レティシアも、そして私も大きなため息をついた。
それにオイフィとは。久々に聞いたオイフェミアの愛称だ。成人してから呼ぶことは無かったため、久々に聞いた。
「兄様最低です……ですが、わかりました。いきますよ」
オイフェミアが意を決したように認知開削を行使する。
同時に感じるのは、心に異物が入ってくる様な強烈な拒否感。だがそれを受け入れ、心の内面を開示する。
「……終わりました。当然ですが、全員白です。あと兄様、私に対して親愛を抱いてくれることは大変うれしいのですが、心の中まで大音量なのはやめてください」
「ハハハ!ごめんごめん」
これは一種の儀式でしか無かった。最初から答えの分かっていた確認の儀式だ。
オイフェミアには無理をさせた。彼女が恐れ、忌避する事をさせてしまった。
「あとは皆さんが、私を信用してくれるかです。もしかしたら、私の自作自演かもっしれませんよ?」
暗い顔のまま、オイフェミアがそう呟く。声は低く、普段の明るさは微塵もない。
オイフェミア以外の私たち4人は顔を見合わせた後に、それぞれに口を開いた。
「オイフェミア殿下を信じております。殿下が裏切るならば、さっさと瞬間転移を使ってフェリザリアへと下ればいいのですから」
「そうそう。そうじゃなくても、ミスティア王都全体を氷漬けにしたっていいわけだしね」
「ああ。もしオイフェミアが裏切っていたのなら、そもそもお手上げだ。この議論は全くの無駄になるだろう」
「……そういうことだ。ここにいるみんな、お前を信じて、愛しているよ、オイフィ」
私はオイフェミアを抱きしめる。相変わらず逸脱者とは思えない細い身体だ。震える彼女を、姉になったように抱きしめる。
直後、魔力の揺らぎを感じた。精神抑制の魔術を行使したのだろう。泣きたい時は泣けばいいのに。だが彼女の強大すぎる力故、もう只の少女には戻れない。
ハグをやめ、離れる。彼女が口を開いた。
「失礼しました。それで、ベネディクテがアサカ様を囮に使うという話でしたね?」
開口一番、辛辣である。精神抑制をして、通常運転に戻ったとはいえ、相当納得のいっていない様子だ。
「人聞きの悪い。いや実際そうなのだがな。現状、アサカに手を出してくるとすれば地方領主派閥の若年貴族たちだろう。御前報告会を見れば、私の面子に泥を塗りたいのは明らかだ。黒幕もノルデリアを退けたアサカを放置したくないはず。若年貴族どもは十中八九、黒幕の傀儡だ」
「貴女の考えは理解できますよ、ベネディクテ。若年貴族を捕縛すれば粛清をする証拠になり、黒幕の尻尾を掴む手がかりにもなる。まさに一石二鳥という訳ですね?」
「ああ。そして黒幕がこの場の誰でもないなら、可能性が高いのは諜報の統轄者……」
「私の家臣である、アーレンス伯爵か」
母上の言葉に頷く。
アーレンス伯爵は、ミスティアの王宮務めの貴族である。何代も前からミスティア王家に支える家系であり、主に諜報を担っている。政策、軍事行動の要となる情報貴族だ。
「勿論その可能性は高いと考えます。もしくは、先程もレティシアが述べた通り、フェリザリア内部の人員が既に堕ちているか」
「私はアーレンスとの付き合いは長い。それに、オイフェミアの能力を知っているかの伯が、こんな足の付きやすい事をするか?どちらかと言えば、アーレンスも誤情報に踊らされた、つまりフェリザリア内部の人員に問題が発生している可能性の方が高いと思うが」
「いや。もしかすれば、オイフェミアが認知開削を使ってくるのを待っているのかもしれませんよ。ノルデリアがオイフェミアを無力化できれば万々歳。それが上手くいかなかった場合の次点の策は用意しているのが当たり前ですから」
「つまり、アーレンス伯爵が、オイフェミア殿下の魔術に対するカウンターを狙っている可能性があるということですね。ですが、オイフェミア殿下の精神防壁を抜ける魔術など、存在しているのですか?」
「……ほぼ無いでしょう。自分で言うのもなんですが、私の精神防壁は《《神》》の勅命ですら拒絶できますから」
私たちは考えすぎなのだろうか?もしかしたら、黒幕には大した考えもなく、ノルデリアがオイフェミアを捕縛できると考えていたのかもしれない。
そもそも我が国の逸脱者は3人存在している。オイフェミア、レティシア、そしてもう一人。
その全てが、王家派閥に近しい存在だ。
例えオイフェミアをどうにかできたとしても、レティシアともう一人の逸脱者をどうするつもりなのだ?
だめだ。考えれば考えるほど、向こうの意図が読めない。いや、フェリザリアに私とオイフェミアを無力化してほしかったのはわかる。だがそれが失敗した後のプランが読めなさすぎる。
「……もしかして、完全な第三勢力がミスティアとフェリザリアの潰しあいを狙っているのではないでしょうか?」
オイフェミアが顎に手を当てたままそう口にする。
確かにその可能性もある。その場合可能性が高い勢力は……
「だとすれば、北方魔物部族連合、もしくは深淵の魔神勢力の可能性がありますね」
「そうだねぇ。とりあえず連合女王国と独立妖精国家群はないだろう。どっちもバレたときのリスクが高すぎる。現状あの2国は戦争中だからねぇ。更にフェリザリア、ミスティアという大国2国を敵に回せばどうなるか、そんな事はわかりきっているはずだろう」
現状では情報が足りない。考えていても、全てが憶測の域を出ないだろう。
「母上、いえ女王陛下。私はオイフェミアと共にアーレンス伯爵に直接お会いするのが一番早いと考えます。オイフェミアがアーレンス伯爵の白黒を判断できれば、自ずと敵がどこに潜んでいるのかもわかるでしょう」
「まぁ……そうだよねぇ」
「ええ。現状では最適解かと。オイフェミア殿下にはまた負担をかけることになってしまいますが」
母上は少し考えた後に、オイフェミアに対して目線を向ける。
「オイフェミア、貴殿はどうだ?異論はあるか?」
「私もベネディクテの案に同意します。例えこちらを誘い出す罠だとしても、罠ごと食い千切りましょう」
心強い言葉である。オイフェミアやレティシアが言えば、掛け値無しで共に歩き出せる言葉だ。
「理解した。ではオイフェミア、ベネディクテはアーレンス伯の確認をとれ。その後は随時任せる」
「ご下命のままに」
そう返せば、母上はレティシアへと顔を向けて口を開く。
「レティシアは明朝、フェリザリア国境へと戻ってくれ。行ったり来たりすまんな」
「いえ、お気になさらず。御意のままに」
レティシアは人形の様な美しい顔を一つも動かさず、平坦に言葉を返した。
「ヴェスパー。貴殿は地方領主派閥の若年貴族を監視せよ」
「仰せのままに」
母上が全員に命令を下し終わり、張り詰めていた空気が僅かに緩む。
だがその直後に、オイフェミアの懐疑的な視線でこちらに向けられた。
「しかしベネディクテ。何故アサカに狙われる可能性を伝えなかったのです?せめてゼファーには……」
「言いたいことはわかる。だがアサカもゼファーも精神抵抗の準備が万全とはいえないだろう」
「つまり、思考が読まれるのを危惧したと?」
「ああ。オイフェミアほどでないにせよ、何をしてくるかわからない。今回の相手は不気味だ。用心に越したことはない。まあ一長一短だがな。こればかりはアサカとゼファーを信じるほかない」
オイフェミアは納得のいっていない顔を浮かべている。こいつめ、私よりもよっぽどアサカに本腰をいれているではないか。
「それはそうですが、せめて他の護衛など……」
「アサカは傭兵として王家が承認した存在だ。傭兵とは武を生業とする兵。そんな存在にゼファー以上の護衛などつけてみろ。あいつの実力が懐疑的になるばかりか、私たちが守りたがっていると喧伝するようなものだ。それこそ、王家派閥を疎ましく思っている存在が狙いたがるだろう。それに、あいつの強さは私たちが一番理解しているではないか」
「……はあ。そうですね。わかってますよ」
オイフェミアが大きくため息を尽きながら目を瞑る。
私人としてはアサカに危険が及ぶことは避けたい。あんな好条件の男、二度とお目にかかることはできないだろう。失いたい訳がない。
せめて、せめて1度は褥を共にしたい……ただの性欲の溜まった未通女の本音だが。
だがこちらが下手に動けば余計な事態を招く。歯がゆいが、今は自力で何とかしてもらうのが一番だ。
まあ。ノルデリアさえも退け、私を組手でねじ伏せた男だ。多少の事なら乗り越えてくれるだろう。これは一方的な信頼の押し付けだが。
ヴェスパー兄とレティシアが心底愉快そうな感情を瞳に宿している。これ以上厄介なことになる前に退散しよう。実際一番大きな仕事も残ってる。
「では母上、私とオイフェミアはこれにて。アーレンス伯の元へと向かいます。ヴェスパー兄とレティシアも頼んだぞ」
「ハハ、任せときなー」
「こちらはお任せください、殿下」
ヴェスパー兄とレティシアがそれぞれ答えてくれる。それを大変頼もしく思いつつ踵を返した時、母上が口を開いた。
「頼んだぞ、ベネディクテ、オイフェミア」
「お任せを!」
さて。好みの男を存分に抱く未来の為、この国に巣食う問題を伐採しに行くとしよう。




