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元陸自のアラサーが貞操逆転異世界に飛ばされて色んなヒロインに狙われる話  作者: ArtificialLine


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Act7_王都へ

/レティシア・ウォルコット

8月19日 18:45 ミスティア王国東部臨時キャンプ


 黄昏が世界を侵食していく。未だ沈みきらぬ太陽はその熱を弱め、夜の訪れを告げていた。


 壊滅状態という追加報告を道中得ていた為、それなり以上の地獄絵図を想定していたのだが、中々どうしてアルムクヴィスト軍の将兵たちの士気は旺盛であるようだ。


 それはオイフェミア、ベネディクテ両殿下の求心力によるものか。はたまた救世主として現れた件の傭兵によるものか。

 何れにせよ、散り散りに敗走していても可笑しくない大損害を受けたとは思えぬほど仮設陣地の兵員の顔色は悪くない。


 到着して事態の把握と配置交代を終えた後、ベネディクテ殿下へとラクランシア女王陛下の意向を伝える。すればバツの悪そうな顔を浮かべ何処かへと消えていった。


 きっと件の傭兵を呼びに向かったのだろうが、素性の知れぬ者に直接王族が声をかけに行くなど彼女の部下が騒ぎそうなものである。

 だがベネディクテ殿下の近衛隊の面々は皆平静なようだった。これはきっとオイフェミア殿下がその傭兵とやらを信頼しているからに他ならない。


 ベネディクテ殿下とオイフェミア殿下は従姉妹という関係以前に絶対の親友同士だ。

 つまりはその部下たちも、双方の人格や実力をよく把握しているということである。

 他人の心が勝手に見えてしまう事なぞ勘弁願うが、この時ばかりはオイフェミア殿下の異能を羨ましく思った。

 だがこの思考はオイフェミア殿下に対する侮辱に他ならない。彼女はそれ以上の苦しみを受けここまで生きてきたのだ。


 現在は陣地に設営された指揮キャンプで待機している状態だ。側には私の部下2名とオイフェミア殿下、そして殿下の近衛隊の騎士1人が詰めている。


「まさかレティシアが増援としてきてくれるとは、驚きました」


 手にしていた紅茶のカップを置き、オイフェミア殿下が声をかけてくる。

 言葉とは裏腹にその表情は平静そのものであった。


「御冗談を。(わたくし)の行動も、女王陛下の思惑も想定の範囲内でしょう」


「まあ、そうですね。この後は報復行動を行うつもりですか?」


「いえ。まずはベネディクテ殿下とオイフェミア殿下と共に王都へ帰還し、御前報告会へと参加致します。報復行動はその後になるでしょう」


「それが妥当でしょうね。ですが作戦時は気をつけてください。向こうの指揮官は逸脱者(最強)ノルデリアでした」


「問題ありません。そのために(わたくし)へ勅命が下ったのです」


 話していれば、テントの外から複数の足音が聞こえてくる。

 ベネディクテ王女殿下が戻ってきたのであろうか。


「遅れた。変わりないか?」


 そう言いながらテントへと入ってくるのは、やはりベネディクテ王女殿下であった。

 その後ろには長身の男が1人続いている。

 黒のベレー帽に橙色のメガネのような物。シミひとつ無いYシャツ、真っ黒なスラックス。そして一番に目を引くのは、首から下げるようにして保持している弦の無いクロスボウのような物。これが件の傭兵であろうか。


 自分の想像とは180度異なった見た目に若干の驚きを抱く。

 もっと筋肉旺盛な肉達磨か、純魔術師然とした男をイメージしていたのだが、その格好以外は存外普通である。

 この辺りでは見かけない人種の人間ではあるが、それ以外に特異な事はあまり感じられない。強いていえば、纏う雰囲気が(わたくし)やベネディクテ王女殿下と同じ戦士としてもものだということくらいか。

 まあ男性という時点で充分に特異なのだが、(わたくし)の想像よりは余程まともな外見であった。


「アサカ、その格好はどうしたのですか?」


 オイフェミア殿下がそう問いかける。言葉から推測するに、普段の装いとは異なるのだろう。

 そうであろうとは思った。その服ではあまりにも戦いづらかろう。


「ベネディクテから謁見だと聞かされてね。最低限の礼服は身につけるべきだと考えた。不味かったか?」


 それが礼服なのか。私達の常識にある礼服よりも、大分落ち着いたデザインの様に感じる。恐らくは文化の方向性の違いだろうか。


「いえ、問題ありません……。どの道、御前報告会の場に、武器や防具を身に着けて入ることは許可されませんから……」


 少し歯切れの悪いオイフェミア殿下に視線を向ければ、若干頬を赤らめて下を向いていた。

 ほほう、これは面白そうである。


 そういえば男傭兵はベネディクテ王女殿下の事も呼び捨てにしていた。

 あの王女殿下が他者、それも男に敬称で呼ばぬ事を許可するなど今まで殆ど無かった事だ。


 例外は(わたくし)やオイフェミア殿下の兄君、ヴェスパー公爵くらいであろう。つまりベネディクテ王女殿下もこの男傭兵に気を許しているということになるのだろう。珍しいこともあるものだ。


 男傭兵の視線が私とぶつかる。彼は軽く会釈をするとオイフェミア殿下へと視線を向けた。その会釈から感じられたのは貴族としての作法では無く、労働の延長線の様なもの。


「レティシア、紹介します。こちらはヒナツ・アサカ。我々を窮地から救ってくれた異世界人です」


 眉を動かし、それに少し驚いた。なるほど異世界人ときたか。


 オイフェミア殿下がそういうのならば、それに間違いは無いのだろう。まあ起こり得ないことでもない。

 実際魔神は深淵(アビス)を通じて異世界より溢れ出てくる。

 人間が1人流れ着いたとしても然程不思議なことでも無かった。


「アサカ、それでこちらが……」


 オイフェミア殿下のパスを受け、席を立ち言葉を続ける。


(わたくし)の名前はレティシア・ウォルコットと申します。若輩ながらウォルコット侯爵家の当主を務めさせていただいております。以後、お見知り置きを」


「これはご丁寧にどうも。先に紹介に預かった朝霞日夏です。元いた世界では傭兵の様な事をしておりました。ええと……」


「レティシアで構いません」


「どうも。レティシアさん、宜しくお願いします。こちらのことは、気軽に朝霞と呼んでください」


「受け賜りました、アサカ様」


 アサカに対し、カーテシーを持って貴族の礼を行う。

 アサカも労働の延長線の様な、堅い返礼をしてくれた。

 何処かそれが可笑しくて、思わず吹き出しそうになるのを表情筋に力をいれて抑え込む。


「アサカ、レティシアはミスティア第三位の貴族、ウォルコット侯爵家の現当主だ。それにオイフェミアと並ぶ我が国の切り札、逸脱者の1人でもある」


 ベネディクテ王女殿下が、そう補足説明を行ってくれる。

 改めて自らの評価を聞くと少しむず痒いが、それが事実であることは(わたくし)自身が最も理解していた。


 アサカは少し驚いた様な表情を浮かべ、(わたくし)の顔に目を向ける。


「高貴なお生まれだとはすぐに察しておりました。流れるような美しい銀の髪も、熟練の人形師が丹精込めて作り上げたかのような造形美も、俺の様な一般人とは一線を画すものですから。しかし、その実力までも一流とは。お会いできて光栄だ、レティシアさん」


 言われたこともないような褒め言葉を並べられ、思わず面を食らう。

 なるほど、オイフェミア殿下が顔を赤らめていた理由が理解できる。


 ベネディクテ王女殿下は少し眉を顰めて、不機嫌そうな表情を浮かべた。

 嫉妬だろうか。無自覚に独占欲の強い王女殿下もどうやらアサカにご執心のようである。王家の血族は全体的に無自覚に独占欲が強い。


 実力が真であれば、感情を隠さないその性格は好みだ。

 だが、両殿下がご執心とあれば、一歩引かざるを得ないだろう。


「ふん。とりあえず明朝、オイフェミアの次元通門ディメンション・ゲートを用いて王都へと移動するぞ。人員はアサカ、オイフェミア、レティシア、ゼファー、ラグンヒルド、そして私の6名だ。次元通門ディメンション・ゲートの移動には魔力を食うからな。いくらオイフェミアとは言え、無駄な負担をかけることもあるまい。他の者は待機し、フェリザリアの動向を監視する。異論は?」


 ベネディクテ王女殿下の言葉に誰も異を唱える事は無かった。

 強いて言うならば、我々が不在の間に事態が動けば面倒ということぐらいだが、まあ問題は無いだろう。

 私やオイフェミア殿下ほどでは無いにせよ、複数の実力者が参陣している。例えノルデリアが再び襲来しようとも、我々が戻るだけの時は稼げる筈だ。


「無いようだな。では各々準備を頼む」



/朝霞日夏

8月20日 8:45 ミスティア王国王都

 

 馬車に揺られ、圧倒される街並みを進む。

 目の前の景色に対する感想をなんと表現したものだろうか。

 兎も角、生まれてこの方一番の興奮を覚えている事には間違いない。


 大規模な城郭都市、それがミスティア王国の王都であった。

 星型要塞に大規模な都市が内包されている、生きたファンタジーの街並みである。


 しかし火砲が存在しない世界だと思っていた為、星型要塞が存在している事に驚きを抱く。


 星形要塞は別称イタリア式築城術とも言われる。

 火砲に対応するため15世紀半ば以降のイタリアで発生した築城方式の要塞であるためだ。

 中世に見られた垂直で高い城壁を持つ円形の城塞は、火砲の普及後、その脆弱性が露わになった。

 一方、星形要塞は多くの稜堡を持ち、それぞれがお互いをカバーするように設計されている。

 つまり火砲技術が発展した故に考案された防衛拠点なのだ。日本だと北海道は函館の五稜郭などが有名だろうか。


 そんなものがこのファンタジー世界に存在している。つまりは火砲と同様に運用される兵器体系が存在していることを示唆しているに他ならない。

 ではそれはなんだろうかと考えた時、真っ先に浮かぶものは魔術であった。

 初めて観測したオイフェミアの魔術を思い出す。あれは例外中の例外であるにせよ、弓などよりも遥かに高性能な火力が存在する世界であれば、この様な城郭都市が生まれる事も不思議では無いのかもしれない。


 それにしても維持費に莫大な資金が必要そうな都市だ。各稜堡の整備から何までコストが馬鹿にならなそうである。

 とはいえ、有事の際には首都全体が超強力な要塞として機能する事には間違いない。

 この都市そのものがミスティア王国という国の規模の大きさを物語っていた。


 街行く人々の顔は明るい。これから自分たちの生活が良くなると確信している表情であった。

 服装はドイツの民族衣装などと近しいものを感じる。


 だが明確な違和感を感じるのは、やはり男の数が少ないことであった。

 3:7の出生率の世界では仕方がないのだろうが、肉体労働や兵役に就いている殆どが女。元の世界の価値観的にはどうも不思議な感覚がする。


「なあ」


「なんだ?」


 こちらの問いかけに反応したのは、馬車内で横に座るベネディクテだった。


「男女の膂力の差はどうなっているんだ?肉体労働であれば、男の方が適任じゃないのか?」


 抱いた疑問を問いかける。いくら数が少ないとはいえ、肉体労働などであれば、男の従事者がそれなりにいても可笑しくはないとは思うのだが。


「通常であれば、男の方が膂力があるぞ。ただ魔力量に関しては、女の方が多い傾向にある。膂力の差があろうが、魔力や魔術で如何様にも強化できるからな。わざわざ危険な仕事に、絶対数の少ない男を使う必要もない」


 なるほど。この世界において、男というのは明確に庇護対象なのだろう。悪い言い方をすれば貴重品。怪我の危険性も高い仕事こそ、女の仕事になるのだろうか。


「アサカ様の世界では、男性が土木や軍役を行うのですか?」


 問いかけてきたのは、レティシアである。

 長い銀髪の髪をまっすぐに伸ばし、頭には瀟洒なティアラ。

 蒼色の瞳は、まるで全てを見通すように透き通っている。

 高名な人形職人の手による傑作、そんな美貌を誇っている。

 あまり良い褒め言葉ではないだろうが、高級な西洋人形の様な雰囲気の女性だ。

 

 オイフェミアもそうだが、これで最強の一人というのだから、全く持って外見は当てにならない。


「近年こそ別に男限定ではありませんが、男の比率が高い事は確かですね。肉体労働の殆どは、男の比率が圧倒的です」


 レティシアは、興味深げにその瞳を揺らした。やはり地球とこの世界では、ほとんどの常識が違うのだろう。


 せっかく縁ができた訳だし、どうせなら親睦を深める為に色々話してみたいものである。

 だが、こちらはともかくレティシアさんやベネディクテ、オイフェミアは多忙の身であろうし、無理に時間を割かせるわけにもいかないだろう。


 不意に頭上を影が覆った。

 何事かと、空に目を向けてみれば、そこには翼をはためかせ市街上空を駆け抜けていく竜の姿があった。

 初めて見るドラゴンに圧巻されつつも、詳細の把握に務める。

 ドラゴンの背中にはフルプレートに身をまとい、ランスを装備した騎士が騎乗していた。まさか文字通りの竜騎兵というやつだろうか?


「楽しそうですねアサカ。この様な街は珍しいですか?」


 オイフェミアが声をかけてくる。

 彼女自身も楽しそうに、ニコニコとした表情を浮かべていた。

 オイフェミアにとっては見慣れた光景だろうに、何がそんなに愉快なのだろうか?


「ああ。恥ずかしながら非常に興奮しているよ。こんな街並みも、人々も、そして何よりもドラゴンも、全てが初体験だ。楽しくてしょうがない」


「いま上空を通過したのは、航空竜騎兵ですね。調教した竜種であるワイバーンに騎乗するミスティアの兵科の一つです。とはいっても竜種は希少な為、数はそう多くありません。騎手(ライダー)騎士(ナイト)に見えるかもしれませんが、実は精鋭の魔術師なんですよ」


 説明をするオイフェミアはどうにも楽しそうである。

 何が原因なのかはともかく、オイフェミアが楽しそうで良かった。

 齢16歳程度の少女であれば、仲間を喪って塞ぎ込んでも可笑しくはない。


「魔術師なのか。ということは遠距離戦、もしくは爆撃を想定しているのか。ならば空戦も存在しそうだな」


「もちろん。とはいっても、飛行可能な幻想種や魔物を保有している国家や貴族は極少数です。彼らの役割は制空権の確保とその後の近接航空支援ですから」


 凄いな異世界。

 中世の様な世界で、近接航空支援などという単語が聞けるとは思わなかった。

 数を揃えるのが難しいにせよ、航空戦力が存在している世界ならば、この文明の発展具合であっても、概念が存在することに違和感はないが。


 ではこの要塞都市は格下相手からの防衛に建設されたものなのだろう。

 要塞の衰退と航空戦力の発展は反比例関係にある。

 何れ航空戦力が発展していけば、この美しい城塞都市も無くなってしまうかもしれないと考えると、少し寂しい気もする。


「いまから王城に向かうのか?」


 街を見て回りたい衝動はあるが、頭を切り替えそう問いかける。

 すればベネディクテが口を開いた。


「いや、まずは先んじて母上と事態の共有を行う。レティシア、オイフェミア、ラグンヒルド、お前たちも付き合ってもらうぞ。1人では説明が面倒だ」


 ベネディクテの顔にはありありと『面倒』という感情が張り付いていた。

 自身が原因である事を理解しているため、それに苦笑で返す。


「アサカはゼファー騎士補と共にアルムクヴィストの屋敷で待機していてくれ。少しであれば街を見て回っても構わんぞ。問題は起こさないでくれると助かるが。これを好きに使って構わない」


 馬車の横を馬に跨り並走していたゼファーが、ピタリと横付けしてくる。そして、ベネディクテがゼファーに対して、然程大きくもない袋を手渡した。

 中からじゃらじゃらと、金属の擦れる音が聞こえてくる。恐らくは硬貨が詰まっているのだろう。


 申し訳ないとは考えつつ、現状この世界で使える貨幣の持ち合わせはない。ここは大人しく甘えさせてもらおう。仕事ができるようになれば、返せば良い。


「ベネディクテ殿下、アサカ様の装備は如何するのですか?謁見の間には武装を持ち込むことはできませんよ」


 レティシアがそう問いかける。

 今装備しているのはP226(ハンドガン)レミントンACR(アサルトライフル)

 この世界の住人からすれば異様な装備であろうが、武器は武器だ。

 本音を言えばP226ぐらいは護身用に持っておきたい。

 だが後々心象を悪くされても困る。大人しく武装解除しておくに越したことはないだろう。


「どうせアサカの武器は私達には触れられん。まあ念の為オイフェミアの私室にでも置いておけ。そうすれば使用人共の目につく事もなかろう」


「確かにそれが良いかも……いや、駄目!駄目です!」


 オイフェミアが突然顔を赤くし、手をブンブンと振った。

 まあアラサーの男が10代後半の少女の部屋に立ち入るのは如何なものかと、自分でも思う。


「何だ、別段見られようとも困るものなぞ……」


「脱ぎ散らかした服とか下着とか散乱してるんですよ!」


「別に使用人が片付けているだろう」


「うるっさいベネディクテ!兎も角、銃を置くのは良いですけど、アサカは入らないでくださいね!台か何かに置いて、それをゼファーに運び入れて貰ってください!」


 こちらとしても下着など見ようものなら気まずいことこの上ないので、それはありがたい。

 オイフェミアの取り乱した様子を、ベネディクテは意味がわからないといった風に見ていたが、レティシアは何処か愉快そうである。

 お淑やかに見えて存外サドの気があるのかもしれない。


「まあ良くわからんが、兎も角我々は王城へと向かう。12時には報告会が開始されるだろうから、それまでに迎えの者を寄越そう。それまでアサカとゼファーは待機しておいてくれ」


 ベネディクテがそう言うと、馬車は停止する。ここで降りろ、ということだろう。

 豪華な装飾の施された馬車から降車し、ゼファーの騎馬の横へと並び立つ。


「ではまた後でな。3時間もすれば迎えが屋敷に行くはずだ」


「了解した。また後で」


 馬車で去っていくベネディクテたちに対して、手を振り見送る。


「オイフェミア様、可愛いでしょう?」


 馬車が見えなくなった頃、ゼファーが不意に声をかけてきた。


「ああ、可愛らしいと思う。立場がなければ、爛漫な少女なんだろうな」


「そうでしょう、そうでしょう?どう?オイフェミア様の初めての相手になるのは?」


「馬鹿言うな、俺の元いた場所じゃ、未成年に手を出したら捕まるんだよ」


「オイフェミア様は成人なされてるよ?ミスティアでは15歳で成人とされるのさ」


「まじかよ」


 今日日、ゼファーの発言はセクハラ以外の何物でもない。

 とはいえ、軍隊生活の長いこちらとしては、もっと下品な話題に囲まれるのが常であった。

 勝手に話題に出されているオイフェミアは少し気の毒だが、どこの世界も兵士の話題は変わらないということだろう。


 ひとまずは、オイフェミアの屋敷とやらに荷物を置きに行こう。


/朝霞日夏

8月20日 09:18 ミスティア王国王都中央広場


 ゼファーの騎馬の後ろに騎乗させてもらい、オイフェミアの屋敷を目指す。

 風と共に漂ってくるのは、薔薇の様な落ち着く香り。

 ワインレッドの赤髪と相まって、大輪の薔薇が目の前にあるようだ。


 街並みは中世というよりも、近代ヨーロッパに近しいだろうか。3階建てから4階建て程度の集合住宅が並び、その建物の1階部分に様々な商店が入っている。

 道路には街路樹と街灯が立ち並び、複数の馬車が駆けていく。

 また、上下水道が完備されているようで、大通りは清潔だ。


 都市の中央、小高い山のようになっているその上には、巨大な城が存在している。あれがミスティアの王城か。


 人々の往来は多く、また活気づいていた。そのほとんどは人間のように見える。

 たまに頭に獣耳を生やした人物や、リザードマンの様な種族も目に入るが、数はそう多くない。


 市場なんかも開かれているようだ。ぜひ見学しにいきたい。

 

「――Zephyr――」

「――Ritter――」


 なにやら視線と共に、多数の声が耳に入る。どうやら相当に目立っているようだ。

 恐らくはドイツ語のため内容は分からないが、『ゼファー』という名前は何度も聞こえた。

 

 言葉は理解できないながらも、どうやらゼファーという女性は相当に人気者らしい。

 まあ、ビジュアルも優れているし、オイフェミアに任命された近衛隊士でもあるのだから、彼女の影響力を考えれば妥当なのだろうか。

 にしては随分と黄色い歓声も多かった気がするが。


「あはは。ごめんねアサカさん」


「いや構わないよ。有名人なんだな」


「まあねぇ。ちょっと前に、街で起きたゴタゴタを解決した事があってさ。それ以来あんな感じなんだ」


 なるほどな。いわば市井のヒーローというところだろうか。同性からも黄色い声が上がっている理由が分かった。


 話題転換も兼ねて、ふと気になったことをゼファーに質問する。


「ゼファー、あの街灯はどうやって光るんだ?」


「んー?あー、あれは魔石灯だよ。魔石にちょっとした魔術を刻印すると、魔力に反応して発光するようになるんだ。魔力を持つ存在なら誰でも使える、便利なものだよ」


 文明レベルは中世程度かと思っていたのだが、建築やインフラにおいては近代に匹敵するものがありそうだ。

 

「そもそも魔石ってどんなものなんだ?」


「あ、そうか。アサカさんにはそこから説明したほうがいいよね。魔石は、大地に存在している魔力が結晶化して、鉱石になったものだよ。純粋な魔力源で、砕けば魔力の補充もできる便利なものだね。私の《《力》》も魔術も魔力を消費するから、いくつか常備して持ち歩いてるよ」


「なるほど。では魔力の補給においては必需品なんだな」


「いや、そういうわけでもないかな。魔力石の代替品として、魔香草なんかもあるよ。こっちは魔力を多く含んだ植物の名前だね。これを煎じてポーションにした魔香水もあるし、魔香草をそのまま煙草として用いる事もできるね。でもまあ、急速な魔力補給ができるのは魔力石かな」


 ほう、煙草か。魔力を含んだ煙草というのは気になる。

 俺はそこそこのヘビースモーカーなのだ。一日に1箱は余裕で消費してしまう。


 弾薬庫で数カートンの煙草は発見したが、あんな数ではすぐに枯渇してしまうだろう。煙草が存在しているのならば、補充には困らないかもしれない。


「どんな煙草なんだ?」


「一番普及しているのは、葉巻だねぇ。次点で煙管。アサカさんが吸ってたような……なんだっけ?紙巻き煙草?あれはほとんど見たことないね」


 やはりそうか。紙巻き煙草は、製紙技術が発展していないと製造もままならないものだ。

 ベネディクテやオイフェミアが用いていた紙は全て羊皮紙のようなものであった。であれば、樹木を用いた製紙技術はあまり発展していないのだろう。


 だが魔香草を用いた煙草にはニコチンが含まれているのだろうか?まあ含まれていなければいないで、脱ニコチンにはなるかもしれない。

 それに至るまでの禁断症状は置いておいて。


「魔香草の煙草はどんな味なんだ?」


「味?あー、スースーするねぇ。口の中がさっぱりするというか。あとは魔力の補給がされる関係上、高揚感があるかな」


 最高ではないか。俺は煙草の中でも、基本的にメンソールしか吸わない。この世界では諦めかけていたが、かなり期待ができそうだ。

 高揚感、というのはヤニクラに近いものだろうか。煙草も一気に吸ったりすると、脳がクラクラする感覚が起こるときもある。


「随分とこっちの煙草に興味があるんだね。荷物置いたら、市場でも見に行く?ベネディクテ様たちも、問題を起こさなければ構わないって仰っていたし」


「願ってもない。ぜひ案内頼むよ」


「ハハハ。あいさー。デートだね」


 ゼファーが振り返り、屈託のない笑みを向けてくる。それはどこか少年のようで、しかし彼女生来の美しさも内包していた。

 俺もつられて笑いながら言葉を返す。


「エスコートは期待しないでくれ」


「当然。こっちじゃ女が男をエスコートするものさ」


 しかし。先程の黄色い歓声を考えれば、ゼファーと共に街を歩くのは相当に目立ちそうだ。

 まあ顔を認知してもらう機会と考えればいいか。どうせ傭兵として活動するのならば、様々な方面にパイプを作っておいた方がいい。なんでもかんでも、ベネディクテとオイフェミアに頼りっぱなしなのは、心情的にも避けたいところだ。


 しばし話していれば、集合住宅が立ち並ぶ区域をぬけ、大きな屋敷が立ち並ぶ閑静な住宅街へと入る。

 先程までの大衆的な街並みとは異なり、瀟洒な雰囲気の高級住宅街といった趣だ。


「ここ辺りは貴賓街。王都に出向する大貴族様が所有するお屋敷や、大商人の屋敷が並ぶ区画だよ。まあ、といっても大貴族様のお屋敷はごく一部だね。殆どが、王都に地盤を持つ大商人のものさ。零細地方領主なんかは、宿屋街の安宿に泊まることも多いらしいよ」


 辺りを見回していたこちらに気がついたのか、ゼファーが説明をしてくれる。なるほど、そう言われれば納得の区域だ。


 道行く先に、大きな馬車が停車している。装飾を見る限り、先程まで乗っていた馬車ほどの豪華さは見られない。

 その馬車からちょうど、一人の中年女性が降車してきた。黒衣を身にまとったお付きらしき男性の手を取り、優雅に地面へと降り立つ。

 白く変色しつつある長い髪を、一房の大きな三つ編みにまとめあげた、優しそうな雰囲気の女性である。身にまとう衣服は上等なもので、ところどころの装飾には宝石も用いられているようだ。


「ん?ああ、ゼファー騎士補ではありませんか。これはお久しぶりでございます」


 その中年女性がこちらへと気が付き、ゼファーへと声をかけてくる。

 流暢な英語であった。上流階級では英語でのコミュニケーションが基本なのだろうか。

 ゼファーは馬を停止させ、口を開いた。


「おお!馬上からで失礼、マイヤーズ会長、久しぶりです。王都に戻っていらっしゃったんですか?」

 

「ええ、そうなのよ。ようやく独立妖精国家群との商談も終わってね。ミスティア産の武具を多く受注してもらえたわ」


 マイヤーズと呼ばれた中年女性は、口に手を当て上品に笑う。

 話の内容的に、商人だろうか?

 ゼファーとも知り合いのようだ。


「向こうさんは、いま連合女王国と戦争中ですからねぇ。只人(ヒューム)の作った武器でさえ欲しくてたまらないんでしょう。また儲かっちゃいますね」


「いえいえ、輸送費も考えたらそうでもないわよ。護衛だって高く付くしね?」


 そこまで言い終わったマイヤーズの視線がこちらへと向く。

 ゼファーとタンデムしている男というだけで目立つだろうから、それは予想済みである。


「失礼ですけど、ゼファー騎士補、こちらの男性はどなたかしら?」


「ああ。紹介しますね、マイヤーズ会長。彼はアサカ。ヒナツ・アサカです。いま仔細の説明はできないんですけど、まあ私の仲間ですね」


「あらまぁ!では"黄金の魔女姫"様の配下ですのね!これはとんだご無礼を」


 "黄金の魔女姫"、恐らくはオイフェミアのことだろう。まさに言いえて妙の異名である。ここまでわかりやすい異名はなかなかないかもしれない。


「改めまして。私はシアン・マイヤーズ。しがない《《武器》》商人をやっております。お気軽にマイヤーズとお呼びくださいませ、アサカ様」


……武器商人か。こちらが扱う武器が銃である以上、直接的に頼ることは少ないだろうが、コネを作っておいて損はない人物だろう。


「馬上からで失礼、初見となります。私は朝霞日夏と申します。訳あって今は仔細をお話できないのですが、申し訳ありません。どうぞよろしく、レディ・マイヤーズ」


「あらやだレディだなんて、お上手ね」


 楽しそうに笑うマイヤーズは、歳以上の美しさがあった。熟練の女優、そういった雰囲気とよく似ている。


 だがこういうタイプの武器商人が一番怖いのだ。仕事柄、武器商人とは幾度も関わってきたが、マイヤーズの様な人物は相当にやり手が多かった。


「あら私ったら、ゼファー騎士補とアサカさんとお話できたのが嬉しくて舞い上がっちゃったわ。引き止めてごめんなさいね。また今度、ゆっくりとお茶でもしましょう」


「いえこちらこそ、ご挨拶できて良かったです」


「またねー、マイヤーズ会長」


 マイヤーズは上品に一礼した後、馬車が止めてある屋敷の門をくぐっていった。

 

 これはただの直感であるが、目をつけられた気がする。多分悪いことではないだろうが、近々また会うことになりそうだ。


「上品な人だな」


「そうだね~。マイヤーズ会長は、マイヤーズ商会っていう武器を専門とした商会の長だよ。かなりのやり手で、一代で商会をミスティア有数の武器商人に育て上げた。貴族様方とのパイプも太い。敵に回さないほうがいいよ」


「勿論そのつもりさ。武器商人の怖さは、元の世界で十分に知っているからな」


「そりゃそうか。そっちの世界の武器商人って、銃を商品にするんだろ?」


「ああ。恐ろしい人は多かったよ」


「なら余計な忠告だったね」


「そんなことないさ。気にかけてくれてありがとう」


 ゼファーが満足気な笑顔を見せる。本当に裏表のない女性だ。

 同じ兵士、ということもあるのだろうが、接していて落ち着く。


「そろそろオイフェミア様の……というかアルムクヴィスト公爵家のお屋敷につくよ」


 ゼファーはそう言いながら、馬の腹を軽く蹴る。

 再び歩き出した馬の背に揺られながら、興味の尽きない街並みへと視線を向けた。



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