Act6-2_赤髪の従者
/朝霞日夏
8月19日 17:45 ミスティア王国東部朝霞の弾薬庫
真っ赤に染まった地平線。太陽はその向こう側へと沈みかけており、影法師が長く伸びている。
日中の熱気が未だ引くことは無く、弾薬庫内は熱気に包まれていた。
射撃を見学していたオイフェミアとベネディクテは、何か仕事があるとのことなので本陣へと戻っていった。
寧ろ、二人の立場を考えれば昨日一日話していたというのが異常なのだろう。
地球でも、上級将校となれば、その責任と仕事量は一兵卒の比ではない。
それにオイフェミアとベネディクテは、軍事だけではなく政治的な重要人物ではある。通常ならば、俺の相手なぞしてる暇はないはずだ。改めて時間を取ってくれた二人に感謝をする。
二人の代わりに、オイフェミアの部下であるという女騎士が一人、腕を組み弾薬庫の壁に凭れ掛かりながらこちら見ていた。
観察、というよりもどちらかといえば監視の視線だろう。
彼女の名前はゼファー。
先日の戦闘時、俺を馬の後ろに乗せてくれた騎手だ。
ゼファーは、つい先程軽い挨拶を交わした以外は何も言葉を発さず、監視役に徹しているようだった。
赤ワインを想起させるような深い赤髪をポニーテールに纏め、勝ち気な吊り目が印象的な女性である。ベネディクテとオイフェミアが常軌を逸した美であるならば、ゼファーは馴染みのある美人であった。それでも充分に美しい。
身長は170cm後半。歳は20代前半程。身につける甲冑は、ベネディクテやラグンヒルドとはまた異なる意匠の物だった。
ベネディクテ達が身にまとう鎧は装飾にも手を抜かず、貴族が身につける物として相応しいそれであった。
だがゼファーが身にまとう鎧は、どちらかと言えば実戦的な印象を受ける。
金属鎧では無く、塗装された革鎧。魔法陣のような図形も見受けられる為、恐らくはエンチャントされた鎧なのだろうか。
雰囲気も、ベネディクテやオイフェミア、ラグンヒルドさんに比べれば大分異なるものを感じる。
なんというか、どうも貴族的で無いと言えば良いのだろうか。どちらかと言えば自身に似た物を感じる。常在戦場の戦士といった空気だ。
まあ本物の貴族なぞC.C.Cの仕事の同僚と、式典の時に垣間見たイギリス王家、あとはベネディクテとオイフェミアしか知らないが。
さて。そんなゼファーという女騎士が監視している中で何をしているのかといえば、弾薬庫内の物資の詳細調査であった。
本当はもっと早い時間から行いたかったのだが、存外予定よりも遅くなってしまった。
まあ焦ることも無いだろうと、謎の慢心を抱いている。エアロン大尉辺りに知られれば皮肉を言われることは間違いない。
チェックリスト代わりのA4用紙をバインダーで保持し、弾薬庫の中を歩いて回る。
本来であれば空調を回すこともできるのだが、ガソリン発電機依存の電力を使うには腰が重い。
とりあえず弾薬を確認する。この弾薬庫に存在する弾薬は、大別すれば3種類だ。
通常弾——7.62mm NATO弾と5.56mm NATO弾。それらが合わせて25万発。C.C.Cで使い慣れた弾薬だ。
次に大口径弾——12.7mm弾と.338ラプアマグナム弾。狙撃や対装甲用だ。これは数が少ない。切り札として温存すべきだろう。
最後に特殊弾——81mm迫撃砲弾や120mm戦車砲弾、ドラゴンブレス弾やらホローポイント弾など。こちらも切り札になりえる破壊力は有している。
通常弾はとても使い切れないが、大口径弾と特殊弾は慎重に使わねばならない。
ほかに考えられる問題は、使用期限が迫った古い弾薬。
暴発のリスクを考えれば、優先的に消費すべきだ。幸い300発程度なので、訓練射撃で使い切れるだろう。
次にガソリン。これが最大の懸念だ。
真夏の熱で気化し、爆発する可能性がある。軍用容器に保管されているが、空調なしではいずれ限界を迎える。
寝てる所を火星辺りまで吹き飛ばされるのは勘弁だ。そうでなくても、生命線たるこの弾薬庫の死守は必須。
空調を回せばその爆発は防げるが、そのための電力はガソリン発電機頼み。貴重な燃料を、爆発を防ぐために消費する。皮肉な話だ。
とりあえず正午前後だけでも空調を回そう。ガソリンは車両に優先使用し、余剰(余剰なんてないが)を発電機に回す。死なないための最優先課題だ。
次点での心配は水だ。
まあこれはオイフェミアに頼れば一発で解決できそうではある。しかし頼ってばっかりというのも立つ瀬がない。井戸でも掘るのがベストだろう。果てしない重労働になりそうだが。
次に武器兵器の確認を行っていく。
「あんたは一体なんなのさ?」
不意に背後から低めの女性の声が聞こえてきた。
振り返れば、訝しげな目をしたゼファーと視線がぶつかる。
なんと答えたらいいものか。馬鹿正直に異世界人と答えるか?
オイフェミアの部下であるならば、その辺りは飲み込んでくれるとは思うが、公式に発表があるまで余計な情報で混乱させたくはない。
「と、言うと?」
「ここの建物も、その中に並んでいるものも全て私の知識に無い物さ。それにあのノルデリアを退けた攻撃、あれはなんなのさ?」
ゼファーはあの場にいた。直接こちらの銃撃を目の当たりにしている。彼女の常識からすれば、俺の全てが異質なのだろう。
「俺の持つ武器によるものだよ。詳しい話は、いずれオイフェミアとベネディクテから説明があると思う」
そう言えば、更に訝しむ様な視線は強さを増す。
まあ客観的に見れば怪しいことこの上ない存在なのは言うまでもない。
しばし視線がぶつかった後、ゼファーは大きくため息を吐いた。
「ハァ……まあいいさ。じゃあ質問を変えようかな。あんたはオイフェミア様の事をどう思っているのさ?」
意外な内容の質問だった。
何故そんな事を気にするのだ?別に俺が彼女に対して敵意を向けない限り、そんな事気にすることでも無い気がするが。いや、そもそもその確認でもあるのか?
「どう、と言われてもな。感謝しているよ。穏やかで優しく、人を率いるカリスマ性もある。あと顔が良いと思う。あの娘の旦那になる奴は幸運だな」
そう言えばゼファーも少し驚いた様な表情を浮かべた後、盛大に溜息をついた。
呆れ、そういった感情を感じる。
「あんたは存外能天気なんだな。いや世間知らずというべきかな?」
前者は兎も角、後者に関しては何も言い返せない。
それはそうだろう、この世界についての知識など生まれたばかりの赤子も同然なのだ。その分偏見なく物事を思考できるとは思うが。
「そりゃどうも。でもなんでそんな事を聞くんだ?」
「いや……そもそもあんたはオイフェミア様をどの程度知ってるんだ?」
「正直に言えば全然知らん。性格や能力はある程度知ることができたが、あくまでも表面上なものだ」
ゼファーの表情に驚きと呆れがありありと浮かんでいる。
まあ最もな反応なのだろう。だがこのような他者との交流からも、オイフェミアやベネディクテという個人の存在はありありと計ることができた。
わかりやすい所で言えば、彼女達を知っている事は、少なくともミスティア王国に生きる人間にとって当たり前なのだと言うこと。要するにかなりの著名人であるという点だ。日本で言えば天皇家を知らないとかだろうか。
そう置き換えれば、なるほど、馬鹿に見られても仕方がない。
「ハァ……。いいか、オイフェミア様は真正の天才だ。その実力は逸脱者の中でも上澄み。実際、オイフェミア様の右に出る魔術師なんてほぼいないよ。だけどさ、そんなオイフェミア様もまだ16歳の少女なんだ」
ゼファーのその口調からは、優しさと心配が滲み出ている。それだけでゼファーがオイフェミアに対してどれだけの忠誠心を持っているのかを推し量るには充分であった。
「あの御方は幼少の頃から人の心を全て見ることができた。今でこそ魔術として制御していらっしゃるけど、昔は無意識でそれが発動してしまっていてね。随分と人の悪意や憎悪、恐れ、嫉妬なんていう負の感情を多感に感じて過ごされていたんだ」
ゼファーは後悔を噛み殺す様にそう言葉を続ける。
なるほど、他人の心を見るというのは便利そうだが、上手く扱わなければ不利益の方が多いだろう。
想像してみてほしい。会社の上司や学校の同級生の感情や思考が、望んでもいないのに脳へ流れ込んでくる状態を。自身に対する嫌悪や恐れ、嘲り、罵り。そういった思考がとめどなく流れ込むその状態を。容易に精神衰弱し人間不信に陥る事は想像できる。
だが俺は天才では無いが故に、そういった感情を抱いてしまう周囲の人物の気持ちも理解できた。
自らの心を全て見られることなど恐ろしいではないか。それが幼少の時期なら尚更だ。
俺はもう29歳のアラサーであるし、オイフェミアに敵意も憎悪も無いため心を見られることは然程気にしない。
だがこれが貴族社会であれば、重大な問題な事は理解できる。
どれだけ策を回そうとも全てを見透かされるのだから、関わりたいはずもない。
そういった周囲の環境は、少女の成長にどんな影響を与えたのだろうか。
「そして3年前。オイフェミア様のご両親は、信頼していた地方貴族の裏切りで戦死された。その後、ベネディクテ様の逆鱗に触れたその貴族は処刑されたが——そんな事で心に平穏が訪れるなら、誰も不幸にならない。あの時のオイフェミア様は、全てを恐れて荒んでいらっしゃった」
――心臓が痛い。心に軋みが奔ったのを感じた。それは共感なのだろうか。俺自身の記憶に刻み込まれた、3年前の光景が想起される。夏の夕暮れ、真っ赤に染まったよく知る部屋。そこに転がる弟と両親の死体。
3人の頭は破裂し、一面に広がる血溜まりと脳漿。そこに呆然と立っていたのは、涙の枯れ果てた秋奈。
呼吸が乱れる。動悸が激しくなる。
《だけどあなたが残れば壊れていた》
あの可憐な少女も同じなのか。
予想もしなかった部分が自らと同じであった事に困惑が隠せない。
「それから尚更、オイフェミア様は信頼している者に裏切られる、嫌われる事を酷く恐怖していらっしゃる。だから、あえて言おう」
ゼファーの視線がより一層鋭さを増した。熟練の研師が渾身の力量を持って研ぎ上げた刀剣が如くの鋭利さを伴って、俺を睨みつける。
「生半可な気持ちであの御方に近づくな。もしあんたがオイフェミア様の心に傷をつけようものなら、私が殺してやる。いいや、私だけでない。アルムクヴィスト家に忠誠を誓う全てがあんたを殺すだろう」
彼女はそう言い切った。それには冗談も、洒落も一切含まれておらず、純粋な警告であった。
思わず息を呑む。だが答えることは決まっていた。息を吸い込む。そして声を荒げて言葉を発した。
「当たり前だ!幾千の人間を殺してきたとしても、そんな話を聞いた上で、恩を仇で返すほど人間をやめたつもりはない!」
こちらが息を荒くし、叫ぶ事は想定外だったのか、ゼファーは面食らったような表情をしていた。
だが少しの間を置いて、鈴の音のように笑い始める。
それはこちらにとっても予想外で、彼女が言葉を発するのを待った。
「ハハハ!なるほど、気に入った。何、試すような真似をして悪かった。私の悪い癖なんだ。さっきはああ言ったけど、オイフェミア様が信頼しているあんたのことは認めている。これからよろしく頼むよ、アサカさん」
そう言いながらゼファーは一歩踏み出し、手を差し出してきた。
俺もそれに応え手を取る。
なるほど、オイフェミアは良い臣下を持っているようだ。主を信じ、また主の信じるものを信じる。
それは盲信というのだろうが、なにあの聡明な少女のことだ。側に置く存在も伊達では無いだろう。
「よろしく頼む、ゼファーさん」
どちらからともなく手を離す。ゼファーの顔には気持ちの良い笑みが浮かんでいた。竹を割ったような性格の、誤魔化しが苦手な人物だという印象を強く抱かせる。
「じゃあ、改めて自己紹介をしようかな。私はゼファー・ミフェス。オイフェミア様の身辺警護を務めるアルムクヴィスト第二近衛隊の従士だよ」
「俺は朝霞日夏。故あって、ベネディクテとオイフェミアの推薦で傭兵をやることになった。従士って事は貴族ではないのか?」
「そうだよー。私が貴族に見える?アルムクヴィスト家の近衛隊に身分は関係無いんだ。共通点は唯一つ、アルムクヴィスト家へ絶対の忠誠を誓っていることぐらいかな」
最初の予想通り、やはり貴族では無かったか。
通りで自分と似た雰囲気を感じたわけだ。
まあ近衛隊と傭兵じゃ、バチカン衛兵隊とPMSCオペレーターくらいに格式に違いがあるだろうが。
「っと、邪魔しちゃったね。何か確認していたんだろう?」
「あー、そうだった」
ゼファーに指摘され、確認作業を再開する。
ガンラックにはC.C.Cで正式採用されている銃が陳列されていた。レミントンACRにHK417。最早見慣れた光景だ。ここだけ切り取れば誰も異世界だとは思うまい。
数は各200挺ほどだろうか。恐らくは中隊の補充用品だろう。
因みにM39EMRは俺が個人的に持ち込んだ装備である。
当然この場には予備パーツなど存在しない。宿舎にあった自室には予備パーツを置いていたのだが、こんな事になるならこちらにも置いておくべきだったか。
そうして確認しながら歩いている所でふと足を止める。そして二度見した。
「誰だよこんなもん持ち込んだ奴。セントリーガンにでもするのか?」
そこにあったのはM134ミニガン。
「それはなんだい?」
ゼファーが横から顔を覗かせてきた。普通の銃ならばともかく、こんな造形の物体は初めて見たに違いない。
「簡単に言えば……毎分4000発を発射できる銃だな。当たれば痛みを感じる間も無く死ぬから、無痛銃なんて異名もあるよ」
「毎分4000!?うわぁ、想像したくもないな~」
切り札になるが、一度使えば弾薬を湯水のように消費する。メンテナンスも困難だ。電工知識が乏しい俺では整備できない。
使い捨て覚悟で、ここぞという時まで温存することになるだろう。
その他に特筆する装備と言えば、C.C.Cが使用しているパンツァーファウスト3対戦車ロケットランチャーなどであろうか。それが20挺。弾頭は60発ほど。
これであれば例え竜が相手でも命中さえさせれば殺せるだろう。当てられるかは知らんが。
全体を汲まなく見た訳ではないので、もしかすれば今後幾つかの掘り出し物が出てくる可能性はあるが、現状戦力として活用できそうなものはこの程度である。
一人で管理するにはあまりにも多すぎる。もし弾薬庫の中身を移転するにしても、相当な重労働だ。
とりあえずは初仕事の話を聞いてから装備を選択することになるだろうが、余程の相手で無い限り小銃で対処したいというのが本音である。歩兵1人が携行できる装備には限界があるからだ。
その時、弾薬庫外で馬の足音がした。
ゼファーの周りに色のついた風が舞起こり、彼女が装備していた多数のナイフが浮遊し始める。魔術か?
この反応の速さ、練度の高さが伺える。
こちらもヒップホルスターからP226をクイック・ドローし、遮蔽に身を隠した。
敵である可能性は低いだろうが、万が一ということもある。警戒するに越したことは無い。
「何者か!」
ゼファーが誰何を行う。そこで思い出した。初めてオイフェミアと出会った時に誰何を行ってきたのもゼファーであった。
だが、その何者かの姿を確認したのだろうか、ゼファーが片膝を地面に付け最敬礼の姿勢を取った様子が目に入る。となれば来訪者はオイフェミアかベネディクテのどちらかだろうか。
大扉の横から美しい白髪と共に、その姿が現れる。
夕暮れで茜色に染まった彼女の姿に、一瞬見惚れそうになった。
高めの身長に非常に整った顔立ち、意志の強い瞳。ベネディクテであった。
「すまんなアサカ、問題発生だ」
いつも通りの語調でそう声を上げるベネディクテ。
だがその表情には少し困った様な色が伺えた。様子から見るに敵襲というわけでも無いだろう。ではなんだろうか?
「母上がお前を御前報告会へ召集された……。明日、共に王都へと出向いてもらうぞ」
眉を下げながら、そのベネディクテの言葉を数秒かけ咀嚼する。そして理解が及んだと同時に言葉が漏れた。
「まじかよ」
ゼファー、かわいい。




